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第13話『ホールケーキはどこへ?』

「なあなあ三郎、駅前に美味いって噂のラーメン屋ができたんだ。一緒に食いに行かないか?」


 僕と最神、そして雑駄がそれぞれ本を読んだり勉強をしたり、暇を持て余している部室内で、雑駄が言った。


「昼ご飯はさっき食べたばっかりだぞ」


「……民野、夜飯に決まってるぜ」


 僕ら一年生は今日は四限目で終わりだった。四限目が終わった後、お手伝い部四人で、この部室で弁当を食べたが継印は先ほど生徒会の仕事があるとかでどこかへ行ったため、この部室には三人しかない。


「すまん、俺はあんまりしょっぱいのは好きじゃないんだ」


 食べれないというわけでもないが、今日はラーメンという気分でもなかった。僕が遠慮気味にそう言うと、雑駄は「そうか、しょうがないな」と言った。


「では民野くん、最近駅前にできたカフェに行きませんか? ショートケーキがすごく美味しいんですよ」


「すまん、僕は甘いのは苦手なんだ」


 本当は全然食べれる。僕は甘い物は嫌いじゃないし、むしろ好きだ。ショートケーキもあの切られたサイズ感はちょうどいいし、好きだ。だけど雑駄は甘いものが好きじゃない。雑駄を誘ってもカフェにはこないだろう。つまり僕はカフェに行くとしたら最神と二人で行くことになる。それは避けたかった。


 別に最神が嫌いというわけじゃない、だけど女子と二人でどこかへ行くのは年頃の男子、いや僕には難しい。


「民野くん、先週の火曜日、部室で餡団子を食べていませんでしたか?」


 マズい、僕が先週の火曜日に餡団子を食べていたことを覚えているとは。なんという記憶力だ。ここまで正確に覚えているとなると「記憶違いじゃないか?」という手も通用しないだろう。


 ここは素直に、開き直るしかないな。


「……僕は角が立たないように断ったんだ」


「角が立たないようにしすぎです。過度な気遣いは目立ちますよ」


 最神は微笑みを浮かべた。


「普通に断ればいいんですよ、私と行くのは気まずいって」


「その断り方の方がマズいだろ」


「じゃあ口直しに美味しいケーキを食べに行きましょうよ」


 やだ、僕がそう言おうとしたとき、部室のドアがゆっくりと開いた。そして廊下から少し身長が高く、長髪で細目の女子生徒が一礼した後、部室内に入ってきた。


「すみません、ここはあのお手伝い部であっているかしら? わたくし、二年の清良乃都キヨラノトと申しますの」


 僕らの目の前でその女子生徒は止まって優しい笑顔を浮かべた。『あの』というのは、おそらくトイレのテケテケ人体模型事件を解決した、ということだろう。あの事件が解決してから、お手伝い部にはその話を聞いた生徒がしばしばやってくることがあった。


「おう、そうだぜ」


 雑駄が笑って答えた。女子生徒は「こんな時間に部活をやっていてくれて助かりましたわ」と言った。こんな、とはこんな早い時間に、という意味だろう。清良は二年生なので、四限で授業が終わった僕達と違って、先程まで授業を受けていたのだろう。それなら確かにこんな早い時間、と清良が言うのも分かる。


「お手伝い部に、依頼したいことがあるんです」


「私たちができる範囲なら、喜んでお手伝いさせていただきます」


「ええ、おそらく問題ないですわ。早速ついてきてくださいます?」


 清良は上品な言葉遣いでそう言った。一体、この一見何でも執事に解決させていそうなお嬢様はどんな依頼を持ちかけてきたのだろうか。


※※※


「……ここですわ」


 僕たち三人が案内されたのは、一般棟三階にある家庭科室だった。清良がドアを開けると、中には二人の女子生徒が部屋の端っこの椅子に座っていた。


「そんな何人も連れてきても意味ないよ」


「うんうん、私たち食べてないし」


 二人の女子生徒は腕を組んで、清良に目を合わせずに言った。


「清良先輩、どういうことか説明してくれますか?」


 僕の問いに清良は「もちろんそのつもりでしたわ」と言った。


「わたくし達は家庭部ですの。昨日、わたくし達はホールケーキを作りましたわ、よくある生クリームとイチゴのケーキですわ。それをこの家庭科室にある冷蔵庫に入れておいたのですが、この二人がケーキが冷蔵庫から無くなったと言いましたの」


 清良はピシッと二人の女子生徒を順に指差した。


「わたくしの見立てでは、真紀子マキコさんとマイさんが食べたと思っておりますわ。だからお手伝い部の皆さんにはこの二人が犯人かどうかジャッジして欲しいですの」


 髪が男子のように短い女子生徒、真紀子と少しぽっちゃり気味の女子生徒、舞は首を全力で横に振った。


「清良、私たちあなたと同じクラスだから分かると思うけど、そんなことしないよ」


 真紀子は真剣な表情で清良を見つめた。

 

「うんうん、時間もなかったし」


 舞も真剣な表情で清良を見つめる。


「もう少し詳しいことを教えてください。あなた達は、今日のいつ、家庭科室に来たのですか?」


 清良は「感情が昂って、少々雑な説明になってしまいましたわ、すみませんね」と言った。


「わたくしは放課後、プリントを提出しに行かなくてはなりませんでしたの。帰りのホームルームが終わった後、真紀子さんと舞さんは同じクラスで同じ部活ですので一緒に職員室に行って、職員室にある家庭科室の鍵を二人に託し、先に部活に行くように指示しましたわ。そして私はプリント提出のために先生を探したのですが、先生がなかなか見つからず、プリントを提出するのに時間がかかってしまいました。なので、家科家室に来たのはホームルームが終わってから二十分くらいでしたわ」


 清良が真紀子と舞の方をじっと見ると、真紀子が話し始めた。


「私たちは清良に部活に行けって言われて部室の鍵を渡された後、すぐに部室に行った。でも二人で雑談してただけで、特に何もしなかった。だってケーキは牧野さんを除いた部員全員で一緒に食べようって話だったじゃん」


「うんうん、そうそう」


「でもホールケーキは昨日まではありましたの。鍵はあなた達に渡しましたわ。あなた達以外に家庭科室に入れる人間はいない。つまり真紀子さんと舞さんが食べたということですわ!」

 

 清良は悲しそうな顔で「牧野さんにも食べてもらおうと思っていましたのに」と呟いた。


「先輩先輩、牧野さん、って一体誰だ?」


 雑駄が敬語も使わず、能天気に訊いた。


「牧野さんは家庭部の部員ですの。ケーキは腐るから今日家庭部で食べようとしていたんですが、牧野さんは放課後用事があるから、と言ってましたので、家庭部が集まる前にホールケーキを切ってショートケーキにして食べてと伝えておいたんですわ。あぁ、こうしている間にも牧野さんが部室に来てしまうかもしれませんわ、わたくし、どんな顔で牧野さんに会えばいいことか」


 清良がしゃがんで顔を両手で覆った。


「だから清良、私達ケーキ食べてないって!」


 先程まで落ち着いていた真紀子も、清良の言動に苛立ったのか、大きな声で否定した。


「清良先輩、ホールケーキはどのくらいの大きさですか?いくらなんでも二人でホールケーキを二十分くらいで食べるのは厳しくないですか?」


 僕はホールケーキを何度か見たことがあるが、あれはかなり大きい。いくら何でも二人であのサイズを二十分で食べれるとは思えない。


「わたくし達が作ったホールケーキはあまり大きくありませんの。部員が五人しかいないので、そこまで大きなケーキにする必要はありませんでしたわ。真紀子さんも舞さんも少食ではないので、二十分もあれば食べれると思いますわ」


 清良はキリッとした目で二人を見た。いや、どちらかと言うと見る、というよりも睨む、といった感じで犯人は真紀子と舞の二人だと確信しているようだった。


「先輩、ホールケーキって皿に乗ってたのか?ならその皿はどこに行ったんだ?」


 雑駄は周りを注意深く見渡した。


「……急いでお手伝い部のところへ向かいましたので、見てませんでしたわ。確かめてみますわ」


 清良はそう言うと、真紀子と舞の後ろにあるシンクまで歩いた。


「シンクには、お皿がありませんわ。では、洗ってそこの食器棚に置いたと思われますわ。食器棚には同じお皿がいくつかあるので、もう分かりませんわね」


 清良は肩を落とした。そして、一応棚を僕が確認したが、ケーキの汚れが残っている皿はなく、全て綺麗な状態だった。


「……私達、そろそろ怒るよ。清良」


「クラスメイトで部活仲間なのに疑われるなんてひどいし」


 真紀子と舞は不機嫌そうな顔で清良を見つめる。それに対して清良は引くことなく二人を睨みつけた。


 三者がバチバチとお互いを見つめ合う中、その中に最神が割って入った。


「まだ犯人が決まったわけではありません、喧嘩は一旦やめましょう」


 一旦、ということは犯人が決まったら喧嘩をしても良いということだろうか。いや、僕たちにはそれは関係ないか。


 依頼されたのは犯人探し、その後はお手伝い部には関係ない。


 最神は三人が落ち着いたのを確認して、シンクまで歩いた。そしてシンクの中を手で触った。


「シンクは濡れていませんね」


「ほらほら、私達じゃないでしょ?」


 舞が勝ち誇った顔で、清良を見た。


「いや舞先輩、シンクは拭けばいいだけです。シンクを拭く用の雑巾はどこですか?」


 僕の問いに真紀子が家庭科室後方の左から三つ目の棚を指差して淡々と答える。


「そこの棚にあるよ。少なくとも十枚くらいあるから全部確かめて」

 

 雑駄は真紀子が指差した棚まで一目散に走った。そして棚を開けて一つ一つ雑巾を確認していくが、特に何も言わない。全ての雑巾を確認し終わった後、雑駄は声を張り上げた。


「全部濡れてないぜ!完全に乾いてる!」


 真紀子と舞は「もういいよね」と言いたげな顔で清良を見つめる。


「い、いや、まだですわ。もしかしたらそこの二人は自分たちのハンカチか制服で拭いたのかもしれませんわ」

 

 清良は二人が犯人、という自分の予想が崩れるからか、動揺した声のトーンで言った。その顔に先程までの余裕はない。


「いいよ、とことん確かめて」


 真紀子は自分の両腕を上げた。それに続いて舞も両腕を上げる。近くにいた最神は「失礼しますね」と言って真紀子、舞の順に制服やポケットの中のハンカチを確認していく。二人の制服とハンカチを確認し終わった最神は一言「異常なしです」と清良に報告した。


 清良は唇をプルプルと震わせ「お、おかしいですわ。ならどうして……」と今にも消えそうな声で呟く。最神はいきなり「ですが!」と言って舞の顔を今にも唇と唇がくっついてしまいそうな距離で言った。


「舞さんの口元に、近くで見ないと分からない程微量の白い輝きがあります」


 最神はそう言うと、即座に舞の口元に手をやって、白い輝きを指で取った。僕と雑駄が急いで近くに駆け寄って確認すると、それは言わずもがな生クリームであった。


 そしてそれは、真紀子と舞が犯人だとするには、決定的な証拠に思えた。


「やっぱりですわ!やっぱりこの二人が犯人ですわね!」


 清良は今までで一番大きく、高い声で言った。真紀子と舞は「ちがっ……違うのっ、これは」と動揺する。


「おお、じゃあ二人の先輩が犯人なんだな!」


 雑駄が無自覚に二人を追い詰めるような発言をした。舞が口を大きく開いて何かを言おうとするが、最神は舞の口に人差し指を当てて発言を止めた。


「清良先輩、雑駄くん、この二人を犯人と決めつけるのはまだ早いですよ」


 清良と雑駄は同時に「えっ」と言って口をポカーンと開けた。


「三郎?ど、どういうことだ?」


 雑駄は理解が追いつかなかったのか僕に助けを求めてきた。


「確かに、舞先輩の口元についてたのは生クリームだ。だけどもし、真紀子先輩と舞先輩がホールケーキを食べたとしたら、皿やシンクを拭いた雑巾はどこに行ったんだ?」


 皿やシンクは洗った後に水滴を拭けば証拠はなくなる。だが濡れた状態の雑巾はすぐにはなくならない。僕は最神に指示して二人の鞄の中身を見てもらうが、雑巾らしきものは見当たらなかった。


「キッチンペーパー、キッチンペーパーですわ。そうよ濡れたキッチンペーパーがゴミ箱の中にあるはずですの」


 清良は走って家庭科室前方のゴミ箱の中身を見た。しかし、


「何も……ない」


「ゴミ箱の中は昨日ゴミ捨て場に持ってったよ」


 舞が清良の肩を後ろから軽く叩いて言った。


「三郎、濡れたキッチンペーパーをゴミ捨て場に持って行った可能性はないのか?」


「真紀子先輩と舞先輩がホールケーキを食べれた時間は大体二十分だ。ケーキを食べて、皿を洗って、皿とシンクをキッチンペーパーで拭いて、そしてそれを捨てに行く。流石にゴミ捨て場に捨てに行く時間まではないだろう」

 

 トイレに捨てる、という手もあるが、そもそも清良は教師が居なくて遅くなったが、この二人はそれを知るはずもない。家庭科室の外に捨てに行くとは考えずらい。


「なので、今のところ犯人はこの二人だとは決めつけれません。ですが、舞先輩、どうしてあなたの口元に生クリームがついていたんですか?」

 

 舞は近くに寄ってくる最神から目を逸らして黙った。

 

「舞……もう言った方がいいよ」


 舞の隣にいる真紀子が震える声で言った。舞はしばらく下を向いて黙り込み「そう、だよね」と言って顔を上げた。


「ホールケーキは食べてない。それは本当。……だけど私、お腹空いてたから冷蔵庫に入ってた生クリーム食べちゃって……」


 舞は話しながら恥ずかしくなったのか、耳をリンゴのように赤く染め、両手で顔を覆って両足を交互に地面に叩きつけた。


「私と舞は家庭科室に来てしばらく座って談笑してたの。でも舞がお腹が空いた、って言ったから『じゃあ生クリームをちょっと食べちゃえば』って私が舞に言ったの。だから私が悪い、ごめん」


 真紀子が話を補足した。


 話の筋は通っている。ホールケーキが冷蔵庫の中にないことに初めに気づいたのは、真紀子と舞だ。何もしていないのに冷蔵庫からケーキが消えたことに気がつくのはおかしいが、生クリームを食べるために冷蔵庫の中身を開けた、ということならあり得る。


 ただ、そんな大事になっているのに食い意地を張って生クリームを食べるのはどうかと思うが。いや、あまり人のことを悪く言うのは良くない。いじらしいと言おうか。


「……嘘をついているようには見えませんね。真紀子先輩、舞先輩、疑ってすみませんでした」


 最神が深く頭を下げると、真紀子は「いいよいいよ」と言った。


「元々私たちが悪かったの、疑われるのは当然よ」


 真紀子の言葉に、最神は頭を上げた。


「清良先輩、最初の依頼は二人がケーキを食べたかどうか判断する、ということでした。もう依頼は終わったかと思うのですが、追加で依頼しますか?」

 

 追加、というのは言うまでもなく消えたケーキの行方のことだろう。僕たちはお手伝い部だ。依頼を受けてそれを解決する。依頼されなければ僕たちはこのまま部室に帰り、消えたケーキの謎も解けることはない。


 僕としては、このまま帰ると胸のモヤモヤがしばらく消えないと思うので、清良に依頼してほしい。


 そんな風に考えていると、清良は、


「もちろんですわ、お手伝い部の皆さん、ケーキが一体どこへ消えたのか、一緒に考えてくださいませんか?」


 最神は余裕のある笑みを浮かべた。


「はい!お手伝い部、ケーキの行方を考えることをお手伝い致します!」

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