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第12話『真実はいつも一つ?』

 落ち着け、落ち着け落ち着け。まずは喜ぶべきだ。そもそもトイレの中に人体模型がなかったら話にならなかった。


 本当に、話にならなかった。


 僕は他の人間にトイレの中の人体模型を見られないように、すぐにバリアフリートイレの中に入って鍵を閉めた。


 トイレの中は広かった。バリアフリートイレだから当たり前と言えば当たり前だが。


 見たところ、壁に血で文字が書いてあったり、トイレットペーパーが地面に乱れていたり、死体が転がっていたりはしていない。至って普通のトイレだ……上半身だけの人体模型が居ること以外は。


 少し広いトイレの中で、人体模型と二人っきり。怖くないはずがない。だがそんなことを言っていたら謎を解き明かすなんて夢のまた夢だ。僕は自分の顔を両手で叩いて自分を鼓舞する。


 僕はとりあえず、人体模型を細かく観察することにした。何か犯人の目的や動機を示唆する証拠があるかもしれないからな。


 数分、人体模型を観察して、僕はあることに気がつく。


「普通の人体模型だ……」


 先週、保険の授業で人体模型を観察し、プリントにスケッチする機会があった。そのタイミングで人体模型の頭の先から腸の先までまじまじと見たが、それと違っている部分は何もない。


 この人体模型は組み立て式の模型のため、心臓や肺、腸など隅から隅まで、表から裏までしっかりと確認したが、異常な点はない。


 犯人は、何が目的でこんなことをしたんだ?


 愉快犯、という線はどうだろう。人を怖がらせてその反応や噂を楽しみたい。そんな思想を持った持ち主ならば、こんなことをするだろうか。いや、しないだろう。正確に言えば、こんな時間にはしないだろう。


 人体模型を見せ、驚かせたいのなら最終下校時刻を過ぎるくらいに人体模型をトイレに置かないだろう。だって最終下校時刻を過ぎる、ということはトイレを使われることはほとんどないし、それを観察することはできない。下校しなければいけないからだ。


 だが僕はいつ人体模型がトイレに置かれたかを知らない。もしかすると、もっと前に人体模型は置かれていて、ずっと犯人は誰かが入ることを待っていたが、結局誰も入らなかった、という可能性もあるかもしれない、ということはない。可能性がある可能性はない。


 何故なら今回の事件、トイレのテケテケ人体模型は噂として広まってしまったからだ。バリアフリートイレに人体模型が現れる、それを聞いて、好奇心で噂のバリアフリートイレに訪れる生徒は少なくはないだろう。つまり、ずっと前からこの時間まで人体模型が置かれているということはありえない。人体模型が置かれたのは直近だ。


 愉快犯ではないのなら、犯人には何か明確な目的があって、それを遂行するために人体模型を置いた可能性が高い。そしてその目的は金曜日が関係している。何故なら、前回の犯行も金曜日だったからだ。


 金曜日、上半身しかない人体模型を一階のバリアフリートイレに持ってこないといけない目的……。


 ダメだ、全く思いつかない。


 最神は無事に保険のプリントを提出することが出来たのだろうか、もし手こずっていて、まだ学校にいるのなら助けを求めに……ダメだ。そんなのあっていいはずがない。僕は最神に、継印に、雑駄に、今回の件を任されたのだ。今回は僕が一人で解決しなければ意味がない。


 僕は下を向いてしゃがみ込み、頭を抱える。


 どうしてだ、どうして犯人はこんなことをした?


 どうしてわざわざ上半身だけの人体模型を立ち入り禁止の化学準備室からバリアフリートイレに持ち込んだ?


 バリアフリートイレではなく、普通のトイレではいけなかったのか?


 いや、そもそもどうやって人体模型を持ち出した?化学準備室はバリアフリートイレと同じ一階にあるが、それでも他の生徒や教師に人体模型を見られる可能性は高いはずなのに。


 金曜日にこんな犯行をしなければいけない理由は何だ?


 今のままだと、考えても考えてもそれらの謎は解決できそうにもない。何か重要な情報が、まだ足りない。


 意識をこのバリアフリートイレに戻した。一度大まかにここは観察したが、細部は調査していなかった気がするから、このバリアフリートイレの本質がまだ見えていないような気がするから。


 すると、僕はすぐに気がついた。地面に大量の小さな消しかすが落ちていることに。そう、僕は文字通りその情報が見えていなかったのだ。


「消しかすがあるっていうことは、ここで何かを書いた人間がいるということだな……」   


 何を書いた?こんな至って普通のトイレで何を書くことがある?ここで書かないといけない理由はなんだ?


 脳を働かす。記憶を探る。思考を巡らす。 


 脳を働かす。記憶を探る。思考を巡らす。


 脳を働かす。記憶を探る。思考を巡らす。


 そうか、そういうことか。


※※※


 月曜日の放課後、僕たちお手伝い部は部室に集まって、それぞれがいつもの定位置に座っていた。


「お前ら、先週の金曜日に、体が上半身しかない人体模型がバリアフリートイレに現れたぞ」


 僕の言葉に三人の部員はそれぞれ「ホント!?」だったり「すげぇな!」だったり「やりましたね」と反応を示した。


「で、民野くん。トイレのテケテケ人体模型について、何か分かりましたか?」


 最神がニヤリと笑った。


「ああ、犯人の動機、そして目的が分かったぞ」


「おお、ホントか!」「早く聞かせてよ!」と雑駄と継印が興奮気味に口を揃えて言った。僕はその二人を手で落ち着くように促した。


「今回の事件は、犯人がいつ犯行に及んだか、が重要なんだ」


「いつって……先々週の金曜日と、先週の金曜日の……?」


 細かい犯行時間が分からないからか、継印は難しそうな顔をして言い淀んだ。


「先週は最終下校時刻ギリギリだ。そしておそらく、先々週も同じだ」


 バリアフリートイレは下駄箱に一番近い。そして先週は噂の件もあり、バリアフリートイレは頻繁に使われただろう。それを踏まえると、最終下校時刻のギリギリに上半身だけの人体模型を持ち込まなければ、もっと早くに発見されているだろう。


「それの何が重要なんだ?時間が分かれば、犯人の動機と目的が分かるのか?」


「ああ、分かるさ」


 僕がそう答えると、雑駄は継印と同じく難しそうな顔をして、頭を抱えた。


「下校時刻ギリギリに人体模型を持ち込む時点で、愉快犯の可能性がなくなった。わざわざトイレが使用されずらい時間に人体模型を持ち込んでいるからな」


 僕は続けて言う。


「じゃあ犯人は明確な目的があった。金曜日に立ち入り禁止の化学準備室から人体模型を盗み出して、わざわざトイレに置いて、何かをしなければいけなかった。そして現場の地面には、大量の消しかすが落ちていた」


 相変わらず難しそうな顔をしている継印と雑駄は二人揃って「うーん」と唸った。最神の方を見てみるとニコニコしていて、おそらくもう既にこの事件の真実が分かっていることが分かる。流石は天才だ。


「金曜日にトイレで大量の消しかすを出した……何かを書いたり消したりしたのよね。でもその何かが……んん! 分かんない!」


 いくら何でも難しすぎるわよ、と机に顔を突っ伏した継印に最神が「デレちゃん」と言って肩をちょんちょん、と突いた。


「重要な言葉が抜けていますよ。金曜日に『人体模型』が居るトイレで大量の消しかすを出した、です。……ヒントを出すと、先週の金曜日までには我々生徒がやらなければいけないことがありましたよね?」


 継印は「そんなこと言ってもさぁ……」と机の上でこもった声を出した。けれど、数秒後継印の体がピクピク、と動き、「あああああぁ!」と叫んで、両手で机を叩いて、一気に立ち上がった。


「人体模型のスケッチよ!保険の授業で人体模型の形や臓器を描かされたわ!」


 そう、先週の金曜日は人体模型をスケッチしたプリントの提出日だった。プリントは授業で配布され、人体模型のスケッチをした後、人体に関する情報を書く、という内容だった。授業内で終わった生徒も居るが、終わらなかった生徒も少なくはない。そして、先に人体模型のスケッチをするのにも関わらず、教師の話を聞かなかったため、人体模型のスケッチが間に合わなかった生徒も居るだろう。


 つまり、トイレの消しかすは何かを書いていたのではなく、人体模型を描いて、そしてそれを消してできたものだった。


「犯人は人体模型のスケッチをしていなかった。或いは途中までは進めていたが、終わらせていなかった。そして提出日の金曜日、最終下校ギリギリになって気がついたのだろうな。これはマズい、そう思うが人体模型は立ち入り禁止の化学準備室、部屋の中には物が少なく、長居したらバレてしまう。だから人体模型を持ち出して人目のつかないトイレに置いた。バリアフリートイレだったのは単に一番近かったからだ」   

 僕は一度深呼吸して続ける。


「片付けをしなかったのは化学準備室にもう一度入るというリスクを負いたくなかったのもあるだろうし、時間もなくてそんな暇がなかったのだろう。そして出来上がったプリントをすぐに教師に提出して下校する。するとバリアフリートイレには人体模型が残る、というわけだ」


 うちのクラスでは先週の金曜日にプリントの提出期限が定められていたが、それだと先々週の金曜日、どうしてAさんは人体模型をバリアフリートイレで見たのか、一瞬疑問に思うかもしれない。だが答えはシンプルだ。


「犯人は二人いる。先々週の金曜日がプリントの提出日だったクラスの一人。そして先週の金曜日が保険のプリントの提出日だったクラスの一人。その二人が犯人だ」


 犯人の特定をするつもりはもとよりないが、そもそもできないだろう。今日他のクラスの生徒から聞いたが、先々週の金曜日がプリントの提出日だったクラスは二クラス、先週の金曜日がプリントの提出日だったクラスも二クラス。


 一クラス約四十人として、先々週の容疑者も、先週の容疑者も八十人ずつ。これでは特定など無理だろう。


「……でも、なんで人体模型は上半身だけなんだ?下半身もあったほうがスケッチをするにはいいんじゃねぇか?」


 雑駄が不思議そうに訊いた。


「それは、持ち出しの観点からだろう」


「も、持ち出しってどういうことだ?」


「化学準備室が一階で、バリアフリートイレも一階にあるが流石に人体模型を剥き出して持ち運ぶことは出来ない。周りの人間に見られたら一発アウトだ。だから犯人はどうにか隠してトイレまで持っていかなければいけなかった。そしてうちの学校の人体模型は組み立て式、多分だがバラバラにしたらある程度は小さくなる。そうしたらリュックやカバンに隠せるんだ。もちろん、教科書類は全て出しただろうが。だが足のパーツは隠すには大きすぎる」


 あと、足なんて人体模型を見なくとも描けるしな。


「……特に、疑問点も、異論もないわ。民野の言う通りだとしか思えない」

 

 継印が素直にそう言った。素直な継印は珍しいので、僕は認められて嬉しい、というよりもちょっと不思議、といった感じだった。


「俺も特に意見はないぜ。というか完璧だな三郎、今の推理」


 雑駄が素直にそう言った。これはいつも通りだ。だがいつも通り過ぎて、認められてもあまり嬉しくない。   


 僕は最神の方を見た。最神は椅子にピシッと背筋を伸ばして座っていて、僕の方をニヤニヤして見ていた。僕が「どうしたんだ?」と最神に訊くと「いえ、私に褒めてもらいたいのかと思いまして」と返事をした。


「……なわけないだろう。で、どうだ僕の推理は」


「ちょっと間がありましたね。やっぱりこの天才に褒めてほしいんじゃないですか」


「で、どうだ僕の推理は」


「つれないですねー……百点満点です。今回のトイレのテケテケ人体模型事件は、民野くんの推理で完璧に合っているでしょう」


 最神は「よく出来ましたっ」と言って両手をパチパチ叩いた。褒めなくていいと言っただろう。


「……まさか犯人が二人いるなんて思いもよらなかったわ。まさに目から黒子ね」


 怖いわ。しかもあまりに、大胆過ぎるし目立ち過ぎるだろう。その黒子、すぐに失業するぞ。


「デレちゃん、それを言うなら目から鱗、だと思いますよ」


「ま、まあそういう言い方もあるわよね」


 そういう言い方しかないだろう。そう言うしかない。


「なあ三郎。目から鱗、次のテストで出るか?」


「さあ。目から黒子は出るかもしれんが」


 それを聞いて雑駄はリュックからノートを取り出して、すぐにメモをした。勉強熱心になったのはいいことだが、こいつはもうちょっと人を疑うことを覚えた方がいい。


「私は明日、今回の事件をお手伝い部が解決した、という話を広めますね。噂では人体模型は毎年現れる、ということにしてましたが、それは保険のプリントを書く必要がある一年生が毎年してしまう、という理由にしましょう」


 そうだった、もともと今回の事件に僕らが首を突っ込んだのは、お手伝い部の名前を学校内に広めるためだった。僕はそのことを完全に忘れていたけど、僕の仕事は終わったのだ、少しくらいは休んでもいいだろう、あとは最神に任せよう。


「じゃあさ、みんなで今からカラオケ行かない?」


 継印が目を輝かせて言った。


「俺はいいぜ、俺の美声を聴かせてやるよ!」


「僕はあんまり歌は上手くないけど……まあ合いの手くらいは頑張る」


 最神はどうする、そう僕が問うと最神は口元を綻ばせた。


「部長なしでそんな楽しそうな活動はさせませんよ」


 最神は机に掛けてあった鞄を軽々持ち上げて「あっ」と驚いたような声を出してはにかんだ。


「すみません、明日の分と明後日の分の予習の教科書を教室から取ってきてもいいですか?」


 相変わらず勉強熱心な最神に、僕らは笑った。それにつられて最神も笑う。


 凡人は、努力する。


 天才だって、努力する。

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