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第10話『明日について』

「やっぱりお話の始まりはインパクトがある方が面白いと思うんですよ」


 最神がそんな衝撃的なことを継印に言った。継印は「いやまあ、そうなんだけどね、美知ちゃん」と言って手に持っている本の表紙を最神に見せた。表紙に変なバーコードがついてるから、図書室から借りてきた本か。


「この本の話は始まりはあんまりだけど、後から面白くなるのよ。始まりがゆっくりだから後々の話が面白く感じるの。要はバランスって訳ね」


 継印が得意げな顔をして、いいこと言ったでしょ、と言わんばかりに雑駄を見た。雑駄は「うーむ……」と腕を組んで困ったように唸る。そして三秒後、いきなり立ち上がり、大きな声でこう言った。


「始まりから終わりまで面白い方が面白い!」


 それを言ってしまったらおしまいだろう。とまあ、そんなことはどうでもいい。


 雑駄がお手伝い部に入ったあと、お手伝い部かっこ仮は、正式的にお手伝い部となった。


 僕たちお手伝い部が今、居るのは特別授業教室だ。僕たちは学校からこの特別授業教室の使用許可を得て、この部屋はお手伝い部かっこ仮の借り物の教室から、お手伝い部の正式な部室となったというわけだ。


 そして僕は後から知ったが、仮部活を部活にするには部員が四人に達することに加えて、顧問を見つけることらしいのだが、それはもう最神が見つけてくれたらしい。だが顧問の教師の名前は何だったか忘れたし、未だに部活に顔を見せない。その謎の顧問をどうやって最神は見つけたのだろうか。


「最近は誰もお手伝い部に手伝いを依頼しにこないな」


 僕は席に座って本に関することを討論している最神、継印、立ち上がったまま硬直している雑駄に話しかけた。


「それは仕方ないですよ。誰もが助けやお手伝いを求めているわけではないのです。私がいくら天才で神だからといって、そう簡単に依頼はされません。それにまだお手伝い部はそこまでこの学校に浸透していませんし」


 それもそうだった。現在、四十程度の部活、十程度の仮部活があるこの十野高校で、少し前に部活となったばかりのお手伝い部はそこまで知名度がないし、知っていたとしても、その人間が困っていなければ用はないのだ。今のままではお手伝い部に依頼しに来る人間などごく少数だろう。


「民野はお手伝い部として、依頼が欲しいのか?」


 立っていた雑駄が座り直して言った。


「まあな、何もしないでダラダラしているのは性に合わないんだ」


 僕は昔、何かをするのは面倒くさいと思う人間だったが、今の僕は違う。人を助けれるなら積極的に助けたいと思う。


 人は皆、常にちょっとずつ変わるものだ。普遍的で、不変的じゃない。


「……なら、ちょうどいい話がありますよ」


 先ほどまで最神は継印と正対していたが、今、見てみると僕の方を向いていた。


「ちょうどいい話?」  


「はい、ちょうどいい話です。話の長さが適当の長度ちょうど、と今の私たちにとってぴったりの丁度、です」


 前者の長度は聞いたことのない言葉だが、最神の説明から、なんとなく、長さに関する言葉ということは分かった。


「そう言われると気になる、話してくれ」


 はい。わかりました、と最神は言ってコホン、と何度か小さく咳払いをした。そこまで気合を入れなくてもいいのだが。


「これは、私の友人の、そのまた友人の話なのですが……」


※※※


 先週の金曜日、私の友人の友人の女子生徒、ここからはAさんとしましょうか。Aさんは部活が終わった後、急な腹痛に襲われたそうです。……何の部活に所属しているかって?雑駄くん、そんなの今は関係ないですよ。


 閑話休題、腹痛に襲われたAさんは女子トイレに駆け込みました。ですが腹痛は全く治りません。しばらくして、最終下校時刻である十七時三十分を報せるチャイムが鳴りました。Aさんは物凄く焦りました。当たり前ですよね、早く下校しないと先生たちに叱られてしまいますから。Aさんは女子トイレをすぐに出て、近くの先生を探しました。腹痛はまだ治っていなかったので、最終下校時刻を過ぎてもトイレに居てもいいか許可を得ようとしたのでしょう。


 幸い、女子トイレを出てすぐのところに先生はいました。事のあらましを説明すると、先生は快く許可を出してくれました。そのときにAさんは、一年生の下駄箱の近くにあるバリアフリートイレに入ることを勧められました。下駄箱に一番近くて、すぐに帰ることができますからね。


 Aさんは急いで一階のバリアフリートイレへと向かいました。……ここまでは学校生活を送る上で、普通の出来事です。ですが、ここからは普通とは程遠い、異常な出来事が、Aさんの身に起こるのです……。


 Aさんはやっとの思いでバリアフリートイレに着きました。Aさんは早速トイレの中に入ろうとしたのですが、何かがおかしい。トイレの鍵は空いているのに、電気はついている。そして何より、中に『何か』が入っている、そう感じたのです。Aさんは霊感がある人ではありません。それでも解ってしまうほどの怪奇の怪気がそのトイレからは溢れていました。


 恐ろしかった。そのトイレの扉を開けるのは本当に恐ろしかった。ですが、脳がこの扉を開けてはいけない、そう言っても体は正直です。そう、Aさんの腹痛は限界に達していたのです。


 もう、開けるしかない。


 Aさんは一応、トイレの扉を三回ノックしました。お腹が痛かったので、かなり素早くノックしたそうです。……中からの応答はありません。電気は単に消し忘れていたのでしょう。Aさんは、そぉっと、そぉっと扉を横にゆっくりとスライドさせました。早く座ろうそう思い便座の方に目をやるとその上には!


 体が上半身しかない人体模型が!


「きゃぁっー!!」


※※※


 部室内に椅子から立ち上がった継印の甲高い叫び声が響いた。僕は咄嗟に耳を塞ぎ、何とかその音の暴力を防御する。


「おいツンデレ! 鼓膜が破れるかと思ったぞ!」


 流石の僕もこれには怒りを覚えた。覚えたって、直訳するとなんだか今の今まで怒りを知らなかったような感じがするな。どうして昔の人間はこんな分かりづらい慣用句を作ったのだろうか。これから先の未来では使われないように、僕は使用しないようにしよう。


「だって仕方ないじゃない! びっくりしたんだもの!」


 びっくりしたって、こっちが言いたいわ。


「まあ落ち着こうぜ、三郎。怒ったってこの破れた鼓膜は治らないぜ」


 雑駄は右手の人差し指で自分の右耳を突いた。雑駄は音の暴力を直接食らってしまったらしい。


「そんなにうるさくしてないわよ! 大袈裟よ大袈裟!」


 これには僕に比べて穏やかな顔をしていた雑駄も怒りを感じたようで、椅子から思いっきり立ち上がる。


「いやいやうるさかったぜ! 右耳がなんかキンキンしてるから!」


「そんなの唾かければ治るわよ! さっさとぺってしなさいよ!」


「耳にどうやって唾かけんだ! 物理的に無理だろ!」


「唾をどこかにつけといてその後右耳をそこに当てればいいでしょ! そんなのもわかんないの!?」


「……話を戻してもいいですかね」


 最神の言葉に二人はフリーズした。そして、ようやく冷静になったようで二人は何も言わず椅子に座った。気を取り直して、最神が再び話し始める。


「その後、倒れてしまったAさんを近くにいた先生が発見し、何とかAさんは無事だったそうです。上半身しかない人体模型は先生たちによって片付けられましたが、どうしてトイレの中に人体模型があったかは未だ不明です」


 最神は「私がこの話を何とかして学校中に広めます」と柔らかな微笑みを浮かべて言った。


「……なるほど、その話を解決してお手伝い部の名前を広めるってことか」


 僕の言葉に最神は頷いた。


「だけど本当にその話を広めてもいいのか?」


「……民野、どういうことよ?」


 あまりピンと来ていない継印に僕は自分の考えを説明する。


「だってこの話はまだ広まってないんだろ? 話の最後に教師がトイレにあった人体模型を片付けている。一人の教師に知られたら百人の教師に知られてると思え、という言葉がある。つまりこの学校の教師は皆、人体模型の件を知っているんだ」


 なのにその話を生徒たちにはしていない。つまり教師は人体模型の話を隠蔽しようとしている。その理由はただ単に変な噂が流れて、学校生活に支障が出ないようにするためかもしれないが。


「……民野、先生をゴキブリのように扱わないでくれるかしら。でも、言いたいことは分かったわ。先生たちが隠したいことを広めてもいいのかっていう問題、そしてその件を知っているのは美知ちゃんの友達と、Aさんだけだから、誰が噂を広めたのか先生にバレちゃう問題があるのね」


 美味いところを取られてしまった。が、僕が言いたかったことは上手く言えているしいいか。


「……え、別にいいんじゃねぇか? なにかマズいのか?」


 雑駄は何が何だか分からない、といった感じに首を傾げた。


「雑駄くんの言う通りですよ」


 僕が雑駄に説明しようとしたとき、最神が雑駄を見て言った。


「私は先生にこの話をしてはいけない、なんて言われてません。禁止されていないことは、してもいいことです」


 いや、別にそういうわけでもないだろ。


「お、おう、その話を最神が広めるのは分かった。だけど一体どうやってその話を解決するんだ?」

 

 とりあえず、最神がいいと言うなら、今の話を最神が広めることに異論はない。だが、今の話だけを聞いて、どうして上半身だけの人体模型がバリアフリートイレにあったか、なんて推理できるはずがない。だからもう一度、今の話と同じことが起きて、そしてその場で情報を集めて、推理しなければならない。


「本当に最神が今話した事件はまた起こるのか?」


 最神は「事件、甘美な響きですね」と言って教室前方の小さな掲示板に貼ってあるカレンダーを指差した。


「Aさんが人体模型を見たのは先週の金曜日、そして明日も金曜日。つまり、明日また人体模型がバリアフリートイレにある可能性が高いです。それを私たちお手伝い部は発見して、謎を解きましょう!」


 確かにそれはそうなのだが、それは他の曜日と比べると可能性が高いだけであって、そうでないとあまり可能性が高いとは言えない。そもそも人体模型がトイレに出没すること自体あり得ない話なのに、それが二週連続で起こるのだろうか。


「もし、愉快犯がそれをやっているとしても、二週連続同じ曜日に、同じトイレに、人体模型があるなんて、ありえない話だろ。規則性を作ったらバレる可能性が高くなるんだからな」  


「いえ、ありえないのは、ありえません」


 最神は真面目な顔で、何の根拠もなく僕の意見を否定した。が、最神の言葉はどんなに論理性に欠けていたとしても説得力がある。今までお手伝い部として無類の活躍をしてきたこの天才尚且つ神が月をすっぽんと呼んだら、月はすっぽんになるのだ。


「なら、わかった。最神を信じる」


 最神は微笑みを浮かべて頷いた。


「明日は金曜日ですから、十八時にバリアフリートイレを調べる、と言うことでいいですか?」


「……異論はない」


 だが、疑問がある。


「十八時は最終下校時間を三十分過ぎている。どうやって十八時にバリアフリートイレを調べるんだ?」


「それは簡単よ、Aさんと同じことをすればいいの」


 先ほどまで雑駄と一緒になって騒いでいた継印が冷静に、淡々と言った。


 Aさんと同じこと、つまり腹痛を教師に訴えて最終下校時間を過ぎた十八時にバリアフリートイレに入る、ということだ。


「そうだな、それでいこう」


 僕に続いて雑駄も「いいぜ、そうしよう」と賛同する。


「……ですが、その方法だとお手伝い部全員で調査をすることは出来ませんね。同じ部活の生徒が四人も腹痛を訴えたら変ですから」


 それもそうだ。そしてトイレはバリアフリートイレ、男女共に使えるが、一人しか入れないのだ。要するに、一人しか調査には参加できない。


「ごめん! あたし明日は生徒会の友達と一緒に帰ることになってるの!」

 

 継印が胸の前で手を合わせ、申し訳なさそうな表情で頭を下げた。


「本当か? 人体模型が怖くて嘘を言っているんじゃないのか?」


 僕が冗談半分でそう言うと、継印は「ち、ちがうわよ!」と顔を赤らめて言った。


「元々明日は友達と帰る予定だったの! 美知ちゃんにも伝えてたから! こ、怖くなんかないの!」


 僕が黙って最神の方を見ると、最神は笑顔で頷いた。どうやら、本当に継印は友達と帰る予定があるようだ。


「そうか、なら継印を除いた僕ら三人の中から一人……というか雑駄、お前嘘とかつけるのか?」

 

 この調査では教師に腹が痛い、と嘘をつかなければならない。だが僕にはいつでも能天気なこの男に嘘がつけるとは思えなかった。


「嘘は、つけるぜ」


 お、意外な返答だ。


「でもすぐバレる」


 意味ないな。嘘は人を欺くために使うわけあって、欺けない嘘に意味などないだろう。


「……それではダメですね。お手伝い部は正式に部活になったばかりです。ここでバレて学校からの信頼を失ったらマズいことになります」


 マズいこと、それは停部、最悪の場合は廃部、ということだろう。それだけは避けなければならない。


「まあ僕も嘘をつくのは苦手だが、バレない嘘をつけない奴よりはマシ……」


 嘘を、つけない奴? 僕はどこかで嘘をつかないという人間の存在を聞いたことがあるぞ。それは確か、


「……すみません、民野くん。私は嘘をつけません」


 最神はおずおずとそう言った。これでお手伝い部は三人、明日の調査に参加できなくなった。


「残るは僕だけかよ。僕だってあんまり嘘をつきたくないんだけど」


「大丈夫ですよ、嘘というものは、この世界の誰にもバレなければ、この世界の認識ではついてないことになります」


「お前らにこの話をしている時点で、もうだめじゃないか!」


「じゃあ本当にお腹を壊せばいいのです。明日、下剤を持ってきましょうか?」


 最神なら本当に下剤を持ってきかねないので、僕は丁重に断った。そのとき、校内でチャイムが響いた。これは最終下校時間を報せるチャイムではなく、その五分前を報せる予鈴だ。


「もうこんな時間ね、明日の調査は民野がするってことで決定だし、みんな帰りましょ」


 僕たちは部活が終わった後は基本的に、四人で帰っている。特に約束をしているわけではないが、別々に帰る必要もないからな。


 継印は机の横にかかっている最神の鞄を見て目を丸くした。


「美知ちゃん、今思ったんだけど、どうしてそんなに鞄がパンパンなの?」


 その言葉を聞いて僕と雑駄は最神の鞄に目をやるが、確かに最神の鞄はパンパンで、ファスナーを閉じれているのが奇跡とも呼べるくらいだった。


「いつものことですが、今日の授業の復習、明日の予習、そして明後日の予習のための教科書が入っているんです。リュックにしてもいいのですが、鞄の方が教材を取り出しやすいのですよ」


 思えば最神の鞄はいつもぎゅうぎゅうだった気がする。天才や神、美少女という肩書きに加えて、勉強家という肩書きを追加しておこう。


「いやーすげぇな。天才が努力したら俺らみたいな凡人は努力してもぜってぇ勝てねぇぜ」


 雑駄は明るく、能天気にそう言った。


「お前はもうちょっと努力しろ。他の教科も赤点ギリギリだったが、数学なんて五点だったじゃないか」


 最神は当たり前のように全教科百点で、学年一位を取った。最神なら学年一位くらいはとっても全然おかしくはないと思っていたが、全教科満点とは思いもよらなかった。が、その反対に、雑駄はどの教科も目も当てられない点数だったのだ。


「このままじゃ留年になっちゃうわよ、また今度勉強を教えてあげるから、次こそは頑張りなさい」


「……分かったぜ」


 雑駄はめちゃくちゃ辛そうな顔をした。そんな顔できるのか、初めて見たぞ。


「雑駄くん、私はそうは思いませんよ」


 突然、最神はそんなことを言い出した。


「天才が努力をしていたとしても、凡人はそれよりも努力をすることで、絶対に天才に勝つことができます」


 雑駄は最神の優しい励ましの言葉に顔をほころばせて、両手を天に向かってバンザイした。


「よし!来週から勉強頑張るぞ!」


 せめて明日から頑張ってくれよ。

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