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8.必要としてくれる人

 先ほどの緩やかな空気を整えるべく互いに紅茶を一口飲み、落ち着いた頃。

 アミィ様がそれじゃあ改めて、と喋り始めた。


「先ほどトーマス、そこにいる執事長から貴方がここに来た目的を聞いたわ」


 パッとトーマスと言われた白髪ダンディーの方を見ると、目が合い、彼はゆっくりと一度頷いた。


「西の森に関しては兄、辺境伯でないと許可ができないの」

「そう、でしたか……」


 やはり西の森に入るためには管理人である辺境伯様本人から許可を貰う必要があるようだ。これはまた後日改めてお伺いする必要がありそうだ。


「……疑問には思わなくて?」

「疑問?」

「許可は出せないと分かっているのに、どうしてわざわざ貴方を邸へと招き入れたのか、とか」


 辺境伯様がいないのであれば、私を邸の中へ招き入れる必要はない。

 それなのに門前払いをせず客人として通し、こうして飲み物も振る舞ってくれた。

 流石にここまで言われれば察しの悪い私じゃない。


「何か意図があったのだと思っております」


 考えられる意図はいくつかありそうだが、魔法使いである私がどういう人物なのか。あるいは西の森で一体何をしようとしているのか。それらをアミィ様は事前に知ろうとしているのだろう。


「その意図は聞かないの?」

「聞いて答えていただけるのであれば」

「じゃあ、率直に聞くわ」


 スッと目を細め、まるで敵の内側を探るように空気が張り詰める。先ほどまでの和やかな雰囲気は完全に消え去っていった。



「貴方、一体どのような任務で西の森に配置されたのかしら」



 相手を見極めようとするその眼光が鋭く私に突き刺さる。

 アミィ様の疑問はもっともだ。急に訪れた私が何をしようとしているのかは気になるところだろう。


「…………」


 でも私がその疑問に答えられることは何もなかった。

 何も聞かされていないから答えるものがそもそもない。


「機密事項? まあ魔法使いの配置は百五十年ぶりのようですものね」


 何も答えずただジッと彼女を見ていたからだろうか、アミィ様は私が口を閉ざしている理由を別の要因だと思ってくれたようだった。

 内心、百五十年ぶりの配置である事実にかなり驚いていたが、おくびにも出さずひたすら黙っていた。

 そうすることで、私が特殊な状況で配置された魔法使いだから口を閉ざしている、そう思わせておきたかった。


「別に、貴方が悪いことをするんじゃないかと疑っているわけじゃないの。……西の森は以前にも増して魔物がよく出没するようになったのよ」


 今にも消え入りそうな声でボソリと呟いたのは、西の森の魔物のことだった。

 唇をギュッと噛み締め、彼女の中でいろんな葛藤が繰り広げられているのだろう。

 その表情は何かを憂いているような、どこか悔いているようにも見えた。


「魔物は町にも降りてくるのですか?」

「いいえ。けれど森近辺に行けば出会う頻度が増えたわ。どれも低級と言われる魔物だったけれど私には違いなんてよく分からなかった」


 魔物に関して知識がなければ低級なのか、中級なのか区別がつくはずもない。

 ごく一般の人々にとってはそれらも一括りに人に害をなす存在、魔物だ。


「そ、それもあって、前々から魔法使いの配置を打診してもらっていたのだけれど、なかなか通らなくて……でもようやく貴方が来た」


 じっと見つめるそのエメラルドの瞳は魔法使いの私に羨望の眼差しを向ける。


「森の立ち入りが許可されたら、ぜひ魔法使いさんの手で原因究明をしてほしいの、です……」


 魔法使いである私がどういう人物なのか。あるいは西の森で一体何をしようとしているのか。

 それらも知りたい目的ではあったのだろうが、きっと彼女は。 

 私に助けてほしいんだ。


「お願いします。どうか兄のためにも」


 そう言うと彼女は深々と頭を下げる。


「私はただの一魔法使いです。お貴族様がそんな簡単に頭を下げては」

「貴族だから頭を下げる下げないではありません! どうかお願いします」


 髪が乱れるのも厭わず必死に頭を下げる彼女の手は、小さく震えていた。


「ああ……」


 やっぱりそうだ。

 自分の耳にも届かない息のような小さな声が自然と溢れる。

 西の森を管理するということは、魔物と接触をするということ。

 低級の魔物であればなんら問題はない。彼らは人的被害を出せるほど強くないからだ。

 だが西の森には中級以上も存在する。人々に被害が出る前にやはり何とかしないといけない。それが辺境伯様の仕事だ。

 そんな危険な場所の最前線にいる辺境伯様。家族としては心配になって当然で、一つでも脅威を減らせるのであれば、何か取り返しのつかないことが起きる前に減らしておきたいものだろう。

 彼女にとって辺境伯の兄は大切な存在だから。

 こうして突如現れた百五十年ぶりの魔法使いに縋りたくなるのも分かる。


 そんな彼女に何か言おうと一度口を開きかけて、強く閉じる。

 いつもの私なら受ける受けないはともかくとして、必ず何かしらの返事をする。


 私でよければ。

 ちょっと検討するね。

 詳しく聞かせて。


「…………」


 言えなかった。何も。


 必要とされていることは分かっていて、それに応えたい気持ちはある。

 だけどこの願いを受けたとしても、力のない私に何かできるのか。

 森に入ったとしても魔物によって殺される未来が待っている。

 私は彼女の期待に添えられるような魔法使いではないというのに。


 そう無意識のうちに理由をつけて逃げている自分自身に気づいて「できない」も「やります」も口に出すことができなかった。



 ーーあの日から重ねるように毎日思い出していた。

 もう日課になった私がここに送られた理由。


 ”邪魔な魔法使いを国の端の危険な森に追い払った。“


 そうとも捉えられる状況で追い出されたあの出来事が、ずっと小骨のように引っかかっている。

 ふとした瞬間に思い出して、落ち込んで、こんなんじゃダメだと自分を励まし、旅を続ける。そんな機械的なことをこの一ヶ月何度も繰り返した。


 こうして繰り返すのはやっぱり私が期待しているからだろう。

 魔法省に行く前に来たあの連絡ーー。


『君の力がようやく発揮される任務だ』


 朝イチに来た音声魔法で伝えられたその言葉に唇が震えた。

 もう一度、その音声魔法を再生させると、先ほとど同じ声で確かに君の力がーーそう短くも心を震わせる言葉が伝えられた。


「私の、任務」


 本当に、涙が出るほど嬉しかった。

 日々の仕事にだってやりがいはあった。魔法を使わないけれど雑用と称されるものでも精一杯取り組んだ結果、感謝されることはあったからだ。

 でもそれは私以外でもできるもの。

 ある日突然私がいなくなったとしても、問題なく引き継がれるものである。

 だからずっと期待していた私だけの特別な任務。

 私に与えられた果たさなくてはいけない務め。

 誰かが必要としてくれて、それが私の頑張る意味になって、私だからこそできることがそこにある。そういうもの。

 だから、邪魔じゃなくて必要と思ってくれる人に最大限の誠意を持って応えたい。


『ーーでもようやく貴方が来た』


 来ることを待ち侘びていたその言葉。

 私を頼って兄のためにと頭を下げたその姿勢。

 それは百五十年ぶりの魔法使いだからという理由もあるのかもしれない。でもそれでもいい。百五十年ぶりに選ばれたのも意味があるって思えるから。


 期待が膨らんでその期待に自ら逃げ腰になって、無碍にしようとして、また嬉しくなって。散らかり放題の思考はいつまでも片付かない。

 それでもその中から見つけたものは、何をど返ししても応えたい、その気持ちだった。


 ふうと息を吐き、気持ちを落ち着かせ、整える。

 目の前の彼女はいまだに頭を下げ、私が何かしらの答えを言わない限り上げる気配がない。

 彼女が頼ってきた内容は西の森で増加する魔物の原因究明。

 自分の強さを分かっているからこそ簡単なことではないと理解する。これは易々と受けていいものではない。

 アミィ様に誠心誠意応えるのであればまずは辺境伯様と会って話をする必要がある。

 筋、というものもあるが、それが誠意だと思った。


 膝の上で拳をグッと握りしめる。

 自分の思いを言葉にしなければ。


「安易に承諾は致しかねます」


 はっきり意思が伝わるように少し固い声で言葉を届ける。


「自分が誰かに必要とされるのであれば、それは本当に嬉しいです。最大限の誠意を持って受けたいと思います。でもだからこそ、この件は今ここで安易に受けたくないと思いました」

「……っ。どうして?」


 ゆっくりと頭を上げた彼女は私に問う。


 そこまで言ってくれるのにどうして受けてくれないの?

 そんな言葉が聞こえてくるようでぐっと歯を食いしばる。


「『家族と言うものはね、温かいものなんだよ』」

「それ、は……?」

「昔、お祖母様が私に言ってくれた言葉なんです。兄のためにと頭を下げた貴方の思いを無碍にしたくないと思いました。ご理解いただけますと幸いです」


 深々とお辞儀をする。嫌だから受けたくないと言ったわけではない。

 やれることを私なりに全力でやりたいから、出来るかも分からないことを安易に承諾したくなかった。こんなにも誠意を持って頭を下げたアミィ様の思いを尊重したかった。


 素敵な家族。温かい気持ちがそこにはあったから。

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