7.可愛い以外の言葉が出てきません
「失礼致します」
しばらくお嬢様シリーズで辺境伯様と仲良くなるという妄想にふけっていた私は、白髪ダンディーの声で現実世界へと戻ってきた。
そして声のした扉へと視線を向けると、そこには白髪ダンディーと一人の女性が立っていた。
絹糸のように艶のある金の髪。芸術品のように整った顔立ちに、エメラルドの宝石を嵌め込んだかのような濃く鮮やかな緑色の瞳。
その瞳が私という存在を認識すると、途端に花開いたかのように表情を綻ばせた。
そしてゆっくりとした歩みで目の前の席まで来ると、ドレスの裾を摘み、優雅にお辞儀をする。
その所作があまりにも綺麗で丁寧で、思わず目を奪われていた。
「初めまして。フローラ・アミィと申します」
「…………」
「あの?」
「……はっ!」
いけない。あまりの美しさに意識がどこかに飛んでいた。
「ま、魔法使い、カルラ・ヴァーベナと申します! 初めましてっ」
急いで立ち上がり、同じように挨拶をする。急ぎすぎたあまり、若干噛んだ上に声が上擦った。もう本当に恥ずかしい。
でもそんな失敗も彼女はふふっと微笑み、お掛けになって、と鈴を転がしたかのような声で着席を促してくれるのであった。
「ぜひ紅茶を飲みながら楽になさって」
「は、はい!」
席につき、元気よく返事をしたものの、彼女を直視することができずにいた。
あっちを向いたりこっちを向いたり、傍から見れば怪しい人である。
今までお会いしてきた人の中に美人に分類される人はたくさんいた。
キラキラと着飾る王都のお貴族様。
一歩外に出ればそういう人はたくさんいたし、知り合いにも美人のお貴族様はいる。
だが、彼女は違う。美人なのはもちろん、身なりや所作、言葉遣いまでもが私の思い描いていた方なのだ。
視界に【お嬢様の淡い雪】の本が見えるせいか、まるでその本のお嬢様のようだと頭の中で登場人物の容姿を完全一致させる。
そういえばお嬢様シリーズにはイケメン貴族も出てきて……と考えに至ったところで、辺境伯様の存在を思い出す。
彼女が辺境伯様ではないだろうし、ご夫人、なのだろうか。
ジッと彼女のことを見つめていると、ふと視線が合う。
ふんわりと微笑んだ後、手に持っていたティーカップをソーサーに置き、話し始めた。
「急に私が出てきてびっくりされたでしょう」
「い、あ、そんなことは」
「本日兄は公務で邸を離れているの。会いにきてくださったのに申し訳ないわ」
「兄……そうか、お兄さん」
「ふふっ。もしかして私のことをご夫人かと思われたのかしら」
読まれている。これは完全に心を読まれている。
「本来であれば、私のような他所へ嫁いだ人間がここにいるのはおかしなことだけど、事情があってね。兄がいない間だけここで仕事のお手伝いをしているの」
「そう、だったんですね。あの、家の方は大丈夫なんですか?」
彼女も身分のあるお方だ。お貴族様のご夫人であるならばやることも多いはずで。
「大丈夫よ。夫も協力的でね。私に甘いのよ」
だが私の心配を他所に、ここにいるのは旦那さんの協力もあってのことだったようだ。こんなにも素敵な方に頼まれたのであればでも甘くもなるだろう。
会ったこともない旦那さんの気持ちが分かる気がしてウンウンと頷く。
「それはそうと、貴方に少し聞きたいことがあって」
「私に……」
アミィ様が聞きたいこととなると、私がここにきた目的だろうか。辺境伯様がいない間、邸を預かっている身としては気になるところだろう。
彼女が少しだけ何か言いにくそうに、もじもじとしているのを察し、私が口を開こうとした時だった。
「……っ、実は私、魔法使いを見るのは初めてなの!」
「え?」
胸の前で両手を合わせ、私に興味津々といった様子で見つめるアミィ様は、小さな子供のようにとても愛らし……じゃない。いや、実際にとても愛らしいけれどもそうじゃない。
予想外の質問に私の言葉は吐き出される前に喉の奥へと引っ込んでいった。
「そのローブは随分と使い古されているようだけれど、大々引き継いでいる物とかなのかしら? あ、噂に聞いていた証の指輪! 魔法使いさんと同じ瞳の色の宝石が嵌められているのね。確かそれが証明となるのよね。魔法が使えるだなんて素敵だわ。あ、もしかしてーー」
「あ、えっ、と……」
次から次へと矢継ぎ早に話すのものだから、私は途中で言葉を挟めずにいた。
どうやらアミィ様は感情が表に出る方のようで、期待に弾んだ声、キラキラと輝く瞳、前のめりなその姿勢。これは相当魔法使いに興味がありそうだ。
とりあえず口が挟めそうにないので、彼女が興味を持ったこと一つ一つ答えられるように、話した内容を覚えることに徹しようと会話に聞き入ると、しばらくして途中でハッと何かに気づいたのか、話がぴたりと止んだ。
「わ、私ったら何も考えずに……」
「……」
「ご、ごめんなさい。恥ずかしいわ」
「……」
パアァンッ! と勢いよくにこやかに微笑んでいた私の顔が弾けた。代わりにゆるゆる顔のお出ましだ。
お貴族様としての気品もあるのにこんな可愛い一面を見せられちゃ、弾け飛ぶしかなかった。
夢中になって魔法使いのことを話したと思ったら、話しすぎたことに気づいて赤面である。これはもう可愛い以外の何ものでもない。それ以外のことが一切出てこない。
「ぜ、全然大丈夫ですよ〜。ご質問承ります〜」
ゆるゆるに緩みきった顔のまま質問を受け付けるが、彼女は首を横に振った。
「ま、まあ、私が聞きたいことは置いといて」
アミィ様はコホン、と一つ咳払いをすると、前のめりだった姿勢を元の位置に戻す。
私は中々の直らない緩みきった顔に必死に力を入れていた。