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6.ハイド辺境伯邸

「遠目からでも大きな建物だとは思っていたけど……すごい」


 圧倒的存在感。ずっしりした門構え。頭を大きく左右に振らないとその全貌が把握できないほどの広い敷地。いや、大きく振っても端がちゃんと見えるかどうかは定かではない。

 こんなところに住む辺境伯様とは一体どんな人なんだろう。

 私の知っている位の高いお貴族様といえば、全員やたらとキラキラとした容姿の目が眩しくなるたちばかりだ。辺境伯様もやはり目が眩しくなるようなお方なのだろうか。

 キラキラしててもいいから話しやすい人であるといいなと思いながら私は門を叩いた。


 しばらくすると玄関から白髪のダンディーなおじ様が出てきた。

 すらっとした佇まいが優雅さを演出する。身につけている服装は執事のそれだと分かるが乱れがなく、とても洗練されていた。


「貴方様は」


 突然の来訪者に訝しげな表情を見せる白髪ダンディー。

 大して身なりを整えることはできないが、姿勢を伸ばし、彼をまっすぐと見据えて挨拶をした。


「王都より西の森へ配属となりました。魔法使いカルラ・ヴァーベナと申します」

「おやおや魔法使いさんでしたか」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言ってお辞儀し、パッと顔を上げると、白髪ダンディーはスッと目を細める。

 見えない壁を作られたような気がして怪しいものを拒む気配を感じる。


()を」


 そういうと彼の視線が私の左手へと注がれる。そこにあるもので、私が何者か見極めようとしているのだろうか。


「こちら魔法使いの証です」


 そう言って左人差し指に嵌めている魔法使いの証が入った指輪を見せた。

 シンプルな銀の指輪には魔法使いの証である紋章とそれぞれの瞳の色の宝石が嵌め込まれている。私の場合はガーネットの宝石だ。

 これを見せることによって、自分が魔法使いであることの証明と存在意義を示す。

 知っている人は知っている魔法使いにとって大事なものだ。


「確かに。使用魔法もお願いします」

「熱魔法です! ……一応は」


 指輪を見せた後、流れるように使用魔法についても聞いてきた。


『温める』あの魔法は、一応熱魔法に分類されるのだが、私が熱せられる最高温度は四十度。熱い、というよりはぬるい。人的害はなく、日常生活でささやかに役に立つ代物である。


「熱、ですか……」


 私の使用魔法を聞くと白髪ダンディーは何か思案するように顎に手を当てる。

 魔法使いの証に使用魔法を提示したのだから、危害を加える気はないと認識してもらえたと思っていたけど、そうではないのだろうか。

 王都ではよくあることだが、高貴な方々の家は主人へ通す前に、魔法使いの証と使用魔法の提示を要求することがある。

 理由としては、自分たちの不利になるような魔法を使えないかの確認だ。稀に密偵系の魔法が使える者もいるため、それに該当しないかを用心深く確認する意味がこもっている。

 私の熱魔法は人の秘密を暴くような魔法ではないので当然該当しないのだが、危害を加えないという約束もした方がいいのだろうか。


「あの、そんなに不安でしたら、危害を加えないお約束でもしましょうか?」


 念には念をそう提案してみる。


「いえいえ、こちらの話です」

「…………はい?」

「大変失礼致しました。本日はどのようなご用件で」


 何がどうこちらの話なのかよく分からないが、まずは邸に来た目的を話すことにする。


「西の森の管理は辺境伯様が行なっていると伺っております。これから任務のために入らせていただこうと思いますので許可を貰いに来ました」


 よろしくお願いしますと再びお辞儀をすると、白髪ダンディーは要件を納得したようで、丁寧且つスマートに邸内の一室へと案内してくれた。



「それではこちらでお待ちください」


 通された部屋は明るく清潔感の溢れる応接室のような場所だった。

 部屋にある一つ一つの置物が安物ではないそれなりにいい値段のいい品を使っているのが分かる。そしてそれらはこの邸の使用人たちによって、きっと丁寧に手入れされているのだろう。陶器の花瓶でさえ、なんだか宝石のように輝いているように見えた。

 私を部屋まで案内した後、白髪ダンディーは辺境伯様を呼びに行ったのかその場からいなくなり、代わりにメイドが一人、部屋に残った。

 艶のある黒髪を後ろでまとめ、ややつり目の黒猫のようなメイド……黒猫メイドが私へ紅茶を出してくれる。


「あ、りがとうございます……」


 お礼を言って紅茶を受け取るが、応接室に入ってから私は一人ソワソワしていた。


 扉から入ってすぐ目の前に大きなテーブルがあり、それを囲むように向かいあわせで二人掛け用のソファーがある。そしてそれぞれ座って右側にちょっとしたサイドテーブルがあるのだが。

 奥のサイドテーブルに見覚えのある本が置いてあった。


【お嬢様と淡い雪】

 私が家に忘れてきてしまった、読みたくて堪らない本のタイトル。愛読書のお嬢様シリーズだ。

 礼儀正しく、聡明かつ、優雅なお嬢様がいろんなことに挑戦し、悩み、乗り越えていく物語だ。今回は淡い雪と称し、とある人と出会う、いよいよ恋愛パートに入るお話だった。

 冒頭数ページ、プロローグにあたる部分だけは読んだ。読んだからこそ、これは後でじっくりと……それこそ夜更かししてでも読まなくてはと決意をした。そしてあとは帰ってから読もうと机の上に置いてきたのがいけなかった。

 私はその後魔法省へ行き、そしてそのまま西の森を目指してしまった。

 ポンコツ故にお給金もそんなに多くなく、少ないお金をかき集めて買っていた唯一の娯楽。私の心のオアシス。

『なんで収納魔道具に入れなかったんだ、私の馬鹿野郎!』と何度も言いながら今日まで過ごしてきた。


 応接室にあるということは辺境伯様の物? それとも誰かの忘れ物?

 だが忘れ物であればメイドや執事が気づいて回収するはず。

 ということはだ。回収されずあえて置かれているこの本は辺境伯様の物で、辺境伯様もお嬢様シリーズのファンということだ。

 一気に親近感が湧いて、まだ見ぬ辺境伯様と仲良くなれる確信を得た。


「……よしっ」


 黒猫メイドがいなければ、思わず立ち上がって拳を高々と掲げていただろう。いや、もしかしたら軽く小躍りをしていたかもしれない。

 変に思われないようにこっそりと拳を握りしめるだけに留めておいた。

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