5.お肉様へのお礼
ご馳走は私の想像を絶するほどの美味しさだった。
お肉様を一口食べると、なんと口の中ですぐにとろけた。それなのに肉肉しい味わいが舌に残り、私にもう一口食べろと主張してるから厄介だった。一口、また一口と食べる手が止まらない。
そしてお肉様だけじゃなく一緒に出された野菜スープも絶品だった。
新鮮な野菜たちと琥珀色のスープが変に味を相殺することなく、絶妙に融合しあって旨味成分を引き出していた。口にすれば程よい塩加減に野菜本来の味を感じた。最高だ。
お肉様や野菜スープを口にする度、私は美味しさに打ちひしがられていた。
「す、すごく美味しいです! マノンさんは天才です!」
「ははっ。野菜スープは旦那が作ったんだ。ぜひそっちも褒めておくれ」
マノンさんがそう言うと、熊みたいな包容力のある大柄な男性が調理場からヒョイと顔を出す。
「旦那さん、すごく美味しいです! ありがとうございます」
私がお礼を言うと、少し照れくさそうに一度頷き、そそくさと調理場へと戻っていった。絶対にいい人だ。
この町に入った時から温かくて活気に溢れたところだなと感じていたが、そこに住む人も温かい人たちだった。まだマノンさん夫妻としか話していないが、よく知らない魔族の私を受け入れてくれる寛大な心が私を温かくさせてくれた。
それに遠い西の地でも魔族の存在が知れ渡っていることに少しだけ嬉しくなった。
地域によっては魔族を忌避する人族も多くいるし、そもそも存在を知らない人たちもいる。声をかけてきたということは友好的な証拠。この夫妻には偏見の目がないのだろう。
それにこの町に入ってから、誰も奇異な目で私を見ている気配はなかった。
素敵な人が多い町なんだろうなと感じていた。
西の森から一番近い町が温かくて素敵な場所だと知れてよかった。
定期的に足を運んで、何か町のためになる事をしたいと思った。
「そういえばお嬢ちゃん、名前はなんて言うんだい?」
「……はっ」
なんということだ。私はこの親切な人たちに名乗りもせずご馳走になっていた。
「申し遅れました。私、カルラ・ヴァーベナと申します。カルラとお呼びください!」
急いで立ち上がり、バッとお辞儀をする。
「カルラ、ね。素敵な名前だね」
「はい、ありがとうございます!」
再び勢いよくバッとお辞儀をすると、振り子みたいだと笑われてしまった。
綺麗に絶品料理を完食した後、なんと食後に紅茶まで出してくれた。こんなオプションまでつけてくれるのかと感動し、ありがたくいただく。
じっくり香りを堪能して一口味わうと、鼻に抜けるいろんな香りがまた程よい味わいを引き出していた。
「それでカルラ。あんたのような魔族の子がどうしてこの町に来たんだい?」
ふうと感嘆の息を漏らしていると、タイミングよく質問を投げかけてきた。
カチャリとカップをテーブルに置いた後、私はマノンさんに向かって話し出す。
「実はこの先でお仕事をすることになりまして。ちょうど通り道だったこの町に寄らせていただきました」
西の森に近い人たちは私以上に危ない場所だと知っているはず。優しい人たちに心配させるのは私の望まないところなので、若干言葉を濁して伝えた。
「……なん、だって」
だが、それまで私と一緒に優雅に紅茶を堪能していたマノンさんの動きがぴたりと止まる。そして恐る恐るといった様子で言葉を続けた。
「この先?」
「はい」
「この町の先に何があるのか知っているのかい?」
「はい、知っていますが……?」
肯定すると彼女は前のめりになりながらガバッと私の肩を掴んだ。「うおっ」となんとも可愛らしくない驚きの声が漏れる。
「あんたが行こうとしているのは西の森だろう? 考え直すんだ! あそこは迷いの森で魔物の巣窟なんだよ!」
「うわあぁっ⁉︎」
全然言葉を濁せてなかった。
前後に揺られながら仕事だからと話すが全く聞く耳を持たない。
「だ、大丈夫、ですよ~。一応、これでも、魔法使いなので~。あの、もう、揺らさないでぇええ」
「魔法使い! あんた、すごい子だったんだね……」
魔法使いと聞いて揺れが収まる。これ以上揺らされると先ほどのお肉がリバースするところだったので危なかった。
姿勢を整えてマノンさんを見ると、不安と尊敬の入り混じったような複雑な表情で眉間に皺を寄せていた。
まだ出会って数時間の私を心配してくれているんだろう。
そんな人に「実は温めることしかできない魔法使いですけどね。あはは〜」と言うと、私の西の森行きを全力で止めそうなので口には出さなかった。
「私の力が発揮できる任務みたいなのでこの後向かう予定です」
任務の内容は全く聞かされていないけれど、今では西の森行きは前向きな気持ちで向かっている。口に出せなかっただけで極秘の任務かもしれないし。まあ、なるようになれ、だ。
再び前向きな気持ちを入れ直していると、スッとイチゴのショートケーキが差し出された。急に出てきたそれにビックリして、差し出された方向を向く。旦那さんだ。
そんなに大きな声で話したつもりはないが、旦那さんは調理場からばっちり聞いていたようだ。あ、マノンさんの声は大きかったかもしれないけれど。
頑張れとエールを送ってくれているのだろうか。これは食べないわけにはいかない。
「ありがとうございます!」
差し出されたイチゴのショートケーキに感謝の気持ちを込めて拝み倒した。
ショートケーキも綺麗に完食した後、お肉様の素晴らしさを宣伝するのはもちろんだが、正直言ってそれだけでは足りない気がしていた。
「あの、他に私に何かできることはありませんか?」
気づいたらそう口にしていた。
「わ、私、一応これでも魔法使いなので。例えばマノンさんが調理した超絶美味しいお肉様を、できたてほやほや温かい状態で配達する、など可能です!」
「お肉様って……。お肉に最上の敬意を感じるよ」
「えへへ」
心の中で呼んでいた呼び方をついうっかり口に出してしまった。まあでもお肉様はお肉様なので別に恥じることではない。
「でも西の森へは急がなくて平気かい?」
「大丈夫です。予定より早いので少しくらい寄り道したって問題はないかと」
私の予想だとここから一週間かけて進めば目的の森に到着する見込みだ。この雑な地図が正しければだけど。
「なら一つ頼まれてくれるかい?」
「……! はい、お肉様の宣伝をしながらその頼まれごとをこなしてみせます!」
頼まれごとを二つ返事で了承する。親切なマノンさんの頼みごとならなんでもこなしてみせようと思った。それがたとえ水の中でも火の中でも、可能な限りはこなしてみせるつもりだった。
ちなみにマノンさんにどう宣伝するのか尋ねられたので伝えてみたところ「元気があって非常にいいが宣伝方法は私の方で考えさせておくれ」と言われてしまった。
マノンさんの頼み事は配達をお願いされている老夫婦のところへ料理を届けてほしい。ということだった。
喜んで引き受けるとついでにと言って、一つ教えてくれた。
「西の森に行くと言っていたね。あそこの管理はハイド辺境伯様が行なっているから、料理を持って行くついでに話しをつけてくるといいよ」
管理をしているお貴族様。お貴族様の相手はいつだってベテランの魔法使いが行う。二十年前は新人もいいところだったが、今はもう立派な……多分立派な魔法使いだ。
それに西の森の状況を聞いておけば、私の任務の内容の何かヒントになるかもしれない。
「管理をしているハイド辺境様ですね。分かりました」
老夫婦の家と辺境伯様の家の場所を地図に書いてもらい、温かい料理を持って私はマノンさんのところ後にした。
老夫婦の家はマノンさんの家から少し離れたところにあった。
町に入った時は屋台が賑わいを見せていたが、奥に進んでいくと先ほどとは打って変わって静かで喉かな自然の空気が私を迎え入れてくれた。
ポツポツと間隔をあけて家が立ち、その一つがマノンさんが書いてくれた地図の目的地だった。
私が食事を届けると老夫婦は大層喜んでくれた。そして何故かお菓子持っていきなさいとお礼にクッキーを持たされてしまった。ここの人たちは本当に優しい。
そしてその足で遠くからでも視界に入ってくる大きな建物、辺境伯様の家へと向かったのだった。