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4.鳴り響く虫

「おお、結構賑わってる」


 到着した町はここ最近見た中で一番賑わっており、王都より人は多くないものの、温かく活気に溢れていた。

 少し町を歩くだけでも見たこともない食べ物や雑貨の屋台が出ており、非常に目を惹いた。生活費はもらっていたが無駄遣いはできないため、私は常に最低限の食材を買うしか選択肢はない。

 それでも見るだけならいいだろうと、途中で何度か立ち止まっては無駄遣いはダメですよカルラ! と自分を叱咤した。世知辛い世の中だ。


 ここに来るまで毎日必ずしも町へと辿り着けるとは限らなかった。

 寝袋は収納魔道具に入れていたため問題なかったが、何日も野宿をすることもあり、そのたびに虫たちとの戦いは過酷だった。そして野宿が続くとご飯問題もあった。


 お店がなければ買い足すことができない。でもお腹は空いていく。お腹空いたと一度考えてしまうと、頭の中はずっとお腹空いたになる。

 どうしよう、何か食べるものを手に入れなければ。でも虫を食べるのは絶対にない。

 悩んだ末、野宿の時の腹の足しとして道端に生えた草を積極的に採取した。頭イカれていたんだと思う。

 たまに間違えてしびれ草を採取することもあったが、少し休めばしびれは取れるので問題はなかった。いや、問題はあったのか。虫を追い払えないという問題が。


 なので今、町に着いて目の前に美味しそうな食べ物があると自然と吸い寄せられるわけで。私は再び足を止めて、目の前の屋台のそれはそれは美味しそうなお肉に釘付けだった。


 ああ、ジュウジュウとお肉が焼ける音が聴覚を刺激する。

 鼻から存分に空気を吸い、ごくりと唾を飲み込む。味の想像だ。

 きっと、いや、絶対に美味しい。


「もしかして魔族の子かい?」

「……え?」


 ジッと屋台を見つめながら想像の味を堪能していると、近くにいた人に声をかけられた。

 顔を上げると恰幅の良い女性がニコニコとこちらを見ていることに気づく。

 それに今、魔族の子って言ったような。


「ああ!」


 私は自分の両耳を触りながら納得する。この女性は魔族特有の尖った耳を見て、すぐに私が魔族であることに気がついたのだろう。


「はい、魔族で……あっ」


 よだれが垂れていたかもしれないと思わず口を拭うと、その女性は豪快に笑い出した。


「あはははっ。お腹空いたのかい?」

「ううっ。その」


 お腹空いたと言えば余計にこのお肉が食べたくなる。

 否定しようと口を開きかけたところで、私の腹の虫が笑い声に負けないほど豪快に鳴り出したのだった。




「す、すみません……少しだけお邪魔します」

「狭い家だけどゆっくりしていっておくれ」


 腹の虫を盛大に鳴らした私に彼女、マノンさんがご馳走をしてくれると言って、屋台の裏にある家へと招いてくれた。

 どうやら私が熱心に見つめていたあのお肉は彼女の屋台だったようだ。

 見慣れない魔族の子がやたら熱心にお肉を見つめるものだから、気になって声をかけたと笑って話してくれた。つまりはお肉が焼ける音を聞きながら妄想にふけっていただらしない顔の私を見たということだ。恥ずかしい。


「あの、本当に、お構いなく。少しだけ休憩したらお暇させていただくので」


 ここに来るまで何度もご馳走を拒否したのだが、意外と押しが強いマノンさん。


「何言ってるんだい。そんな細腕でぶっ倒れちゃうよ」


 そう言って私の拒否を打ち消してばかりだった。


 確かに恰幅の良いマノンさんと比べて、草ばっかり食べていた私は細腕だが、ぶっ倒れるほどではない。

 でも心配になる程私の腕は細いのだろうか。一度ジッと自分の腕を見つめてみるが、それなりに肉はついているし、皮状態じゃないから平均的だと思った。

 よし、やっぱりお金を払おう。いくらか分からないけど、生活費はちゃんとあるし。


「やっぱりお金を」

「ご馳走するって言ってんだ。お金なんていらないよ」


 うん、即否定された。


「いやいや。さっきお会いしたばかりのほぼ初対面ですよ? 私が詐欺師だったらどうするんですか!」


 出会ったばかりの私が、か弱いふりをして何か企んでいたらどうするのだろうか。

 ぐへへへ、肉を根こそぎ持っていってやるぜ。とか企んでいるかもしれない。

 だって私は今、お腹を空かせているのだから。


「詐欺師はあんなキラキラとした目でお肉を見つめない。よだれも垂らさないし、タイミングよくお腹も鳴らさないだろうね」

「うっ」

「もしそれで詐欺師だったら、私の見る目がなかったってことさ」

「…………本当にいいんですか?」


 お腹を空かせた魔族にこんなにも親切にしてくれるなんて。優しい人。

 もしかしたらマノンさんにとっては、困った魔族にちょっと手を差し出しただけかもしれない。でもそのちょっとが私を温かい気持ちにさせてくれた。


「最初からいいって言ってるだろう。むしろうちのお肉を食べた後に町の人間に宣伝しておくれよ」

「っ喜んで!」


 若干勢いがついてしまったが宣伝をすることならお安いご用。さて、どう宣伝をするか。

 彼女の名前を連呼しながら町を練り歩くか。でもそれだと名前の宣伝はできるが、お肉様の宣伝ができていない。

 一人一人の肩を叩き、マノンさんの屋台のお肉様はとても美味しいと言っていくのもありか。実際にこれからお肉を口にすればより宣伝に深みが増すかもしれない。


 本当頼もしいよ、という彼女の言葉を聞きながら私はどう宣伝するのかたくさん思案したのだった。

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