24.3ヶ月前
◇◇◇
今から約三ヶ月ほど前。
「魔物が増えてきている」
西の森へ巡察に行った兵からの報告にそういった内容が散見されるようになってきていた。
ちょうど私自身も同じようなことを感じていたため、兵を集め、西の森の一斉調査を行うことにした。
四人から六人の班分けを行い、私の班は管理人である私と三人の兵の計四人の最低人数で臨むこととなった。
「ここも問題ないな」
「高級魔物がいないとはいえ、これだけの中級魔物が出てくるとは。最近は本当に魔物が多いと思っていましたが、今日はそれ以上ですね」
兵の一人が口を開く。先程から中級魔物を切り伏せているのは彼だ。
この班の中では一番若く経験が浅いとはいえ、剣の実力は非常に頼もしいものだ。
そして我々は森の奥深くまで歩いていった。
「……この辺り一帯はやけに静かですね」
しばらく歩いていくと先ほどの魔物が嘘のように減り、一時間ほど前からは低級ですら見かけなくなっていた。
ドミニクの言葉に同意するように私は頷く。
嵐の前の静けさというか、何かが起きる前触れではないかとその場にいた全員思った時だった。
グォオオオオ!!!!
耳をつんざくような獣の雄叫びが森中を駆け巡った。
「な、なんだ!?」
瞬時に辺りを警戒する。今のは遠くから聞こえたものでは無い。
かなり近い範囲、おそらくどの班よりも我々の班が一番近い。
木々がミシミシと折れる音、ドシン、ドシン、と何かが歩く振動を感じ、よりいっそう警戒心を高める。
「近くにいるはずだ。警戒を怠るな」
全員にそう促し辺りを警戒していると、ドミニクが何かに気づいた様子で私に声をかける。
「ハ、ハイド様」
「どうした」
「十二時の方向に」
「? なっ……嘘、だろ……」
木々の隙間から見え隠れするのは遠くでも分かるほどの白くて大きな何か。
視界を遮るものが多すぎて全身の姿を把握できないが、中級魔物とは比べ物にならないほど大きな図体が数十メートル先に存在しているのは間違いない。
動くたびに煙が蒸発するような音、それに交じってパキン、パキンとガラスが割れるような音も聞こえてくる。
あれは間違いなく高級魔物だ。
「すぐに撤退だ。この人数で対処できる相手では無い」
この森にはいないはずの高級魔物が何故。
そんな疑問は残るがまずはここから離れることが先決だと思い、静かにバレないよう兵を後退させようとした。
誰が踏んだのか、パキッと枝の折れる音が辺りに響いた途端、白い物体の動きが止まり、こちらをギロリと睨んだような気がした。話し声よりも小さなその音に。
「まずい。走れ!」
そうやって叫んだ頃には白い物体は木々を薙ぎ倒したながらこちらへ迫ってきていた。
高級魔物を倒せるほどの騎士級の兵はいない。私を含めて全員、倒せても中級レベルだ。
徐々に迫ってくるその音にひたすら足を動かし、何ものか確認することもできずにただひたすら前を向いて必死に逃げる。
だがそれも長くは続かず、逃げ道を閉ざすかのように目の前に木が倒れてきた瞬間、全員の足が止まる。そこで初めて私たちは後ろを振り返った。
およそ体長十メートルほどの白い鱗に覆われた龍のような姿をした高級魔物が鎮座していた。
「ハイド様……この魔物は」
「ああ、龍の類の高級魔物、おそらく氷龍だ」
北の高山、東の深海にいるような龍の高級魔物。
体の大きさだけではなく、その強さは人族だけではなく魔法が使える魔族からも恐れられている。
この状況をどう打開するか、働かない頭を必死に動かし考える。
応援を呼んで対処したいところだが四人編成の班では一人でも欠けるのは痛手だ。誰かに他の班を呼びに行かせるわけにもいかない。とはいえこの人数で対抗できるとも到底思えなかった。
必死に頭を巡らせながら考えるが、いい案は何ひとつとして浮かばない。
それならばやることは決まってくる。
「みんなよく聞いてくれ。私が正面から魔物を迎え撃つ。その間に左右へ分かれて隙を見て攻撃をしてくれ」
「それではハイド様が危険です!」
「言い争っている時間はない。今すぐ行動を起こす」
そう言って腰から下げていた剣を鞘から抜き、氷龍に向かって構える。
私のその行動に氷龍は目の色を変え、明確に敵と見なしたようだった。
――来る。
大きな図体から繰り出された左からの素早い攻撃に辛うじて反応し、受身を取る。
「……くっ」
重い一撃に気を抜けば瞬時にやられて終わりだと悟る。
それからしばらくの間は氷龍の攻撃を防ぎながら隙を見て反撃を行うことの繰り返しだった。
少しずつ我々の体力が減るもの、その分、氷龍にも傷を負わせた。
背中に傷をつけ、腹に傷をつけ、四人で隙を見て何度も攻撃をした。徐々に氷龍の方も動きが鈍くなり、明らかに弱ってきていた。そして他の兵に気を取られている氷龍の心臓をめがけて剣で切り込む。
深傷を負わせ、その傷に悶え苦しんでいる氷龍の姿にあと少しでこの驚異から逃れられる、誰もがそう思った。
でもその瞬間、ギラりと目が鋭く光ったように見えた。
「ハイド様!」
そこで私の意識は途切れた。
◇◇◇
辺境伯様の話を引き継ぐように、当時一緒にいたドミニクさんが話を続ける。
「その後、氷龍は胸に受けた傷が致命傷となり倒れました。ですがハイド様も肩に大きな傷を受けて倒れまして……応急処置をして急いで邸へと戻ったのです」
当時の話を聞きながらあたりを見回し、情景を想像する。
数ヶ月経ったにも関わらず木や土の酷い荒れ模様に、当時の激しさが目に浮かぶようだった。
「教えてくれてありがとうございます」
私は辺境伯様とドミニクさんにお礼を言って頭を下げる。その時たまたま目に入ったドミニクさんの手が震えていることに気がついた。
目の前で辺境伯様が怪我を負い、一歩間違えれば死んでいたかもしれない状況だったのだ。
いくら数ヶ月経ったとはいえ、ここに来ることも怖かっただろうし思い出すのも嫌だっただろう。でも彼は来てくれた。そして当時の現場でその時の状況を話してくれた。
少しでも何か心安らげるものはないかと考え、収納魔道具からひとつ取り出す。
「気休めにしかなりませんが」
そう言って手のひらサイズの小さな袋を二人に渡す。
私からそれを受け取った二人は、顔を見合わせどうしたもんかと微妙な表情をしている。
害するものじゃないと説明をするために私は口を開いた。
「可愛いでしょう? 前に王都で大量買いをしたリラックス効果のある匂い袋なんです。魔道具でもなんでもありませんが」
「え、そんな! 悪いです」
ドミニクさんはすぐに遠慮して私に匂い袋を突き返そうとする。それでも貰ってほしくて何かいい言葉はないかと頭の中を駆け巡っていると、隣から助け舟が出された。
「私はいただこうかな。ちなみに大量買いってどれくらい買ったんだ?」
「か、軽く三桁ほどの数字を……」
「それで? 今までに何個使ったんだ?」
「私、王都にいた友達二名、今お渡しした二個の五個ですね……」
「「……」」
「ま、待ってください!? ここにいる方々にも配れば、えっと、あと五個は! ほら! 使っていただけます!」
「それならば邸のものにも配ってくれ」
「よ、よろこんで!」
墓穴を掘ったような気もするが、この匂い袋のほんのりとフローラルな香りが私は好きだった。
商売上手なお兄さんの口に乗せられてまんまと三桁も買ってしまったことはいがめないが、誰かにプレゼントをしたり少しづつ使えばなんとかなるだろう。
「ふふっ。それじゃあカルラさんのためにもいただいていかないとですね」
「ぜひ! ドミニクさん、一個とは言わず五個ほどどうですか?」
「そんなにはいらないかな」
突き返そうとしていた手は引っ込められ、匂い袋は無事に彼らの手に渡っていった。
押し付ける形ではなく、あくまで自然に彼らの手元に収まった。
辺境伯様の一言がそうさせたのだと気づき思わず彼の顔を見ると、私に向かってほんの少しだけ口角を上げて微笑みを返した。
その行動はきっとドミニクさんが遠慮なく受け取ってくれるように誘導したものだと、ほんのりと匂い袋のように優しさを感じたのだった。




