22.いざ西の森の中へ
それから私は何度か町へと赴いた。クレモン一家のお手伝いができるような適切な魔道具はなかったので、基本的には体を動かすことしかできなかった。
そして火事から三日経って『あとは自分たちでやれます。お忙しい中ありがとうございます』と言うご主人の言葉によってお手伝いは終了した。
その後は西の森に入る準備を進めた。使える魔道具の確認はもちろんのこと、忙しい辺境伯様の代わりにトーマス様から西の森の予備知識を教わったりして過ごした。
「準備はできたか?」
「はい、問題ありません」
そしていよいよ西の森に入る日がやってきた。
事前に聞いた話しでは、今回の調査期間は移動を含めて二週間ほどで、目的地は高級魔物が出現した地点。
片道約一週間ほどかけていくそこは、森の奥深いところになり、私は魔道具で高級魔物の出現要因や足取りを追う予定だ。
辺境伯様は道案内人として同行。さらに現地では護衛のための兵たちがいるとのことである。
「ここからどうやって移動を? 馬車で数日かけて移動ですか?」
馬車に乗って移動するものだろうと思った私は辺境伯様に尋ねた。
アミィ伯爵様との時は近辺を見回るだけで森の中に入ることはなかった。だが聞いたところによると西の森は正式な入り口があって、そこから入って調査するのが通常らしい。
もちろん森なので入り口じゃないところから入ることも可能だし、すぐそこであれば入ることもあるのだという。
だが、本格的な調査をするときは必ず正式な入り口から。
そうしないと【迷いの森】の文字通り、迷う、とのことだった。
森への入り口は南の方にあるらしく、辺境伯邸から向かうとなればそれなりの距離がある。
なので馬車を使って数日かけた移動ののち、西の森入りを果たすのかと思ったのだが、辺境伯様は首を横に振った。
「いや、敷地内の転移陣を使う」
彼はそう言いながら窓の外、おそらく転移陣がある方向に目を向ける。
「転移陣、ですか。そんな高度なものが……」
「昔からこの敷地内にある転移陣でね。おそらく魔法使いが配置されていた百五十年以前に作られたものだろうな」
「なるほど……」
「片方向だが、行きの移動時間は短縮できる。ではそこへ向かおうか」
「はい!」
転移陣は邸を出てすぐ近くの小屋内にあった。陣のためだけに作られたような場所で、小さな棚と大人三人がようやっと入れる大きさの転移陣が床に描かれているだけだった。
そして小屋には安易に出入りできないよう常に施錠しており、利用する際は必ず辺境伯様同伴でなくてはならない。「そういう決まりにしている」と説明をしながら彼は陣の中へと入った。
「一緒に移動をする。手を」
そう言って差し伸べられた右手をしっかりと掴み、私たちは西の森入口へと転移した。
転移独特の浮遊感を感じてすぐに目の前の景色が変わり、一瞬のうちに移動してきたそこは森のすぐ側だった。
辺境伯様と繋いでいた手を離し、辺りを見回す。
少し前にも似たような景色を見たが、相変わらず木々が連なり、物々しい空気を感じた。
「ここは……」
「西の森の入口から少し離れたところだ。少し歩けばすぐに入口がある」
今回、西の森に入るのは全員で八名。私と辺境伯様、辺境伯様の私兵団の五名とこれから初めて顔を合わせることになっている王都から派遣された騎士様。
辺境伯様が前に王都へ行った際、王子殿下たちへ応援要請をしていたらしい。殿下たちは西の森の状況を重く見ており、すぐに騎士様の派遣が決まった。そして今回の立ち入りに合わせて騎士様も同行することになっている。
殿下たちが指名した騎士様ということもあって、相当腕が立つと聞く。
前に見た私兵団の人たち以上にガチむちお兄さんたちを想像しながら辺境伯様の後ろをついて行くと、すぐに人だかりが見えた。
近づいていくと彼らも私たちの存在に気づき、お辞儀をしたり「お疲れ様です」と挨拶をする者もいた。
「もうすでに他の者は揃っているようだな。全員集まってくれ」
辺境伯様の呼びかけでその辺りにいた人々が一ヶ所に集まる。
「まず初めに、私がこの西の森の管理人をしているフレデリック・ハイドだ。事前に通達していた通り、今回このメンバーで西の森に入り、高級魔物・氷龍の出現した場所まで行く予定だ。初めての者もいるから簡単に一人一人紹介をしよう」
周りを見渡すと辺境伯様以外私が知っている顔はなく、全員が初対面だった。
一人ずつ辺境伯様から所属と名前を言われ、軽く挨拶をする流れで兵の方々が次々と紹介されていく。
そうして五人紹介した後、私兵団と異なる格好をした赤髪の男性の紹介の番となった。
「ここからは全員初めましてとなる。まずはロザリオ・リエーレ」
「はい」
名前を呼ばれた彼は一歩前に出ると、軽く会釈をしたのち堂々と前を見据えていた。
「彼は王都より派遣された騎士の称号を持つ者だ。今回、行く場所が場所なだけに彼が同行をしてくれることとなった。とても心強い一人だ」
「初めまして。王都より派遣されましたロザリオ・リエーレです。よろしくお願いします」
赤い髪が印象的な彼はロザリオと言う名前らしい。
騎士ということだけあってガタイがとてもよいが、荒っぽい印象を受けることはない。それは彼自身がとても落ち着いた態度だからなのだろう。冷静に物事を判断し、剣を振るう。そうして騎士の称号まで上り詰めた。そんな印象を受けた。
「では最後にカルラ・ヴァーベナ」
「は、はい!」
いよいよ私の紹介だ。こうやって人に紹介される経験がないため、なんだか妙に緊張する。
「新たに西の森に配置された魔法使いだ。膨大な知識量、適切な魔道具処置。今回氷龍の調査をするにあってとても頼れる存在だ」
「カルラ・ヴァーベナと申します。皆様のお役に立てるように精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」
”とても頼れる存在”。
辺境伯様と過ごした数日でそう思っていただけていたことが嬉しくて、思わず感動で泣きそうになっていた。
皆の前でお辞儀をしながら、期待に添えられるように頑張らなくてはと、私は自分自身に気合を入れた。
「では森へ入る前に注意事項を言っておく」
全員の紹介が終わったところで注意事項の連絡へと入る。
「まずは基本、単独行動は禁止だ。今までこの森にはいないとされていた高級魔物の存在が確認されており、一人での対処は難しいことを身をもって経験している。皆の安全のためにもこれは絶対に守ってもらう」
辺境伯様の言葉に全員が分かったと頷く。
「それからどんな些細なことでもすぐに私に報告をしてくれ。見間違えや勘違いかもしれないと思うことでも構わず言ってくれ。杞憂ならそれでいい。だが君たちの見たものが大きなことに繋がる可能性もある。よろしく頼む」
魔法使いという立場から何か私に気づけることがあるかもしれない。
ちょっとした気づきがここにいる人たちの命を、ひいては自分自身を守ることに繋がることを考えれば、報告することはとても重要だ。
「それではこれより中に入る」
そうして私たちは西の森へと入った。




