21.隙間から見えたもの
◇◇◇
「ぎゃああああああ!」
執務室にて書類仕事をしていると、部屋の外から盛大な叫び声が聞こえた。
「なんだ今のは」
近くで仕事を手伝っていたトーマスに問うと、彼も首を傾げている。
「カルラ様の声ですね。様子を見てきます」
「いや、私が行こう」
そうして執務室を出て、声のした方へ向かって走っていくと、廊下に立っているマゼンタの髪色が目に入る。
「やはり彼女だったか」
何かあったのかと近づいていくと、濡れたままの髪にタオルを体に巻き付けた状態でメイドと言い争いをしているカルラがいた。
「なんて格好をしているんだ……」
走る速度を落とし、極力彼女の体を見ないように近づく。
「新規じゃない! 再来、再来だから!」
「カルラ」
全く私に気づかないカルラは声をかけてようやく存在に気づいたようだった。
「あ、辺境伯様。聞いてください! 私は一人で大丈夫だと言ったのです!」
「分かったから、その前に服を」
「え……あっ」
自身のジャケットを脱ぎ彼女に羽織らせると、彼女はようやくそこで自分の状況を理解したようだった。
分かりやすくみるみると顔を真っ赤にさせ、わなわなと唇を震えさせている。
「う、うう。ごめんなさーーい!」
顔を真っ赤にしたカルラは慌てた様子で脱衣所へ戻っていった。一緒に廊下に出ていたクーナは私に一礼をし、カルラの後をついていった。
ピシャンと閉じられた脱衣所への扉。
本来であれば女性の素肌を見てしまったと恥ずかしく思うところだが、私はそれとは違う複雑な気持ちで閉じた扉を見つめていた。
濡れた髪の隙間から一瞬だけ見えた背中の傷。
古い傷のようだったが、相当の深傷だったに違いない。
まるで誰かに背後から斬られたような大きな刃物傷が残っていた。
王都で『ポンコツ』と言われている魔法使い。彼女の噂は多少聞いていた。
大した魔法が使えないポンコツ魔法使い。あまりにも使えないので西の森へ追いやられた、と。
だが実際に会った彼女は優秀以外の何者でもなかった。
王都で働く魔法使いだ。優秀じゃなきゃいられないはずで。
人柄的にはポンコツを彷彿とさせる何かがあることは分かるが、それ以上に知識量と相手のことを考え、誓約を結ぶほどにしっかりとしたところがあった。
それに瞬時に私の症状を見抜き、適切な魔法や処置を施す彼女は命の恩人とも言える存在だった。
一体どこが使えないというのだろうか。
少なくとも私は救われた。彼女の存在がなかったら氷龍の影響で苦しんでいたはずで、病状も悪化していただろう。
また救われた命だ。そんな彼女のために何かできないだろうかと考えていた矢先の家の一件。
多少強引だったかもしれないが、理由づけをすれば了承してくれることが分かったので、その手を取らせてもらった。
あの背中の傷はきっと触れないほうがいい。彼女が口にするまでは。
傷を思い出したところで、ふとそれ以外の彼女の体も思い出す。
下ろされた濡れた髪はいつもの三つ編みおさげと違って妙に色っぽく見えた。いつもはローブで覆い隠されている体も線の細さが分かるほどにラインが見えて……そう考えたところでハッと気づく。
「一体何を考えているんだ」
いや、もう想像するな。
全くあんな格好で。今後注意しないといけないな。
しばらくほんのり赤くなった顔の熱は引くことはなかった。




