20.再来、再来だから!
部屋は以前と変わらない場所に住まわせていただくことになった。
もっと広くて日当たりのいい場所をと提案されたのだが、以前と変わらない部屋に住むと言って変更はしなかった。
私にとっては十分すぎる広さの部屋に住まわせてもらっているのに、これ以上大きくなったら完全に持て余してしまう。
以前と変わらない部屋に入って早々、私は近くにあった小さなソファーに腰掛ける。昨日からいろんなことがあって息つく暇も無かったように感じる。
明日もクレモンさん一家のお手伝いをしにいくつもりではあるが、先ほどからずっと魔道具を使えないだろうかと考えていた。
今までこの身を使ってお手伝いできることがあればとあっちこっち走り回っていたが、よくよく考えれば私は魔法使いだ。いや、よくよく考えなくても二十年前から魔法使いなのには変わりないのだが。
魔道具に何かいい物はあっただろうか。
そうしてカバンに手を伸ばして、たまたま目に入った自分の手が結構汚れていることに気づく。
「……先に汚れを落としてからにしようかな」
すくっと立ち上がり、私はお風呂場へと足を運ぶことにした。
現在お風呂場は誰も使っておらず、すんなりと入ることができた。
脱衣所で服を脱ぐ前に長い三つ編みを解く。目の前にある鏡に映る自分が別人のように見える。
ゆるくウェーブがかかった、まるであの人のように。
フイっと鏡から目をそらし、服を脱いでお風呂場へと足を運んだ。これ以上は自分の姿を見ていられなかった。
少し幼く見えても、やっぱりいつもの三つ編みおさげが自分には一番似合う。
「縛られているなあ……」
ここにいない人たちのことを考えても仕方ないのに、こうしたふとした瞬間に思い出しては縛られていることを実感する。もう私は自由になったと言うのに。
「あ~考えるのやめやめ! よーし。体洗うぞ」
お風呂から上がったらクレモンさん一家のお手伝いができる魔道具を探すのだから、モタモタしていられない。
一息ついた私は体を洗うために手近にある石鹸へと手を伸ばしたつもりだったのだが、気づけばその石鹸がない。
「あれ?」
先ほどまで私が見えていた石鹸は錯覚だっただろうか。でもこの邸で何かがなくなる、という経験はしたことがない。
そうなる前に補充されているのが当たり前なのだ。となると石鹸を取ったつもりで何処かに落としてしまったのかもしれない。
考え事をしながら入るのは良くないなと思いながら、石鹸が転がっていきそうなところをキョロキョロと見渡す。
「お身体お流ししますね」
あ、誰かが取ったからいつもある場所に石鹸がなかったのか。
「ありが……」
お礼を言おうとしてふと考える。確か私は誰もいないことを確認した上で、一人でお風呂場に入ったはず。それなのに何故後ろから声が聞こえるのか。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには背中を流す気満々で腕まくりをするクーナの姿があった。
「ぎゃああああああ!」
叫び声はお風呂場で反響する。目の前のクーナが耳を押さえて一瞬怯んだことが分かると、一目散にその場から脱出する。そしてその辺にあったタオルを適当に体に巻き付けて私は急いで脱衣所からも飛び出た。
「っ……な、なんっ⁉︎」
全身が心臓になったみたいに震え、バクバクと動悸が止まらない。
「カルラ様。そのままでは風邪をひいてしまいます」
追いかけてきたクーナは表情を変えず、やけに冷静だ。
一体いつ、音も立てずに中に入ってきていたのだろうか。
クーナはよく音を立てずに隣にいたりするので、その度に心臓が口から飛び出そうなほど驚いていた。
一人でいる気になっても実は彼女が隣にいるなんてことがあるため、変に独り言を発することができない。
ついうっかりクーナの文句でも聞かれてしまったら、知らず知らずのうちに天国に旅立っていそうだ。いや、文句言わないけども。
「ま、待って。なんで入ってきているの? 私、一人で体を洗えるから不要だって最初に言ったよね?」
「今日から滞在する新規の方ですので」
「新規じゃない! 再来、再来だから!」
実は約一ヶ月前にも似たようなことがあった。
基本的に身の回りのことは自分でやることが当たり前だったので、初めてこの邸に泊まった時も一人で風呂に入ったつもりだった。
「まずは髪からお流ししましょうか?」
背後から人の声がした時はびっくりして腰を抜かしてしまった。
それ以来、お風呂のお手伝いは不要だとずっと言っていたのだが。
まさか、正式にこの家に住むことが決まったから新規扱いされるとは思わなかった。
「カルラ」
クーナへ必死の抵抗をしていると、新たな声がする。
それは救世主とも言える辺境伯様だった。




