19.思い出と君自身
翌日、私と辺境伯様は再び黒焦げになった家を訪れていた。
私が住む予定だった家とその隣は全焼。所々建物が崩れかけているところを見ると、昨日あのまま家に入らなかった選択肢は間違えてなかったように思える。
私は住む前だったので家には何も置いておらず、焼け跡から私物を探し出す必要はなかった。だが隣の家のクレモンさん一家は結構長い間住んでいたと聞いていた。そのため家族で色々と見て回っている様子だった。
辺境伯様は連れてきていた私兵団の方と少し話をした後、瓦礫の撤去の指示をする。
人が立ち入っても問題ないところにクレモンさん一家は入っていったが、一番下の八歳のイヴォンくんだけは焼け跡に入らず、少し離れたところからじっと自分の部屋だったところをじっと見つめていた。子供部屋から爆発があったため、現在そこは調査中では入れない。
一人ポツンと立ち尽くす彼の表情は今にも泣きそうで、私は思わず声をかけていた。
「調査が終わったら入れるようになるよ」
「カルラ姉ちゃん……」
「いつ終わるか聞いてこよっか?」
すると彼は首を横に振る。
「もういいんだ。宝物全部燃えて無くなっちゃから。父ちゃんに買ってもらったぬいぐるみも、母ちゃんから貰ったオルゴールも、兄ちゃんから貰った本も大切なものは全部無くなっちゃたから」
ギュッと拳を握り締め、肩を振るわせる。大切なものが一瞬で全てなくなってしまった悲しみを小さい体が必死に堪えている様子だった。
「全部、無くなったわけじゃないよ」
「……え?」
なんて言葉をかけてあげれば悲しみを減らすことができるだろうか。
私は慎重に一つ一つの言葉を紡いでいく。
「一番無くしちゃいけない物はちゃんと肌に離さず持っているはずだよ」
「肌に離さず?」
「うん。思い出と君自身。一番無くしちゃいけないでしょう?」
「よく、分かんない……」
目の前の物理的なものは確かに燃えてなくなってしまった。そうじゃなくて物は失ってもイヴォンくんを始めとするクレモンさん一家が全員無事に生きていることが何よりも大切なことだと伝えたかった。
「えっとね……」
上手い言葉が見つからず、口篭ってしまうと、不安になったのかイヴォン君の瞳に涙が溜まっていく。
ーー励ますつもりが逆に泣かせてどうする!
心の中で自分自身に鋭いツッコミを入れ、ないなりの頭でどうにか言葉を紡ごうとした時だった。
「大好きな人たちから貰った物だったんだな」
いつの間にか来ていた辺境伯様が私の隣にスッとしゃがみ込み、イヴォン君と同じ目線で話し始めた。
「ぬいぐるみもオルゴールも本も、お父さんたちに貰ったから大切な物だったんだよな? 嬉しかった?」
「うん……」
「その嬉しい気持ちは無くなった?」
「ううん」
辺境伯様がそう聞くと、イヴォンはすぐさま首を横に振って否定する。
嬉しい気持ちは消えない。ずっと心の中にあるのだと、小さな瞳は必死に訴えているようだった。
「そう、ずっとココに残っているもんな」
瞬間、イヴォンくんに柔らかな微笑みを向けながら、辺境伯様は彼の心臓、つまりは心のあたりを指差した。
「君が死んでしまったらその嬉しい気持ちはどうなると思う?」
「……消えてなくなる?」
「そうしたらお父さんたちは悲しいね。たくさんたくさん泣いてしまうかもしれない。大切な宝物が無くなっちゃったから」
「お父さんたち泣いちゃうの? 悲しいの?」
「そうだよ。だから嬉しい気持ちも含めて、無くさなくてよかったな」
「……」
イヴォンくんは自分の胸に手を当てながらじっと心を見つめていた。その様子を私たちは黙ってしばらくの間見つめていた。
やがて彼の中で何か見つかったのか、パッと顔を上げると。
「無くしてない。残っている」
そう力強く言葉を発した。
「そうだな」
「お父さんたち泣いてない。残っているから。ありがとうお兄ちゃん、お姉ちゃん。僕行ってくる」
声をかけるまで暗い表情をしていたのが嘘のように、何かすっきりとした面立ちで家族のもとへとかけていった。
「……ありがとうございます」
「なんのお礼だ」
「私、いい言葉が全然見つからなくて、うまく伝えられませんでした」
辺境伯様がフォローを入れてくれなければあの子を不安にさせるだけだった。自ら声をかけたのになんて情けない。
「最初にあの子の心に寄り添ったのは君だろう?」
「私はただ声をかけただけで」
「でも君がきっかけを作ったことで、あの子は胸の内にある不安を話すことができた。それにあの子は、私たち二人にありがとうとお礼を言っていた。その気持ちを素直に受け取っておくことも大切、だと思うが?」
「そう、ですね……そうですよね!」
家族のもとへかけていく時にはすっきりとした顔になっていたのだ。やれることは少なかったかもしれないが、声をかけたことに後悔はしていない。
「自信を持っていい。私も君の行動をきっかけに声をかけようと思ったのだから」
後悔していない行動をきっかけに誰かがさらに行動を起こす。それによって他の誰かの不安を少しでも和らげる。
辺境伯様の言葉は私の心の中にスッと染み込んでいった。
その後、調査によると爆発の原因は機械による物だと結論づいたようだった。
ただ、その機械は黒焦げになり姿形が一切残っておらず、探すことは困難だった。クレモン一家が聞いた時計のカチカチという音。おそらくそれが爆発の原因なのだろう。
私が家にいなかったことは本当に運が良かったことだった。
子供部屋と私の家は隣接しており、一番被害がひどい場所だった。
もし家にいたら私は確実に巻き込まれており、大きな怪我、最悪の場合も考えられると辺境伯様は話していた。
それから今日片付けられる部分を片付け、私と辺境伯様がハイド邸に戻る頃には空は真っ赤に染まり始めていた。
「君はこれからどうするんだ?」
邸へ戻り、執務室に呼ばれた私はすぐになんのことか察する。
「それは……」
あの家に住むことは叶わなくなった。次の家を探そうにもすぐに見つかるとも限らない。その間、どこか拠点を構えなくてはいけなかった。
今は辺境伯様のご好意に甘えて昨日今日と泊まらせていただいたが、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。
「明日からまた家探しをする予定です。あの、その間だけでもこの家にいさせてください。家の端でじっとして迷惑はかけないので」
ばっと深くお辞儀をすると、頭上から深いため息が聞こえたような気がした。
「それならば提案がある」
「……提案?」
「専属魔法使いとして住み込みというのはどうだろうか」
「す、住み込み……?」
「そうだ。西の森を管理するものとしてはそのようにしてもらえると助かる。それに森の調査、連携も必要となってくるし、君には私の治療を毎日してもらう必要がある」
「でも未来の花嫁さんができたら私超邪魔じゃないですか」
辺境伯様はその言葉に一瞬目を見開いたがすぐにため息をつく。
「今のところその予定は無いが、そんなことを気にしていたのか。そういう可能性が出てきたら真っ先に君に伝えよう。もし出ていく必要が出来たらそのときは住む場所をしっかりと用意すると約束しよう」
何もかも私にいい条件を出してくる彼に少々戸惑いながら中々決めかねていると「不安なら誓約が必要か?」と誓約を結ぼうとしたので全力で止める羽目になった。
「分かりました。精一杯お仕事をするのでお申し付けください! それと、ありがとうごさまいます」
「礼を言うのは私の方だよ。君が来てから邸がとても明るい。ありがとう」
ことあるごとにお礼を口にする辺境伯様はやっぱり温かい人だなと改めて思った。
自分が上手く丸め込められていることは全く気づかなかった。




