1.ウキウキ気分を返して
「カルラ・ヴァーベナ。君の新しい勤務地が【西の森】となった」
「…………え」
「準備ができ次第、ここを立ってくれ。なお今日やる予定だったーー」
どうしよう、何も耳に入ってこない。
新しい勤務地? なんで急に配置換え? しかもどこって言ってた?
西の森って言ってなかった?
「っ……西、えっ、は? 嘘でしょーーーーっ⁉︎」
誰か嘘だと言って。こんなのあんまりじゃないか。
王都の魔法省に呼び出された私は絶望的な気持ちでこの配置換えを聞いていた。
『君の力がようやく発揮される任務だ』
今朝、私宛に届いた音声魔法。
ようやく私の力を役立てる時が来たんだと軽快にスキップをしながら魔法省へやってきたというのに。
【西の森】という単語を聞いて冷水を浴びせられたような気持ちになった。
ウキウキ気分の二分前を返して欲しい。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだ。そして少しはボリュームを落とせ」
呼び出された部屋には他にもたくさんの人がいるし、ボリュームを落としたい気持ちは山々だが、そこまで私の頭は回らなかった。
「西の森って魔物がたくさんいる迷いの森のことですよね?」
「そうだな」
「そこに行ったら私、即死じゃないですか?」
「そんなことはない」
「いや、普通に死ぬますけど⁉︎」
「君は運がいいから大丈夫さ。はははっ」
全然笑いごとではない事態に私は項垂れるしかなかった。
西の森。国境沿いに広がるその森は別名『迷いの森』とも言われており、その名の通り一歩でも足を踏み入れると、深い森がまるで迷路のように侵入者を迷い込ませる。
たとえ木々に印をつけていたとしても気づけば消えている。だなんて噂もあったり。
そして森に迷うのにはもう一つの要因も多く絡んでいる。
この森、環境がいいのか多くの魔物が棲みついている。しかもそのほとんどが中級以上で、腕の立つ騎士や魔法使いでもそれなりに苦戦を強いられるほどに強い魔物がだ。
一度普通の一般的な人族や魔族が入れば、魔物から逃げるために森に迷い込んでしまうのは目に見えている。案内人も付けずに入って、魔物に一切合わず、生きて帰ってこれたら奇跡とも言えるだろう。
そんな国民なら誰でも知っている西の森に行けと言われているのだ。この貧弱な私が。
項垂れながらどうにか回避できないかぐるぐる頭の中で考えてみるが、全て「君は運がいいから大丈夫」と言われそうで、腹を括るという結末にしか辿り着けなかった。
ならばせめて、移動くらいは楽に行きたい。
ここ王都は国の中心地にある都。そして私が今から行く予定になっているらしい西の森は西の奥の奥のそのまた奥に位置する場所だ。端的に言えばものすごく遠い。
「西の森ってここからものすごーーく遠いですよね?」
「遠いな」
「どうやって移動しろと?」
「…………君は歩くしかないんじゃないか?」
「か弱い乙女を歩かせるのですか? あの距離を?」
「まあ、可愛い子ほど旅をさせろというじゃないか」
「い、移動の魔道具はないんですか!」
「そんな高級品、用意できるわけないだろう」
「じゃあ馬車とかそういう乗り物は? ほら、魔道具よりは安……」
「はあ? 何を言っているんだ。貴族ではないんだから無理に決まっているだろう」
「貴族じゃなくても馬車には乗れるじゃないですか!」
必死に食らいついてどうにか移動手段を用意してもらおうとするが、何を言っても頭を縦に振らない。
「自腹なら用意できるぞ」
「そんなお金、私にはありません」
私の一年分の給料でも払い切れるかどうか分からないほどの高額な金額だ。そんなぽーんと簡単に出せる代物じゃない。絶対的に無理に決まっている。まあ、そんなにお金もらってませんが。悲しい。
徒歩だと二ヶ月かかる西の森への旅は、馬車だったら大体三週間ほどで着くだろう。移動の魔道具であればもっと短縮できるはず。支給してくれないなんて思いやりがない。
移動手段はもちろんこれだけではない。他にもある。例えば魔法だ。
瞬間移動の魔法なら一瞬で着くし、飛行移動の魔法であれば一週間かければ着くだろう。まあ私はそのどちらも使うことができないが。
道ならざるところを攻撃魔法で突き進んだり、回復魔法を使って最速ぶっ続けで歩くこともできない。もちろんこれらも使えないからだ。
”安全な道を遠回りしながら二ヶ月間歩いて行くこと”
距離の問題は何をどう考えても行き着く答えはこの一つだった。
何故なら私の魔法は『温める』ことしかできないのだから。