16.無碍にしたくない約束
「フローラ様、カルラですが今よろしいでしょうか」
夕食前、少しだけ時間ができたため、フローラ様の部屋に訪れていた。
本当は夕食後の落ち着いたタイミングや、明日改めてでもよかったのだがどうしても早く言いたいことがあった。
しばらく部屋の前で待っていると扉が開き、フローラ様が不思議そうな顔を覗かせる。
「カルラ? 珍しいわね。どうしたの?」
「あの、少しだけお話できませんか?」
「ええ構わないわよ。ちょうどよかったわ。どうぞお入りに……いいえ、温室へ行きましょう」
ほぼ部屋に入りかけていた私の体は、回れ右をさせられ、フローラ様に肩を押される形で部屋の外へと追い出される。
チラリと中の様子が見えたのだが、明らかに荷造りをしている様子だった。
「もしかしてお忙しいのでは?」
私が恐る恐るそう尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうに頬をかく。
「まあ、その話も温室に着いたらするわ。まずは行きましょう」
旅行にでもいくのだろうか。
そんな呑気なことを考えながら早足になるフローラ様の後ろをついて行った。
邸の離れの方にある温室は全面ガラス張りで夕陽が差し込み、ほんのりと心を温めてくれるような場所だった。中には数十種類の植物が生い茂り、自然を感じられる空間となっている。
外から様子を見ることはあったが、実際に足を踏み入れることはなかったため、わくわくドキドキと新鮮な気持ちだった。
一つ一つ植物を観察して食べられるのかなと眺めていると、急に腕を引っ張られ部屋の中央に連れて行かれる。
「今、この植物食べられるかな? とか考えませんでしたこと?」
「うっ」
「ここにあるのは観賞用よ」
「わ、分かっています。ただ昔の癖が抜けないというかなんというか」
旅をしていた時の感覚がいまだに抜けず、植物を見ると口にできるかどうか考えることがある。もちろん今は衣食住を保証してもらっているおかげで道端にある草を食べることはしないが仕方ないのだ。仕方ない。
ちなみにフローラ様には旅をしている時の食事を聞かれ、うっかりと草を食べたと漏らしたことがあった。それ以降、やたらと心配されている。
「とりあえずこちらに座って?」
連れてこられた部屋の中央には白を基調としたガーデンテーブルと椅子二脚。おしゃれな椅子に腰掛けて数秒、どこからともなく黒猫メイドことクーナが現れた。
「うぉっ⁉︎」
一礼した彼女はサッと紅茶の準備をしてあっという間に温室を出ていった。初めて会った時はやたらゆったりと紅茶を用意してくれたが、二回目以降は無駄のないキビキビとした動きに変わっていた。最初はかなり警戒されていたのかもしれない。仕事のできるメイドさんなのだろう。
それにしても気配なく現れるのは怖いからやめてほしい。
「実は今日どこかで時間を見つけて話しをしたい思っていたのよ」
まだ若干心臓がドコドコといっている中、いつもと変わらない普段通りにフローラ様が話をし始めた。
「そうだったんですね。あ、もしかして先ほどの忙しそうにされていたことに関係したり?」
「うん、急だけど明日帰るの」
「えっ、明日ですか?」
「お兄様が帰ってきたから領地に戻るのよ」
初めて入る温室の感動もそこそこに、着いて早々先ほどの答え合わせだとフローラ様が荷造りしていた理由を教えてくれた。
すごく邸に馴染んでいる様子だったから全く意識していなかったが、フローラ様は元々アミィ領に住んでいるんだったと改めて気づく。
「引き継ぎとか時間かかるんじゃないですか?」
「それがね全然、全くかからなかったの」
かからなかった。過去形で言っているということはもうすでに終わったのだろうか。だから荷造りを進めていたと。
辺境伯様との話が終わった後、私が知らないだけでアミィ伯爵やフローラ様が呼ばれていたのかもしれない。そこで引き継いで……とはいえあまりにも早過ぎじゃないだろうか。
私が辺境伯様と話し終えてからここに来るまでの間、そんなに時間は空いていない。
「引き継ぎって言っても、トーマスが内容は把握しているし、たった一ヶ月半だからそれほど多くなかったのよ」
「そう、なんですね。トーマス様が」
ベテランの匂いはプンプン感じていたし、あれはやり手の白髪ダンディーだ。魔法使い相手のやり取りも的確だったし、長年の経験なのだろう。でもそこまで早くしなくてもいいのにと私の中で不満が漏れる。だって早いイコールつまりは。
「寂しくなっちゃいますね……」
フローラ様が帰ってしまうことになるんだから。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「当然ですよ。フローラ様のおかげで充実した一ヶ月だったので」
「そ、そう? ……って私から話をしちゃったわね。カルラのお話はなんだったのかしら?」
さあ話して? と促され、背筋を伸ばし膝の上でギュッと拳を握る。
少しだけ前のめりになりつつ、フローラ様へしっかりと届くように目を見て話した。
「『森の立ち入りが許可されたら、ぜひ魔法使いさんの手で原因究明をしてほしいの』こちらの話を正式にお受けしようかと思いまして」
「え、それって……」
「辺境伯様から森の立入許可をいただきました」
一ヶ月前からずっと思っていた。
立入の許可をもらったらフローラ様と約束をしようと。
「安易に受けられないって突っぱねてごめんなさい。無碍にしたくないお約束だったので、改めてお受けさせてください」
あの時、震える手で精一杯の気持ちを伝えてくれた彼女は必死だった。アレは打算的だったとそう話していたが、それでも辺境伯様への態度を見ていればわかるし、今までの行動を思い返してみても全ては大切に思う兄のためだったと理解できる。
「貴方、本当に詐欺に遭うわよ……」
「そんな簡単に遭わないですよ⁉︎」
「……わざわざこうして言いにこなくてもよかったのに」
やや呆れた様子でフローラ様が私を見るので首を横に振って胸の内を伝える。
「いいえ。フローラ様は心配されていたでしょう? だから安心してもらう意味もお受けできればと思いまして。これでも私、約束は守るんですよ?」
「はあ……っ」
ため息をつきながら、次第に伏せ目がちになる彼女はキュッと唇を横に結ぶ。私の思いが少しは届いたのか。その表情はよく見えないけれどぽつりぽつりと嬉しさの粒が手の甲に滲んでいくのが見えた。
「あり、がとう……」
私は紅茶を飲みながら近くにあった植物へとそっと視線を向けた。
温室を出る頃には夕陽はほとんど沈んでおり、またどこからともなく現れたクーナがランプを持って道標になってくれていた。メイドとしては非常に優秀だとは思うがいやほんと毎度どこから現れるの。
「聞いているの? カルラ」
「あ、はい」
「本っ当に、西の森なんだから十分に気をつけるのよ。私嫌よ? 会いに行ったらカルラが大怪我しているなんて。もしそうなったら引っ叩いてやるんだから」
「怪我しているのに労われない……」
本当に実行しそうな目で訴えてくるので、十分に注意して私は私ができることに応えていこう。
「ねえカルラ」
数歩後ろで足を止めたフローラ様は一度地面を見た後、ゆっくりと顔を上げる。前で組まれた手をギュッと握りしめエメラルドのその瞳が私を捕らえる。
「お兄様を頼んだわ」
その言葉には私はしっかりと頷いたのだった。
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