15.理由
「フローラ、トーマス。二人とも席を外してくれ」
一ヶ月滞在していた理由や年齢の話が落ち着くと辺境伯様はそう言って、私以外を部屋から追い出す。
これから一体何が始まるんだと彼へ視線を送れば「そもそもまだ本題に入っていないし、機密事項だからな」と他の人には聞かせられない話をすると予告をした。
そして応接室で二人きりになると、彼はおもむろに口を開いた。
「まず、西の森へ立ち入りたいと聞いている」
「はい。今回、西の森へと配置されましたので許可をいただきたく」
そう。私が元々ここにきた目的は立入許可をもらうためだった。
訪れたのはいいものの辺境伯様が不在だったため一ヶ月滞在させてもらう流れになったわけだけど。もし、フローラ様から提案がなければ、この一ヶ月どう過ごしていただろうか。少なくともこの町自体は離れていただろう。
「分かった、西の森への立入許可を出そう。後で必要書類を用意する」
「ありがとうございます」
何はともあれ立入許可をもらえたことに安堵する。
これで森に入ることができる。そうすれば私がここに配置された理由も自ずと分かってくるだろう。
「君は……」
「はい?」
何かを言いかけて、そのまま声を発する事なく開いた口は閉じられる。
君は……? その後に続く台詞を想像して先ほどのやりとりを思い出す。森への立入で何か聞きたいことがあったとかだろうか、と。
「いや、なんでもない。君に共有したいことが一つある」
どんな質問が飛び出すのか身構えていたが、首を横に振ってその話題は終わる。
結局なんだったのか分からないまま次の話題へと移った。
「私はこの一ヶ月半、王都へと行っていた」
「王都、公務ですか?」
「それもあるが」
そう言うと辺境伯様は懐から高級感のある白い封筒を取り出す。
スッとテーブルの上に置かれたそれは国印の入った一通の手紙だった。
「これは。……王族からの手紙ですか?」
「ああ。高級魔物の件を報告したらすぐに『登城せよ』と」
「国も楽観視できる状況じゃなかった、と言うわけですね」
「おそらく魔物増加だけなら呼ばれることはなかっただろう。魔法使いが配置されていない西の森に、いるはずのない高級魔物が現れたのだからな。放置すれば国の損害にも繋がる可能性がある」
西の森は昔から魔物の巣窟であることは有名だった。
北の高山、東の深海のような高級魔物がいる地域ではないにしろ、低級や中級がわんさかといる森で、用事がない限り一般の人は近づかない。
でもそこに突如高級魔物が現れた。明らかな異常事態だ。
「それ以前に人族だけの力では限界がある。そのため私が爵位を受け継いだ際、魔法使い配置の打診を行ってきた」
そういえばフローラ様も仰っていたっけ。ずっと打診してきたと。
それでも百五十年の間、魔法使いはずっと配置されなかった。
中級以上がいて魔物の巣窟となっている森にこれだけの長い期間魔法使いが不在なのは、やはりどう考えてもおかしい気がする。
西の森へ行きたがる魔法使いがいなかった?
送り出せるような適切な魔法使いがいなかった?
それとも、配置しなくてもいいほどに森が安定していた?
いくつかの理由を並べてみるが、どれもいまいちしっくりとこない。
「今回被害が出たことでようやく百五十年ぶりに魔法使いを配置することになった。王がようやく頷いたのだと」
「一つ、よろしいでしょうか」
手を挙げて発言の許可をもらう。
「ああ。気になるところは都度口を挟んで構わない」
先ほど誓約の話をした時とは打って変わって、口を挟んでいいと言ってくれた。少しは信用してもらえたのだろうか。
私は一言お礼を言ってふと疑問に思ったことを口にする。
「王族が西の森へ魔法使いを配置しなかった理由はご存知なのですか?」
その疑問に辺境伯様は首を横に振る。
「最初に打診した時に『西の森には必要ない』と言われただけで理由は分からなかった」
必要ない。その一言で片付けていいほど魔物の巣窟と言われる西の森に魔法使いはいらないと?
そんなわけないのに。王族だってそれは分かっているはずなのに。
「だから今回それとなく殿下たちに聞いてみたんだ。王の意思は分からないが、ノアール殿下が頷かせた、とのことだ」
「ノアール殿下が」
第一王子のノアール・スフルティ。
お会いしたのはいつだったか。それくらい会った時の記憶が曖昧だ。だが、あの鋭い群青の瞳はとてもよく覚えている。射止めるようなその視線が恐ろしいと子供ながらに思ったものだ。
「そして今回配置された君は調査力に長けていると聞いている」
「調査力に長けているから、私が配置された……」
「ああ。ノアール殿下もブラン殿下もそう言っていた。魔道具の扱いに長けているから根本的な原因を調査するのに役に立つだろうと」
ああ……そういうこと、だったんだ。
ようやく今分かったことがある。
『私の力が発揮される任務』そう言って西の森へと送ったのは殿下たちだ。
それなら上司のあの態度も納得いく。王族の命令。しかも次期国王になると噂されているノアール殿下のものであれば、大勢の人がいたあの場でそれを言及するのは厳しいだろう。
王族の命令は滅多にない。それも第一王子であれば魔法省内は混乱する。
でもまあそれなら移動手段くらい用意してほしかった。
きっと悟らせないように用意もできなかったのかもしれないが。
私が送られたのにはちゃんと意味があった。あったんだ。
「短期間で問題が解決するとは思っていない。私の代では解決しない可能性がある。それでも魔物の問題に向けて手を取り合って協力していけたらと思う」
ウンウンと二、三度頷く。
「どうか私に力を貸してくれ。君の……カルラ・ヴァーベナの力が必要なんだ」
私の力を必要としてくれる存在。そしてその存在を必要とした私。
「よろしく、頼む」
深々と頭を下げる彼の姿が、一ヶ月ほど前のフローラ様と重なった。
あの時は何もできない私が役に立てるはずがないと後ろ向きな気持ちもあった。
それでも逃げたくなくて、期待に応えたくて誠意を持って承諾はできないと断った。
そして今。私はもう一度同じところに立たされている。
もう逃げる気持ちはない。
”君の……カルラ・ヴァーベナの力が必要なんだ”
反芻する言葉をしっかりと噛み締める。
「お貴族様は頭を下げないものなんですよ」
私がそういえば。
「これはそういうことではない、誠意だ」
そんな言葉が返ってきて、温かい兄妹なんだなと私の心も温かくなった。
「私が必要であるならば、それは本当に願ったり叶ったりです。最大限の誠意を持って受けたいと思います。これからどうぞよろしくお願いします」
私がスッと左手を差し出して握手を求めれば、彼は目尻を少しだけ下げて躊躇わずに左手で握手を返してくれる。
先ほど触った氷のような左手はほんのりと温かさを保っていた。




