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14.誓約

「改めまして、魔法使いカルラ・ヴァーベナと申します。先程は大変失礼致しました」


 包帯を巻いて服を着た辺境伯様の向かいに座る私は、床に額を掠りつけて謝りたいほどに自分の行動の過程を後悔していた。

 今振り返ってみても、あれはない。

 出会い頭に服を脱げ、包帯を取れ、と失礼極まりないことを言ったしやらせた。しかもこの邸の主人に。何の説明もなしに。


「フレデリック・ハイドだ。いや先程のことは礼を言う。本当にありがとう」


 それなのに嫌な顔をせずにお礼を言うなんて、優しさの塊だ。顔にそんな笑み的なものは見えないが。


「あの。私の魔法はあくまで一時的なものです。治療魔法師がくるまでの間の繋ぎになります。なので定期的に処置を施していければと思います」

「ああ」


 胸に手を当て、その短い返事に安堵する。

 あとは手紙を送った相手がすぐに来てくれることを願うばかりだ。

 気分屋なところもあるがきっと私が頼るのだから彼は早々に来てくれるだろう。


「それで本題に入る前に」

「はい」


 辺境伯様が腕を組み、顎を引く。それだけの無駄のない動作が場の空気を引き締め、少し和やかだった雰囲気を一変させる。


「……君のことはここに来る前にトーマスから聞いた。その上で私は問いたい」


 気を引き締めて次の言葉を待っていると、辺境伯様はスッと目を細め、その視線を少しだけ横へとズラす。

 氷のような冷ややかな視線は私ではなく隣に座っているフローラ様に向けられていた。自分が向けられたわけじゃないのにぞわり背筋に悪寒が走る。


「フローラ。一ヶ月もの間、得体の知れぬ魔法使いを我が邸へと置いた理由はなんだ」


 当の私がいることも構わず、鋭く問う。


「……そ、それは」


 突然自分に話が振られるとは思わなかった様子のフローラ様はたじろいだ。


「今まで何度も王族に打診をしてきた魔法使いを、私がいないタイミングで寄越している。なにか裏で糸を引いている可能性がある」

「そ、そんなことありませんわ! カルラさんはとても誠実な方ですのよ」

「そんなの分からないだろう。嘘をついているかもしれない。お前はどうやってそれを判断したんだ」


 辺境伯様が言うのはごもっともだ。得体の知れぬ魔法使いが自分が邸のいないタイミングで一ヶ月もいた。何かあると思うのが普通だ。


「魔法使いの証を見せてくれたわ。魔法の種類だって口にして」

「それが本当である証拠は? お前は実際に魔法が使われるところ見たのか?」

「……」


 私は先ほど使った熱魔法以外、この邸で魔法を一切使っていない。

 使っていたのは基本的に魔道具で、第三者が見れば嘘を言っている可能性は十分にあった。


「わ、私は、ほん、とうに……」


 涙を浮かべ、震える声で必死に伝えようとする。

 辺境伯様はフローラ様に対して厳しい言葉を投げつけるが、その理由は分かる。

 もしも私が高度な魔法の使い手で、何かしらの目的で辺境伯様がいないタイミングを狙ってやってきていたとしたら。

 怪我をしたかもしれない。いや、怪我だけならまだいい。

 殺されて、何もかも全て失っていたかもしれない。そしてそれを帰ってきた辺境伯様が目にする。

 そんな光景があったかもしれない。

 もしそんなことが起きていたとすれば、自分がこの邸を一ヶ月半ほど空ける時に絶対に滞在を許可しなかった。仕事も手伝ってもらうことも許可しなかった。そう思うのが普通で。

 後悔してもしきれない状況が起きていたかもしれないのだ。

 何もなかったからよかったものの、家族を心配していたことは一目瞭然だった。


「一つよろしいでしょうか」


 そんな彼にあることを伝えておこうと、手をあげ発言する。


「なんだ」


 横入りをする私をキッと睨んだ信用していない目。一瞬怯みそうになるが、ここで怯んでいたら本当に後ろめたいことがあるように見えてしまう。グッと堪えて私は一枚の紙を取り出した。


「ここで一ヶ月お世話になる際、私は三人の方と誓約を交わしました」

「……誓約……?」


 テーブルの上に置いた一枚の紙切れを辺境伯様に向けて差し出す。

 意外なものが出てきたことに対して驚いているのか、それを受け取った彼はすぐさま内容に目を通し始める。


「はい。この邸の者に危害を加えない、緊急時以外魔法を私的利用をしない。その代わり衣食住を約束してもらう。そういった内容を記載しております。そしてそこに私のサインと、アミィ伯爵様、フローラ様、そして執事長のトーマス様にサインをいただきました」


 そう。私は何かあった時にこの邸の人たちが責められないよう誓約を交わすことを初日に提案した。最初は三人ともそこまでしなくても、と遠慮がちだった。


『自分自身、そして私を守るためにお願いします』


 そう言って内容を考え、四人でサインをした。

 私が彼らに何かする気など一切ないが、魔法にはいろんな種類があり、何が起きるか分からない。私にその意思がなくても外的要因で高度な魔法を使い、傷つけてしまう可能性もないとは限らない。

 私自身を守る意味でも必要なことだと思った。


「だがこんな紙切れ、破いてしまえば無効になるのでは?」


 首を横に振り、その発言を否定する。


「いいえ。魔法使いにとって誓約というのは縛り。誓った瞬間から契約完了まで有効なお約束なのです。紙を破ったくらいで効果は薄れません。例えば……」


 そう言って私は近く立っているトーマス様へ視線を向ける。

 彼は何かを察したのか、一度頷き、私に近寄ってきた。


「トーマス様、少しだけ失礼します」


 明確に傷をつける意思を持ち、当たれば打撲くらいは出来るだろう力加減でトーマス様に向けて手を振り下ろす。

 だが私はトーマス様に触れることも出来ずに弾かれ、手には無数の小さな傷が付いた。


「……っ!」


 それを見た辺境伯様が息を飲む。


「とまあこのように、違反しようとすれば自分に傷がつくというわけです。今は素手で軽く傷をつけてやるぞーっと思っただけなのでこれだけで済みましたが、刃物や魔法だとさらなる跳ね返りがくるというわけです」


 服のポケットに常日頃から入れている塗り薬を取り出し、患部にたっぷり塗りたくる。一ヶ月の旅でどうしても生傷が絶えなかったので塗り薬は持つようにしている。

 ちなみに森近辺に行った時も役に立った。主に脛が。


「自分自身を傷つけて私に見せるとは」

「こうした方が分かりやすいかと思いまして」

「自分を犠牲にしてまで実演して見せなくてもいい」

「あ……」


 氷のように冷たかった視線は、雪溶けをした温かい春の訪れのような優しいものへと変わってゆく。

 その表情を見て、申し訳ない気持ちもありつつ、やってよかったと思った。


「『こっちがやりすぎじゃないかと思うくらい誠実に人に向き合う、とても温かい子』ブランが言っていたことはこういうことか……」

「え?」


 小さくボソボソと呟くように発せられた声は私の耳に届かず、辺境伯様の前で落ちてゆく。何と言ったのか聞き返そうと思ったが。


「いや、何でもない」


 彼がそう言うので聞き返すことはしなかった。



 その後、フローラ様が私を邸へ置いた理由を話してくれた。

 辺境伯様の警戒が解けたためか、ペラペラと私も知らなかったこれまでの流れを次から次へと口にしていった。

 この方は本当に素直で、気持ちが表情と態度に出るお方なんだなと改めて思う。


「最初はこんな子供が魔法使いと名乗って来たことに疑問を持ちましたのよ。でも聞けば熱魔法を使うとおっしゃるので、お兄様の冷えた手に効果があるのでは? そう思って一ヶ月の滞在を提案致しましたの」

「そうだったんですね!」

「……なぜ明るく納得をするの。森近辺に行ってもらったのだって、何かしら魔物のことを掴んでほしいって打算があったからで」

「私もせっかくなら近くまで行きたいと思っていたので、利害が一致しましたね!」

「だから、何でそんなに明るいの!」


 フローラ様は私の熱魔法に一縷(いちる)の望みを抱いていた。

 そのことがとても嬉しかったのだ。

 この邸に来て魔法使いの証を見せて使用魔法を言ってよかった。

 緩みっぱなしの頬はだらしなく見えているかもしれない。久々に表情筋が筋肉痛を起こして数日痛い思いをするんだろうなと、だらしない顔がまたさらにだらしなくなる。


「全く。でも夫が魔道具がとても役に立ったと話していたわ。ありがとう」

「お役に立てたならよかったです」


 私には全く効果のないマモノコナーズ。

 持っていてもどのみち使えなかったので、必要な人の手に渡ったのはよかったかもしれない。


「結構、専門的な知識も持っているようですし、カルラはかなり苦労されているのね」

「私に対する処置も無駄のない適切なものだった」


 ああよかった、と幸せな気持ちを噛み締める。

 必要とされている上にこれまでの知識が役に立ったのだ。

 お金がないがために自分で専門書を買うことができなかったが、王都にある国立図書館は出入り自由だったので何度も利用した。知識は全てそこからだ。王都ありがとう。


「でもまだ、魔法使いになって二十年しか経っていませんけどね」

「「え?」」

「?」

「に、二十年、ですの?」

「はい」


 王都とは違って今後は知識を得るのに苦労するかもしれない。それでも何かしらの形でこれからも得たいとは思う。なんせまだ成人して経ったの二十年なのだ。

 そう思うとあっという間だった気もする。


「つかぬことをお聞きしますが、カルラ、あの、ご、ご年齢、は?」

「私ですか? 今年で三十五になります。魔法使いとしてはまだまだ赤子のようなものですが」


 へへっと少し恥ずかしくて頭を掻いていたが「年上ーー⁉︎ 嘘でしょーーーーう⁉︎」とフローラ様が盛大に叫んだので、びっくりして思わずひっくり返ってしまったのだった。

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