13.『温める』魔法
試してみてもいいのかもしれない。唯一使える熱魔法を。
私の魔法は最高四十度までしか出ないため、熱さで焼け死ぬことは絶対にない。
二十年前だって同じ魔法を使ってあの功績を収めたじゃないか。
「……」
でも二十年前とは状況がまるで違う。
あの時は結果的に命が関わる事態だったとのちに気づいたが、今回は最初から放置すれば命に関わることを知っている。それもあまり時間に余裕がない。
必ずしも効果があるとは限らないこの魔法を使うことにして、期待をさせて、その期待に応えられなかったら私は一人、死なせてしまうかもしれない。
もちろん、そうならないように最善は尽くすつもりでいるが、背負えるか?
「カルラ? 大丈夫かしら……」
フローラ様がそっとそばに近づき、不安な表情で私とそして辺境伯様を交互に見やっているのをなんとなく視線で感じる。
彼女は兄のためにと私に魔物増加の件の原因究明をしてほしいと話していた。
それはきっとこれがあったからだ。
本来であればまだベッドにいてもおかしくはない傷を負った兄が、こうも動いているとなると心配にもなるし、百五十年ぶりに配置された魔法使いにも頼りたくなる。
あの傷。
すぐに動けるようなものじゃない。ちょっとの傷でも相手は高級魔物の氷龍だ。しばらく寝込み、ろくに動けない日々が続いていたはずで。
それでも辺境伯だからと自分に鞭を打って無理やり体を動かし仕事をしていたのだろうとなんとなく察する。自分が守る場所に住む人たちのために。
だって彼は厳しくても温かい人だと誰もがそう言っていたのだから。
そうか、ここは温かいな。
「……魔法を、使います」
静かに、そして意を決してそう口にする。
「君の魔法は」
「熱魔法です。人を害することはありません」
顔を上げて辺境伯様と視線を交じらせる。
見えてしまった、見捨てられない、期待させて、死なせてしまう、背負えるか。
いろんな言葉が頭の中を駆け巡る。
ぐちゃぐちゃに混ざり合って、解けないよう絡み合って、そして一つになったら、私の中にはシンプルな言葉しか残らなかった。
私が、この人を助けたいんだ。
「……分かった。使ってくれ」
その言葉を聞いて彼の左手を包み込むようにそっと両手で重ねる。
深く深く目を閉じて、体内を流れる魔力に意識を向ける。
「【展開】」
私の声に反応して魔法使いの証である指輪が真下に魔法陣を展開させる。陣を展開させたことによって魔力放出が可能となった。
目を開き、巡っているその魔力を繋がった手へとこぼさないようにゆっくりと流し込む。すると徐々に指先から熱が広がり温かくなっていく。
目の前にいる辺境伯様は目を見開き、広がる熱に驚いている様子だった。
三ヶ月の間、日々熱を失っていった恐ろしさを少しでも和らげることができていたらいい。フッと微笑むと彼はぎこちなく少しだけ口角をあげた。
その後も熱を送り続け、氷のように冷たくなっていた肘のあたりまで行き届いたのを確認したのち「【収束】」と口にして魔法陣を閉じた。
「ふう……どうですか?」
一息ついて辺境伯様へ様子を伺う。
彼は左腕をしきりに動かし、時には右手で左腕を掴み、状態を確認していた。
フローラ様やトーマス様は視線を送り、魔法は使われたが状態がよくなったのかどうなのか状況を見守っている。
確かな手応えはあった。
一時的な処置にしても専門的な治療を受けるまでの繋ぎになればいいのだが。
その場にいる全員が、彼の言葉を見守るように静かに待った。
「……温かい、な」
フッと目尻を下げて微笑んだ彼に、安堵する。
「よかったです」
多少なりとも効果はあったようでそっと胸を撫で下ろし、何気なく横を見ると、私の横で盛大に泣いているフローラ様が目に入った。
「⁉︎」
「お、お兄、ざまああ!」
私が驚く間もなく辺境伯様をポコポコと軽く殴りながら必死に何かを言っている。
心配する言葉なのだろうが、本当に何を言っているのか分からないほどの大粒の涙を流し続けた。
「分かった、分かったから。殴るのをやめなさい」
「だ、だっでええ! わだじが、っ、どれだげ、心配しでええ」
子供のように泣き喚くフローラ様。それを仕方ないなと宥める辺境伯様。
ふと二十年前の兄妹の記憶が蘇って、すぐにじわっと消えていった。
その後、フローラ様には涙を拭く大きめのタオルが手渡され、辺境伯様は包帯の巻き直しを行うことにした。傷自体は何も治っていない。
使用人たちによってテキパキと必要な物が用意され、トーマス様の手で綺麗に包帯が巻かれていく。
左肩には変わらず砂塵が見える。体温低下の進行を遅らせることはできたとしてもあの砂塵を完全に消さないと治ることはない。死を回避できたわけではないのだ。
早く治療魔法士の友人に手紙が届いて、専門的な治療を受けれれば。
そんなことをぼんやりと考えながら、テキパキと包帯を巻かれていく様を眺めていた。
「あれ?」
ぼんやりとした意識の中で特に気にしていなかったのにも関わらず、目が何かをとらえたような気した。
気のせいかとも思ったが、目を凝らしてもう一度ぼんやりと見ていた方向に見ると、他にも何かがあるように……見えた。
「待ってください。他にも何かあります」
トーマス様に声をかけ、包帯の巻き直しを一時中断させる。
再び辺境伯様に近づいていき、そこに見えたのはあるはずのないものだった。
左肩の傷の下ちょうど覆い被さるようにに小さな魔法陣が見えた。
「この魔法陣、いつの間に……うーん。文字は古語、かなあ」
いくつかの魔法陣を重ねるように描かれたそれは、通常のよりはるかに複雑で初めて目にする形状だった。それでも主は防御効果のある陣のようだ。
それより書かれている古語の単語の意味が理解できなかった。
「血の……壁、約束、死の祈り?」
私が読み取れたのは陣の一部と古語の単語だけで詳しい効果はよくわからない。
「やけに物騒な単語が聞こえるんだが」
昔少しだけ習った古語を思い出しながら読み解いていると奇怪な表情で辺境伯様は私を見下ろしていた。
「物騒に聞こえますよね。でも古語って短い言葉の中に本来の意味を隠し持っているんです。例えば【壁】という単語があるのですがおそらく防御魔法で作る壁。防御壁のことを指しているんだと思います。ただ【血の】が何を指しているのかわかりませんが」
今はもう使われていない古語。小さい頃に不測の事態に備えてと習ったことはあるが、魔法として扱うにはあまり向いておらず、生半可な知識と技術だけでは当然このような魔法陣を刻むことはできない。
短い言葉に色々な意味を込めることもあって、使用者が求めるものに物を作り上げること自体できない。
それこそ大魔法使いのような知識と経験、技術が豊富な人でなければ。
「文字は物騒ですが、防御効果のある陣なので命の危険はないかと。ただ、製作者と発動条件は調べさせていただきます。いちおう他の魔法が入り込んでないかも確認しますね」
そう言って巻き直してもらおうとしていた包帯を取り、トーマス様に預ける。
再び顕になった傷は痛々しく自然と自分の眉間に皺を寄せた。
他のところに変わったものはないかじっくりと観察してみたが、特に問題はなさそうだった。
先ほど肩の傷を見るときに絶対に視界に入るはずなのに、全く気づかなかった。
「見落とした……?」
肩の傷や体温低下に気を取られてこんな初歩的なことを見逃して?
どう記憶を辿ってもはっきりと魔法陣がなかったと確信が得られないほど曖昧だった。
「最近、氷龍以外は何かありませんでしたか? 魔物じゃなくても例えば森の中で魔法陣を見たとか」
ならばと彼が見聞きしたもので何かこの魔法陣に繋がることはないかと質問をしてみる。
「特にはなかったと思うが」
「そうですか……うーん」
色々な可能性はあるがまずは製作者と発動条件、それから魔法陣の効果を調べる必要がありそうだ。
病的に魔法陣を愛する友人を思い浮かべ、彼女を頼るしかないかとため息をつく。もうすでに会いたくない気持ちだがこれも致し方ない。アレは耐えよう。
それから同時並行で魔法書を再度読み漁ってそれから過去の事例とかも調査してみよう。
それと、彼が気づかなかっただけで日常生活、西の森などで何かに出くわしている可能性もある。一緒に行動して原因を突き止める必要があるかもしれない。
「あの」
「はいっ!」
辺境伯様に声をかけられ思わず元気よく返事をしてしまった。
「そろそろ服を着たいんだが。あと君のことについても聞きたい」
「………………あっ」
私はまだ名前も名乗っていなかったことに、この時初めて気づいたのだった。




