11.報告会
辺境伯様の邸に来て約一ヶ月。
私はアミィ伯爵様の仕事を手伝いつつ、辺境伯様の帰りを待っていた。
この一ヶ月の間、森近辺見て回るというアミィ伯爵様に同行させてもらい、変わったところはないか森や魔物たちの状況を確認して歩いた。低級魔物に何度か遭遇することもあったが、対処は非常に簡単ものであった。
第一、アミィ伯爵様へ渡しておいたマモノコナーズがものすごく役に立っていた。さすが私。彼が近くにいれば魔物に遭うことはなかった。
ただ、彼から離れると魔物が遠慮なく私に襲いかかってきた。なんて酷い世の中だ。
そんな感じでアミィ伯爵様との森近辺の見回りはとても有意義だった。
それといい情報も得られた。森近辺に現れる魔物は低級魔物だけということだ。
この一ヶ月、森近辺では中級以上の魔物の目撃は一切なかった。
念のためにと町の住人にも話を聞いてみたが、魔物増加の件をどこからか聞いていたのか、そもそもほとんどの人々が森に近付いていないという。
仕事でどうしても近辺に行く住人でさえ魔物に会うことはなかったという。
私が考えているより意外と魔物問題は大したことないのかもしれない。
そんな甘い考えはある日の定期報告会で打ち消される。
管理人と森の中と近辺を見回る兵たちによって実施しているという定期報告会。普段であれば辺境伯様がいるらしいが、今回はアミィ伯爵様が代役を担う形で開かれることになった。
辺境伯邸の一室。応接室とはまた違った作りの部屋には大きな丸テーブルが中央に鎮座していた。そして運よくその会に参加させてもらうことが叶ったため私は丸テーブルには着かず、隅の方で静かに話を聞いていた。
森の中を担当していた兵が三人、私たちとは別の場所の近辺を担当していたのが二人、そしてアミィ伯爵様と私を入れて七人での定期報告会だ。
兵はもっとたくさんいるらしいのだが、毎回代表者が参加しているということで位の高そうなガチむちのお兄様たちがドカッと椅子に腰を下ろしていた。
森近辺は私もこの目で見た通りの報告で、特に大きな問題は見受けられなかったが、森の中を担当していた兵からの報告は想像を絶するものだった。
「低級魔物が中級魔物を喰っている現場に度々遭遇致しました」
三人のうち一番偉い兵からの報告に、その場にいた全員が息を飲んだ。
「低級魔物が? 中級魔物がではなく?」
「はい。普段はおとなしい魔物のはずですが、中級魔物が現れた途端、逃げ出すのではなくそのまま襲い……」
「そんな報告聞いたことがないな……」
アミィ伯爵様は顎に手を当てながら手元にある報告書と兵を交互に見やる。
「この魔物であれば明らかに中級魔物の方が力関係は上だ。普通に考えればありえない事態だな。何かおかしなところはなかったか?」
「いえ、見た限りではおかしなところはどこも」
本来であれば低級が中級を襲うことはない。力関係を把握した上で我々が細かく階級分けをしているのだからありえない。だけど。
「あの、よろしいでしょうか」
気になることがあり、部屋の隅からおずおずと手を挙げて発言の許可を乞う。
「はいどうぞ、カルラさん」
「ありがとうございます。低級魔物は集団ですか?」
アミィ伯爵様から許可をもらって森に入った兵たちを見る。
集団であれば中級が襲われることもあるかもしれない。そう思っての質問だった。
「いいえ、一匹でした」
「ふむ……ではもう一つ質問を。近くに高級魔物の痕跡はありませんでしたか?」
「えっ⁉︎」
「高級とは遭遇していないと思いますが、近くに痕跡などがあったのではないかと。同種であれば高級が低級に命令することができますので、中級を襲わせる、その可能性も考えられるかと」
西の森には高級魔物はいないと聞いている。
だから私のこの可能性はありえない妄想と言われてもおかしくな発言だ。
それでもそうとしか考えられない状況だった。
「……」
私の発言に全員が押し黙る。
その表情は誰もが眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したかのような表情だった。
高級という言葉で無駄に圧をかけてしまったのか、それとも過去にこの森で何かあったのか。
一魔法使いの私が踏み込んだ話を聞いてもいいのか迷っていると、一番偉い兵から質問に対する答えが返ってきた。
「今回は、見かけていないはずです」
「……そう、ですか」
答えに引っ掛かりを覚えつつも、見かけていないのであれば現段階で高級の仕業とは言い難い。別の可能性も考えたが、これだと思う答えは私の中で見つからなかった。
そしてその後いくつか報告があり、定期報告会は無事に終わった。
「あの!」
定期報告会の後、部屋を出ようとする兵たちに私は声をかける。
「よければぜひ、こちらを使ってください」
そう言って手渡したのは記録用の魔道具『ヨクトレール』
映像が名前の通りよく撮れる優れものだ。
あいにくピンバッジ型が一つしかないため、残り二つはピアス型になってしまうが、ないよりはいいだろうとその全てを渡した。
「えっと、これは?」
「記録用の魔道具です。この魔道具を使えば無意識の記録も撮れるので、お渡ししておこうかと」
「え……」
「あっ! 別に皆さんの記憶がダメと言っているわけじゃないです! ただ、少しでも手助けができれば思いまして」
今回、イレギュラーな事態が起きた。断定はできないが高級魔物が絡んでいる可能性がある。森から出てきていないのが幸いだが、それも今後どうなるか分からない。
警戒し、早い段階で策を講じる必要はあるだろう。
そうなると、西の森を管理する辺境伯様への報告はより正確なものであることが望ましいはずだ。口頭報告や文字にするのもいいが、見落としや、無意識的に見ていることだってある。それがのちに致命的なことになったら最悪、誰かが命を落とすことになる。
それだけは絶対に嫌だ。
戸惑った様子で私の掌の魔道具を見つめる御三方。
今日初めて会った魔法使いからよく分からないものを受け取っていいのか悩むのも無理はない。きっと私も同じ行動を取る。であれば。
「実は私も森近辺に行った時の記録を残しているんですよ!」
実際に私が同じ魔道具を使った証拠があれば安心して受け取ってもらえるのではないかと思い、ピアス型の魔道具を起動する。
ザザザッと魔道具の接続音が少し鳴り、目の前の空間に大きな映像が映し出された。
『アミィ伯爵様は少しお休みください。私、あちらの方を見てきますね』
私視点の映像が流れ、そこはどこで何をしているのかはっきりと分かる記録になっていた。
「すごい。こんなにクリアな記録が撮れるのか」
「映像があまりブレていなくて見やすいです!」
「音声も良好ですね」
各々思ったことを素直に口に出しているようで、中々に悪くない感触だ。
「はい。例えば私は意識してませんでしたが、数十メートル先に一瞬小さな物体が見えましたよね? 恐らく低級魔物だと思うのですが、こういった無意識のものも記録として残しておけるのです」
これはいいな、と皆が口を揃えていう。ここでもう一度魔道具を渡せば、今度は受け取ってくれるだろうと口を開きかけた時だった。
『……え、何?』
『キッ!』
『痛っ! ちょっ何すんの。痛っ! 離れて……えっ、うそ。待って待って仲間連れてこないで一体何匹いるの。やめて、やめてーー!』
私が低級魔物に襲われている映像が流れ出した。
『うわああああ! マモノコナーズの馬鹿あああ!』
『キィキィーー』
『魔族は無効とかいじめだああ!』
足元に小さな猿のような低級魔物が十数匹、私の脛を地味に攻撃してくるというなんとも害のない……いや脛が痛いという害はあるのか。そんな映像が流れた。
早急に魔道具の映像を遮断し、辺りはしんと静まり返った。
「…………」
「あ、ははは。まあこんな感じで記録を残せるので、どうぞ……」
再び魔道具を差し出す。だが先ほどとは打って変わってあまりにも恥ずかしいものを見せてしまったため、どうにも顔があげづらい。
映像が流れた時点で気づくべきだった。この後の自分の羞恥を。
何故よりにもよってこれを選んだのだろうか。絶対にもっといい映像があったはずなのに。例えばアミィ伯爵様と町の人に話を聞いているところとか、森近辺に魔物がいないことを確認している映像とか。もっと私が格好いいところだってあったはずなのに。
だがもう見せてしまった。戻れない過去が憎い。数分前の私、しっかりして。
そして私が羞恥で悶えている間、魔道具を手に取る感触が一向にやってこなかった。
意を決して恐る恐る顔を上げると、その場にいる全員俯きながら肩を振るわせていた。
「え、え?」
もしかして逆に怒らせてしまった? こんな映像ふざけるなって。
羞恥で赤くなっていた顔はサーッと一気に色をなくしていく。まずい。これは非常にまずい事態だ。やっぱりここはもっとためになる映像を見せた方がいいのではないだろうか。
「っく……待ってください」
「俺、もう、無理っす」
「っははは。脛、地味に脛を狙われてるな。何これ面白っ!」
だが彼らは怒るどころか、全力でお腹を抱えて笑っていた。
「あれ。怒っていたのでは?」
「怒る? そんなわけありませんよ。いい記録ですね、ふふっ」
先ほどの定期報告会では見れなかった笑顔が辺り一面に広がる。誰も怒っていたのではなく、単純に私のポンコツ具合がツボったということのようだ。
「それではこちらお借りしますね。ありがとうございます。助かります」
ひとまず私のファインプレー? により無事に魔道具を受け取ってもらうことに成功した。この魔道具が何かの役に立てばいいと願うばかりだった。
そしてその三日後。
先触れにより、ついにハイド辺境伯様が帰ってくることを知ったのだった。




