File.41「風船・天秤」
◆御角 陽彩 (みかど ひいろ) 15歳(高1)
本作の主人公。運動神経抜群だが能天気。瀕死体験をきっかけにクロッカスを志した。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆白百合 結衣 (しらゆり ゆい) 15歳(高1)
人見知りな性格で、陽彩とは入試で協力し合った仲。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆明智 柚葉 (あけち ゆずは) 15歳(高1)
フレンドリーなクラスのムードメーカー。可愛いものが大好き。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆牡丹田 朱里 (ぼたんだ あかり) 27歳
厳格な性格で、常に冷静沈着。
戦闘護衛部隊"クロッカス"の総指揮官を務めている。
◆アカツキ
陽彩の相棒である初代ルミナスクロー。かつては牡丹田朱里のパートナーだった。
お嬢様口調で、派手な見た目をしている。
ついに、この日が来た。
来て……しまったんだ。
彼に秘密を打ち明けるのが正解だったのかは、自分でもよく解らない。でも、凄惨な己の過去を真摯に受け止めてくれた――それだけで救われた気がしたのだ。
……でも、話しただけ。実際に、”あの姿”を見せたわけではない。”あの姿”を見せてしまっても、それでもなお受け入れてもらえる保証なんて何処にもない。それを望む資格も権利も、自分は持っていないのだから。
丁度一年前、命と引き換えに全てを失った。友人、居場所、夢……もう全てがどうでもよくなった。
――そうだ、もう失うものなんて無い。全てを捨てて、この学園への入学を決心したんだ。
助けなんて、必要ない。
友人なんて、必要ない。
――そんな屈折した思想も、入学試験を節目にいとも容易く軌道修正されてしまった。
「御角さん……」
あの日からずっと、彼の笑顔が胸に焼き付いている。彼の放つ一言一句が五臓六腑に沁み渡っている。
何度も何度も、彼には窮地を救われてきた。彼のおかげで、この2ヶ月間を有意義に過ごすことができた。
似ていたのだ、”菊ちゃん”に。如何なる時も結衣を見捨てず、手を差し伸べてくれた存在。
明智さんや樹さんも、とっつきにくい性格の結衣を友人として温かく受け入れてくれた。クラスの他の女の子たちだってそうだ。
この学園なら、腐りかけの人生をやり直せる――そう確信していたんだ。
『ボクは、入試でキミの”本当の姿”を見ている』
――そう、あの人が”魔法の言葉”を囁いてくるまでは。
反吐が出るほど戦慄した。『キミは変われたんじゃない、ただ現実から逃げ続けていただけなんだ』と、あの人に諭された気がした瞬間、忌まわしい記憶が再び脳裏を過ったのだ。
『人間じゃねーよ、アイツ』
『バケモンだな』
だから……やめて……
結衣は、変わるんだ。変わるって、決めたんだ。それなのに……
遅かれ早かれ、この日が来ることは解っていた。覚悟はしているつもりだった。
宇宙の彼方を目指す風船も、針で一突きされただけで破裂してしまう。飛ぶことを忘れた風船は、やがて誰からも興味を持たれなくなる。
白百合結衣は、微量のヘリウムガスを含んだ、萎みかけの風船なのだ。他者の手を借りなければ、役目を果たすことはできない。重力という名の魔の手に引きずり込まれそうになりながら宙を彷徨い、放っておけば自然と飛ばなくなる。どれだけ大気を詰め込もうが決して膨れ上がることのない、結び目から常に空気が漏れ出す粗悪品だ。
それでも彼は、粗悪品に何度も息を吹きかけた。宇宙の彼方には何が存在するのか、その答えを教えてくれようとしている。見捨てるようなことは一度たりともなかった。
だが、破裂した風船をわざわざ修繕するような人間は存在しない。きっと彼だって、本当は自分のことで精一杯なはずだ。
この試験が終わった時、白百合結衣という人間は成長を遂げているだろうか。この学園に来た意味を見出せているだろうか。
そもそも、この学園に結衣の居場所はあるのだろうか。
「結衣は……飛べるのかな……」
渡り廊下から飛行機雲を眺めていると、つい独り言が零れ落ちてしまった。
とりあえず今は、前を向こう。
……向くしかないんだ。
————————————————————◇◆
午前9時45分、クロッカス訓練場中央広場――
「只今より、本年度戦闘護衛部隊クロッカス公式ライセンス取得試験を開始する。今一度、ペアの確認とルミナスクローの点検を行なってくれたまえ。午前中は第一グループ、午後に第二、第三グループの試験を行う。他グループが試験中の際は、試験の鑑賞や自習等を許可する。空き時間を有効に活用したまえ」
牡丹田に限らず、他のクラスメイトにも見られるのか……
他グループとの協力は禁止――つまり、俺が白百合に助け舟を出したことが発覚した時点で明智を道連れにしてしまうことになる。下手に行動を起こすことは控えた方が良さそうだ。
広場の中央に設置されたモニターには、第一グループのメンバー表が表示されていた。
《クロッカス公式ライセンス取得試験 第一グループ 10:00 開始 11:30 終了》
① 宇紺 慎弥 & 外村 大和
② 田中 大葉 & 田中 蓮華
③ 明智 柚葉 & 御角 陽彩
④ 剣持 剛 & 和田 カトレア
⑤ 浅井 涼平 & 園田 蕾
⑥ 根茂平 侑 & 古谷 陽太
⑦ 黒華 苧環 & 白百合 結衣
黒華の取り巻き宇紺のチーム、田中カップルチームに、根茂平のチームも一緒か。仮にチーム対抗戦だったら間違いなく波乱が起こっていただろうな。
黒華はさておき、他のクラスメイトの実力は未知数だ。チームメイトの明智も、実際にどのようなスタイルで戦うのかは把握していない。
それに、白百合が『あれ』を発動してしまった瞬間、盤面は大きく揺れ動くだろう。
「御角くんっ、改めてよろしくお願いしますですぅ~!!」
「……あぁ、こちらこそよろしくなっ!」
明智は絶好調なようで、両腕を高く突き上げ士気を高めている。白百合の心配をする前に、まずは自分の心配をするべきかもしれないな。
一見上機嫌な明智だが、ふと白百合の様子を遠目で窺うと次第に表情が曇り始めた。
「結衣ちゃん、本当に大丈夫なんでしょうか……」
「声は掛けなかったのか?」
「一応、さっき掛けはしました。そしたら、『もう……覚悟はできてます……ので……』と言われてしまって……御角くんは、この言葉の意味が解りますか?」
「そうだな……ちょっと、耳貸して貰ってもいいか?明智さんにどうしても頼みたいことがあるんだ」
「勿論ですぅ~!一体何でしょう?」
「それは――」
俺は”あること”を明智に約束させた。この試験がどのような結末を迎えたとしても、”これだけは必ず守って欲しい”と。
明智には、白百合の『それ』に関する詳細はあえて伏せておいた。これは俺の判断ではなく、白百合本人の希望だ。
明智は時折瞳孔が揺れ動いていたが、最後には安堵したような表情を見せた。
「……もちろんですよ、御角くんっ。結衣ちゃんは、大事な大事なお友達ですから」
「あぁ、ありがとう」
さて、重要なのはここからだ。俺は宇紺と談笑中の黒華の隙を突き、白百合の元へと近づく。
忍び寄る俺の気配に気がついた白百合は、俺が声を掛け始める前に遠慮がちに会釈をしてきた。俺はそれに応えるように胸元で手を挙げる。
「白百合さん、昨日はよく眠れたか?」
「えっ、あっ、はいっ!おかげ……さま……で……」
昨晩とは打って変わり、黒華に”魔法の言葉”を囁かれてから彼女の気力は顕著に低下していた。
「そうか……それはよかったよ。ところでなんだが……」
試験開始まで残り僅か、俺は白百合に確認しておきたかったことを耳打ちする。
「……」
白百合は黒華の背中を怯えるように見つめ、躊躇いつつも首を小さく縦に振った。
「……わかった、教えてくれてありがとなっ。お互い頑張ろうぜ」
俺は白百合に微笑み、黒華を横目に明智の元へ戻るために背を向けた。
「……あのっ!」
「んっ?」
白百合の振り絞った声が背中に突き刺さり、俺は思わず歩みを止めた。振り返ると、唇を震わせながらも固く握った拳を胸元に当て、白百合が俺に視線を向けていた。
「今まで……ありがとうございました」
無垢な笑顔とは裏腹に、彼女の頬には一粒の涙が伝っていた。美しくもどこか儚い、数多の感情が染みこんだ水滴は、陽の光を受け燦爛たる輝きを放っていた。
凝縮された彼女の言葉には、一体何が込められているのだろうか。
俺に対する感謝、これまでの白百合結衣に対する決別、あるいは……
「……」
俺はその消えそうな背中をただ黙って眺めることしか出来なかった。ここからは彼女自身が、彼女自身の人生を築いていく。人生の協力者としての御角陽彩は、この瞬間、役目を終えたのだ。
俺の中で長きに亘り揺れ動いていた天秤が、耳障りな金属音を出しながら傾き始めた。
「そっか……俺はもう……」
小刻みに震える己の指先を見つめ、それを掻き消すように拳を固く握った俺は、彼女との別れを覚悟した。
――もう、彼女の中に、俺は居ない。
考えるべきなのは、俺自身の今後の人生だ。
もしも、この先の人生のページに”白百合結衣”という一人の少女の名が書き綴られているのであれば……
そんな淡い期待を胸に、俺は目の前に広がる人口森林に鋭い眼光を向けた。
「ヒイロ、気合いが入っていますわね」
「……ああ」
俺の心中を察したのか、アカツキは俺に対して深入りするようなことはしなかった。
「いつも通りでいいんですのよ?レエナやミーとあれだけ特訓したんですもの」
「そうだな、先輩からの期待を裏切るわけにはいかねぇぜ」
俺はアカツキのメンテナンスをしつつ、気持ちを切り替えることにする。
充電残量は71%、よほど荒っぽい扱いをしなければバッテリー切れを起こす心配は無さそうだ。
俺はアカツキと明智を交互に見つめ、拳を天に突き上げる。
「……さあ、行こうぜ!アカツキ!明智さん!」
「お任せあれ、ですわっ!」
「ですですぅ~!!」
士気を高め合ったところで、牡丹田がパンと手で合図を出し、マイクを手に取った。
「第一グループの生徒はスタート地点に集合したまえ。1分後に試験を開始する」
俺たちは牡丹田の指示通り人工森林のゲート前に集合した。黒華は相変わらず悠然とした面持ちで佇んでいるが、会場の空気は入試を想起させるほど張り詰めていた。そんな空気を顧みることなく、牡丹田は右手を大きく振り上げた。
始まるんだ。
『終わり』と、『始まり』の物語が。
「――それでは、クロッカス公式ライセンス取得試験、第一グループ、始めッ!!」
こんばんは!ProjectAI.【プロジェクトアイ】です。
陽彩と結衣の覚悟、そして決別……結衣の放った言葉の意味、その答えとは……
そして、ライセンス試験の行く末は如何に。
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