File.39「決意・盲点」
◆御角 陽彩 (みかど ひいろ) 15歳(高1)
本作の主人公。運動神経抜群だが能天気。瀕死体験をきっかけにクロッカスを志した。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆白百合 結衣 (しらゆり ゆい) 15歳(高1)
人見知りな性格で、陽彩とは入試で協力し合った仲。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆アカツキ
陽彩の相棒である初代ルミナスクロー。かつては牡丹田朱里のパートナーだった。
お嬢様口調で、派手な見た目をしている。
「初めて来たけど、結構広ぇんだなぁ……」
学園から徒歩3分、多くの学生が行き交う”ヒュドール図書館”に到着した。
「蔵書数、敷地面積共に国内最大級ですわ。まあ、ヒイロは1冊たりとも読むことなんて無いでしょうけど」
「チッ、ウッぜーなポンコツめ!俺だって本の1冊や2冊くらい……」
「フンッ!ヒイロが何冊読もうが、ミーの記憶領域に勝ることは不可能ですわ!ポンコツ未満!下郎!」
「ぐっ……この毒舌AIめ……」
これ以上争っても時間の無駄であるため、俺は苛立ちを必死に抑えつつ、図書館のエントランスへと足を運んだ。
エントランスゲートを通過する際、厳重なセキュリティチェックが行われる。大前提として、図書館が利用できるのはヒュドール学園の関係者のみで、メモリングを除く電子機器類は持ち込みに許可が必須となる。
「私語厳禁……白百合さんを見つけたところで、その場で事情を聞き出すのは難しいか……かといって強引に屋外へ連れ出すのも紳士らしからぬ行為……」
俺はエントランスゲートを前にして思い悩んでしまう。
「コミュニティルームを借りるという手もありますわよ?ちょうど何部屋か空きがありますわ」
アカツキは天井から吊り下げられたモニターを凝視している。そこには、館内の地図が表示されていた。
「コミュニティルーム……?あぁ、3階にある細かく仕切られた部屋のことか。この緑で点滅してるのが空き部屋か」
確かに、この部屋であればわざわざ図書館を出る必要も無ければ、第三者に話の内容が漏れる心配も無い。アカツキもたまには役に立つもんだ。
「……よしっ、予約も済ませたし、あとは白百合さんを探そうか」
「ユウの助言が確かなら、2階の個別学習室に行くべきですわね」
「だな」
俺とアカツキは静寂に染まる館内へと歩を進めた。
期末試験が近いこともあってか、2階の個別学習室はほぼ満席状態だ。参考書を繰る音、ペン先が紙面を叩く音、様々な環境音が交錯しているが、それを気に留めるような人間はこの場所に存在しない。
俺は微かな物音すらも立てぬように、忍び足で白百合を捜索する。
「白百合さん……白百合さん……あっ、ホントにいたぞ」
窓際の端の席で黙々と分厚い本を何冊も読み込んでいる白百合の姿があった。根茂平の助言通りだ。
「見つけたはいいが……どうやって呼び出そうか……」
急に声をかけようものなら、白百合は大声を上げて驚いてしまうだろうし、スマホでメッセージを送ろうにもここでは使えない。
いや、こういう時こそメモリングだ。スマホはダメでメモリングはオーケーなの、どういう基準なんだ……というツッコミはさておき。
俺はメモリングを起動し、白百合宛にメッセージを送信する。メモリングでの送信には文字数制限があるため、手短に伝えよう。
「あとは……白百合さんが来てくれるのを待つしかないか」
俺は白百合の哀愁漂う背中を横目に流しつつ、予約していたコミュニティルームへと向かった。
————————————————————◇◆
「あと30分……白百合さん、やっぱり来ないか……?」
コミュニティルームの利用時間は1時間、じっくり話すにはそろそろ来てもらわないと困る。
「ミーが連れてきてあげてもよろしくてよ?手段は選んでいられませんわっ!」
「俺もろとも出禁になるからやめてくれ」
「……まあ、そんな心配は無用らしいですわね」
「んっ、それってどういう――」
扉に視線を向けたアカツキは安堵の表情を浮かべ、テクテクと入り口へと向かっていく。
扉の磨りガラスには、人影がくっきりと浮かんでいた。髪色と背丈からするに、間違いなく白百合だ。
アカツキが躊躇なく扉を開くと、視線を足元に向けながら立ち竦む白百合の姿があった。心の準備ができていなかったのか、スカートの裾を握りしめ、肩を小刻みに震わせている。
俺は白百合を刺激しないように、普段通りの口調で接することにする。
「……白百合さん、急に呼び出してごめんな。勉強中だったんだろ?」
「……あっ、いいえ、ゆ、結衣は、大丈……夫……だと、思います……」
「そうか……まあ、とりあえず座ってくれよ」
「……はいっ」
俺は白百合を隣の椅子に座るように誘導する。白百合は俺と視線を合わせようとはしないものの、頼みには素直に応じてくれるようだ。
「安心してくれ。これから話すことは俺たち二人だけの秘密にするから」
「……」
来てくれたのはいいものの、あまり乗り気ではなさそうだ。
「そうだな……じゃあまず、俺の話をさせてもらうよ」
「御角さんの……話……?」
「ああ、俺がこの学園に入った経緯と、これからの話を、な」
そして俺は翡翠先輩に助けられた過去、入試の一部始終を白百合に伝えた。アカツキの件や俺の合格理由については指揮官から他言無用を厳守するように命じられているため、適当に誤魔化すしかなかったが。
「……そう、だったんですね……」
「あぁ、入試は最下位で相棒はコイツ、中々ヒドいもんだろ?」
「ちょっと!失礼ですわよ!」
「悪い悪い、冗談だよ」
己のプライドを捨てた今、肩の荷が下りた気がする。むしろ、今まで隠していたことを後悔したくらいだ。
「最低ラインからのスタートだからな、ここから這い上がっていくしかねぇのさ。だからこそ、明日のライセンス試験は絶対に合格してやるさ!」
「御角さん……」
「ただ……一つだけ、どうしても気になることがあったんだ。白百合さんを呼び出したのも、それを確かめるためだったんだよ」
そう、本題はここからだ。彼女がペア訓練から逃げ続けている理由を問い質す必要がある。
「気になること……ですか……」
白百合は再び唇を噛み締めると、俺から徐々に視線を逸らした。恐らく、彼女は俺が聞きたいことが何なのか、ある程度見当がついているのだろう。それは、俺が入試最下位であることを告白した辺りから露骨に動揺し始めたことに関係しているはずだ。
「安心してくれ。俺が入試最下位であることを知っているクラスメイトは、白百合さんだけだから」
「そう……ですか……」
僅かながら動揺が和らいだ。彼女は間違いなく重大な秘密を隠し持っている。ヒュドールに入学してからずっと隠し続けてきたであろうが、そろそろ限界のようだ。
「ここ最近、図書館に通い詰めているらしいな。何の本を読んでいたんだ?」
「それは……」
白百合は胸元辺りを固く握りしめ、小刻みに震えながらも声を振り絞る。
「心理学の本です……」
「心理学?もしかして、ペア訓練を休んでいたのと関係が?」
白百合はコクリと頷くと、大きく深呼吸をして俺に視線を向ける。彼女のつぶらな瞳には、決意や覚悟のような強い感情が宿っていた。
「……御角さんや明智さんのお陰で、結衣はここまで来ることが出来ました。本当にありがとうございます。だからこそ、結衣がクロッカスに入った理由を、そして結衣の隠してきた秘密を、しっかりとお伝えするべきだと……思います」
「白百合さんの……秘密……」
「長くなりますが、聞いていただけますか……?」
俺は固唾を呑み、覚悟を決めた白百合に対して真摯に向き合う決意を固める。
白百合結衣という一人の少女ががどんな人生を歩み、どんな想いを胸に此処へ来たのか。
真実を知っても尚、俺は彼女を受け入れることが出来るのだろうか――なんて考えるのは野暮だ。
俺が知るべきなのは、彼女の”過去”の正体ではなく、今ここに震えながら立っている”彼女自身”なのだから。
「……あぁ、頼む」
それからの15分間は、俺の人生観を変えるターニングポイントになったのは間違いないだろう。
白百合は時折大粒の涙を流しながらも、隠し続けてきた過去、たった一人で背負い続けてきた秘密を話してくれた。
衝撃の連続だった。俺の人生が薄っぺらい紙切れであるかのように感じてしまうほど、白百合結衣という少女は壮絶な人生を歩んでいたのだ。
完全に盲点だった。以前、彼女は話していたのだ。元々この性格では無かったと。俺はその時さらっと受け流してしまったわけだが、今になって非常に浅はかな行為であったと、後悔の念に苛まれた。
気づかぬうちに、生温い水滴が俺の頬を伝った。
「……み、御角さんっ……!?なんで御角さんが泣いて……」
「……あっ、すまん。へへっ、俺が泣いてどうすんだよ……」
俺は涙をサッと拭うと、白百合に手を差し伸べる。
「話してくれてありがとうな、白百合さん」
彼女は臆病で気弱な人間なんかじゃない。俺よりもずっと勇敢で、周りから否定され続けても、人々を守るためにここに来た。誰よりもクロッカスに相応しい戦士だ。
「いえいえ……こちらこそ、聞いてくださってありがとうございました。ずっと一人で抱え込んでいたので、少しだけ気持ちが楽になりました。ほんと、御角さんには助けられてばかりですね……」
「そうか……なら良かったよ」
とりあえず一件落着――と言いたいところだが、問題はまだ解決していない。
彼女の秘密は、明日のライセンス試験でほぼ確実に露呈してしまう。
その時、クラスメイトは本当の彼女を受け入れてくれるだろうか。
そして、彼女自身は今後どうなってしまうのか。
「……そろそろ時間だな。一緒に帰ろうぜ」
「……はいっ」
大きな課題を残したまま、俺たちは帰路へとついた。
初夏を迎えた夕暮れ時、温暖な気候とは裏腹に、俺の心臓には冷たい隙間風が吹いていた。
明日の試験、もし彼女が『それ』を発動してしまったら……
俺が彼女に対して出来ることは何だろうか。
そればかり考えてしまった。
こんばんは!ProjectAI.【プロジェクトアイ】です。
結衣の隠し続けてきた過去・秘密を知った陽彩は、今後どのように立ち回っていくのか。
そして、結衣が発動してしまうことを恐れている『それ』とは一体……
次回、ライセンス試験開幕です!
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