File.26「復帰・条件」
◆御角 陽彩 (みかど ひいろ) 15歳(高1)
本作の主人公。運動神経抜群だが能天気。瀕死体験をきっかけにクロッカスを志した。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆黒華 苧環 (くろばな おだまき) 15歳(高1)
クロッカス入隊試験首席合格の優等生だが、キザで性格に難あり。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆明智 柚葉 (あけち ゆずは) 15歳(高1)
フレンドリーなクラスのムードメーカー。可愛いものが大好き。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆牡丹田 朱里 (ぼたんだ あかり) 27歳
厳格な性格で、常に冷静沈着。
戦闘護衛部隊"クロッカス"の総指揮官を務めている。
◆土山 茂郎 (つちやま しげろう) 65歳
人工知能研究の第一人者で、ヒュドール学園の学園長。
ヒュドール学園創立祭が幕を閉じてから数日後、俺はいつものように自分の定位置に着席した。数日前の喧噪がまるで嘘であったかのように、教室内は静まり返っていた。
「もう、5月か……」
俺がヒュドール学園に入学してから早一ヶ月、やってきたことと言えばほぼ筋力トレーニングだ。徳川先輩のおかげで体つきは見違えるほど変化を遂げたわけだが、成長しているのは無論俺だけではない。クラスメイトの身体能力は平均値を遙かに上回る者がほとんどで、俺でも食らいついていくので精一杯だ。
さらに今月末にはクロッカスのライセンス取得試験が行われる。入試の最終試験で最下位だった俺にとって、ここからの1ヶ月はターニングポイントとなるだろう。
朝のホームルームが始まると、牡丹田がいつものように涼しい顔つきで俺たちを見渡した。
「まずは、1ヶ月間の高校生活ご苦労だ。スケジュール表にも記載してあるが、今日の放課後は君たちに専用のルミナスクローを配布する。集合場所がいつもと異なるので注意するように」
”ルミナスクロー”――ついに俺の相棒と顔合わせか。アカツキと組むことが叶わなかったのは悔やまれるが、いよいよ本格的に戦闘訓練が始まるってことだよな。
「それでは、今日も一日――」
「朱里チャ~ン、し・つ・も・ん☆」
またしても黒華が場の空気を乱す。静寂の中、ホームルーム終了のチャイムだけが無情にも鳴り響いている。
「――指揮官だ。それで質問は何だ、黒華」
「そろそろ彼氏は――」
「ホームルームを終了する」
牡丹田は冷淡な目つきと口調で黒華の不躾な質問を遮り、足早に教室から姿を消した。
「あはは~……懲りないですね~黒華くんっ」
「だって、気になるじゃな~い?いつもはクールな朱里チャンが、彼氏の前では……ってねっ☆」
「あはは~……」
明智は場の空気を和らげるように愛想笑いを向けているが、黒華は全く反省の色を見せない。そもそも悪いことをしている自覚が一切無いのだろう。
「はぁ……先が思いやられるな……色んな意味で」
つい本音がポロッとこぼれてしまった。
当分先の実戦を前に、俺は諸々への不安が積もりに積もっていた。
————————————————————◇◆
昼休み、俺はいつものように白百合を食堂に誘おうとしたが、女子が教室の後方で群がっている。丁度近くにいた明智が俺の存在に気がつくと、申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる。
「ごめんなさいですぅ~御角くん!今日は結衣ちゃんと他の子達も誘って屋上でランチを……と、思ってたんですけど……」
どうやら明智は先日の創立祭を皮切りに女子全員の友好関係を深めようとしているらしい。さすが委員長。
「いや、いいんだ。楽しんでくれ」
「御角くんもご一緒します?」
「……遠慮しておく」
俺が女子に混ざってランチでもしようものなら、男子共から容赦なく集団リンチを受けるだろうからな。”女たらし”の烙印を押されるのは言うまでもない。
俺は仕方なく一人で食堂へ向かうことにした。
「弁当……か」
最近は弁当を持参する生徒も増えてきた。節約をするという意味でも、この機会に挑戦してみるのも悪くないかもな。
ピロン
食堂に繋がる階段の踊り場でメモリングの通知が鳴る。差出人は牡丹田朱里だ。
《至急、東館1階の会議室5まで”一人”で来ること。》
全く同じ文面を前にも見た気がするが、まさか送り間違えじゃないよな?
先日呼び出された時はアカツキの件だったが、今回は一体何だろうか。
「……まあ、行くしかないよな」
俺は空腹を我慢しつつ、東館へと向かった。
————————————————————◇◆
「失礼しまーす……」
「来たか、御角……何度も呼び出してすまないな」
「いえ、俺は別に……あれっ?」
会議室には牡丹田だけではなく、別の人物も同席していた。
「おお、君が……ミスミくん……じゃったかな?」
「御角です、御角陽彩」
「あぁ、すまないすまない。わしは人の名前をなかなか覚えられんでな。改めて、学園長の土山じゃ。御角くん、よろしく頼むぞ」
「ど、どうもっす……」
俺は土山が差し出してきた年季の入った手を渋々握る。
「まあまあ、座りたまえ」
「失礼しまーす……でも、どうして学園長が?」
俺は純粋な疑問を牡丹田に投げかける。学園長が俺に用があるってことは、おそらくただ事ではないだろう。
「ああ、今から説明する」
牡丹田は普段以上に真剣な眼差しを俺に向ける。正直、威圧感が強すぎてまともに直視できない。
「先日お前を呼び出したとき、アカツキとはもう組ませないと説明したな」
「はい、もう引退済みだし、色々問題があるとか何とかって……」
「その発言、撤回させてもらおう」
「!?」
撤回って、どういうことだ……?
土山も穏やかな笑みを浮かべながらウンウンと頷いている。
「えっと……なんで急にそんなことになったんですか?」
「端的に言えば、アカツキの希望により、だな」
「アカツキ……!?あいつが何か言ったんですか……!?」
「まあまあ、落ち着きたまえ」
予想通りだと言わんばかりに俺の反応を愉しんでいる牡丹田は、脚を組み直すと机に肘をついて奇妙な薄ら笑みを浮かべる。
学園長の前でもこんな態度を取れるなんて、あまりにも肝が据わりすぎているが。
「つい先日、充電し直したアカツキを起動した。アイツの記憶は最終試験で止まっていたから、ここ1ヶ月の出来事をざっと説明した。もちろん、御角が合格してクロッカスに所属していることもな」
俺はふと、最終試験での出来事を回想する。
「アイツは入隊試験で色々思うところがあったそうだ。もう一度、戦線に立ちたいと何度も懇願されたさ。あそこまでしつこく頼まれたのは、10年の付き合いで初めてだったよ」
お調子者のアカツキがそこまでするなんて……あまり想像つかないな。
「そこで我々は、アカツキを条件付きで復帰させることにした」
「条件……ですか」
俺は固唾を飲んで牡丹田の次なる言葉を待つ。
「今日から公式ライセンス取得試験までの約1ヶ月間、お前には再びアカツキと組んでもらう。ただしお前が試験で不合格となった場合、アイツは廃棄対象となるだろう」
「廃棄対象……!?何でそんな……」
牡丹田の無慈悲な発言に俺は思わず動揺してしまう。
「ここからは学園長にご説明いただく。よろしくお願いします」
牡丹田が軽くお辞儀をすると、土山は重い腰を上げて立ち上がる。
「任されよう……!んんっ、ゴホン……!えぇー、アカツキ君だが、10年前に開発された初代ルミナスクローであることはご存じかな?」
「はい、指揮官から聞きました」
「初代ルミナスクローの保証期間は3年間と定められておる。何にせよ急ピッチで生産された個体じゃからな。それを過ぎると、基本的には処分することが決められているんじゃ。バッテリーの劣化、維持コストなどなど……理由は色々あるのじゃが、一番は記憶媒体の不具合によるトラブルを未然に防ぐことじゃな。クローに内蔵されている記憶容量はあまり大きくなくてのう……」
記憶媒体の不具合によるトラブル――俗に言う”AIの暴走”のことだろうか。それはともかく、俺の脳内には一つの大きな疑問が浮かんだ。
「じゃあ、なぜアカツキは今も処分されずに生きているんですか……?」
「まあ……その質問が来るのは当然じゃろうな。事実、アカツキ君の保証期間は7年前に切れておる」
すると土山は顎髭を指で擦りながら牡丹田の方を一瞥し、僅かに口角を上げる。
「牡丹田君は、こう見えても人情深くてな。クロッカスの現役時代は仲間を誰一人として死なせまいと尽力してくれたもんじゃ。その精神がアカツキ君に対しても表れているんじゃろうな」
「……学園長、昔話は結構です」
「ふぉっふぉっ、そうかね」
意外な一面を暴露された牡丹田は、コホンと軽く咳払いしながら視線を逸らす。ポーカーフェイスのつもりだろうが、動揺が隠せていない。
とどのつまり、アカツキをここまで生かしているのは牡丹田の意思によるものらしい。
「とにかく、お前の結果次第でアカツキの処遇が決まる。それと、入試での学校側の不手際を含め、この件を知っているのは職員とごく一部の生徒だけだ。クラスメイトにはくれぐれも他言無用で頼むぞ」
「……わかりました」
「期待しておるぞ~ミカミ君!」
土山は俺の背中をポンと叩き、気合いを注入する。
「は、はぁ……」
また名前間違ってるぞこの爺さん……
気がつくと昼休みはほとんど残っていなく、俺は飯抜きで午後の授業に臨む羽目になった。
「アイツの命運を俺が……荷が重いぜ……いやいや、弱音を吐いてどうするんだよっ……!」
俺は早くも折れかけている心を無理矢理鼓舞するように両頬を叩き、教室へと向かった。
こんばんは、ProjectAI.(プロジェクトアイ)です。
アカツキの命運を握ることとなった陽彩。
次回、怒濤の戦闘訓練が幕を開けます。
そして、思いがけない出来事も……?
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