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1話

 明るい部屋、照らす電灯はクリームの色。撮影セットのように整った部屋は何ら面白みもなく、人が住んでいるのかすら不確定に思えるものだった。

 チェーンの百貨店で購入した白いテーブルには、未だ傷がついていない。そしてその上には、これまた小綺麗なスケッチブックが腹を見せていた。

 そこに転がるメカニカルペンシルで、早くアイデンティティを描いてくれとせがまれている。しかし、いつまで経っても拒食的に腕が反応しないのがこの俺、築地(つきじ) (あお)だった。


 こうなって一ヶ月。もうすっかり生活を手離しており、髪は伸びるは荒れるわで装いは漂流記が如し。

 時間で満ちている筈なのに睡眠を摂る気が起きず、只でさえ愛想のない目元は、墨を入れたように彩りを失っていた。


 こうして日に日に人の尊厳を失くしつつある俺だが、その始まりはおよそ3か月前に遡る。


 推しが、消えてしまったのだ。


 今、テキストを読むのを止めようとしただろう。待ってくれ。順を追って話そう。


 発端は“1人の推し”の引退だった。猫耳の可愛らしいゆるふわガールは、おどけた口調と鋭い先見の明を持ったカリスマ的偶像、もといバーチャルToTuberだった。

 控えめな仕草はマニア達の心を掴み、奇天烈な動画は強いミーム性を持ってインターネットに痕をつけた。

 彼女はバーチャルToTuber、略してVTuberの頂点として崇められ、彼女に準ずるカリスマ3人と合わせて「四天王」と呼ばれていた。

しかし、彼女はそんな崇拝をあっさり振り解き、そそくさと表舞台を降りたのだった。

 聞けば、界隈各所への技術提供を主軸に活動したいとのことだった。

そう言うのなら、致し方無い。

『たくさんの思い出をありがとうございました!新天地での益々の活躍を願っております……!』


 願えるか。

 特に「新天地」は要らないのだ。ずっと俺達の前で活躍していて欲しかった。


 ……思い出すだけで胸焼けがした。ずるずると体勢を悪くし、テーブルに突っ伏した。冷たいスケッチブックに頬がつき、黒鉛が移ってしまうかとも思ったが、心配は要らなかった。

 なにせスケッチブックは屁の真っ白。家に籠って一ヶ月の間、鉛筆の絵ではなく涙の∞を描き続けていたのだ。

 そうして何やかんやがあって、VTuberの四天王は全員引退した。

 俺は、仕事を引退した。


 スピード感で言えば、もうこんな文章でしか表現出来なかった。一人居なくなって、呆けているうちにまた一人が引退していた。

 そうして心の回復速度が追いつかなくなり、VTuberの業界も統制を失くし、双方、完全に瓦解。


 四天王という成功者が去ったお陰で、VTuberはビジネスとしての信頼を失った。もう“金の成る木”ではなくなった。

 VTuber大手事務所では不祥事が続いた。負け犬を眺めにきたハイエナは雪だるま式に増え、ゴシップが過剰に反応されるようになった。

 VTuberの土壌は完全に衰弱した。誰もが諦めの感情を抱き、明日の不幸を忌避していた時代。今を壊さないために、無力にもただ、天に祈りを捧げた時代。


 これが2021年、VTuber大崩壊の惨状だ。

 俺は“VTuber”という推しを失くしてしまったのだ。

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