Chapter 4 「邪神の巫女」
俺達は選択を迫られていた。
現実問題として、伊原に悪いところはない。
俺達と普通に会話をしていたらドロシーとその他が襲撃を仕掛けてきたので、返り討ちにしようとしている。
誰だってそうする。
俺だってドロシーさえいなければそうしている。
ならばドロシーは悪人か?
口が悪かったり、隙あらば蹴りを入れてきたりと色々と躾が出来ていない子ではあるのだが悪人ではない。
もし悪人だとしてもまだ小さな子供。
正しく生きていけるように導いてやるのが大人の役目だ。
そもそも、おそらく運営に操られていることはほぼ確定だろう。
ならば猶更だ。
ただの襲撃者Aとして伊原に倒させるわけにはいかない。
それに、伊原が何かのミスで負けてしまったら大問題でもある。
俺達は貴重な情報源を失ってしまう。
そのため、求められているミッションはドロシーを確保しつつ襲撃者達を片付けることだ。
「2人とも、ドロシーを拘束して行動できなくするんだ。今のままだと襲撃者の1人として消される」
「なんとか説得を」
「おそらく今の状態はレルム君やタルタロスさんが現れた時と同じだ。まずは動きを止めないと、今の状態を解除できないぞ」
そう言っても2人はまだ躊躇しているのか行動に出ようとしない。
「ならば俺がやる。俺の攻撃は手加減出来ないから、もしかしたら死ぬかもしれないけど」
そう言って前に進むと、モリ君が俺の肩に手をかけて止めてきた。
「いや、俺達がやります……ドロシーは俺達が絶対に何とかします」
モリ君とエリちゃんの目つきが変わった。
ようやくやる気になってくれたようだ。
「なら任せた。その間に俺はその間に例の戦士ともう1人謎の弓使いの方をなんとかする」
「ラビちゃん1人で大丈夫?」
「俺達はあの遺跡から何度も戦って経験も積んでいるし、ランクアップもしている。前回とは違う。それよりも早く!」
2人が駆け出して行ったのを見て、俺も箒に跨る。
「戦士の方は麻痺系のスキル使い。あれを食らうと身動きが取れなくなることは確定。弓使いの方は未知数だが、遠距離から支援攻撃をされると厄介。速攻しかない」
残存している鳥は2羽なので、追加で5羽を召喚。
箒へ飛び乗り、鳥3羽で盾を箒の先に形成。
勢いを付けて弓使いへ対して体当たりする。
まさか、魔法使いが近接攻撃を仕掛けてくると思わなかったのだろう。
弓使いは俺の体当たりを回避することが出来ず、もろに食らって吹き飛ばされた。
そして相手が滞空中に追い打ちとして第3のスキル、極光を放つ。
単体だと威力はそれ程でもないが、流石に宙に浮いて踏ん張りが利かない相手なら更に弾き飛ばすくらいのことは出来る。
トドメで放つのは例のイモリ人間騒ぎの際に会得した鳥を高速回転させて威力を向上させる技。
高速で頭部に直撃させると、弓使いはグッタリとして動かなくなった。
これで一息つきたいところだが、そうはいかない。
箒の先に展開させていた盾を一度解除して俺と戦士の間に再形成させて長剣を阻む。
「復活したというより、何かの擬態か、クローン的な何かか?」
目の前の下卑た表情を浮かべている戦士は、以前に俺が魔女の呪いで消し炭に変えている。
あの状態からとても再生できるような回復スキルがあるとは思えない。
運営がまたガチャを引いたら同じ人間が出てきたという可能性はなくもないが、コストがうんぬん言っていた運営が再度ガチャを引いたとは思えない。
考えられるとしたら、またあの眼鏡か?
死人を目の前に出すことで、良心の呵責とかで精神的に追い込めると思っているのか?
バルザイの偃月刀を抜いて横一文字に斬りつけると、キキッと金属同士が擦れる不快な音と共に、戦士の鎧にうっすらと一本線が刻まれた。
まさか非力な魔法使いの攻撃で鎧に傷が入ると思っていなかったのだろう。
戦士が警戒したのか一歩退いた。
まあ、ただのひっかき傷なのでダメージなんてないんだけどな。
何せよ怯んでくれたのならばありがたい。
箒を背中に紐で背負い、腰からオウカちゃんより受け継いだ白木の柄の短刀を抜いた。
短刀と短剣の二刀流。これで決める。
両手に構えた2刀で切り込むが、戦士もなかなかのものだ。
こちらの連続攻撃を軽く避けて反撃をしかけてくる。
やはり付け焼き刃の近接戦闘では分が悪いか。
だが、この二刀流はあくまでも次の攻撃へ繋げるためのフェイントに過ぎない。
鳥を5羽喚び出して、戦士の後方に回り込ませる。
「おおおおー」
背後に回りこませた鳥に気付かないよう、わざと大声をあげて隙だらけの動きで戦士に突撃した。
相変わらず可愛い声とペタペタという足音。
しかも走るのが遅いので迫力皆無だが、そこは勘弁して欲しい。
戦士が余裕の表情で長剣を肩口に構えてこちらの攻撃にカウンターを入れようとして足を止めたところ、後方に回り込ませていた5羽の鳥を、戦士の首やら頭やら、ダメージが大きそうな場所へ叩きこんだ。
足を一度止めた奴にこの急な攻撃を避ける余裕などない。
戦士は地面に倒れ伏し、動かなくなった。
「……いや、俺が剣で勝負するわけないだろ」
狸寝入りの可能性もあるので、戦士の背中の上にぴょんと飛び乗ると「ぐえっ」と声を上げたが、やはり動かない。
行動不能に追い込めたようだ。
「あとは伊原さんの方だけど……」
伊原の方を見ると、正体不明の4人組を蹴散らしているところだった。
原理は分からないが、手を横に振ると、目の前の敵が一瞬で消える。
ほぼ無音なので物理系のスキルではないだろう。
俺の「収穫」のように分解する能力でもなさそうだ。
いくらなんでも消失させる速度が早すぎる上に、痕跡が残らなさすぎる。
何もない虚空から氷を取り出して、タンブラーに入れる時に「量の調整は何度やってもうまくいかんな」と言っていたことを考えると、収納したり取り出す能力だろうか?
敵を一瞬で全滅も出来ていないので、おそらく射程はそれほど長くないし、連発も出来ないことも分かる。
一度使用すると次に使用するのにそれなりの待機時間が必要なのは俺達のスキルの特徴だ。
そして、消失は相手の武器を破壊するなどして無力化させた後でないと発動出来ない。
あえていたぶるのを楽しんでいるだけの可能性も有り得るが、もしそうでないのならば、抵抗する相手には使用出来ないのだろう。
素手での攻撃も、拳法のような洗練された動きは使用しておらず、単にパワーとスピードで無理矢理攻めているだけに見える。
これはランクアップで向上した能力を使ってのゴリ押し「レベルを上げて物理で殴る」だろう。
伊原とは今のところ敵対するつもりはないが、もしかするとドロシーの処遇を巡って戦わないといけないかもしれない。
「ああ、そっちももう終わったのか?」
伊原が俺の方に近付いてきた。
「こいつら何なんです?」
「運営がよくこんな感じの連中を送って来るんだよ。余程私のやっていることが目障りらしい」
伊原は倒れ伏した戦士に近付いて手を振るうと、やはりいずこかへと消えてなくなった。
「これ……どこに消えているんですか?」
「とりあえず牢獄送りだ。処遇については後で暇な時に考える。処分するか身ぐるみ剥いで適当に放り出すか」
ということは消えた連中も一応はまだ生きているのか。
運営に操られているとはいえ、無駄に自我のない再生怪人枠として殺されるよりはマシということか。
「ここに倒れていた奴は以前に死んだはずの奴なんですけど、どういう理由で生き返ったんだと思いますか?」
「生き返ってはいない。これはクローンみたいなものだ。あいつらはどこかに人体のサンプルを持っていて、そこから情報を抜き出して人造人間を作ることが出来るんだよ」
「クローン……」
伊原はモリ君とエリちゃんが拘束しているドロシーを指差した。
2人はなんとかドロシーを無力化することに成功したようだ。
「あのドロシーとかいう子供は君達の仲間なのか?」
「ええ、まあ一応」
「今の話から、そこにいるのはドロシー本人ではなく、姿が同じだけの別人だということは理解しているな」
それについてはある程度覚悟していた。
レルム君、タルタロスさんも同じような存在なのだろう。
以前に遺跡の中で低予算モンスターに攫われて、その後の記憶がないという話を聞いたが、おそらくその時点でオリジナルのレルム君達は死亡しており、俺達と旅をしているのは、姿が同じだけの別人の可能性は高い。
タラリオンの霧の中から現れた時は、幽鬼の仲間で、ラティを倒した時点で消えると予想もしていた。
それに比べればはるかにマシだと言える。
もちろん、偽物なので、これからは偽物として扱いますなどとやるつもりもない。
「俺達が最初に出会った時から、ドロシーはあの娘だけです。オリジナルがどうということに拘りはありません。ドロシーはドロシーです」
「そうか……私は襲ってきた相手に情けをかけるつもりはないが、今回は特別に見逃してやろう」
「ありがとうございます」
「ただし今回だけだ。次にまた同じようなことを繰り返すならば、今度こそは容赦なく殺す」
一応はドロシーの殺害については回避出来たようだ。
予断を許さない状況だが、一段落だ。
「まあとりあえず座れ」
伊原がそういうと突然に虚空から椅子が二脚出現した。
更に北アメリカ大陸の地図を虚空から取り出し、たった今まで存在していなかったテーブルの上へ広げる。
もうなんでもありだな。
「どうやってその椅子や机を出しているんですか?」
「これはスキルとは別。私に与えられた邪神の力だ」
「邪神?」
伊原は眼鏡を直しながら椅子に座った。
同じように椅子へ腰掛ける。
「この世界には神の力があると聞いたことは?」
「知事から聞いております」
確かこの世界には魔法の力はないが、神の奇跡はあるとかそういう内容だった。
その時は単なるパワーソースの違いだと思っていたのだが。
「神様連中は祈りによってこの世界に顕現して、願いを達成するための力を与えてくる。運営に対抗する力を欲しがっていた私に与えられたのは物質の創造と破壊。空間へ干渉する能力だ」
「そんな気やすく願いに応える感じなんですか?」
「そんな感じなんだよ」
それで連想されたのは例のトランプの壁だ。
あれも砂漠の村のナイックさんの話によると西の魔女……伊原が一晩のうちに作ったという話だった。
「ということは、あのトランプの壁は……」
「近くに集落が有っただろう。あの集落を護るために私が創り上げた」
そう言うと俺の目の前に例の壁が突然出現した。
そして伊原が指をパチンと弾くと一瞬で消え去る。
「とある原因により、近くで爆発事故が発生したので、それから集落を護るために作った」
伊原はそう言うと俺を指差した。
「身に覚えがあるだろう。運営に与えられたスキルの範疇を越えた謎の力を突然使えるようになったこと」
「はい。どう考えても個人で持っていてはおかしい能力があります」
箒で空を飛ぶことや盾は、あくまでもキャラとして与えられた能力で良いだろう。
ただ明らかに火力が高すぎる「魔女の呪い」、その事前動作で全ての生物を分解して黒い霧に変える「収穫」
定期的に話しかけてくる魔女は完全にそこの範囲に収まっていない。
そう言えば魔女は以前に誰かの魂の欠片をベースに作られたと言っていた気がする。
魂については運営も理解していないとカーターが言っていた。
神のみぞ知ると。
つまり、神による何かの干渉があったことは事実だ。
アデレイドが持っていた手配書で俺が「邪神の巫女」と書かれていたのも、まあそういうことだろう。
今までの情報を総合すると、オリジナルの邪神の巫女ラヴィニアというキャラが存在しており、俺はそのハロウィン限定バージョン。
この魔女のコスプレ衣装に騙されていただけで、ラヴィ(ノーマル)は神に仕える巫女のはずなのだ。
だが、願いとはなんだ?
俺が召喚される前日に考えていたのはカボチャ料理と翌日の仕事のことくらいだ。
否、違う……祈りと願いはこの世界の神に対して行うものだ。
俺は召喚された初日に魔女の呪いを会得したのだから、別に何も祈っても願ってもいない。
ならばいつ祈って願いを望んだのか?
召喚前?
それは理屈がおかしい。
それこそ俺以外のこの世界にいる誰かが俺に会いたい、会って何かを変えて欲しいと祈り願ったとしか……。
あれ?
誰かが強く会いたいと思っていた?
俺が来ることで何かが変わる?
何かが分かりそうで結論が出ない。
「おい、話を戻すぞ」
「は……はい、お願いします」
俺の思考が脱線していることに気付いたのか伊原が声をかけてきた。
本当に脱線は良くない。
今の状況で重要なのは俺や伊原の力の出どころについての推測ではなく、ドロシーの処遇についてだ。
「あのドロシーという娘についての処遇は保留だが、町や私の事務所を破壊した責任までは消えてなくなるわけではない。それは分かるな」
「承知しております」
当然の話だ。
これで無罪放免というのもそれはそれでおかしい。
「責任は消えないが、別に賠償金なんてはした金を貰っても別に私は嬉しくないし、君達が刑務所に入っても面倒が増えるだけで面白い要素なんてない。そこでだ」
面倒そうな話になってきた。
まだ金銭的な補償の方が楽で良かった。
「一つ仕事を請けてもらう。もちろん拒否するのは勝手だが、その意味が分からんということもあるまい」
もちろん、これを拒否することは出来ないだろう。
伊原からの信頼や、情報入手の機会を完全に失うことになる。
「流石の私も運営からのちょっかいには飽き飽きしてきた。そのため、運営の拠点を君達に叩き潰してもらいたい」
伊原はそう言うと北アメリカ大陸の地図を虚空から取り出した。
それをやはり先程まで存在していなかったテーブルの上へ広げる。
もうなんでもありだな。
「エリア51という名前を聞いたことは?」
「米軍の秘密基地があるとか、UFOの基地があるとか、そういう都市伝説がある場所ですよね。実際はただの空軍基地なわけですが」
知っているのは都市伝説や創作でおもちゃにされているということばかりで実情はよく知らないが最低限の知識くらいはある。
「このサンディエゴから北東……地球で言うラスベガスの北西200km。ネバダ州の砂漠地帯。ここのエリア51に運営の拠点があるとの情報を掴んだ」
「運営の? でもどうやって……」
「先程襲撃してきた連中を調べて、そいつらに命令を流していたエーテル……電波的な流れを逆追跡した」
ようするに無線の逆探知のようなものか。
あの一瞬でよくやったものだ。
「おそらく、ドロシーとやらに命令を出しているのもそこだ。つまり、そこを潰せば、ドロシーやさっき襲ってきた連中への命令も止まる」
「でも、なんでそんなところに基地を」
「趣味なんだろ。娯楽の一環かもしれん。エリア51に敵のボスがいるなんてショーとしては盛り上がる要素だろう」
ということは、その拠点が悪の秘密基地として襲撃を受けることも織り込み済なのだろう。
デスゲームものの創作で参加者が運営の拠点に攻め入るところまでもショーになっているというのは何度も見たことがある。
これも同じなのだろう。
「私が赴いても良いが、ここは君達に任せよう。そこを壊滅させてこの町への襲撃者を止めることで、君達……ドロシーが及ぼした被害への免罪符としよう」
これは受けざるを得ないだろう。
拠点を壊滅させることが、ドロシーを助けることにもなるならば猶更だ。
問題は、ドロシーがいつ暴走するのか分からないこと、レルム君とタルタロスさんは負傷しており、当分は旅に出ることは難しいことだ。
「さて、どうするべきか」




