Chapter 2 「砂漠の村」
「出てこい水!」
ドロシーのスキルにより超高圧で噴射される水流。
水量にすると5000リットルほどと予想される。
それだけの水が何もない空間から出て来るのだから、俺達の仲間では一番質量保存の法則をガン無視している。
俺達7人の生活兼飲料水用途だと過剰な量であるし、一度攻撃に使用すると超水圧で大きな屋敷の柱を吹き飛ばして倒壊させるほどの破壊力はある。
だが、流石にため池を満たすとなると先は遠い。
25mプールが30から40万リットル。
それと同じくらいとなると80回。
ため池は完全に空ではないので半分としても40回。
しかも、水が少し溜まる度に村人の女性達が土を焼いて作ったであろう瓶で汲み上げていくので、猶更ため池が埋まることがない。
うん、流石にドロシーの体力が持たないしどこか途中で止めよう。
6割くらい埋めれば十分だろう。
「俺も頑張るからドロシーも頑張れ」
「あとどれくらい出せばいい?」
「この池が埋まるくらいかな?」
モリ君とエリちゃんがドロシーをなだめながらスキルを連発させている横で、俺は淡々とクッキーの量産を続けていた。
もちろんクッキーを村人への手土産にするためであるが、俺がこうやって真面目に仕事を取り組んでいると、横で見ているドロシーが勝手に張り合ってくれて士気が上がるという意味もある。
小学生にライバル視されて良いのか?
という疑問もあるが、そこは気にしたら負けだ。
「師匠、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫。長時間クッキーを出し続けるのは経験済だ」
村人は約60人ということだったので、一人あたり2枚の120枚を目安にスキルを使用している。
レルム君が心配してくれているが、3桁だとむしろ余裕に思えてくる。
「1時間に最低30枚はクッキーを出せると思うから、最短3時間、長くて4時間……余裕だな」
「余裕じゃないです。4時間は長いですよ。どうしましょう? 何か僕に手伝えることはないですか? 肩でも揉みましょうか?」
「俺は大丈夫だよ。慣れてるから。それよりもドロシーちゃんのサポートをやってあげなさい」
それを言うや否や、ドロシーが小走りで駆けてきて俺を蹴飛ばしてきた。
もはや恒例行事なので軽くいなす。
「そんなの頼んでない!」
「はいはい。でもレルム君に手伝って欲しいんだよね」
「でも、僕は何を手伝えば……」
「あんたは、頼まれたんだから、うちを手伝いなさい」
そういうとドロシーは俺にもう一回蹴りを入れてから、並べていたクッキーの山から2枚を無造作に掴み、レルム君を無理矢理連れていった。
電気系スキルのレルム君を連れて行ったところで、別に何が出来るわけでもないだろうが、気になる男子は独占したいのだろう。
俺にいちいち張り合おうとするあたり、微笑ましいというか怖いというか。
「本当に子供……というか女子は分からん」
誰に向かって言ったわけでもない独り言だったが、それを聞いたカーターが近付いてきた。
「お前のそういうところはまだ男子が残っていて安心するぞ。女心とか全然分からんだろ」
「こう見えても童貞だからな。女子の気持ちは全然分からん」
「処女な」
「処女言うな」
◆ ◆ ◆
仕事が一段落したところ、村人たちに村の中央の広場へ誘われた。
村人たちは基本的に現地の言葉で会話している。
俺達が理解できる言葉は単語区切りでしか伝えてこないので意図が分かりにくいのだが、それでも歓迎してくれているというのは分かった。
どうやら、俺達のために食事会を開催していただけるようだ。
トウモロコシ粉のパンや炊いた豆など、南米で散々食べてきた料理はここでも健在だったが、今回はメインディッシュがある。
バイソンの肉だ。
基本的にバイソンの肉は物々交換用か、祭りの時に出すくらいで普段は村人もあまり食べないらしい。
それを俺達に分けていただけるとは実にありがたい話だ。
ただ、そのバイソンの肉は思っていた以上に固かった。
無理もない。
品種改良された肉牛ではなく野生の牛。
しかも、それを筋肉の繊維の方向など意識しないで適当に切って、塩を雑に振って、若干火力が強すぎる焚き火でこんがり焼けば、固くもなろう。
だが、それでも数か月ぶりの牛肉だ。
やはり他の肉とは旨味が違う。
噛むほどに肉の旨味と脂が溢れてきて、久々に「肉」を食べたという気になる。
「かたーい」
「はいはい、食べやすいように小さく切ってあげるね」
流石にドロシーには固すぎたのだろう。
なかなか食べられないようだったので、エリちゃんがナイフで細かく刻んで食べさせていた。
レルム君はそれを見て、何故か自慢気に固い肉にかぶりついていた。
一人で固い肉を食べられる自分の方がドロシーより上と言いたいのだろうが、全然噛めずに口をモゴモゴとさせている。
助けに入るかと思ったが、涙目でこちらに手助け無用と訴えてきた。
ここは男の子の意地を見せてもらいたいと、あえて見守ることにした。
「この度はありがとうございました」
あまり会話が出来ない他の村人とは違い、流暢な言葉を話す村の若者が俺達に声をかけてきた。
「ラビさん、お願いします」
モリ君が急に俺に振ってきたので、代わりに話をする。
「ラヴィと申します。よろしくお願いします」
「ナイックです。よろしくお願いします」
握手のために手を出すと、ナイックの手が止まった。
少し間をおいてから俺の手を取り、握手をする。
「なるほど、握手……ウィンキーの方と同じ風習ですね。もしかして南の方から来られましたか?」
「はい、タウンティンというところから」
「なるほど、そのうちタウンティンというところから人が来るだろうから、その時は歓迎しろと西の魔女からは聞いていましたが、ついに来ましたか」
タウンティン(ペルー)と、このアメリカとの間にはタラスカ王国やら、どこかから転移してきた町やら色々あるのに、それでも一番最初に来るのはタウンティンと予想しているのか。
やはりウィンキーというのが度会知事の昔の知り合いである魔女が居る街で間違いないようだ。
しかし、西の魔女は相当ひねくれ者のようだ。
ウィンキーとはオズの魔法使いで悪役である西の魔女が治める国の名前。
物語のポジション的には魔王城のようなものだ。
そんな名前をあえて自ら名付けるなど、自分は悪役にでもなったつもりなのだろうか?
そういうことをするから運営から主役のドロシーを送り付けられるというのに。
「ところで、貴方は会話が流暢ですね。どこかで覚えられたのですか?」
「はい。ウィンキーの町の方と交渉するために覚えました。オレの他にも3人ほどがこうやって町と往来して取引をしています」
「ということは、実際に西の魔女と会われたことも?」
「定期的に会っています。私達が狩猟で狩った肉や、採掘した宝石などを日用品などと交換していただいております」
これは渡りに船だ。
度会知事から紹介状は貰ってはいるが、このナイックさんに案内していただければ、初対面の魔女と会うのにもスムーズに話が進むだろう。
村に立ち寄って正解だったと言える。
「俺……私達も西の魔女へ会いにここまでやってきました。もしナイックさんのお手間にならないようでしたら、案内していただけると助かります」
「明後日には宝石などを町へ運ぶ予定でしたので、1日待っていただけるのであれば」
「ということだけど、良いかな?」
念のためにモリ君に確認する。
「村の方のご迷惑にならないのであれば」
「迷惑なんてとんでもない。大量の水を提供いただき助かりました。しばらくは遠くの水場まで水汲みへ行かずに済みます」
役にたったのならば良かった。
水場は別に確保しているので、そこまで致命的ではないだろうが、水はあるに越したことはないだろう。
せっかくなので、あのトランプの壁のことも確認しておくか。
「ところで、村の近くにあった、あの壁のことですけど、あれはいつ頃に何の目的で作られたのかご存知でしょうか?」
「あれですか? 西の魔女が作られた壁です」
ナイックさんはさも当然とばかりに答えた。
「3年ほど前でしょうか? あの壁の向こうで戦いが始まるから、その影響がないようにと一晩のうちに造られました」
「一晩で?」
「はい。恐ろしい魔術だと思います」
恐ろしいの一言で片付けて良いものではない。
一体何をどうやれば、数キロに渡る巨大な壁を一晩で造ることが出来るのか?
そして、それほどの力の持ち主は何と戦っていると言うのか?
「そんな恐ろしい力を持っていても魔女は味方だと?」
「食料や布、鉄で出来た道具。病気や怪我に効く薬。それに文字と言葉。西の魔女からは何十年も色々な物を提供頂きました。そんな立派な方が悪人のわけがありません」
確かに中世の町に近世の物資の提供がほぼ無償で与えられたならば、当然感謝や信頼もされるだろう。
「壁が出来たのは3年前なんですね」
「そうです。その時期から、知らない町や得体の知れない化け物が出現するようになって困っていました。それが壁が出来てからピタリと……果たしてあの壁の向こう側はどうなっているのやら」
他の町が出現したのも3年前だ。
やはり魔女や、その戦いの相手と何か関係があるのだろうか?
場合によっては、その西の魔女のサポートについて、その謎の敵と戦うことになるかもしれない。
他の村人にも話を聞いたが、全員が西の魔女を賞賛していた。
一体西の魔女とはどのような人物なのだろうか?
会うのが楽しみになってきた。




