Chapter 9 「魔女の呪い」
「超越者AとBか」
「そうです。俺たちがここから日本へ帰還するためにも、超越者Bの情報、および接触は必ず必要です」
俺が全く違う手法で喚ばれたことだけは分かった。
やはり超越者Aと何らかの形で対立するBは存在しているのだろう。
「残念ながら、私が知っているのはそこまでだ。メダルを使えるというショップについても分からない」
「話しにくいかもしれませんが、仲間が亡くなった時はどんな状況でしたか?」
「ムカデの群れに飲まれていった……なので、最期は見られなかった」
ハセベさんが辛そうに言った。
さすがにそれ以上は追及できそうにない。
「他に気になったことは? なんでもいいから教えてください」
「第1チーム……最初に3人組を作って扉から抜けたチームだな。あまりにもチーム結成が早かった。他のメンバーとほとんど接触することなく、すぐに3人組を結成して、扉から出ていった」
「メンバー構成などは?」
「ガトリングガンのようなものを持った少女、魔法使い風の少女、侍風の少年の3人組だ。どうやら、全員のレアリティがSSRだったらしい」
それは確かに怪しい。
俺のレアリティがSR。SSRはさらに上だ。
ゲーム的に考えれば、レアリティは高くなるほど、人数も減っているはずだ。
その最高ランクを3人揃えて、速やかに動いたということは、事前に超越者から情報を貰って動いていたサクラの可能性もありうる。
超越者の手駒として、俺たちを殺し合いに導くための役割だ。
「そう考えると(ハロウィン)も怪しいよな。他に限定キャラとかいないだろう」
俺の疑問を聞いたモリ君とハセベさんは同じように目を閉じて何やら悩み始めた。
「あんまり話したくないんですけど、ラビさんはハロウィンですよね」
「それだと、俺が年中『ハロウィン』と言っている変な人にしか聞こえないんだけど」
「(水着)の人がいたんですよ。ビキニ水着にパーカー、麦藁帽に浮き輪というリゾート4点セットの人が、観光地近くの住宅地に迷い込んできたような空気を全く読めていなさそうな感じで」
「うわぁ……」
いたたまれなさすぎて思わず声が出た。
俺は(ハロウィン)を見た時には何かのギャグかと思ったが、(水着)はそれとは比べものにならないほどかなりキツい。
想像するだけで辛い。
水着を着せられて「夏休みだよ!クッキーをどうぞ」とやらせられるとか羞恥プレイにも程がある。
いや水着だとクッキーじゃないな。夏っぽいイメージだと――
胸に「らび」と書かれたゼッケンを付けたスクール水着を着て
「海です夏です。ミルクバーをどうぞ?」
とアイスを渡してくるラヴィの姿が脳内再生された。
オイオイ死ぬわ。
羞恥心が炸裂して死ぬわ。
そう考えると、そこまで恥ずかしくないスタンダード魔女スタイルで喚んでくれたことについては感謝しかない。
いや感謝などなかった。
人の体を女に変えて喚ぶな。
そもそも同意なく異世界へ喚ぶなという話だ。
「その水着の人は『見ないでください』と言って恥ずかしがって困っていそうだったので、俺が助けに入ろうとしたら」
モリ君は本当に困っている人を見ると助けに入らないと気が済まないんだな。
そういうところは本当に好感が持てる。
「上半身は軍服のような服を着ているのに、下はパンツ丸出しという変な人が『水着の何が悪い!』と水着の人を庇うように出てきて――」
「そんなことがあったの!?」
だが、その痴女……もとい、軍人さんの言いたいことは分かる。
パンツじゃないから恥ずかしくないとかどんな理屈だ。
下半身露出の変態に比べたら水着の何が悪い。
「いや違うぞ少年君」
ハセベさんが会話に割り込んできた。
「下半身はレオタード丸出しだ。レオタードの上に軍服の上着だけを着込んでいたんだ。エグい食い込みだった。あと軍服の胸元もボタンも閉じずあえて広げたままで谷間が見えるデザインだったのもすごい。本当にすごい。すごかった。良いものを観られた」
想定以上にヤバい女だった。
そして、真顔でとんでもないことを早口で熱く語るハセベさんにも驚きだ。
胸元の説明に至っては語彙が完全に喪失してしまい「すごい」しか言っていない。
ハセベさんは真面目な武人さんのイメージがあったが、もしや中身は実は面白いオッサンなのかもしれない。
なぜかモリ君もそれに興味を示している。
君も所詮は男か。
エリちゃんはハセベさんの説明に完全にドン引きしている。
俺もドン引きである。
なぜそこまで細かく他人の胸を観る必要があるのか?
おっぱいなどただの脂肪ではないのか?
サイズの大小がなんだというのだ。
貧乳はステータスだ。希少価値だという故事成語もあるだろうに。
「その後にファーの付いた黒いレザーコートを着たビジュアル系ロックバンドっぽい服装の男がシルバーのアクセサリーをジャラジャラ鳴らしながら出てきて『そうだ水着の何が悪い』と同調を始めて」
何それ無茶苦茶見たかった。
誰か録画撮ってないの?
なんで俺はその時に喚ばれてないの?
「その3人は何か分かり合うものがあったのか、グッと握手をした後に手を取り合って扉の向こうへ消えていきました。第2チームです」
「何の罰ゲームなの?」
◆ ◆ ◆
結論として、第1チームは怪しい。
第2チームは別の意味で怪しい集団ではあるが、超越者が関与しているかと言われると、どちらかといえば被害者。
そこまでは良いだろう。
「第1チームが超越者から情報を貰って動いているならば、他にも似たような人間が紛れていると考えていいな」
「最後に部屋を出たのは君達のはずだが、何か気付いたことはなかったかね?」
ハセベさんがモリ君に尋ねた。
「俺たちの前は小学生2人と中年男性のチームでした」
「そう言えば小学生くらいの子供が2人いたな。何となく覚えている」
「2人ともずっと泣いていました。きっと助けが来るはずだと励ましてはいたんですけど」
「待ってくれ。小学生までいたのか?」
俺が尋ねると、ハセベさんもばつが悪いのか顔を逸らした。
ハセベさんたちは子供たちより先に扉を出ている。
子供を見捨てたと思われてもおかしくないと自覚しているのだろう。
ただ仕方ないところもある。
こんな状況で、あからさまな足手まといを連れて行くという選択肢を取れないのは仕方ない。
もしかしたら、超越者は最初からそのつもりだったのかもしれない。
足手まといとして分かっていて子供を連れて行く人間の善性を信じるか。
それとも子供は足手まといとして切り捨てるか。
実際にはほぼ最後まで子供が残ったということは後者だったのだろう。
俺と同じで外見と年齢が一致していないパターンならまだいい。
だが、もし一致しているのならば、そんな年齢の子供までこんなところに召喚したということになる。
超越者の悪意には吐き気がする。
「もしかしてモリ君とエリちゃんが最後まで残ったのって……」
「だって、子供だけを残して俺たちだけで出られないでしょう」
「ちょっとだけ……なんで子供が助かって私たちは助からないんだろうって恨んだこともあるから、あまり大きなことは言えないけどね」
モリ君の判断力は決して悪くない。
なのに、何故椅子取りゲームで最後まで残ったのか理由が分からなかったが、ようやく理解できた。
俺はたまらずモリ君とエリちゃんを抱きしめた。
本当にこの子達が俺の仲間で良かった。
この優しい2人はなんとしても日本へ……元の生活へ帰してやりたい。
「子供たちもそのうち居場所を見つけて日本へ連れて帰ろう。こんなろくでもない世界に取り残されて良い理由なんてない」
「そうですね。絶対助けましょう」
今のところは手元にある情報でできる考察はここまでだろう。
気になることは山ほどあるが、それは翌日からの調査でやれば済む話だ。
早めの休憩を取ることにした。
近くの廃屋は比較的良い状態で残っていたので、ここを掃除して夜明けを待つのが良さそうだということになった。
中は広く、荒れてはいないものの、人がいなくなって放置されていた期間が長いのかほぼ全てのものが朽ちて使えそうなものはなかった。
「水とそれを入れる水筒。あとモリ君の武器も探さないとな」
食料は最悪の場合、俺の無限クッキーがあるから良いとする。
だが、ゴールまでどれくらいかかるか分からない以上は、泉の水は絶対に持ち歩きたいところだ。
俺たちの飲料水としても良いし、水がなくて困っている他の日本人への交渉材料としても使える。
「カバンも欲しいかな」
アニメやゲームだと持ち物はアイテムボックスなり無限カバンなりで重さやサイズの制限なく物を持ち運び完全に手ぶら状態で歩いているが、この世界にそんな便利なものはない。
「最初の30分くらいは凄かったですよ。大勢の人がステータスオープン! メニューオープン! アイテムボックス出ろ! とか叫んでいて」
確かに俺たちは、何かのゲームのような世界にいる。
メダルだってあるのだ。
ゲームのシステムも再現されていると考えても不思議ではない。
それにしても第2チーム結成といい、なんでそんな楽しそうなイベントに呼んでくれなかったんだと憤慨する。
俺も「ステータスオープン」と叫んでみたいものだ。
まあ何も出ないのだが、もしかしたらということもある。
「そんなアホなことやってたの?」
小声で「ステータスオープン!」と言いかけたところ、エリちゃんが呆れたような表情で「アホなこと」と言ったのを聞いてしまったので止めた。
出ないと分かっている行動をやるのは確かに馬鹿馬鹿しい。
「俺はやってない。少しでも情報収集しないといけないと思って他の人たちと話し合っていたから」
「第4チームの人だっけか。その人とも会えるといいな」
モリ君は本当に真面目だ。
本当に君が仲間になってくれて良かったよ。
「こちらにはまだ使えそうな物が残っていたぞ」
ハセベさんの声がする方に行くと、どうやらその部屋は元々倉庫として使用されていたようだった。
先ほどの部屋とは違って木製の扉がまだかろうじて機能している。
廃屋の倉庫は比較的保存状態が良かったようだ。
かなりの品が原型を留めており、まだまだ使えるものが残っていそうだ。
ハセベさんが早速、朽ちた木箱の残骸の中から、まだ使えそうな木皿を何枚か取り出していた。
水筒代わりに使えそうな水差しもある。
水差しはくすんではいるが、色や艶からして銀製だろう。磨けば綺麗になりそうだ。
銀は鉄よりも錆や劣化に強いからこそ、今まで放置されても朽ちずに残っていたのだろう。
「栓は木を削って今から作る。全く漏れないということはないだろうが、ないよりはマシなはずだ」
「全部入れたら1リットルくらいですかね?」
「あとは、似たような泉を探しながら進むしかないだろう」
今度はエリちゃんが倉庫の奥に立てかけられた棒状の何かを引っ張り出してきた。
「この鉄の棒はモリ君の武器に使えそうじゃないですか?」
布のようなものが巻き付いていた痕跡が残っているので、元は旗の軸だったのだろうか?
表面は錆びだらけではあるが、汚れを落とせばなんとか使えそうだ。
棒を受け取ったモリ君は持ち上げたりバトンのようにクルクルと回し始める。
モリ君の武器だという槍は、最初の部屋から脱出しようと無理な使い方をしたせいで、ワイバーン戦で破損している。
実際に槍を振り回しているのは初めて見るが、なかなか堂に入ったものである。
「槍として使うにはちょっと長すぎるし重すぎるかな」
「なら斬るか。希望の長さを教えて欲しい」
ハセベさんが中腰で立ち、鞘に入ったままの刀を腰のあたりで構える。
「半分くらいにできますか?」
「了解した……斬るぞ」
刀の鍔から青白い光が立ち上っている。何かのスキルだろうか。
そこからハセベさんはゆっくりと抜刀。
淀みない動作で金属棒へ真っすぐ刀を当てた。
金属同士がぶつかり合ったというのに、どういう原理かは分からないが、何の音や振動も発生しなかった。
ハセベさんが刀を鞘に収めるキンという鍔鳴りの音が響いた。
「切れ目をつけておいたからあとは少し力を入れたら折れる」
それを聞いたモリ君が鉄の棒を掴んで捻ると、刀が当たったところを境に綺麗に真っ二つになった。
見事な切れ味だ。
ただの技術ではなく、スキルによるものだろう。
「スキルを同時に発動することで威力を増すことができる。相乗効果で単に連続使用するよりも効果が格段に増すようだ」
ハセベさんの口から全く知らない情報が出てきた。
俺は確認のためにモリ君とエリちゃんの方を見るが無言で頭をブンブンと横に振っていた。
このスキルの重ね合わせは2人にとっても完全に初耳の情報らしい。
「その情報をどこで知りましたか?」
「戦闘の中でだ。最初は追い込まれて精神的にゆとりがなく、誤ってスキルを二度掛けしてしまったことが理由だったが……」
「効果が二重にかかったと」
ハセベさんが頷いた。
「おそらく同系統の能力があるならば重ね掛けが可能。君達の中だとエリス君」
「は、はい」
ハセベさんが急にエリちゃんの名前を出す。
「2つのスキルを『同じ場所』『同じタイミング』で発動できないだろうか」
「右手と左手に同時にスキルを出したりはできますけど、同じ場所に出したことないですね。ちょっと練習してみます」
「俺は能力が被っていないから無理かな」
確かにモリ君は槍の強化、壁、回復である。
効果や発動範囲も全てが被っていないので重ね掛けをできそうなところがない。
「スキルが頼りにならない分は努力でカバーしますよ」
「いや、君の回復や防御のスキルは今のままでも十分仲間の助けになる。その力を使って仲間を守ってやってくれ」
「ハセベさんも今は仲間ですよ」
「そうか」
ハセベさんはそれを聞いて黙ってしまった。
先程、水着がどうのという話は、俺たちに心配をかけまいと、無理に明るく振る舞っていたのが分かる。
ただ、NGワードというわけではなさそうだ。
モリ君が仲間と言ったことを喜んでくれているように見える。
モリ君のこういうまっすぐなところについては信頼できる。本当に性根が良いのだろう。
そういうところはひねくれ者の俺と全然違うので頼りにしたい。
それはそうとスキルの重ね合わせについては気になる。
俺のスキルは
自由に操れる鳥。
どこからともなく出てくるクッキー。
ビーム。
何かが引っかかる。
鳥とビームは同じ攻撃魔法という特徴が被っているので、効果については被せられそうなイメージはある。
オプションが、ビーム砲の先に集まって巨大なバレルの形になって強力なビーム砲を発射というのはアニメなどでは定番の演出である。
同じことができないかダメ元で試してみる価値はあるかもしれない。
「俺もちょっとスキルの練習をしてきて良いかな」
「あまり離れるとモンスターが出るかもしれないからなるべく近くでやってくださいよ。あと何かあればすぐに声を出すようにしてください」
「わかってるよ」
そう言って俺は遺跡の奥の方まで駆けだしていく。
危険なのは分かっているが、せっかくの安全地帯で使うには抵抗がある。
全力で能力を使うには、あのワイバーンの遺体が放置されている広場が良いだろう。
◆ ◆ ◆
結論から言おう。
スキルは俺の予想をはるかに超える形で発動した。
射線上にあった岩の柱、遺跡の岸壁、石畳……全ては円形に抉られていた。
融解どころではない。岩は跡形もなく蒸発したための消滅だ。
近くの岩やレンガも赤熱、一部が融解してガラス状に変質している。
最低でも核反応級の高温が発生したことになる。
草が生えていたはずの空間は黒い土がむき出しになっていた。
近くに生えていた木は跡形もなく消滅している。
直線状にあった、はるか彼方の山が赤熱。
一部が溶岩となって流れ出し、火山のような噴煙を上げている。
――誰もここまでやれとは言っていない。
スキルを途中で止めようとしたが、それは敵わなかった。
ペタンと力なく座り込む。
「ああ、女の子座りって女にしかできないんだっけ?」
箒を投げ出して大の字に寝転がり、右手を見る。
俺の全身には入れ墨のような紋様が浮かび上がっていた。
幾何学的な紋様はSFに出てくる電子回路のような光の線が走り、紋様全体が虹色の淡い光を放っている。
俺の体から放たれた光が反射して、ガラス化した岩が虹色に不気味に輝いていた。
「男がどうの、女がどうのじゃないだろ……俺は一体何に変えられたんだよ」
《魔女だよ。悪魔と契約して魔法と呪いを撒き散らす災いの象徴》
ハッキリと誰かの声が聞こえた。
俺の中にいる何か……魔女だ。
ワイバーンとの戦闘中には、俺と同調して動いているようだったが、今は少し離れた場所で俯瞰して見ているようだ。
距離が遠く感じる。
《魔女が撒き散らす呪い……必殺技の名前はちょうど良いんじゃない?》
「なるほど、魔女の呪いか……」
しばらく手の甲に浮かぶ紋様から放たれている光を見ていると、やがて紋様は光と共に薄れ、消えていった。
元通り、少女の小さな手があるだけである。
いや、元通りって何だよ。
何もかも「元」じゃねえよ。
ちゃんと「元」に戻せよ。
光が消えたことで、逆光のために今までは見えなかった満天の星空が指の隙間から見える。
地球とは全く違う星の配列――
ああ、やっぱりここは別の世界なんだな。
涙が流れる。
これは合成だの、強化とかだの――
そんな簡単な言葉で片付けて良いレベルじゃない。
明らかに異常な何かが起こっている。
俺は一体何なんだ?
日が落ちた遺跡のこんなところで寝ているのは危険だと分かっているが、起きる気力が湧いてこない。
「ちょっと凄い必殺技を思いつきましたくらいで済ませてくれよ。呪われてんのかよ」
《やっとわかったの? 魔女は存在そのものが呪いなんだよ》




