Chapter 23 「日本人同士なら助け合いでしょう」
兵士詰所での戦闘が始まって1時間ほど戦い続けたあたりでようやく空気が変わり始めた。
イモリ人間たちが水路から出て来なくなったのだ。
兵舎の方へと誘い込まれてくるイモリ人間もどんどんと数を減らし、2時間経つ頃にはついに0になった。
俺達が倒した分だけでも20体は越えている。
兵士達が倒した分を含めると30体くらいか。
元々イモリ人間の総数が少なかったことを考えると、そろそろ打ち止めかもしれない。
「これは一段落か?」
町の上空へ飛ばす鳥の数を増やして見逃しがないかチェックしてみる。
だが、やはり兵舎の近くだけではなく町の中を歩いているイモリ人間の姿はほぼ見当たらない。
たまに見つけても、小走りで移動しては水路に飛び込むという奇行を繰り返している。
そして、一度水の中へ潜られると暗いのも相まってほぼ追跡できなくなる。
空から見ている俺ですらこれなのだから、実際に走って追い回している兵士達には尚更無理だろう。
兵士達もやはり水路にイモリ人間たちが潜んで移動しているのは分かっており、松明を掲げて水路を覗き込んでいるのだが、成果は上がっていないようだ。
「レルム君、今の間に休憩を。少し休めそうだ」
声をかけるが返事がない。
どういうことかと思って見ると、いつの間にやらレルム君は完全に寝落ちしていた。
ただ小学生がこれだけやってくれたのだから文句はない。
むしろゆっくり休んで欲しい。
「今日は本当によくやった。偉かったぞ」
とりあえず壁に寄りかからせておく。
後でベッドに連れて行こう。
「どうですかな、今の状況は?」
その時、司令官が状況の確認にやってきた。
ずっと兵士達へ指示を出し続けていた司令官が俺のところへやってくるということは、一段落付いたと考えているのだろう。
私見は挟まず、鳥の視点で確認出来た情報をありのままに伝えることにする。
「ボクラグは水路に潜ったまま地上部分には出てこなくなりましたね。水中は暗くて確認出来ないので、まだ同じ場所に潜んでいるのか、それとも撤退を始めたのかは分かりません」
「相手が人間ならば心理を読めるが、野生動物と大差ない相手だと困るな」
ここで司令官は町の水路地図を広げた。
ランタンの薄明りで確認する。
「水路は兵舎方面の誘導もしていたが、同時にここの水路をトカゲどもの逃走経路としてあえて開けている」
司令官が指した先には湖に通じる小さな水路があるようだった。
船も通ることが出来る取水門よりははるかに小さいが、たしかにその水路も湖に面している。
「普段はここを雨がよく降ったときの水量調整用として使用している。かなり狭いので小さいボートでも通行は難しい」
「でも水を泳ぎ回ることが出来るボクラグならば通過出来ると」
司令官は頷いた。
つまりここの状況を確認しろということだろう。
説明された場所へ鳥の使い魔を向かわせると、その場所近くにはフォルテ、マルス、スーリアの3人がいた。
暗い闇夜の中で光を放つ俺の使い魔が目立つのか、すぐにこちらに気付いたようだ。
何やらジェスチャーで訴えている。
使い魔は音声を伝えないので言葉は伝わらないが、今のように身振り手振りで伝えてもらえると意味はわかる。
「水路からトカゲが出てきて、湖に出ていった」だ。
「丁度その水路のところに仲間がいます。ボクラグ達はそこから逃走を始めているようですね」
司令官にそう説明をするやいなや、1体のイモリ人間がウォータースライダーのように勢いよく水路から飛び出してきて、湖の中へと消えていった。
フォルテ達がその様子を指差してこちらへ訴えている。
「たった今、逃走しているボクラグを目視で確認いたしました」
「では、今日のところは勝利と言うことで良さそうだな」
司令官からのお墨付きだ。
本日のお仕事はこれで終わりで良いようだ。
「私達はこれ以上警戒を続けても体力を消耗するだけということで、休息に入ります。何日かはこの町に滞在予定ですので、何かあれば連絡をください」
「承知した。本日協力いただいた件については報酬を出すよう手続きを行っておく。後日取りに来られたし」
「ご厚意痛み入ります。それでは私達はこれにて」
とりあえず一段落だ。
仲間にも作戦の終了を伝えに行こう。
「そうだ。今の時間から宿を探すのは難しかろう。ここの兵舎には空き部屋があるので、ここで休憩すると良いだろう」
「よろしいのでしょうか?」
「功労者を宿もなしで放り出すわけにはいかんだろう。ただ一声かけて使って欲しい」
宿がないのでこれから野宿を覚悟していたので、これは本当にありがたい。
司令官の心遣いに感謝した。
◆ ◆ ◆
早速兵舎のベッドにレルム君を運んだ。
動かしても起きなかったのでこのまま朝までグッスリだろう。
続いて城門で避難誘導と治療を行っていたモリ君達のところへ作戦終了の報告に向かった。
城門前は日が暮れる前は人でごった返してどうしようもない状態だったが、今は人の流れはスムーズだ。
深夜にしては若干多めでは有るが、ピークを考えると全く問題ないレベルだ。
エリちゃんとタルタロスさんが倒れた馬車を含む瓦礫の撤去を行った後に兵士が誘導したのだから当然と言えば当然だ。
深夜になったことで祭りを見に来ていた観光客が諦めて帰ったのも理由に含まれるかもしれない。
城門近くの空きスペースには仮説の救護テントが設置されており、その中では白衣を着たモリ君とレフティ、そしてこの町の医者が治療のために走り回っていた。
以前の野戦病院を思い出す奮戦っぷりだが、あの時に比べると重傷者はおらず、軽傷者が数人なので負荷はそれほどでもないだろう。
「ラビちゃん、今の状況はどんな感じ?」
エリちゃんはその救護テントの横で三角巾にエプロンを付けて、同じ格好をした地元のおばちゃんと一緒に大鍋の中に入ったスープをお玉でかき回していた。
どうやら負傷者や避難住民のための炊き出しが行われているようだ。
せっかくなので一杯貰うことにする。
粗末な木の器に盛られただけでスプーンなどはなし。
お椀のように器を直接口につけてすすれということだろう。
野菜を煮込んだだけで味は塩だけのシンプルなスープだが、野菜から滲み出した甘みと旨みでえもいわれぬ美味さだ。
具材は長時間強火で煮込まれたおかげか咀嚼の必要もなく舌の上に乗せるととろけて消える。
隠し味的にわずかに入っている生姜が味にアクセントを与え、また冷えきった身体を芯から温めてくれるように効いてくる。
実に美味い。
暖房の効いたレストランで食べてもこの感動はないだろう。
長時間、この寒空の中で動き回っている今だからこそ染みる味だ。
「ごちそうさまでした。美味いスープだったよ」
「どうも。器は自分で洗ってね。他にも洗ってない器はたくさんあるから」
炊事場代わりの水桶に食器を返しに行くと山のように使用済みの器が積み上げられていた。
なるほどそういうオチか。
器を洗うための水は冷たくて、たった今スープで温まった分が瞬時にチャラだ。
なんだこれ?
木の皮を丸めて作ったような簡易たわしで器を洗いながらエリちゃんに状況を報告する。
「今の状況だけど、イモリ人間は撤収し始めたので一区切りだよ。明日……というかもう今日だけど再襲撃があるかもしれないのは別の問題として」
「それなら良かった。炊き出しの方も一通り配ったから終わり。あとは瓦礫だけど」
「瓦礫も終わったぞ」
タルタロスさんが門の一部が破損したであろう石の塊を城壁の端に寄せた。
「これで門を塞ぐ障害物はなし。明日からは馬車も通れるだろう」
「お疲れ様です」
城門での作業は一通り終了と考えて良いだろう。
「おーい、こっちにも温かいスープを貰えないか? 水を被って冷え切ってるんだ」
声がした方を見ると、水門に行ったはずのフォルテ達とアデレイドだった。
それと見知らぬ奇妙な格好をした2人。
この2人がアデレイドの仲間なのだろう。
「そちらの方は?」
アデレイドに初対面の2名について確認することにする。
「私の仲間」
予想通りの回答が返ってきた。
カラフルなビスチェの上にペラペラ素材の白い肩出しのカーディガンを着た少女。
片目に眼帯を付けたチョンマゲの侍風ファッションの青年。
こんなコスプレまがいの格好をしている時点で一目瞭然。
俺達と同じ元日本人だ。
なんなの?
日本人はみんな変な服装で奇行を繰り返す変人集団だと思われるだろ。
普通の服装をしてくれよ。
……なんか自分の頭をブーメランで強打した気がするので突っ込むのはここらにしておこう。
それはともかくとして少女の方!
初期ファションは確かにそれかもしれなかったけど着替えろよ。寒いだろ。
デフォルトは腹出しファッションのエリちゃんも今は防寒着を着ているぞ。
今は冬だ。
実際、少女の方は唇を青くしてガタガタと小刻みに震えていた。
「あたしはエヴァニア。で、こっちはジュウベイくん」
震える声でエヴァニアに紹介された青年……ジュウベイが無言でペコリとお辞儀した。
これはまたモチーフがドストレートなキャラだな。
なんでもいいがエヴァニアさん、もっと生地が厚くて露出度が低い服を着てください。
髪も服もずぶ濡れで、見ているこっちが寒そうだ。
「こっちこっち! スープだけじゃなく焚火もしてるから暖まっていって」
エリちゃんがお玉を振り回しながらフォルテ達を誘導すると、6人はフラフラを歩いてきて焚火を囲んだ。
水門組には後で一区切りの連絡に行こうと思っていたが、丁度良いタイミングだ。
「皆さんに連絡ですがボクラグ……イモリ人間は町から撤退したことを確認いたしました。ですので、本日の戦闘はこれで終了です」
それを告げるとフォルテ達は「ようやく終わったか」と武器を置いてしゃがみ込んだ。
「水門の方からトカゲどもがいなくなったので、城壁伝いにぐるりと周りこんできたんだ。ここからもう一周となると辛いなって思っていたけど」
「もうトカゲどもは一匹もいないぜ」
実際に現地で戦っていたフォルテ達が言うなら信頼出来る情報だ。
「そういえばフォルテさん達は宿の方はお決まりですか?」
「いや、決まっていない。町に来てすぐに騒ぎに巻き込まれたからな」
「実は司令官のご厚意で例の兵舎を貸していただけるらしいとのことです。今晩……と言ってももうすぐ夜明けですが、もしも泊まる先が――」
「――やったぜ!」
まだ説明の途中だというのに、フォルテとマルスが手を打ち合せた後に諸手を挙げて喜んだ。
そんな話をしていると、ようやく治療に片がついたであろうモリ君がやってきた。
どうやら治療も一段落のようだ。
「みんなお疲れ。フォルテ達も大変だっただろう」
「モーリスもお疲れだ」
モリ君とてフォルテとタッチした。
2人は同じ年齢らしく、数時間前に初めて会ったばかりだというのにすっかり仲良しだ。
そんなモリ君が寒そうに震えていたエヴァニアの方を見た。
「体調がよろしくなさそうですけど大丈夫ですか? 温まるまではこれを着ていてください」
モリ君は一度テントに戻り、普段身につけているマントを取ってきて、それをエヴァニアにかけた。
なんという自然なイケメンムーブ。
とてもぼくにはできない。
「ありがと。これで少しはマシになったよ」
エヴァニアはマントに包まって焚き火の前で蛹のように丸くなった。
「モリ君、治療の方はもう終わり?」
「はい。レフティさんには助けられました。俺と違ってスキルの再使用までの待機時間がないからバンバン続けて治療出来ちゃうので」
「いえいえ。モーリスさんの回復能力も高い効果がありますし、それに患者への問診など手慣れていて助かりました。以前に医療機関で働いていた経験でも?」
今度はレフティが椅子を持ってやってきて焚き火の前に腰掛けた。
「はい、以前に野戦病院で似たようなことをやったので、その経験が生きました」
「なるほど、戦地ですか。私はこれだけ多くの人数を相手に治療を行うのは初めてなので色々と勉強になりました」
モリ君とレフティがお互いを称え合っている。
日本人も異世界人も焚き火を囲めばみんな仲間。
なんか良いなこういう関係は。
「そういえば、私達は最初おたくらの手配書をもらってここに来たんだけど」
アデレイトは突然そう言うと一枚の紙を俺に見せてきた。
そこには俺とモリ君、エリちゃんのイラストが載っており、その下には誰々を殺害しただのまるで凶悪犯のような説明が書かれている。
カーターがハブられていないのは珍しい。
こんなものをわざわざ作る暇人なんて運営くらいしかいないだろう。
「ここに書いている3人組ってあの遺跡で襲撃してきた奴らだよね」
「組織のエージェントってあの赤い女か? いやまあエージェントなのかもしれないけど」
「俺ってこんな前科何犯みたいな顔をしていました?」
当然と言えば当然なのだが本人達には不評だ。
俺が魔女ではなく邪神の巫女とかいう意味不明な職業にされているのも悪意しか感じない。
「確かに最初はこの手配書の情報だけを見て、酷いやつがいるなとは思ってたけど本人に会ったら完全に嘘だし」
アデレイドは馬鹿馬鹿しいとばかりに手配書を折りたたんでポケットへ雑にねじ込んだ。
まあ、誇張されているだけで嘘ではないのだが、わざわざ否定するのも変だし別にいい。
「あたしらは無駄なことなんてしないの。どうしてもってなら、相手をしてやってもいいけどね。あたしが勝つけど」
エヴァニアはそう言うと俺に不敵な笑みを見せた。
だが、こちらに戦う意思などない。
「いえ、遠慮しておきます。日本人同士なんだから助け合いましょう」
「日本人でもダメなやつの方が多いっしょ。まああんたたちはいい人みたいだけど」
当然の流れだ。
俺達は倫理観のしっかりした現代日本人なのだ。
出会ってつまらないことで敵対して殺し合いとか変態タイツマンや変態眼鏡マンだけで間に合っている。
「それでそっちはいくつなの? あたしとアディは16歳の高1」
「私とモリ君は高2で17歳」
エリちゃんがエヴァニアに答えた。
「なんだ年上じゃん。よろしくセンパイ。それでそっちのちびっ子はタメ? それとも年下? 中学生?」
「23歳ですけど」
「23!?」
アデレイドとエヴァニア、ジュウベイ。
更にはその後ろにいたフォルテ達まで飛んで驚いた。
リアクションがいちいち大きい。
「私も同年代か年下と思ってた……」
スーリアは余程驚いたようで未だにポカンとしている。
「学生?」
「大学は卒業してサラリーマン2年目」
「ふくしの大学? に通ってる?」
「大学は文系」
「飛び級?」
「高校卒業して現役合格」
「大人びてるちびっ子かと思ったらお姉さんじゃん」
これは間違いなく見た目で経歴を疑われている。
ちびっ子とは酷い言われようだな。
まあ見た目中学生は事実だから仕方ないけど。
「まあそういう訳だから私達は宿に帰って着替えて寝るよ」
「また明日!」
焚火である程度暖まったのか、アデレイド達3人はそのまま宿へと戻っていった。
「じゃあ俺達も撤収しようか」
「流石に少し休もう。今日は頑張りすぎた」
モリ君とフォルテの2人が握手を交わして、そのまま倒れ込んだ。
「流石に一晩中戦闘は疲れた」
「こんなに疲れたのは久々だ」
「おい、まだここで寝るな」
いつぞやのお返しとばかりにモリ君を背負おうとしたが、身体を下に潜り込ませたものの筋力が足らず、一歩も動けなくなった。
「助けてー」
「ここはワシが運ぼう」
タルタロスさんがモリ君を軽々と背負って運んでいってくれた。助かる。
同じようにフォルテはマルスに運ばれていった。
「ラビちゃんは大丈夫?」
「流石にこっちも辛い。最近は慣れてマシにはなったとはいえ使い魔で監視をするのは、かなりの精神力を使うんだよ」
今のところ元気なのはエリちゃんとタルタロスさん。
向こうのパーティーのマルスとレフティくらいだ。
いや、もう1人いた。
「あとはドロシーを呼んでこないと。ついでにカーターも」




