Chapter 22 「サルナス防衛線」
領主の家族達を兵士詰所へ連れていき、そこのトップである司令官に事情を説明すると、ようやく兵士達が重い腰をあげた。
やはり領主からの指示待ちで動くことが出来なかったようだ。
領主の館はすぐ近くなのだから確認すれば良いのにと思ったのだが、2時間ほど前に確認のために人を送ってはいたらしい。
その人が未だに未帰還で音沙汰なしということは……まあそういうことだ。
領主の館へ再度人を送って状況確認をしていただき、その上で2Fの部屋から救出した剣を持った少年=領主の長男の証言を受けて正式に領主の死亡が確定となった。
玄関にあった首なし死体が領主だったようだ。
家族と使用人の危機ということで自ら剣を抜いて玄関前で敵を迎え撃ったのだろう。
領主が玄関で時間を稼いだおかげで階段にバリケードを作る時間が確保出来て、その結果として数人が救われたのだから、無駄ではなかったと信じたい。
ホールで亡くなっていたのは領主夫人と末弟。
2Fへ避難が遅れた幼い子供を夫人が単身助けに向かったところをやられてしまったようだ。
領主の家族達は情勢が落ち着くまでこの詰所で保護されることになった。
領主や使用人たち貴族の遺体を兵士や俺達のような一般人が勝手に弔うことは出来ないらしいので、とりあえず屋外にあった遺体は野生動物に荒らされないように屋内へ運び込んだ後に、屋敷が火事場泥棒に荒らされないように封鎖だけが行われた。
「城門を塞いでいた事故車両……2台の馬車は私達の仲間が撤去しました。観光客の避難誘導を行っていますが、所詮は素人なのであまり手際良くというわけには」
俺は上空へ飛ばした使い魔から確認した情報を司令官へ伝えていく。
土地勘がない俺達ではこの情報をフル活用出来ない。
現地の衛兵さん達に力を借りたいところだ。
「では城門へ観光客の誘導係を送ろう。それで人の流れは解消されるはずだ。他には?」
「大通りの屋根のない競技場のような施設に住民の観光客が立て籠っているようです。周辺を何とか中へ入ろうとしているイモリがウロウロしてます」
「イモリ?」
そうだった。イモリ人間というのは俺が勝手に呼び始めた名前だ。
それが通じるわけがない。
「あのトカゲどもの名前はボクラグだ」
「ボクラグ……なるほど、覚えました」
なんだったか、そんな名前の怪獣がいた気もする。
このイモリ人間が名前の元ネタだったのか。
「祭りのメイン会場だな。そこにも誘導係を送って誘導させた方が良さそうだ」
改めて確認していくとイモリ人間の総数自体はかなり少ない。
今まで俺達や兵士達はイモリ人間が町のあちこちで暴れているので相当な数がいると思っていた。
町に溢れかえる観光客達もその混乱に拍車をかけていたのだろう。
だが、冷静になって空から動きを追うと同じ集団が町に張り巡らされた水路を移動して各所に現れては暴れているだけである。
つまり、奴らのかく乱に惑わされず着実に位置を特定していけば大した敵ではない。
今からやることはテロスの町で戦ったヘルハウンドの時と何ら変わらない。
こちらの最大の武器である「情報」を有効活用するだけだ。
同様に人の流れが滞っている場所を俺が示して、司令官がそこへ誘導係を派遣していく。
これで混乱は少しはマシになるはずだ。
続いてはイモリ対策だ。
「この町の水路の地図は有りますか? 水門の位置があるとなお良いです」
「水路の水門を閉めるのか?」
流石司令官。話が早い。
「ボクラグ達は町に張り巡らされた水路を使って効率良く移動をしているために、現状だと陸を歩くだけの人間では鬼ごっこに勝てません」
「そこで水路の水門を閉じて移動に制限をかけると」
俺はその通りだとばかりに頷いた。
「ただ、この作戦には町中の水門を閉めて回るための人数と町の地理に詳しい人の協力が不可欠です」
「我々にそれをやれというのか」
「はい。この仕事は町の平和を守ってきた皆さんにしか出来ません。通りすがりの私達ではこの町の迷路のような路地で道に迷って終わりです」
俺の提案を聞いた司令官は目を閉じて腕組みをした後に唸り始めた。
他の案と併せて検討を行っているのだろう。
「どの道、町中の全ての門を閉めるのは兵の人数が足りないし、どこかで増水して水害が起きる。ならば一部の門だけを閉めて、住民達がいない場所へボクラグどもを誘い込むのが良い」
「どこか良いポイントはないでしょうかね」
「ここしかないだろう」
司令官は自らの足元を指した。
「ここの周辺は領主の屋敷と兵舎くらいしかない。この町で奴らを迎え撃つならばここが一番だ。地図は全て私の頭の中に入っている」
司令官は力強く言った。
「我々は住民の盾であり矛だ。我々がここで戦わなくてどうする。兵士達に通達を出そう。トカゲ共をここへ集めろと」
「なら僕達はどうすれば良いでしょうか?」
フォルテが司令官に聞いた。
「君達は軍属ではないので私から直接命令は出来ない」
面倒くさいなこのルールだらけの組織は。
だが軍隊とはそういうものなのだから仕方ない。
「では、フォルテさん達は町の取水門へ行っていただけないでしょうか?」
空から俯瞰で現状確認を行ったが、そこへ回ってもらうのが良さそうだ。
二度手間かもしれないが、今のところイモリ人間が固まっているのはそこだ。
「ボクラグ数体がまた水門に群がって開放することで町に援軍を送り込もうとしているようです。水中にいるやつまではカウントできませんが、地上に見えるだけでも最低5体います」
「またか! あいつら懲りねぇな」
「水門周辺の敵を倒したら、城壁沿いに城門の方へ回り込もうとしている連中を倒していただけると助かります。そいつらを倒さないと、今度は出入口周辺の人が狙われかねないので」
フォルテ達には水門方面に回ってもらう。
大変だろうが、彼らの奮戦に期待したい。
「連絡はどうする?」
「私が使い魔を定期的に飛ばします。手を振っていただけたら状況報告をいたします」
「あの、私は……」
声をかけられるまでガトリング少女のことをすっかり失念していた。
「えっと……そう言えばまだ名前を聞いていませんでしたね」
「アデレイド」
少女……アデレイドはシンプルに名乗った。
「はい、アデレイドさんですね。覚えました。今は1人で旅をしているってわけじゃないですよね」
「ええ、仲間は宿にいる」
俺達には縁がなかった宿に泊まれたのは羨ましい。
最近はご無沙汰のふかふかのベッドで寝たい。
いや、今はそれはいい。
仲間も含めてゆっくりと話をしたいところだが、まずはこの状況が落ち着いてからだ。
「一度仲間と合流した後にフォルテ達と同じく水門と城壁外にいる連中の掃討をお願いします。町に入ってくる増援を食い止めないとキリがないです」
「了」
アデレイドは最初に視た時と同じく近くの屋根へよじ登ろうとしていた。
路地を塞いでいる観光客を避けて一直線で宿に戻るためだろう。
「そうだ、あなたの名前は?」
そこで俺がまだ名乗ってなかったことに気付いた。
「ラヴィと申します。見ての通り魔女です」
「あなたが?」
俺の名前を聞いた少女は一瞬、何やら驚いたような顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
誰かから俺のことを聞いたのか?
でも、誰かから聞くって誰にだ?
ハセベさん達からだろうか?
まあ、その件も後だ。
「ラヴィさん、また会いましょう」
「はい。私もまだ話したいことは色々有りますが、まずはこの町を解放しましょう」
「ええ。助けられる命は助けないと」
アデレイトは建物の屋根の上へ器用によじ登ると、そのまま屋根伝いに走っていった。
正義感だけでここまで行動できるあたり、決して悪い人間ではなさそうだ。
兵士達も司令官から指示を受けて武器を手に指示された場所へと向かっていく。
「さて、ここの拠点に誘き出されてくるボクラグ達をどう撃破していくかだが」
「バリケードでも作りますか」
どうやれば効率良く倒せるかを考えていると、詰所を出ていった兵士のうちの1人がおかしな行動を取っていることに気付いた。
司令官の指示通りに移動する兵士と違い、1人だけ周囲の様子をキョロキョロと何かに怯えるような動きで人通りの少ない方へと駆けだしていく。
妙に引っかかる部分があったので鳥にその人物を追跡させる。
イモリ人間のすく横を通過しているのに何故か襲われることもなかったり、まるで何かの尾行を警戒しているように何度も振り返ったりとあからさまに怪しい動きを見せ続けた。
「司令官、1人だけ変わった動きをしている人を見付けたのですが、何か特別な命令を出しましたか?」
念のために今の男の挙動を説明した上で確認を行う。
「いや、今は最低3人チームで行動させている。1人だけで動くことはないはずだ」
司令官は怪訝な顔をした。
水門の制圧、領主の館への攻撃、人々の分断……イモリ人間を単なる烏合の衆の襲撃と片付けるには流石に計画的すぎると思っていたが、どうもそういうことのようだ。
やはり、この襲撃には人間が絡んでいる。
不審人物の方に移すと、中央の通りを離れて、どんどんと町外れの方へと移動していく。
まるで「兵士達が動かないよう計略を仕掛けていたはずなのに失敗してしまった」ので、急いで現状報告をしないと怒られてしまう中間管理職おじさんのようだ。
「それでどうします? このあからさまな内通者の処遇を?」
「案内してもらえるか? その間抜けがどこへ行こうとしているのかを」
◆ ◆ ◆
「おいどうなっている! 話が違うぞ!」
「それを言いたいのはこちらだ。なんで兵士や冒険者どもが自由に動き回っている!」
「ボクラグどもの動きが悪いのはお前のせいだろう! それに虎の子のヒュドラはどうした?」
「呼び掛けているが、何故か応じない。倒されたとは思えないが」
「ヒュドラなんて最初からいなかったんだろう!」
何故悪党は今更になって分かりやすく全部セリフで悪事を説明してくれるのだろうか?
中年男を追ってやってきた町外れにある豪邸では、男とフードを被ったイモリ人間が部屋の外……豪邸の屋根に座っている俺に聞こえてくるくらいの大声で口論を行っていた。
話せるイモリ人間は実在したのか。
無茶苦茶分かりやすい内通の証拠だぞ、これは。
その2人のやり取りを黙って聞いている老人が1人。
今の話を信じるならば、こいつらが町にイモリ人間を招き入れた協力者……もしくは利用して何かを目論む黒幕なのだろう。
動機などは不明だが、間違いなく悪人だ。
こいつらが町へイモリ人間を呼び込んだせいで祭りは台無しになるし、負傷者や死者も出ている。
トータルだととんでもない被害が発生している。
箒で飛んで中年男を先回りして豪邸の屋根の上で待ち構えた結果がこれだ。
どのタイミングで突撃して、どうやって話を聞き出そうか思案していたが何もしなくても、勝手に全部話してくれたのはありがたい。
「ヒュドラなど最初からいなかった」という話以外に一切同意できる点などない。
繰り返しになるが復唱だ。
「ヒュドラなどいなかった」
この豪邸の持ち主は、家のサイズから考えて町ではそれなりの権力と資金を持っているのだろう。
それだけに、祭りや町を台無しにする今回の凶行の動機が理解出来ない。
地道な証拠集めなどを行えばそこらの動機についても解明できるかもしれないが、それにはかなりの手間て時間もかかりそうだし、悪党の動機などどうせろくでもないものだろう。
まあ、残念なことに、ここの場所は司令官にはしっかり伝えさせて貰った。
あとは彼らに任せよう。
俺は司令官から預かった発煙筒を屋根の上で焚き始めた。
モクモクと煙が立ち上るのを黙って見守っていると、司令官が引き連れた兵士達が、次々と屋敷の中へ踏み込んでいくのが屋根の上から見えた。
更にしばらく待つと、下の部屋から「私を誰だと思っている」と老人が叫んでいる声が聞こえてきたが、それは俺の知った話ではない。
マジで誰だよこのジジイ。
◆ ◆ ◆
「今の状況はどうだい?」
俺が臨時拠点にした建物の屋根の上に戻ると、カーターの指示でレルム君が電撃を飛ばして敵を倒しているところだった。
「師匠、お帰りなさい」
「そっちの首尾は?」
一応今の状況を説明する。
領主は手遅れだったが兵士達は動き始めて町の誘導を始めたこと。
城門は解放済。
水門へはフォルテ達が向かっている。
黒幕らしい奴のところへ兵士達が踏み込んだことなどだ。
「それで何匹くらい倒した?」
「4匹かな。お前が位置を特定しないと、この屋根からだと意外とあいつら水路に入っては出てを繰り返しているから狙い辛いぞ」
思っていたより結果が渋い。
やはり屋根の上からだと目標を直接探すのは難しそうだ。
俺のように空から俯瞰して視ることが出来ない以上はどうしようもないが。
「ただ、屋根の上から見てると道を塞いでいた観光客や住民の誘導は進んでいるな。そのおかげで兵士の動きもかなり良くなっている」
「なるほど。ならば、良いタイミングだな。レルム君はまだやれるか?」
「やれます!」
よく言った。
出せるものはないのでレルム君の頭を撫でてやると腕に顔を寄せてきた。
君は犬か。
「師匠、僕は次にどれを狙えば?」
「ここからはしばらく狙わなくていい。それよりも大仕事があるから、今は体力を温存しておくように」
鳥で町の状況を監視しつつ、まだ単体で動いているイモリ人間を捜索する。
兵士達は早速動いて町の水門を動かしているようだ。
水路を塞がれたイモリ人間は思ったとおりに動けないからか誰もいない場所で地上に上がっては右往左往する動きが目立つようになってきた。
この感じだと、小一時間もしないうちにあの兵舎近くへ集められるはずだ。
「今からこの町の兵士達が水路の水門を閉じて、あの町外れに有る兵舎へイモリ人間達を誘導する」
俺は遠くに見える建物を指差しながらレルム君に作戦を伝える。
「あそこにですか?」
「ああ。兵士達は傷つくことも覚悟の上であそこに誘導するつもりだろうけど、俺達としてはなるべく兵士達の被害も抑えたい。だから、あの兵舎近くへ移動しようと思う」
なるべくなら子供達を危険地帯には出させたくない。
だが、あえてここは尋ねたい。
「一緒に来るかい? もちろん君の安全は必ず俺が護る」
「もちろん行きます」
レルム君は力強く言った。
「カーター、そういうわけだからここの避難民とドロシーを護る仕事は任せたぞ」
「護るって言っても敵の大半は兵舎の方に行くなら、こっちには来ないだろ」
「もしやということもある」
「なら、ここの防衛は任せておけ。それよりお前達の方が気をつけろよ」
◆ ◆ ◆
「だんちゃーく! いま!」
兵舎に近付いてくるイモリ人間に鳥を突撃させる。
普通に鳥を1羽ぶつけてもイモリ人間を倒すことは出来ないが、約60m程の高さまで飛ばしてから加速を付け、かつドリルのように回転させると1羽の突撃でも倒せることは分かった。
俺の群鳥は普通に体当たりさせるよりも、回転させてぶつけた方が微妙に威力が上がるようだ。
ただ、回転という余計な動きを追加させる分だけ誘導性能が下がり、どうしても直線的な動きになってしまうのでそこはトレードオフだ。
もう少しパワーがあればもっと高速回転が出来るかもしれないが、流石にパワー不足だ。
これはもしや通常の2倍のジャンプで3倍の回転を加えると1200万パワーになるのと同じ理屈なのではないか?
多分。知らんけど。
「師匠、僕は次にどれを狙えば?」
「俺が鳥を飛ばした場所に他に3匹集まっているので、そこへ着弾させて欲しい。周辺に他の敵はいないのでホーミングはしなくていい」
「分かりました!」
まずは俺が鳥を飛ばし、レルム君がその軌道に合わせてビームを放つ。
口で説明するよりも正確に敵がいる場所へ誘導することが出来る。
今回は3体のイモリ人間を屠ることが出来た。
「だんちゃーく!」
「だんちゃーく!」
2人で弾着観測を行いながら戦況を確認する。
兵士達による誘導は的確だったのだろう。
イモリ人間達は確実に兵舎へと集まってきている。
スキルの再使用には3分かかるので全ての敵をカバーするというわけにはいかないが、それでも兵士達に接近させず倒せるのは大きい。
そのおかげか、今のところ兵士達にも重傷者、死者は出ていない。
「今のところ順調だな。この勢いで頑張ろう」




