Chapter 20 「水門を閉じろ」
サルナスの城壁は町の全周を囲むようにして建てられている。
もちろん、それは湖に面した側も例外ではない。
むしろ、まるで湖から上がってくる「何か」から町を守る意図でもあるのか、湖に面した側が分厚い構造になっているようだ。
だが、その城壁が一カ所だけ取り払われている箇所がある。
貨物船の往来、及び、湖から町の用水路へと水を取り入れるための取水門だ。
ここに城壁があっては船を通行させるために邪魔だったのだろう。
俺、モーリスとエリスの二人は城壁と湖の際にある防風林の中を水門目指して走っていた。
巨漢のタルタロスは若干遅れ気味だ。
タルタロスは巨漢で体重も相当重そうな上に今はドロシーを肩車で担いでいる。
その状態で一般人の数倍の速度で飛ぶように走っているので十分速いのだが、さすがにランクアップで強化済みの俺達の全速力には追いつけないようだ。
一度速度を落とすべきだろう。
「さっき湖の方が光って、もの凄い音がしたみたいだけど、あれって何?」
「ラビさんじゃないかな? 多分、何か大きな敵が出てきたので倒したんだと思う」
ラヴィは放置しておくと何をするか分からない。
見た目通り、子供のようなところが少しある。
頼もしい時と、手が掛かる妹のような時とのギャップがとても激しい。
まるで2人の人間が別人格として同居しているようだ。
ただ、ラヴィは決して悪人ではないし、頭が悪いわけでもない。
おそらく、先程の音と光も、何か厄介な相手を倒してくれたのだろう。
多分そのはずだ。
普段の奇行のことを忘れるならば、決めるべき時は決めてくれるという点で、本当に頼りがいがある。
エリスと立ち話をしていると、タルタロスが追いついてきた。
「ワシらは置いていってくれて構わんぞ」
「いえ、ここからは持久戦になるはずですので、全員の協力が必要なはずです。それに、もう水門が近いので、ここからは速度を落として警戒しながら進みましょう」
「そう言って貰えると助かる」
ドロシーはタルタロスの肩から降りた。
俺は槍を手に持っていつでも戦闘準備に入れる体勢を取る。
エリスとタルタロスは素手が基本なので武装は特に何もなしだ。
「ここからはいつ敵が出てくるかもしれないので、慎重に進みます」
「了解」
歩みを進めて五分もしないうちに、俺達以外の何者かの気配を感じた。
落ち葉を踏み締める音は確実に近付いてくる。
「3……いや5かな?」
「イモリか?」
「分からない。足音だけじゃさすがに」
聴力に優れたエリスが足音から人数の推測を立てた。
それほど離れた数ではないだろう。
ドロシーはカウントしないとしても、俺とエリスで2匹、タルタロスに1匹任せれば十分対処は出来る。
「全員静かに」
迫り来る敵に備えて身構える。
生唾を飲み込み、どこから敵が仕掛けてきても良いように姿勢を低くして待機をする。
「そこにいるのは同業者か?」
その時、唐突に若い男の声が聞こえてきた。
どうやら、気配の正体はイモリ人間ではなく、普通の人間のようだ。
「偶然この騒ぎに巻き込まれた旅人だ。今から水門の方へ向かうところだ」
今の状況を伝えた。
「なら同業者で目的も同じか。待っていてくれ、僕達も今すぐそちらに向かう」
声のトーンが優しい口調に変わった。
ややあって、剣を持った若い男が姿を現した。
その後ろには斧を持った巨漢の若者、魔法使い風のローブを着た少女、法衣を着た男が続く。
全員、年齢は俺と同じ十代後半。
上に見たとしても二十代前半だろう。
ファンタジーRPGの登場キャラのような風貌だが、元日本人なのだろうか?
それとも現地人の本物の冒険者なのだろうか?
「僕はフォルテ。君達と同じ冒険者だ。以下、その仲間達」
「オイオイ、初対面の相手に以下略はないだろ以下は。俺はマルスだ。よろしく」
斧を持った巨漢もフォルテに次いで名乗った。
冒険者と呼ばれて少し固まってしまう。
以前はなんと答えたのだっただろうか? 万事屋?
いや、握手をしないのは失礼なので、肩書きは良い。まずは挨拶だ。
「モーリスです。こちらはエリス、タルタロス、ドロシー。立場は似たようなものだと思う。俺達も偶然この町へ立ち寄っただけの旅人です」
職業については曖昧にした。
冒険者を名乗った後に、実はこの世界の冒険者は何か必須アイテムを持っているので、それを身分証として出せと言われても困る。
こういう時に口で丸め込めるラヴィとカーターの二人が不在なのは痛いところだ。
今の装備品を見てこちらも冒険者だと錯覚してくれることを祈ろう。
「どうもイモリ人間のようなものが暴れているらしいけど、城門はあの通りなので、水門まで回り込めば町の中に入れるんじゃないかと思って」
「それならば僕達と全く同じ考えだな。どうだろう、少し大人数にはなるが、しばらく共闘というのは」
この話は受けても良いのだろうか?
エリスの方を見ると、目配せで「それはあんたが決めるべき」と訴えてきた。
何故この場に即判断が出来るラヴィはいないのか?
いや、いつまでもラヴィに頼ってはいられない。
彼女も、俺ならばリーダーとしての役割を果たせると信じて全権を任せてくれたのだ。
「お願いします。今は少しでも戦力が欲しいです」
「少しどころか、かなりの戦力なので大船に乗った気でいてくれ」
フォルテへ握手のために手を差し出すと力強く握り返してきた。
「私の予想だと、敵は水門を全解放して、そこから水路沿いに町の中へと侵入しているはず。だから、まずは水門を閉めて援軍を止めることから始めるべき」
白いローブをまとった少女がぼそりと呟くように言った。
頭に被った白い帽子からは黒髪が零れている。
身長こそ低いが体型もラヴィと似通っている。配色はラヴィのモノクロ反転版のように見えた。
「スーリア、その根拠は?」
「いくら水門のところの城壁が切れていると言っても、幅はかなり狭い。そんなにたくさんのトカゲが押し寄せたら城門と同じになる。だから。それを回避するなら水路の中を通っているはず。だから水門を閉めれば……」
「トカゲ達は町への侵入ルートを失い、援軍を止められると」
「多分」
理論的に分析するあたりもラヴィに似ている。
彼女がフォルテの参謀的なポジションなのだろうか?
「水門の閉め方って分かりますか?」
作戦としては良さそうだったので、フォルテに聞いてみる。
「僕は全然分からない。マルスは?」
「知るわけないだろ。レフティは?」
「もちろん知りません」
どうやら誰も知らないようだった。
「とりあえず岩でも投げ込んで水路を塞いじゃえば良いんじゃない?」
エリスが雑な答えをすると、それに斧を担いだ男、マルスが飛びついた。
「それだそれ。ほらなフォルテ、俺達に求められているのはこういう単純だけど効果がありそうな回答なんだよ」
「仲間が考えなしの答えをしてすまない……いや、そちらのお嬢さんが考えなしというわけではなく……」
「いえ、いつものことですので気にしないでください」
俺とフォルテは顔を見合わせて笑った。
「そちらも仲間には色々と苦労していそうで」
「いえいえ、俺の場合は今は別行動している仲間が色々と考えてくれているので」
少なくともフォルテ達は悪人ではなさそうだ。
協力関係を取ったことも間違いではないだろう。
◆ ◆ ◆
スーリアの推論は概ね合っていたようだ。
水門は全開しており、水中を泳いでイモリ人間が湖と町の間を出入りしているのが見えた。
ここの水門は水路入り口に取り付けられた巨大な金属製の扉を上げ下げして、その開閉度で水の流れを調整する仕組みのようだ。
その金属扉を動かすための装置を守っているのか、周辺を数体のイモリ人間が徘徊している。
「トカゲの数は1、2,3……5か。スーリア、先制攻撃で何体倒せる?」
「トカゲはそれなりに堅そうだし2体かな? 詠唱が間に合わない」
「モーリス、君の方のパーティーはどうだい?」
俺はドロシーに尋ねる。
「あのイモリは何体くらいまとめて倒せる?」
「ぜんぶ」
質問の仕方が悪かったようだ。
こめかみをトントンと叩いて冷静になってから、再度問いかける。
「横にある機械とか水門は壊しちゃいけないんだ」
「でもラビちゃんなら全部壊すよね。ドドドドドって」
ラヴィは普段どう見られているのだろう?
そんな雑なことをやったことなど記憶にない……いや、いつもそんな感じだった気がする。
レルムはもう手遅れのようだが、ドロシーの情操教育にも良くないので、一度ラヴィ本人と話し合った方が良いかもしれない。
「よし、ならあの水路に左の3体を倒そう。それなら大丈夫だね」
「うん」
「というわけで、こちらは3体です」
「えっ、大丈夫? その子供で?」
やはりいくら強いとはいえ、子供にそれほど戦闘力があるとは思われていないのだろう。
「大丈夫です。信じてください」
そう言うとフォルテ達は納得してくれたようだ。
ただ、もしもドロシーが失敗したのならば、この信頼を裏切ることになってしまう。
そうならないためにも、俺達……いや、俺がフォローせざるを得ない。
今更作戦変更はしていられない。まずは奇襲を成功させねばならない。
スーリアが杖を片手に目を閉じて何やら呟き始めた。
「出来るなドロシー。俺が指示したやつを狙って倒すんだ」
「分かった」
ドロシーが発射した水流がイモリ人間三体を薙ぎ払った。
超圧力の水流を受けたイモリ人間はそのまま立ったまま潰されている。
どうやらドロシーはうまくやってくれたようだ。ほっと胸をなでおろす。
やや遅れて光るエネルギー弾のようなものが飛んでイモリ人間に突き刺さった。
こちらはスーリアが放った魔法だろうか?
十分なダメージは出ているようで、イモリ人間は苦しそうに呻きながら倒れ込んだ。
間髪開けずにフォルテとマルスが飛び出して、弱ったイモリ人間へトドメを刺した。
「なんとか見張りのイモリ人間は倒せましたね」
「ああ……しかし、その子供の使う魔術は凄いね。あんなの初めて見たんだけど何系統の魔術なんだい?」
「水のスキルです。えっと、これは……」
「神の奇跡ですね。文献では読んだことがありますが、まさか実在しているとは」
スーリアが驚いた顔をしながら近寄ってきた。
「この世界の神から直接力を引き出す技術があるという話を本で読んだことがあります。実在は疑っていたのですが、まさかこんな小さい子供が使いこなせるなんて」
「すごいでしょう」
「凄いね」
スーリアに褒められたドロシーは腕を腰に当てて胸を反らした。
どうやら褒められたことが誇らし気なようだ。
神の奇跡とやらは何のことかは分からない。俺達のスキルを指す言葉なのだろうか?
「それじゃあ、水門をどう閉めるかだけど」
「閉めるためには、これを閉めれば良いのではないか?」
タルタロスが何か複雑な機械から突き出た金属製のパドルを掴んだ。
余程力を込めているのか、腕が膨らんで血管が浮き上がる。
「ぬうううううううん」
唸り声を上げながらそのパドルをじりじりと回転させると、水路の上に浮かんでいた分厚い金属の扉が少しだけ下方向に動いた。
どうやらパドルを回転させることで、機械内に設置されている歯車が回転。
金属の扉に取り付けられたシャフトが上下することで扉を水の中に沈めたり、逆に持ち上げて水の流れを調整する仕組みのようだ。
「流石にワシ一人だと辛いな。誰か手伝ってくれんか?」
「俺に任せろ!」
「なら私も」
マルスとエリスの二人がパドルを掴んだ。
三人でパドルを回転させると、金属塊はどんどんシャフトに押されて水路の中へと沈んでいく。
パドルが動かなくなるまで回転させたところで、金属塊は完全に水中へと没した。
「これで終わりかの?」
「おそらくは。あとはこの水門をどうやって再度開けられないようにするかですが」
俺達がこの場を去ると、またイモリ人間が現れて、パドルを回されて水門を開けられてしまうだろう。
それを阻止するためにはこの場に留まり、次々と現れるイモリ人間を倒し続ける必要があるが、それだと、いつまで経っても町の中へ行くことは出来ない。
「えい!」
どうすれば良いか悩んでいると、エリスが水門の開閉装置のパドルを強く蹴り上げた。
折れはしなかったが、パドルの金属棒が少し上方向に曲がった。
更に続けて何度か蹴りを繰り返すと、パドルは完全に明後日の方向を向いてしまった。
これなら、確かにパドルを回すことは出来ない。
「これでしばらくは時間稼ぎが出来るんじゃないかな?」
「これ直せるのかな?」
「まあ、なんとかなるんじゃない? 直せなかったらイモリがやりましたってことで」
軽くパドルを掴んでみたが、ピクリとも動かすことは出来なかった。
確かにパドルがこの状態では水門を開けることは困難だろう。
ただ、どうやって直せば良いのかの見当もつかない。
弁償しろって言われたらどうしよう……。
「凄いなその発想。俺も次から真似しよう」
「いや止めてくれ。今以上に酷くならないでくれ。考えただけでも頭が痛い」
エリスの発想に感心しているのはマルスだけのようだ。
フォルテの他の仲間達はドン引き。
フォルテも頭を抱えている。
「……ま、まあ、これならば町の中に入ってイモリ狩りは出来そうだ。一緒に戦ってくれるか?」
「あ、ああ……そういう約束だからな。トカゲ狩りを是非とも成功させよう」
俺達はサルナスの町の中へと入っていく。
「……ところで、なんで君達はあの敵のことをイモリって言うの? トカゲだろ」
「両生類っぽいからイモリですよね」
「でもトカゲでは?」




