Chapter 14 「犬の召喚者」
「もうヘルハウンドは残ってないな?」
カーターがライフルを抱えたまま周囲を見回す。
ケルベロスもヘルハウンドも倒したことで、石切り場には静寂が訪れていた。
もう動いている敵はいないが、もしもということもある。
「範囲内には見当たらないけど、さっきの戦闘のこともある。木や岩の陰に隠れられると完璧には追えない」
俺はこうしている今も鳥の使い魔を周囲に放って偵察させているが、動き回る個体は見られない。
ただ、戦闘中に見逃していた個体が数体いたことから、少し自信がなくなってきている。
絶対にいないとは言い切れない。
「なら、セカンドオピニオンを使ってみよう。エリス!」
「呼んだ?」
モリ君がエリちゃんを呼ぶと同時に手を耳に当ててみせた。
エリちゃんの優れた聴覚で、ヘルハウンドが潜んでいないかを音で確認しようということだろう。
「ちょっと聞いてみる。みんな、静かにしてて」
エリちゃんが目を閉じて手を耳に当てた。
「近くにはいない……と思う。足を止めて、動きを止めていたら、さすがに音だけじゃ追えないんだけど」
「ラビさんの鳥の目とエリスの耳で分からないなら、近くにはいないという結論でいいと思う」
そうしている間に、タルタロスが、倒されたケルベロスやヘルハウンドの死体を集めてきて一か所に積み重ね始めた。
「一通りここに集めておいた」
「ありがとうございます。死体の処分は町の人にやってもらいましょう」
ヘルハウンドの死体からは、硫黄を思わせる刺激臭が漂っている。
炎の息を吐くという性質上、体のあちこちに可燃性のガスなどを蓄えているためだろう。
「こいつらの死体を『収穫』で消さないのか?」
「できるかできないかを聞かれるとできるが、死体が残っていないと、町の人も納得しないだろう」
今のところ、ケルベロスが死体の状態から超再生で蘇るということはない。
なので、このまま放置しても大きな影響はないだろう。
「では、タルタロスさんとエリちゃんは、子供たちを連れて先に町に戻ってもらえますか?」
「だが、まだやるべきことが……」
タルタロスがそう言いかけるも、俺の視線の先にあるものを見て納得したようだ。
「レルム、ドロシー、先に町に戻っていよう」
「でもタロさん、まだ師匠が」
「後片付けだけだ。すぐに追いついてくる」
「じゃあ、ドロシーちゃん、行こうか」
エリちゃんも俺たちが何をするかはなんとなく察してくれたようだ。
ドロシーの手を引いて町の方へと歩いていく。
レルムもぐずってはいたが、タルタロスと一緒に町へ向かっていった。
「モリ君も怖いなら参加しなくていいんだぞ」
「いえ……これは逃げてはダメだと思います」
俺が見ていたのは、ここの作業員の遺体だと思われる骨だ。
丁寧にも作業場の隅に積み重ねられている。
さすがにこの調査を子供たちに見せたくはない。
モリ君も腰が引け気味ではあるが、それでも拳を握り締めて耐えているのが分かった。
リーダーとしての責任感だけではないだろう。
タラリオンで操られていた住民を見てから、死者との向き合い方が少し変わったのだと思う。
俺も気持ち悪いからという理由だけで調べないという選択肢はない。
慎重に近づいた後、うろ覚えではあるが、お経を軽く唱えた後に手を合わせる。
その後に、重ねられた骨を丁寧に地面に並べていく。
頭蓋骨が4つあるのは分かるが、他の骨の数は明らかに少ない。
ヘルハウンドの炎を食らって灰になったと解釈するにも無理がある。
「カーター、魔術的な知識でコメントを頼む」
「何らかの儀式を行った可能性がある。魔力の残滓的なものはない。オレからの見解はそんなところだ」
「詳細は分からないのか?」
「分からない。だからこそ言えることは、これは魔術的な儀式ではないということだ」
「まるで謎かけだな」
つまるところ、魔術的な知識などない犯人が、それっぽいことをやろうとしたということだ。
腰に手を当てて軽くため息。
数メートル上にある洞窟を見上げる。
「あの中を調査しなけりゃ始まらないってことか」
「そういうことだ」
群鳥、鳥の使い魔を5羽喚び出して、そのうち1羽を洞窟の中へ向かわせる。
危険がある可能性が残っている以上は、人間が入る前に鳥たちに調査させた方が安全かつ確実だ。
鳥は自ら発光しているので、光源を持たなくともある程度暗闇でも視界が確保できるのは大きい。
「中はどんな感じですか?」
「あちこちが泥で覆われている上に摩耗して分かりにくいが、天然洞窟を加工したものだな」
内部は岩盤と違う種類の石を組み合わせて柱にして補強するなどの加工が見られた。
天然ではなく、明らかに人の手が入ったものだ。
「パタムンカさんも言ってたよな。古代人はバカじゃないから、すぐに壊れるような場所に遺跡なんて作らないって」
「でも、なんでこんな変なところに入り口なんて作ったんでしょう」
「遺跡の性質を考えると、ここは正規の入り口じゃない。ここは山を切り崩して作られた石切り場だろ」
「山を切り崩しているうちに、遺跡の通路のどこかに繋がってしまったと」
「そういうことだ。町長が別の出入り口があるかもしれないと言ってたけど逆なんだ。山を切り崩した結果、遺跡に別の出入り口を作ったのは町の住民の方だ」
そう考えるとケルベロスやヘルハウンドがキレて町に襲い掛かってきたのも分からなくもない。
自宅の裏にあった壁をいきなり壊されて出入り口を作られたようなものなのだから。
しばらく洞窟内を進ませると、目当てのものが見つかった。
洞窟の隅に石造りの小さい祭壇が設置されていた。
祭壇には小さい犬の石像が置かれており、その脇には黒い染みが残っている。
まるで何かのナマモノが腐敗してその汁だけが残ったようだ。
祭壇の手前にはうっすらと淡い光を放つ魔法陣。
明らかに何者かがここで魔術的な儀式を行った残滓だ。
「ケルベロスが出たのって3か月前だよな」
「そういう話でしたよね。もしかして最近、儀式か何かをやって痕跡が?」
「そんな感じだ。祭壇はゾスの祭祀場にあったのと同じ形に見えるので、ケルベロスも同様に何かの儀式で喚び出したので間違いないと思う」
「ということは、またゲームマスターなんですかね?」
「あいつらが関与した敵は倒すとメダルを落とすけど、ケルベロスやヘルハウンドは倒してもメダルは出なかったから、また別案件の気がする」
ならば誰がこの儀式を行ったかというと、そこが分からない。
儀式を行ってから推定3か月だ。
犯人がそこらを歩いているとは思えないし、その間に祭壇の前をケルベロスだのヘルハウンドなど大きな獣がウロウロしていたので、保存状態はかなり悪い。
ここだけだと、証拠を集めて追跡するのはほぼ不可能だろう。
「とりあえず、遺跡の本来の出口の方に抜けてみる。何か分かるかもしれない」
鳥に命令を出して、長い洞窟を抜けさせる。
途中に支道がいくつか見えたが、後回しだ。
今は洞窟のメインの道を中心に探りたい。
しばらく進むと、建物の中に出た。
石造りの建物で、半球の屋根にいくつもの長椅子が並んでいる。
一番奥には祭壇らしきものがあり、女神像……というよりも、キリスト教のマリア像的なものが置かれている。
一見すると教会のように見える。
ここは北アメリカ大陸ではあるが、まだスペインもイギリスも来ていない中世時代だ。
キリスト教系の教会が存在しているはずがない。
もちろん、この異世界が地球の歴史とほぼ同じという前提条件の話ではあるが。
天窓が開いていることが分かったので、そこから建物の外に出て現在位置を確認すると、意外な事実が浮上してきた。
「もしかしたら、この事件って裏が深いかもしれないぞ」
「何か分かったのか?」
「この洞窟を抜けた先だけどな……テロスの町外れだ」
俺が説明すると、モリ君もカーターも呆気にとられたような顔をした。
「町外れにある古い教会だな。町長がいる塔もわりと近くに見える」
「古代遺跡なんですよね。たまたま山を切り崩していたら偶然繋がった洞窟なんですよね」
「さっきも言っただろ。この洞窟に繋がったのは、山を切り崩しすぎたせいだって」
「でも、洞窟を抜けた先が町の外れって……」
俺が説明するまでもなく、モリ君もカーターもだいたい状況を理解したようだ。
「そういうこと。このケルベロス騒ぎの真犯人は町の中にいるぞ」
◆ ◆ ◆
「とりあえず、祭壇と魔法陣は破壊しておこう。再発を防ぐためだ」
鳥の偵察で、洞窟内にはもう危険がないことを確認した。
なので、俺たちは直接洞窟の中を通って町まで戻ることにした。
当然、魔法陣や祭壇は、再利用できないように破壊しておきたい。
まずはカーターに使われている魔術と、使用者についての情報をチェックしてもらう。
「使われている魔術は召喚式で間違いない。こいつ自体はケルベロスを喚びだすためのものだ」
「ヘルハウンドは?」
「それはなし。多分、ケルベロスは眷属であるヘルハウンドを喚びだせるんだ」
「それがヘルハウンド無限湧きの秘密か」
倒しても倒してもヘルハウンドの数が尽きなかったわけである。
ヘルハウンドが倒されるたびに、ケルベロスが補充を行っていたわけだ。
「でも、ケルベロスも無限に召喚ができるというわけにはいかないんだろ」
「この祭壇に込められた魔力が尽きるまでだな。あと10体以下か? この召喚式を使ったやつは3流魔術師みたいなので、キャパはそれほどない」
カーターが手にした紙片をひらひらと振りながら言った。
「それで術者の位置は?」
「ここから南西1.2キロってところか?」
「なるほど」
上空を飛ばしたままの鳥の使い魔に命令を出して、南西1.2キロほどの場所に動かした。
もちろんGPSなどないので、目算でだいたいの当たりを付けるだけだが、これはこれで重要な情報だ。
「祭壇は物理破壊でいいよな。魔法陣はこいつで上書きすればいいか?」
カーターに確認しつつ、腰のホルダーからバルザイの偃月刀を抜いた。
この短剣の本来の用途は、魔法陣を描くことだ。
なので、別の魔法陣で上書きしてしまえば、今の魔法陣の効果は消える……はずだ。
「魔法陣の破壊が先だぞ。先に祭壇を物理破壊すると、魔法陣が集めたエネルギーがどこに溢れるか分からんからな」
「注意事項はそれだけか?」
「魔法陣を上書きすると言ったけど、何を描くんだ? ラビ助は魔法陣の知識なんて知らんだろ」
「知らないよ。だから、適当に落書きを描くだけ」
バルザイの偃月刀で、すでに描かれている幾何学模様の上に、縦、縦、横、横と「井」の字を上書きした。
さらにそこに〇や×を書き足して〇×ゲームのようにする。
魔法陣から放たれていた光は消えた。
「こういう意味のない図形なら、万が一にもおかしなことは起こらないだろ」
「起こらない……起こらないんだけどさ、他に何かあるだろ……」
「魔法陣が消えたら、別になんでもいいだろ」
「じゃあ、その祭壇も壊しますね」
最後にモリ君がスキルで強化した槍で石の祭壇と石像を叩き割った。
これで、ヘルハウンドが湧いたりはしないだろう。
「討伐任務としてはこれで完了なんだけど……さすがに調査はこれで終わりにするわけないよな」
モリ君とカーターも頷いた。
この怪しげな儀式をやった犯人を捕まえないといけない。
調査続行だ。
◆ ◆ ◆
先に町に戻った仲間たちと合流して、町長のところに向かった。
ケルベロスとヘルハウンドの討伐の報告を行うためだ。
まずは、討伐依頼の成功と、犠牲者の遺体やケルベロスの死体は石切り場に置いたままにしているということを報告する。
「なるほど……ありがとうございます。これでもう魔物騒ぎは起きないということでいいですね」
「そのことですが、いくつか確認したいことがあります」
モリ君がそう言うと、町長が訝しげな目で俺たちを見た。
「いくつか……とは?」
「ヘルハウンドが現れた、石切り場の洞窟ですが、その先は、この町外れにある古い教会に繋がっていました」
「つまり、こう言いたいのかね。これは人災だと」
「それは……」
「事故ではありません。事件です」
モリ君が言葉を詰まらせたので、俺が代わりに続けた。
言いにくい話なのは分かるが、ここは事実関係をハッキリさせて解決しておきたい。
そうでなければ、また同じことが繰り返されるだけだ。
町長からの返事はない。
ただ、机に指を押し付けて、動かす音だけを返してきた。
「いくつか根拠を挙げます」
「いいだろう。聞こう」
「まず、石切り場で犠牲になった方の遺体が奇妙な積まれ方をされていました。普通の人間はやらないことです」
「変わった風習はどこでもあるだろう」
「石切り場にはヘルハウンドが多数歩き回っていました。それに襲われずに遺体を積み上げられる人物は何者ですか?」
町長からの返事はない。続ける。
「また、洞窟の中でも奇妙な儀式を行った痕跡がありました。古い教会から繋がった場所ですよ」
「教会は無人の廃墟だ。そういうこともある」
「他にもあります。ヘルハウンドは古い教会から直接町に現れることもできたはずです。なのにそれをしなかった」
「わざわざ迂回をしたとでも? 教会とのつながりを見せないために」
「私たちは石切り場の周りでヘルハウンドを20体以上倒しました。ですが、この町で同時に暴れていたのは何体ですか?」
「2体か、多い時でも5体……」
もちろん、町で暴れていたヘルハウンドの数については俺も把握している。
夜間に定期的に町を訪れては討伐していたからだ。
2体倒すと数体が逃げていくのを目撃したことはあった。
だけど、同時に5体以上が出現したのは、石切り場での対決が初めてだ。
1体倒されたら報復に倍以上の数がやってくることも懸念していたが、それもなかった。
「もしかして、町長もお気づきになられていたのではないですか? これは何者かによる人災……事件だと」
「……くれぐれも他言無用でお願いします」
町長はそう言うと、机の引き出しから四つ折りされた手紙を取り出した。
モリ君が代表して受け取ると、手紙を上から下までなめるように見た後に、無言で俺に渡してきた。
険しい表情だ。
よほどの内容が書かれているのだろう。
覚悟して受け取った手紙に目を通すと、そこには日本語でも英語でもない文字が書かれていた。
もちろん仏独伊露のどれとも違う文字だ。
「……なるほど」
とりあえず眉をひそめて小難しい顔をしながら、今度はカーターに手紙を渡すが、すぐに返してきた。
「大変な事態になっているな。全く読めない」
「ああ。ここまで読めないと、どう対処すれば良いのやら」
今まで会話は日本語が通じていたので完全に油断していたが、ここに来て急に異世界が襲ってきた。
町長に手紙を返す。
「ありがとうございます。この手紙はいつ届きましたか?」
「3か月前……魔物が現れる直前です。ただのいたずらだと思って無視していたら、町で魔物が暴れ出して……」
町長は机の上に両肘を立て、その上に額を乗せるようにした。
町長の反応でなんとなく見えてきた。
手紙には「犯人」からの要求が書かれていたが町長は突っぱねた。
そして、町でヘルハウンドが暴れ出し始めた。
町長は自分の責任だと思い込んで悩んでいたが、今更公表はできない。
そんな時にヘルハウンドやケルベロスを倒せる俺たちがフラリと町に現れたということだろう。
最初に俺たちに対して塩対応だったことや、討伐任務を受けずに帰ろうとしたら慌てて引き留めてきたのはそういう理由だ。
事態を解決する必要はあったが、外部の人間が動くと、自分の失態もすべてバレる。
そう考えたのだろう。
「手紙の主に心当たりは?」
「ない……ないから困っている」
「ここは初心に帰りましょう。手紙を頭から読んでいただけますか? もしかすると、文章の癖などから犯人像が見えるかもしれません」
「あ……ああ」
町長が手紙を頭から読み始めると、横にいたモリ君とカーターが親指を俺に立ててきた。
手紙の内容は
・自分は忘れられた神の信徒をやっているものだ。
・今の社会制度は間違っている。
・権力者は立ち去れ。既存の宗教施設はすべて破壊して真の神を崇めろ。
・要求に応じなければ地獄の番犬が諸君らを襲うであろう。
電波である。
部屋の窓から外を見る。
全体的に平たい建物ばかりのこの町で、唯一高い建造物であるこの塔からは、町の様子が見渡せる。
もちろん、町の被害状況も一目で分かる。
被害が大きい地域と、そうでない地域だ。
「聞いた覚えはないか? 古代遺跡に祭壇を作って、そこで魔物を召喚する。召喚者はどうやらカルト的な思考に染まっている」
「タウンティンの事件と同じ!」
俺の話を聞いたモリ君が手を叩いた。
「3か月前という時期もそうだ。俺たちの召喚とタイミングが一致しすぎている」
「運営が関与して、この町に住んでいたカルト信者にあることないこと吹き込んで煽った」
「ああ、召喚方法を教えられた信者は暴走して、今回の凶行に及んだ」
今までバラバラだったピースが綺麗にはまっていく。
その上で、町はずれの教会に人知れず通って儀式を行えた人物。
石切り場で遺体を積み上げて何かの儀式をやろうとしていた、偏った知識を持った術者。
石材加工の職人ではない。
むしろ、この町に多く住んでいる石材加工職人を嫌っていそうな人物だ。
町に出た被害状況がそれを物語っている。
とはいえ、この町にやってきたばかりの俺たちでは分かりようがないことが多数ある。
ここは地元の方の協力を仰ぐしかない。
「この事件の主犯を見つけたいと思います。協力いただけないでしょうか?」
「ですが、これ以上犯人を刺激すれば……」
「野放しにすれば、また犯行が繰り返されます。だから、その芽は事前に摘んでおくべきです」
「解決できるというのですか?」
「はい。なので、私の質問に答えてほしいのです。この町の地図はありますか?」
そう尋ねると、町長がやはり机の引き出しから町の区画図を出してくれた。
俺はその区画の一つを指差した。
カーターが「祭壇で儀式を行った術者」の現在地だと示した区画だ。
「教えてください。この地域に住んでいる人のことです」
真実は見えた。
犯人はここに潜んでいる。




