Chapter 14 「チワワ」
俺達はケルベロスが出現したという洞窟内の調査を行っていた。
ケルベロスやヘルハウンドがいただけあって、洞窟内は硝煙の臭いが充満してかなり臭いが、そのおかげで他の虫なども生物も寄り付かないようだった。
あちこちが泥で覆われている上に摩耗して分かりにくいが、洞窟は崩れてこないように岩盤とは種類の違う石を積み上げて柱にするなど、明らかに人の手で加工された形跡がある。
おそらく、天然洞窟を掘ったり削ったりして作った古代遺跡なのだろう。
「パタムンカさんも言ってたよな。古代人はバカじゃないから、すぐに壊れるような場所に遺跡なんて作らないって」
「確かにすぐに壊れてくる感じはしないですね」
そもそも10m級のケルベロスがねぐらとして出入りしていたのに無事なのだから、そう簡単に崩れてこないことは分かっている。
しばらく洞窟内を歩くと、目当てのものが見つかった。
「あった」
洞窟の隅に石造りの小さい祭壇が設置されていた。
祭壇には小さい犬の石像が置かれており、その脇には黒い染みが残っている。
まるで何かのナマモノが腐敗してその汁だけが残ったようだ。
祭壇の手前にはうっすらと淡い光を放つ魔法陣。
明らかに何者かがここで魔術的な儀式を行った残滓だ。
「祭壇はゾスの祭祀場に合ったのと同じ形に見えるので、ケルベロスも同様に何かの儀式を行って喚び出したので間違いないと思う」
「ということは、またゲームマスターなんですかね?」
「あいつらが関与した敵は倒すとメダルを落とすけど、ケルベロスやヘルハウンドは倒してもメダルは出なかったから、また別案件の気がする」
ならば誰がこの儀式を行ったかというと、そこが分からない。
儀式を行ってからそれなりの時間が流れているだろうし、その間にケルベロスだのヘルハウンドなど大きな獣がウロウロしているので状態はかなり悪い。
今から証拠を集めて追跡するのはほぼ不可能だろう。
「テロスの町には100年単位でケルベロスが出現したという伝承が伝わっているらしいので、元々出現してもおかしくはない土地だった。石を削りだしている最中に洞窟へ繋がったという話もあるので、それがトリガーになった可能性もある」
「なら、この祭壇は何だって話ですよね」
「とりあえず再利用できないように祭壇と魔法陣は破壊しておこう。儀式を行った犯人は気にはなるけど、俺達はどうせ報酬を貰ったら次の町に行くんだから、後は本物の冒険者に調査を任せよう」
「本物の冒険者なんて、この世界にいるんですかね?」
「さあ」
モリ君が祭壇の上に置かれた石像などを薙ぎ払った後にエリちゃんが空手チョップで祭壇を叩き割る。
最後に俺がバルザイの偃月刀で魔法陣の上にバツ印を入れると、魔法陣から漏れていた光が完全に止まった。
さすが儀式用短剣だけあって、儀式用魔法陣を書いたり消したりするのには向いている。
二度と再利用出来ないように落書きして徹底的に潰しておこう。
◆ ◆ ◆
町長にケルベロスとヘルハウンド討伐、および洞窟内の調査について報告すると、報酬を無事に貰うことが出来た。
そして、洞窟内で最近に儀式を行った何者かがいるという事実は伝えておいた。
引き続き調査を行うか、それとも事件が解決したと放置するのかについては、あとはこの町の住民達の仕事だ。
流石にここに何日も留まるわけには行かない。先を急ぐ旅の途中だ。
「というわけで、ケルベロスとヘルハウンド討伐お疲れさまでした!」
そんなわけで打ち上げの食事会だ。
何日かぶりに食堂できちんと調理された食事を摂ることが出来た。
久々の人のいる町。
そして、入ってきた討伐報酬のおかげである。
もちろん未成年だらけなのでカーターとタルタロスさんがビール。
俺達はノンアルコールの麦茶っぽい何かで乾杯をする。
店員に聞いてみると、どうやら麦が原料のノンアルコールエールらしい。
麦茶っぽい風味があるのはそういうことか。
少し舌に苦味が残るものの、実質はほぼ麦茶と言っても良いので後味は良い。
「料理は芋とキャベツ? なんか葉物野菜の酢漬けに……ソーセージかこれ?」
「ザワークラウトだな。ソーセージは豚にしてはちょっと風味が違うから羊だと思う」
食堂で出てきた食事は軽く炙ったソーセージにザワークラウト。
全体的にドイツ風味だった。
美味いのは美味い。
ただ塩分とハーブの風味は効いてるけど、もう少し胡椒のパンチが欲しいところだ。
臭い消しのハーブはおそらくパセリと……セージとタイムか?
それでも、ずっと南米の唐辛子中心の辛い食事が続いていただけに斬新に感じる。
何より新鮮さを感じたのは小麦のパンだ。
ずっとトウモロコシや芋が原料のパンばかりだったので小麦のパンには懐かしさを覚える。
日本の一般的なパンと違って粗めの全粒粉を日持ちするように水分を飛ばして焼いているからか、ボソボソとしている上に固く、口の中の水分を全部持っていかれそうな雰囲気は有る。
毎日続くと厳しいが、たまに食べる分にはこれはこれで美味い。
「ラビさん、ここってメキシコなんですよね。なんかヨーロッパっぽい雰囲気なんですけど」
「マサトランから北に180から200kmってところだから、まだメキシコだな。海岸線からかなり外れちゃったから正確な位置は分からないけど、多分チワワ砂漠の入り口あたり」
頭の中で地図を思い浮かべて位置関係を整理する。
マサトランから北に約100kmの位置にあったのかタラリオン。
そこから更に北に100kmなのでメキシコのチワワ州南端くらいのはずだ。
「チワワって犬のチワワ?」
エリちゃんは「チワワ」の名前が気になるようだ。
「チワワは元々砂漠の犬で、メキシコ原産の種類を品種改良したやつだからあのチワワで合ってる」
「チワワってチクワと関係なかったんだ……それでチワワだから、それでヘルハウンドとケルベロスがいたのかな?」
少し考えてから答える。
「それは流石にこじつけだろう」
タラリオンを地獄の第一圏、辺獄と見立てての位置関係から第三圏としてケルベロスを配置しただけだろう。
「チワワに因んで犬のモンスターを配置しました」
とかそんなお茶目なことをするとは思えない……多分。
「随分とルートを外れちゃいましたけど、これからどうします?」
「中世のアメリカ大陸は人がいなくて町がないという前提で海沿いを通るつもりだったけど、この町みたいに現在の地球には実在しない謎の町があるなら、町を数珠つなぎで進んでいきたい。時間と距離と金は余分にかかるけど、水や食料の調達で困ることもなくなるし」
「路銀も稼げますしね」
「それ。どうせ旅をするなら楽しく行きたい」
正直な所、ドロシーのスキルで水の補給。
俺のスキルでクッキーを出せるので飢えはしないのだ。
ただあまりに食生活が寂しくなりすぎるだけだ。
やはり食べ物と寝具を節約すると体力消費も激しい。
ここはなるべくケチりたくはない。
「ここから西はムナール地方と呼ばれていて、だいたい200kmくらい北西にあるサルナスって町までは街道が伸びているらしい。道中には1日おきに町や村があるらしいから、道中で聞き込みしながら進路修正かな」
「まあ、町があるのは助かりますね」
「その分、お金もかかるから、今回みたいに旅の資金を稼いでいかないとな」
ここに来てファンタジー世界の冒険者らしくなってきた。
出来ればこのまままったりと旅をしていきたいものだ。
◆ ◆ ◆
旅立ち前にアルバートさんへ挨拶をしていくことにした。
義理を通すという理由もあるが、ケルベロス&ヘルハウンド騒ぎで商店が軒並み閉まっており、買い物出来そうなのが結局アルバートさんのところくらいしかないという理由も有る。
ケルベロス騒ぎも解決したので、逃げ出した人達も戻ってきてくれると良いのだが。
店に到着すると、早速レルム君がドロシーを連れてケビン君と遊びに行った。
子供同士仲が良くてよろしい。
「商店の方は再開できそうですか?」
「そうですね。幸い店は無事でしたので。ただ、一度全部処分した後なので今はそれほど何もありませんが」
アルバートさんはそう言って空っぽの棚を指で指した。
ただ、せっかく出来た縁だ。
何か旅に使えそうなものでもあれば買っておいて、アルバートさんが再起する上の支援になればと思って店に並んだ品の中から旅に役立ちそうなものをピックアップしていく。
新たに加入した3人の下着とタオル、ちょっとした布の鞄。
後はベリー類と常温保存が効きそうなソーセージとハム、乾燥大麦の小袋。
大麦があれば麦茶を作れるし、茶粥のように炊いても良い。
ベリー類はドライになる前に食べても良し。砂漠の熱気で一気にドライにするも良し。
残念ながら毛布などは入手できなかった。
なんとか次の町で入手できるとありがたいのだが。
俺は他に何かないか店内を見回す。
そうやって見ていると、赤やら黄色やらガラス瓶に入った粉末があることに気付いた。
もしかして香辛料だろうか?
「あの、もしかして香辛料を取り扱われていたりします?」
「香辛料ですか? まあ確かに少しは取り扱いはありますが。ここだとあまり売れないのでかなり古いですね。もう2年ものくらいだと思います」
そう言うとアルバートさんが棚からいくつか香辛料をおろしてカウンターの上へ並べ始めた。
唐辛子パウダーはまだ潤沢に有る。
胡椒は少し惹かれたが、流石に値段がお高くて手が出ない。
そうやって見ていくうちに黄色の粉末が入った瓶が気になった。
「もしかして、これってターメリックですか?」
「ウコンです。なんでもお茶にすると体に良いと聞いたので煎じて飲んでみましたが、癖が強くて私や家族、地元の方にはイマイチ評判が良くなくて……」
思わぬところで、思わぬ収穫だ。
「おいラビ助、なんなんだよそれ?」
カーターがそのウコンの瓶を覗き込んできた。
「インドの香辛料だよ。カレーの色の素と言えば分かるか?」
「カレーだって!?」
カーターがそう言って瓶の蓋を開けて臭いを嗅いだ。
「全然カレーじゃないしなんか薬臭い」
「だからカレーの色だって言っただろ。カレーの匂いの素は主にクミンだ」
ただ、まさかこんなところでカレーの材料が手に入るとは思わなかった。
この機会を逃せば入手は困難かもしれない。
「もしよろしければ、それを譲っていただけないでしょうか? 料金はきちんと支払いますので」
◆ ◆ ◆
「それじゃあ出発するぞ」
旅立ちには少し遅い時間ではあるが、昼過ぎにテロスの町を後にした。
太陽は真上から若干西へ傾きかけている。
この太陽を追いかけるように街道沿いを歩いていけばサルナスの町へ辿り着けるはずだ。
「こんな時間で大丈夫なのか?」
「隣の集落までが半日らしいので丁度良いんだよ。丁度日が暮れる直前に辿り着けるので、そこで宿を取ることが出来る。むしろ朝に出発すると午前中にはその集落を通過してしまうので自動的に野宿になる」
「なるほど、ちゃんと考えているな。角度とか」
見送りにアルバート一家が出て来てくれた。
これからも元気にやって欲しいものだ。
レルム君とケビン君も抱き合って別れの挨拶をしている。
その点ドロシーはどこ吹く風だ。
「エリちゃんも子供の頃はあんな感じだった?」
「いや、うちは子供の頃は親の関係で引っ越し続きだったので幼馴染ってのはあんまりいなくて」
「それで今は神戸か」
「じゃあモリ……」
そう言おうとして口を噤んだ。
ユイの件はモリ君の中で一段落したのだろうが、幼馴染の話題は流石にしない方が良いだろう。
「ラビちゃんはどうなの?」
「幼馴染はいたんだけど、大学進学の時に東京の方に引っ越しちゃってそれっきり。今はどうしているのやら」
まあ絶縁したわけではない。
ある日突然、同窓会やら何かの偶然で再会したら、その時は色々語り合おう。
友人関係ってのはそんなものだ。
「私達は日本へ帰ったらみんなバラバラの地方だけど友達でいたいよね」
「そうだな。なるべく連絡を取り合える方法は考えよう」
これはドロシー、レルム君、タルタロスさんも同じだ。
あとカーターも。
せっかく繋がった縁だ。
この7人はなるべく末永く付き合っていけるようにしたい。




