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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 1. Halloween Witch Lavinia
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Chapter 4 「会話の途中すまないワイバーンだ」

 扉を抜けた先にはいきなり左右に分かれた分岐路があった。


 薄暗い坑道のような場所であることは変わらない。

 最初の部屋と同じように天井には明かり取りの天窓があるので、暗くて何も見えないということはない。


 だが、光量自体は少ないので、見えるのは5メートルほど先までだ。

 通路はそれ以上の長さがあるので、先の様子を見て判断ということができない。


 天井は高く、天窓を破壊しての脱出は難しいだろう。

 通路を進むしかないが、右か、左か。


 そして予測の範疇内ではあるが、扉を開けても誰も待ってなどいない。

 モリ君とエリちゃんが閉じ込められてから既に3日が経過しているのだから当然だ。


 むしろ待っていたらビックリだ。お前はこの3日間、何をしていたんだと。

 

 扉を開けた直後に敵が襲ってきて戦闘が発生する可能性も考えたがそれもない。

 通路はわずかに吹き抜ける風以外の音はなく、静まり返っていた。


「ラビさんどうします? どちらの方向に行くべきか?」

「行動学によれば、こういう分岐路では人間は無意識に左を選ぶ傾向があるらしい。だから逆に右を選びたいところだが……」


 これは漫画(クラピカ)で知った知識だ。どれだけ正確なのかは分からない。

 ただ、どのみち、どちらかの道は選ばないといけないのだ。


 もちろん漫画からの情報に全てを賭ける気はしない。

 他の検討材料が欲しい。


 一度しゃがみ込んで冷たい石畳に顔を付ける。

 地面に近い位置から見ると、勾配が分かりやすくなる。

 左の道は微妙に下っており、逆に右の道は微妙に登り坂になっているようだ。


 ポケットの中に入っていた短い鉛筆を取り出して石畳の上に置くと、僅かではあるが左側へと転がっていく。


 次に指を舌で舐めて空気の流れを読むと、若干ではあるが、右から左側へ風が抜けているようだ。


「右だな。左は微妙に下っているのに対して右は逆に登っている。風も感じるし、出口はこちらだと思う。意見は?」

「ありません」


 エリちゃんは何も考えず即答したが、モリ君は顎に手を当てて何やら考えているようだった。


 俺がまだ完全に信頼されていないというのもあるのだろう。


 俺の見た目は中学生くらいの少女だ。

 勢いだけで、ふざけて変なことを言っているだけと思われても仕方ない。

 ここからは言動で俺が頼りになる大人であり、信頼できる相手だと理解してもらう必要がある。


 モリ君が俺と同じ動き……床面ギリギリからの視点と風向きの確認を始めた。

 結論を出したのか、ゆっくりと立ち上がった。


「ラビさんの分析は正しそうなので、俺も右が良いと思います」

「ラビちゃんの言うことを疑ってたの?」

「鵜呑みは良くないと思う。自分の目で確認したい」


 やはりモリ君はまだ俺のことを信頼し切れていないようだ。

 エリちゃんがあっさり食べ物で釣られたのとは対極である。

 だけど、今はそれでいい。俺の言動を見て判断してくれたらいい。


「なら決まりだな。右に行こう」


 他に考察材料などないのだ。

 最後に頼れるのは自分の経験と勘だ。


   ◆ ◆ ◆

 

 それから小一時間ほど歩いたが、景色はほぼ変わらない。


 一直線のゆっくりとした登り坂がずっと続いていて、本当に進んでいるのか不安になってくる。

 今のところ、敵が出現する、罠が仕掛けられているなどの障害は発生していない。


 それどころか通路には不自然なくらい何も落ちていない。


 石ころや落ち葉などのゴミが落ちていてもおかしくはないと思うのだが、まるで誰かが定期的に清掃でもしているかのように綺麗だ。


 不安事項はそれだけではない。


 ただ普通に通路を歩いているだけにも拘らず、ちょっとずつ2人との距離が開いていき、その度に小走りで追いつく必要がある。


 俺1人だけが汗をかいており、息も上がっている。


 普段から頻繁に歩いていて体力には自信があったのだが、魔女(ラヴィ)の身体は運動不足なのだろうか?


 男女では骨格や内臓が違うので、慣れていない女子の身体ではうまく歩けないのか?


 それとも歩きにくい踵の高いミュールを履いているからなのだろうか?


 逆にモリ君もエリちゃんも足取りも軽く、最初から全くペースが落ちていない。

 むしろ、若干遅れ気味の俺に合わせて歩くペースを落としてくれているように感じる。


 何にせよ、現状だと2人の足手まといになっている。

 本来なら年長者の俺が高校生の2人を引っ張ってやらないといけないというのに焦燥感だけが増す。


「それにしても誰もいませんね」

「誰かいた痕跡だけは有るんだけどな」


 俺は壁に残っていた、白い筋を指差した。

 指で壁を触ると、わずかに粉が付着した。何か硬いものが擦れて石が削れて出た粉だ。


 2人は気付かなかったかもしれないが、スタート地点から似たような痕跡は頻繁に見かけた。


「床や壁のあちこちに、最近付いたような傷が見られる。もしかしたら戦いの痕なのかも」

「戦い……それは誰が誰と?」

「それは……」


 仮に俺達が強要されているのがデスゲーム的なものだったとする。

 ならば、先に出ていったメンバーたちが、戦闘に巻き込まれた可能性は高い。


 敵対する「何か」もしくは参加者である俺たち同士が戦い、傷つき、犠牲になったと仮定する。


 その場合、運営側は次のゲームに備えてある程度の清掃くらいは行うのではないだろうか?


 妙に通路が綺麗なのは、その清掃が行われたからではないだろうか?


 だが、先に出た誰かが負傷、もしくは死亡したなどと口に出すと、2人を不安にさせてしまうだけかもしれない。

 確証が手に入るまでは黙っておくべきだろう。


 さらに小一時間ほど歩くと、視界の先に階段と、その先から差し込む強い光が現れた。

 ようやく出口のようだ。


 歩き始めて約3時間。時速6キロと仮定して18キロメートル。

 緩やかな勾配でも、相当な高さを登った計算になる。


 それを証明するように、出口からは地下鉄の出入り口のように、ひんやりと冷たい強風が強く吹きつけてきた。

 ローブの胸元を掴んで閉じると、それを見ていたエリちゃんが声をかけてきた。


「ラビちゃんもやっぱり寒い? 私もなんか冷えるんだけど」

「エリちゃんもそう思う?」


 温度計があるわけではないので体感でしかないが、冷房の効きすぎた部屋に入ったような腹の底から冷える感覚がある。

 俺とエリちゃんは寒さに耐え切れずにガタガタと震え始めた。

 そんな中でモリ君だけは平然としている。


「俺は平気ですけど」

「モリ君はそのポンチョみたいなのを着てるからだろ」

「そうですね。これのおかげで助かっています」


 そういえば、俺がこの世界に呼ばれたのはハロウィン。10月31日である。


 最近は冬近くまで猛暑が続くことが多いとはいえ、さすがに冬物の用意を考える時期だ。

 何か防寒対策を考えた方が良いだろう。


「まずは防御スキルが使える俺が先頭で出ます。エリスは俺の後ろに。ラビさんは後ろから援護をお願いします」


 モリ君はそう言うと、先端が曲がった槍を掴んで階段から飛び出した。


 続いてエリちゃんと俺が階段を登って外へ飛び出す。


 ずっと続いていた屋内のどんよりとした空間から一転して、澄み切った冷たい空気が流れ込んでくる。

 どこまでも広がる空が、視界いっぱいに開けた。

 空の色は褪せていて近い。


 長くて暗い通路を抜けた先にあったのは、標高の高い山の頂だった。


 眼前には、鋭くそびえる山々が無言の威厳を放ち、遥か彼方まで続いていた。

 どれだけ歩けばこの山岳地帯を抜けられるのか見通すことが出来ない。


 山頂部はわずかに冠雪で白く染まっており、陽の光を受けてキラキラと輝いている。


 相当標高が高いためか、生えているのは低木や背の低い高山植物のような草ばかりだ。


 寒さの理由はこの標高の高さによるものだろう。

 ローブの隙間から冷気が流れ込んできて、ぞくりと震える。


 ローブの下はブラウスとハーフパンツを着ているようなので、直接冷気が当たることはないはずだ。

 なのに、下腹のあたりが今まで感じたことがないくらいに冷たくなっているのを感じる。


「腹でも壊したかな。なんか痛みまで出てきた気がする」


 ヘソのあたりに手を当てていると、手の熱で少し温まったのか、楽になってきた。


 そういえば女性は血管の関係で男性よりも体が冷えやすいと聞いたことがある。

 俺とエリちゃんだけが寒さに震えて、モリ君がなんともないのはそういうことだろうか?


 そして、胸のデリケートな部分が寒さのせいで膨らんでいる。

 一度気にし出すと、キリがないのであえて無視する。


 2人には気付かれないようポーカーフェイスを貫いてはいるが……死にたくなってきた。


 だが、こんな状況でも俺はまだマシなようだ。


 薄手のスポーツウェアのような服に薄手のパーカーのみ。

 完全に夏の様相であるエリちゃんは先程から顔を青くして震えっぱなしである。


 ソシャゲの女性キャラにありがちな薄着では、この寒さに耐えられないのだろう。

 身体を動かせば少しは暖まるかもしれないが、何もせずにじっと立っているのは辛そうだ。


 そんなエリちゃんに気付いたモリ君が、突然に自分が着ていたポンチョを脱ぎ始めた。

 綺麗に畳んだ後にエリちゃんに近付いていく。


 もしや、これは寒がっているエリちゃんを見てポンチョをかけようとしているのだろうか?

 そうならば偉いぞ男の子。

 とてもぼくにはできない。


 だが、モリ君は、手に持ったままのポンチョとエリちゃんの顔を交互に何回か見た後に一度畳んだポンチョを広げて着なおした。

 エリちゃんは相変わらず寒さに震えている。


 恥ずかしさでヘタれたのは明白だ。

 そこは気張れよ少年よ。


 まあいい。まずは今の状況を確認しよう。

 今は少しでも情報が欲しい。


 見える範囲に電波塔や送電鉄塔、山小屋などがないか探してみたが、確認できなかった。


 もしここが日本のどこかならば、どんなド田舎でも電波塔や送電鉄塔などの人工物があるはずである。

 なので、ここは少なくとも日本ではないことだけは分かる。


「私の親戚の家が四国にあるんだけど、ちょうどこんな感じの景色だよ」


 俺が「日本ではない」と心の中で結論付けたのを謎の方法で聞いたのだろうか?

 エリちゃんが突然この絶景を四国の山奥に喩え始めた。


「四国の山奥でも送電鉄塔の1つや2つは立ってるだろ」

「四国じゃなくマチュピチュだろ」


 モリ君の意見に俺も賛成だ。

 眼前に広がる光景は観光ガイドなどで読んだマチュピチュ周辺、アンデスの高山地帯に似ている。


「あんた、四国も知らないの?」

「四国くらい知ってるよ! 小学校の頃に香川でうどんを食べたことだってある」

「うどんは日常の一部なのに、わざわざ強調するあたり素人感すごいよね」

「いや、俺だってうどんはよく食べるよ。替え玉だって注文する」

「私だって高校の学食だと週3でうどんを食べるんですけど」


 エリちゃんがモリ君に四国の話題で突っかかったせいで、どんどんと話題がうどんへと流れていく。


 モリ君は年齢の割には大人びていて冷静なキャラだと思っていたが、エリちゃんと夫婦漫才をやっている時は年相応で安心する。


「2人とも落ち着け。今は四国とかマチュピチュとか、うどんとかどうでもいいだろ」

「うどんはどうでもいい話じゃない!」

「そうよ、うどんは大事でしょ」


 2人にもの凄い剣幕で叱責された。


 何なの?そのうどんへのこだわりは何なの?

 2人ともうどん県民なの?

「うどんは飲み物」「うどんは人生」「今日は3杯しか食べなかった」とか言っちゃうタイプなの?


 いや、うどんの話は本当に置いておこう。


 俺が脳内で情報を整理、分析している間に、うどん議論はかき揚げか? 天ぷらか?という、どうでもいい話に移行していた。


 いや、どうでもいいなどと言えば、また怒られてしまう。


 気温が低く身体も冷え切っているので、暖かいうどんで温まりたいのはわかるが、今やるべきことはそれではない。


「うどんは兎も角として、この石畳の先を見てくれないかな」


 俺は小屋から延びた石畳を指さすと、2人の視線は石畳が敷かれた道の先を追っていく。


 土砂崩れを防ぐためか、石垣の上に畑か棚田の跡であろう平らに整地された土地があちこちにある。


 視界にあるのはその平地だけではない。


 岩を削ったり、石を積み上げて作られたであろう、壁と建物が数え切れないほど並ぶ、巨大な都市の遺跡が広がっていた。

 角度の問題で下の方までは見通せないが、麓まで遺跡が続いているようだ。


「マチュピチュは山の上の方に建物の一部がちょっと残っているだけだから、規模が全然違う。麓の町も合体させたか、それ以上の大きさがある」

「ラビさん詳しいんですね」

「ガイドブックだけは色々読んでいたからね。まあ海外旅行の資金を貯められなくて、国内の貧乏旅行しかしたことないんだけど」


 遺跡は曲がりくねっており、角度の関係で麓には何があるのかまでは分からない。

 山の裾野にはかなり大きな森が広がっているように見えるが、頂上からではその全貌を見渡すことは出来ない。


「こんな巨大遺跡があるなんて見たことも聞いたこともない。マチュピチュでも四国でもない。未知の場所だ」

「なら、やっぱりここは異世界」

「結論を出すのは、まずこのクソ寒い殺風景な山から降りてから判断しよう」


 おそらく超越者から聞いた「ゴール」とはこの空中都市を抜けた先にあると考えて良いだろう。


 どのみち、こんな寒くて食べ物も水もない場所でじっとしていられない。

 夜になる前に早く下山してうどんを食べよう。


「どうやって降りるの?」

「道順に進むのが妥当だろう。道なき道を進んだところで、途中で崖に出たり歩ける場所がなくなったりして、逆に時間が掛かる可能性の方が高い」

「時間がかかっても堅実ルートですね。分かりました」


 モリ君も俺の案に異論はないようだ。

 石畳に沿って遺跡を進もうと歩みを進めたところで、エリちゃんが急に歩みを止めて、遠くの山を指差した。


「向こうの山から、鳥みたいなのが物凄い勢いでこっちに向かって飛んでくるんだけど」


 モリ君と俺はエリちゃんが指さす方向を見るが、「鳥みたいなもの」とやらは何も見えない。


「ごめん、あれ鳥じゃない! トカゲに羽が生えたみたいに見える。恐竜?」


 エリちゃんが身構えるが、俺達にはまだ何も視認できない。


「2人とも何やってんの?」

「そうは言っても……」


 目を凝らしてエリちゃんが身構えた方向に視線を向けるが何も見えない。


 視界の邪魔になる帽子の鍔を持ち上げ、睨みつけるように視線を彼方に向けると、黒い点らしきものがうっすらと見えた。


 だが、その黒い点の形状までは視認できない。

 

「俺にも見えた。あれはワイバーンだ!」


 モリ君が突然叫んだ。


「ワイバーンって何?」

「羽付きトカゲ!」


 エリちゃんの疑問にモリ君が簡単に説明をする。


「ドラゴンと何が違うの?」

「手が生えていて口から火を吐くのがドラゴン。そうじゃないのがワイバーン。いやゲームによってはワイバーンも口から火を吐くのか」


 モリ君、解説ありがとう。

 ただ、俺には未だに単なる黒い点としか認識できていない。


 これは魔法使い職と戦士職の違いなのだろうか?

 ラヴィの身体に変えられるまでは、視力はそれほど悪くなかったはずだが。


「ラビさんの魔法で撃墜出来ないですか? 完全にこっちを襲ってくる感じですよ」

「そうは言われても俺にはまだ黒い点にしか見えないんだけど」


 問題は他にもある。

 俺は90秒の間隔でクッキーを1枚出す以外に何のスキルが使えるのかという話だ。

 効果も射程距離どころか、発動方法すら分かっていなのだ。


 1番目と3番目のスキルについては、アイコンの形から、おそらく攻撃魔法であるだろうということ以外は何もわかっていない。


 ただ、スキルの試し撃ちにはちょうど良い機会でもある。

 クッキーを出すのと同じ要領で発動を念じれば、何らかのスキルが発動されるはずだ。


 まず確認すべきは1番左のアイコンにある鳥の絵だ。

 モリ君の話によると、これがスキル1……主軸として使うためのスキルであるはずだ。


「まずは試しにやってみる。見ていてくれよ、俺の能力を」


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