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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 2. Ythogtha - The Old One
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Chapter 11 「妖蛆」

 ラビさんが巨人を誘い込んだ谷から一条の光が天に昇ったのが俺達の待機している臨時基地からも見えた。


 この世界の兵器であんな光を出せるものが有るとは思えない。

 あれば間違いなくラビさんが使った「魔女の呪い」だ。

 

「どうなってるんだ。ラビさんは巨人を誘い込むだけで戦闘はしないはずなんじゃ」

「あの光は魔女の呪い……巨人と直接戦闘をしたってことだよね」


 俺は……俺達はあの人に、またやらなくてもいい無理をさせてしまった。


 どうして無理にでも止めなかったのだろう? 俺は何も成長出来ていない。

 こんな酷い世界の、こんな国なんて見捨てて、みんなで逃げ出してしまえば良かったのに。


 一瞬だけそう思ったが、脳裏にあの知事から見せられた写真が浮かんできた。


 卑怯だ。

 本当に卑怯だ。


 あんなものを見せられたら逃げられないじゃないか。

 俺やあの人も困っている人を見捨てて逃げ出せるような都合の良い生き方なんてできない。


 その時、無線でどこかと連絡していた通信士の方が腕を高く挙げた。


「巨人の撃破が確認されました」


 状況から考えて、軍の作戦ではなくてラビさんが巨人へトドメを刺してくれたのだろう。

 

 ただ、元々怪我をしていて体力も十分回復出来ていない状況で無理に出撃したのだ。

 早く迎えに行ってあげないと。


――そいつが現れたのはそう思った直後だった。


 それは牛くらいの大きさの巨大な白い蛆虫のような生き物だった。


 全身は油が混じった水のように変な反射をする粘液に覆われている。


 しかも、その粘液は定期的にボコボコと泡立って何かガスのようなものを放出している。


 まだ距離が有るというのに耐え難い刺激臭がこちらの方まで漂ってきた。


 半透明の粘液の中には、不健康な青みがかかった白色の蛆虫が短い無数の繊毛を震わせて不気味にうごめいている。

 その醜悪な蛆虫は動く度にベチョベチョと嫌な音と悪臭を放つ粘液を撒き散らしながら、じわじわとこちらの野戦基地へと近付いてくる。


「ひっ」


 思わず情けない声が出た。


 昔から虫は苦手だ。


 小学生になってすぐの頃に、隣に住んでいた結依(ゆい)と一緒にホタルを見に行くと2人で大冒険のつもりで市民の森へ行ったときの話だ。

 住宅地を降りて、また別の住宅地の坂を昇り、脇道から市民の森へと入った。


 他にも近所の同年代の兄妹らしい子供が来ていたのも覚えている。

 4人で一緒に山道を歩いている途中、俺が足元を確認せず飛び出した時に地面を這っていたカタツムリを踏み潰してしまい、靴の裏からねっとりとした感覚が……。


 思い出しただけでも身の毛がよだつ。

 確かあれからだ、俺が虫を嫌いになったのは。


「あれは巨人の眷属か何かか?」


 兵士の1人が呟いた。


「正体は不明だが、到底友好的な生物とは思えない。迎え撃つぞ」


 兵士達の隊長がそう言うと、訓練された兵士達が横一列の隊列を組んだ。

 全員がライフル銃を構えて得体のしれない蛆虫に対して狙いを定める。


「目標、前方の蛆虫」

「目標確認」


 兵士達が一斉に隊長の号令を復唱して弾丸を装填する。


「単射」

「単射確認」

「射て!」


 隊長の号令と共に兵士達が一斉に蛆虫へ向けて射撃を行い、蛆虫に何発もの弾丸が突き刺さった。

 一斉射撃の影響で周囲に硝煙がもうもうと立ち込める。


「射ち方待て」


 兵士達が一斉に排莢。

 次射に備えて銃を一度構えたまま蛆虫の様子を見守る。


 蛆虫が表面にまとっている粘液には確かに弾丸が命中したことを証明する穴が開いている。

 だが、その穴は一瞬だけグズグズと汚らしい液体を垂れ流したが、命中した弾丸を排出すると、穴自体はすぐに塞がってしまった。


 中の蛆虫自体には全く銃弾が届いておらず、何事もなかったかのようにこちらへと向かってくる。


「射て!」


 再度兵士達が一斉に射撃を行うが、先ほどと同じ結果に終わった。

 全て銃弾は粘液に絡め取られて防がれている。


 否、1つだけ違っていることが有った。

 蛆虫は「銃撃を恐れる必要はない」と学習したのか、怯むことなく前進してくる。


 そして、蛆虫は高く飛び上がり、一番先頭にいた兵士の頭上へと圧しかかろうとしていた。

 

「プロテクション!」


 俺はその蛆虫から兵士を護るためにプロテクションで壁を作り出した。

 壁にぶつかった蛆虫はベチャリと嫌な音を立てて壁に沿って真下へ落下していく。


 その時、飛び散った粘液が兵士の足に触れた。


 それと同時に兵士が苦しそうなうめき声をあげて転倒してのたうち回り始めた。


 粘液が触れた部分の服が溶かされて、肌が真っ黒に荒れている。


「酸? いや、毒か!?」


 気持ち悪い。

 もう全部投げ出して逃げ出したい。


 だけど、生命をかけて戦っているラビさんのことを思うと、それは出来ないと強く思った。


 太ももと顔を叩いて、槍を構えて蛆虫の前へ立ちはだかる。


「兵士の皆さんは下がって。こいつは俺がやります!」

「俺じゃなくて俺達でしょ」

 

 エリスがそう言って俺に並んでくれた。

 彼女は俺が何も言わなくても気持ちを察して動いてくれる。


 本当に頼もしい仲間だ。


「気をつけろエリス。こいつの粘液に触れたらただでは済まないぞ」

「そうみたいだけど、こうすればどうかな?」


 エリスは右手にスキルの青白い光をまとわせると、それで蛆虫を殴り飛ばした。


 エリスの腕はスキル使用時に発生する光によって守られて傷一つ付いていない。


 そして、粘液もあまりにパンチの速度が速いため、蛆虫と共に同じ方向に吹き飛ばされている。

 兵士達にかかることはない。


「とりあえず1匹は倒せたみたいだけど」

「いや、倒せていない」


 俺が槍でそいつを指した。

 エリスのパンチの直撃を受けたというのに、何事もなかったかのように体勢を立て直してこちらへと向かってくる。


 とんでもない耐久力だ。


「そんな! あのロボも倒せたパンチなのに」

「多分、あの粘液がある以上は普通の方法じゃ倒せない。銃もエリスのパンチでもダメとなると」


 俺は兵士を守ったプロテクションを解除する。


 そして再度プロテクション。


「モードチェンジ、螺旋(ドリル)!」


 槍の周囲へ螺旋状に「壁」をまとわせた。基本的な構造は突撃槍(ランス)の応用。

 これが自動で動けばカッコ良かったかもしれないが、残念ながら手動だ。


 一生懸命槍を手元で回して回転させると、先端の「壁」も一緒に回転。粘液を削り取るように周囲へ飛び散らせていく。

 しばらく繰り返すとヤツを保護する粘液の大半は奪い去られた。


「今なら銃撃が効きます! 攻撃を!」

「ああ! 全員射て!」


 俺の声に反応した隊長が号令を出すと一斉に銃撃が行われた。


 先程と違うのは、ヤツを護る粘液はもうないということだ。

 本体へ銃弾を受けて蜂の巣になった蛆虫は「プシュ」と空気の抜ける音がしたと思うと、紫色のガスを吹き出して、まるで破裂した風船のように萎んで消えてしまった。


 俺達の勝利だ。


 勝利の余韻に酔いたかったところが、そうは問屋がおろしてくれないらしい。


 たった今、散々苦労して倒した蛆虫が、何匹も街道の向こうから現れたからだ。


「あんなにたくさん……」


 1匹倒すのにこの苦労だ。

 あんなに多くの数の蛆虫とどう戦えば良いのか分からない。


 その時、リプリィさんが飛んできた。


「皆さん、退避してください。あの敵の弱点が分かりました」

「弱点?」


 この短時間で何が有ったのだろう?


「無線で他の基地から連絡がありました。蛆虫には銃は効かないが可燃性の油をかけて火で燃やす攻撃は有効だったと」


 リプリィさんが言う通り、兵士達には即席で作ったであろう、飲料水を入れていたガラス瓶に油と入れただけの簡易火炎瓶と松明が配られている。


 ただ、急遽揃えたその粗末な武器で触れただけで皮膚を焼く粘液を持った蛆虫と戦うのは無謀に感じた。


「大丈夫なんですか、あれ?」

「残念ながら、今はこれで凌ぐしかありません」


 そういうリプリィさんも他の兵士達と同じく松明と火炎瓶を持っている。


「ここは我々軍人に任せてください」


 そう言うと粗末な武器を持って、他の兵士達と同じように蛆虫へと向かっていく。


 その姿を見て、あの遺跡で見た侍少女の遺体のイメージが被った。


 いくら彼女は軍人とは言っても危険な目に遭わせる……傷つくのは耐えられない。


「エリス、まだやれるな?」

「うん。私達が頑張れば他の人達がその分傷つかなくて良いのなら」

「ああ。とにかく相手が倒れるまで叩き続ける。俺達が頑張ればみんなを護れる」


 俺達はリプリィさんや他の兵士達より前へと飛び出した。


 それからは我武者羅に戦い続けた。


 蛆虫5匹を倒し終えたのは、それから1時間後の話だった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 兵士達の協力もあり、何とかこの拠点を護り切ることが出来た。


 ただ、戦闘で負傷した兵士達の数があまりにも多い。


 確かに情報通り、蛆虫に対して火は有効だった。

 火炎瓶で燃やしたり、松明で少し炙れば、あれだけ物理攻撃に対しては強かった粘液はすぐに蒸発して、通常攻撃が通るようになる。


 それだけではなく、あの蛆虫の体内には可燃性のガスが満たされているようで、粘液の防御がなくなれば、わずかな火で簡単に全身が燃え上がったり爆発したりする。

 

 ただ、蛆虫も無抵抗で火炎瓶や松明を食らってくれるわけではない。


 反撃で粘液をある程度食らうことはどうしても避けられなかった。


「お疲れのところを申し訳ありませんが、モーリスさんにご協力いただけないでしょうか?」


 リプリィさんが頭を下げて俺に協力を頼んできた。

 彼女だけは俺が何とか護りぬいたので軽症だけで済んでいるが、他の兵士までは俺の力では護りきれなかった。


「ここだけではなく、他の基地でも同様に先程の蛆虫に襲われて負傷者が多数出ており、治療のためにここの野戦病院へ合流してきています。ですが医師と薬品の数が足りないために、回復能力を使えるモーリスさんに協力いただきたいのです」

「怪我人がそんなに?」


 正直に言って戦闘だけで体力の限界だ。

 少し休ませて欲しいと言いたいところだ。


 だが、ラビさんのことを思うと、流石に弱音は吐けない。


 日本では楽な道ばかり選んで辛いことから逃げていた俺だ。そのせいで取り返しがつかない失敗をしてしまった。


 だけど、そんな俺でも頼られている。

 俺にも救える生命がある。


 こんなところで休んでいる暇などないはずだ。


「モリ君、大丈夫?」

「いや大丈夫だ。ただ水を少し飲ませて欲しい。それで頑張れる」


 リプリィさんに用意していただいた水を一気に飲み干した。

 少し元気が戻ってきた気がする。


「ありがとう、リプリィさん。では、その野戦病院へ案内してください。俺が……俺の回復能力(ヒール)で治せる人は全員治します」

「は、はい」


 リプリィさんの案内に従って野戦病院へと向かう。


 ポンチョを脱ぎ捨てて用意していただいた白衣を身にまとい、雑菌が入らないように手を洗浄。

 手袋を付けて兵士達の治療を始める。


 まるで医者にでもなったみたいだ。


 蛆虫にやられた兵士達の傷はどれも酷かった。

 傷口に粘液が残ったままだと、延々と皮膚へ侵食を続けている。


 まずはこれを除去しないとヒールもまともに効かないかもしれない。


 医師たちはまず患部をお湯で洗って粘液を除去した後に、そこから雑菌が入らないように消毒。

 その後は傷の状態を診てガーゼを張る、包帯を巻く、酷い傷は縫合などで分けているようだ。


「傷口を洗い流した後には消毒が必要ですが、消毒薬が足りずどうしたものかと」


 ならば俺に出来ることは大きい。

 ヒールならば、消毒と包帯、縫合の過程を全部飛ばして一気に回復まで出来る。


「消毒薬が足りないのならば、俺に任せてください。ヒールですぐに治せるので」

「ヒール? えっ?」

「俺は回復の特殊能力が使えるんです。信じて」


 そう説明すると分かっていただけたようだ。


 医師の指示で、俺のところへお湯が運ばれてきた。


 そのお湯で患部を洗ってヒールをかけると、傷跡を残さず綺麗に治療された。予想通りだ。

 この調子でどんどん治していきたい。


「怪我人はどんどん俺のところへ連れてきてください。全員治します! 全員助けます!」


   ◆ ◆ ◆


 私……エリスがモリ君の治療で使うお湯をやかんで沸かしていると、例のお婆さん……度会(わたらい)知事が私のところにやってきた。

 この人は偉い人だから、こんなところには来ないとは聞いていたけど、何しに来たんだろう?

 

 この人のことはあまり好きじゃない。

 私のママ……母親と同じ雰囲気がする。


 エリートなんだか知らないけど、ただ勉強しろ、余計なことはするなとしか言わないママとそっくり。

 いつも優しいおばあちゃんとはえらい違いだ。


「今の状況はどうですか?」

「蛆虫は落ち着きましたけど、怪我人が多くて大変ですね。うちのモリ君が頑張ってくれてるところです」


 私はテントの中で治療を続けているモリ君を指した。

 リプリィさんにも手伝ってもらって、お湯で患部を洗って回復能力で癒やす治療を繰り返している。


 モリ君のあんな真剣な顔を見るのは初めてかもしれない。


 とても辛そうだけど、モリ君のあの表情……すごく充実しているのが分かる。


 必死で治療を行い、それで兵士さんの傷が癒えるとみんなと一緒になって喜ぶ。

 そして次の負傷者を治す。


 正直羨ましい。

 あんなに生き生きしている顔が出来るなんて。


 リプリィさんもそうだ。

 さっきまでは私達……いえ、モリ君を単なるお客様という雰囲気で見ていたのに、今は対等か、頼れる男性という目線に変わっている。

 正直羨ましい。


「あの子……あんなに大人びていたかしら。前に会った時はもっと年相応の子供という印象だったのに」

「知らなかったんですか? 私達は一分一秒、そしてこの瞬間にも成長しているんですよ。だからこそ今日の自分は昨日よりも、もっと強いって」


 私は知事にそう言った。


 何の故事成語だっけ?

 出典は知らないけど、すごく力強くて頼もしい言葉だ。


「確かにその通りのようですね。あんなに頼もしい顔になるなんて。うちの孫も認めるなんて大した成長です」

「そうですね」


 知事は私とモリ君、そして孫のリプリィさんの顔を交互に見ていた。


「まだ何か?」

「いえ、昔を思い出しましてね。頼りないと思っていた男子が急に頼もしく、大きく見えるようになるというのを」

「どういうことです?」


 意味が分からず聞き返す。


「いえ、こちらの話です。それよりも大切にしてあげなさい、彼のことは」

「言われなくても大切にしますよ。私とモリ君とラビちゃんはみんな大切な仲間なんだから」

「そうですね、仲間は……友達は『もう』見捨てない」


 そう言うと知事は私に布の袋を渡してきた。

 振るとジャラジャラと音がする。


 中を見ると、全てメダルだった。

 銅が2枚。銀が3枚、金が1枚。


「これは私が若い頃にモンスターを倒して集めたメダルです。ランクアップには中途半端な枚数なので残していました。約束の報酬です。受け取りなさい」

「でも、なんで今?」

「必要なのは今でしょう。残りの報酬はこの蛆虫騒ぎが落ち着いたら渡しましょう」


 知事が言いたいことは私にも分かる。

 このメダルでランクアップして回復しろということだ。


「どうやら私も動かないといけないようでね。貴方の大切な仲間は必ず助けますよ」

「助けるってどういうことですか?」

「お湯を沸かすだけならば、貴方でなくとも良いでしょう。一緒に来なさい、あのラヴィという娘を助けに行きます」

「ラビちゃんを!?」


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