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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
卒業
302/305

第二話 「人生の転機」

「ダメだ、冬に来るもんじゃない」

「寒いだけだったな」


 東山公園や、ロープウェイで大師山へ登ってみたものの、雪が降り積もる真冬の寒さでは、景色を堪能する余裕などなかった。

 ここはやはり、春の桜か秋の紅葉の時期に訪れるべき場所なのだろう 。


「もう今日の散策はやめやめ! 旅館へ戻る前に、どこか適当な日帰り温泉で温まって行こう」


 優紀が率先して歩き出し、観光客向けのガイドマップで近くの入浴場を探し始めた。


 散策は一区切りだと判断したので、俺の用事を済ませることにする。


 もちろん、用事は、伊原さんが和泉さんに説明したという「トナカイ」についてだ。


「その前に、ちょっと思い出したことがあるから、電話を掛けるよ。先に行っといてくれ」


 俺が電話帳アプリを起動して電話を掛けようとした時、優紀が俺の手を掴んだ。


「また危険なことをしようとしてるんじゃないだろうな? 今日はオフの日なんだろ!」

「オフだよ。だから、クソ高い蟹は絶対食べるつもりだし、なんならもう、お金も前払いで支払っている。でも、話くらいはしとかなきゃいけない。後で後悔はしたくないからな」

「今年、週末になる度、何度そう言って出掛けていったと思ってるんだ!」

「蟹は初だ!」

「そういう話をしてるんじゃない! 何度心配したと思ってるんだ!」


 優紀の気持ちは痛いほど分かる。

 命を掛けて戦うなんて、俺も別にやりたくてやっているわけじゃない。


「それでもだ」

「友達が大切なのは分かる。だけど、あくまで赤の他人なんだぞ! 今まで面識もなかった、住むところも、考え方も何一つ違う高校生たちなんだろ!」

「それでもだ!」

結依(ゆい)さんのためか? それとも――」

「――自分のために決まってるだろ。俺は友人を見捨てない。結依(ゆい)もそうだし、もちろん、お前もその中に含まれる」


 少し強く言うと、優紀は手を離した。


「知ってるよ。お前はそういうやつだ」


 優紀は笑っていた。


 諦めとは違う。

 改めて、俺が動き出したら、一段落つくまでは止まらない。そういうことを思い出して腑に落ちた上での納得した顔だ。


「そこの角を曲がったところで、日帰り温泉をやってるみたいなので、そこで温まってる。佑が来るまでは浸かってるから、のぼせて倒れる前に頼む」

「財布を持ってきてるか? お金がいるなら出すぞ」

「そういうところだよ」


 優紀は宣言通りに温泉へ向かっていった。


 伊原さんの案件は、だいたいがろくでもない。

 人間の可能性を過信しすぎている彼女からの連絡に、俺は半ば覚悟を決めて電話をかけた。


    ◆ ◆ ◆ 


『やっと電話を掛けてきたな。今はどこにいる?』

「兵庫県豊岡市の城崎です」

『なるほど。丹後半島だっけ?』


 伊原さんが曖昧過ぎる地理情報を言ってきた。


「だから兵庫県ですよ。丹後より西、鳥取砂丘よりも東の方」

香住(かすみ)蟹は知ってる。香住より東か西か?』


 何故マイナーな方を知っているのか?

 そこが分からない。


「東です」

『OK。私は今、和泉に連れられて月島のもんじゃ焼きを食ってる』


 和泉さんはまた渋いところに連れて行ったなと思いながらも話の続きを聞く。


『いやさ、もんじゃ焼きなんて、ただのゲロだろってバカにしてたさ。だけど、食ってみると実に味わい深い』

「なんでジョナサン構文なんですか?」

『ジョナサン構文って何だよ?』

「クリスマスだからだろ!」

『怒るなよ、謝る』

「絶対知っていて言ってるでしょう」


 電話の向こう側で半笑いしているのが微妙に聞こえてくる。

 これは絶対からかわれている。


『さて、本題だ。トナカイが逃げた』


 この場合は文字通りのトナカイがサンタのソリを引くのをボイコットしてストを起こしたという意味ではないことくらい理解出来る。


 高千穂の古代遺跡に取り残されており、伊原さんに異世界へ連れて行かれた邪神のことだ。


「ウサギが逃げてる!」くらいの軽い感じで、割と世界崩壊レベルの話をされても困るのだが、ここは話の続きを聞こう。


『人がいない場所でのんびりさせていたんだが、いつの間にかそこから逃げ出して連絡がつかない状態だと分かった。神様ごっこをするため、あの鹿はのこのこ出かけたらしい』

「逃げたと言っても別に首輪を付けてたとかじゃないでしょう」

『宇宙的存在に首輪をかけられるやつなんていないよ。なので、本人に自制してもらうんだ。しばらく大人しくしてろって』

「しばらくというのはどれくらい想定だったんですか?」

『10年くらい想定だったんだけど、想定外のことが起こった。第4世界から来た連中が残していった異世界電話ってアイテムがあっただろう』


 異世界電話は第4世界から来た連中に「運営」が与えたショップ機能の5ポイントで購入出来る機械だ。


 名前から異世界と通信接続出来るアイテムだと考えられており、逢坂(おうさか)からの証言でも裏は取れている。


 逢坂はこのアイテムで「運営」と直接交渉、有利な条件を獲得しようとしたが、逆に自分たちが不利になる条件を押し付けられ、結果として組織が崩壊するという事態に陥った。


 俺や探偵たちが積極的に介入しなければ、もっと多くの第4世界人たちの生命が無謀な特攻により失われていたかもしれない。

 

「機械自体は周防大臣のところにあるという話でしたが」

『そいつを先日この世界の警察が家宅捜索で押収した』

「報道ではそんなの聞いたことがないんですが」

『表向きは反社会的組織が拳銃などを……なんだったか?』


 電話の向こうで和泉さんが「凶器準備集合罪」と小声で助け舟を出しているのが聞こえた。


『ともかく、別件で議員の事務所へ踏み込んで、異世界関係の怪しいものを軒並み押収したらしい』


 和泉さんのささやきは「ともかく」で流されてしまったのが哀れだ。

 

『その時に、さすがに本物かどうかは確認ができないということで、私がチェックに出向いたんだが、その時に接続先が変えられていることが分かった。ここまで言えば分かるな』

「『運営』ではなく、トナカイにホットラインが繋がるように変えられていた」

『当たりだ』


 最悪のパターンだ。


 トナカイは、人間と明らかにズレた思考で曲解した願いを叶えようとする、怪談の猿の手のような厄介な存在である。

 本人自身は人間を導く善なる神のつもりで、悪意など全くなしでやっているのがシャレになっていない。


 九州の先輩たちは、うまく噛み合ったので、なんとか余計な契約を回避できたものの、いつもがいつもそうだという保証がない。


『知っての通り、あいつは人間を見ると誘いを掛けてくる。しかも、縁を結べそうな相手を見ると見境なしだ。そんなやつに次から次へと「お願い」の連絡が入ったらどうなるか?』

「願いを叶えるとか言ってるくせに、あいつは旅館チケットもコーラも出さなかったセコいやつですよ。結局自腹で旅行をしていますよ」

『それでいいんだ。金で買えるものくらい、自分で働いて買え』

「買いました」

『ならいい。今日くらいはゆっくり休みなさい』

「あなたが、余計な仕事を持ってこなければ、ゆっくり休みますよ」

『ああ言えばこういうやつだな』


 それはお互い様である。

 何故、旅行先でこんな会話をしないといけないのか。


『第4世界人はさすが抵抗力があるのか、概ね関与を断っていたので帰還時にチェックしたがセーフだった』


 今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がした。


「待ってください。先々週の第4世界人帰還の時点で知っていたんですか?」

『もちろん知っていた。第4世界人は特に問題なかったから、そのまま帰したというだけだ』

「それなら、その時に言ってください。なんで今更言うんですか?」

『自覚がなかったみたいだから言っておくと、あの時の君は、割とボロボロだったからだよ。少しくらい休みが必要だと感じていた』


 ボロボロとはなんだ?

 それほど俺にダメージが溜まっていたというのか?


『君は無理しすぎなんだ。さすがにその段階で仕事を振っても、パンクするのは分かっていた。だから、今は旅行で休んでいると聞いて安心している』

「目の前にいる人もパンク寸前なので、休ませてあげてください」


 これは和泉さんのことだ。


 同僚の麻沼さんが寿退社で辞め、少し前までは端島たちがいたことで中間管理職的な役割もすることになっていた。


 それに加えて、関東で頻発している事件の対応で仕事の量自体が増えている。


 キャパオーバーでパンク寸前。

 さすがに、少しくらいは休ませてあげてほしい。

 

『そうだったのか。なら、この後に連れ回して無理にでも休みを取らせるよ』

「ゆっくり休ませてあげてくださいって言いましたよね」

『私の相手をしていると説明すれば、合法的に休みを取れるだろう。ゆっくりしてもらうよ。君も来年まではゆっくりしなさい。年明けからまたこき使うから』

「だから、それはゆっくりできないんですって」

 

 これだから考え方がズレている人は困る。

 まるで話が通じていない。


 それはそれとして、確認したいことはある。


 周防大臣が手にした異世界電話は、明山さんを通じて逢坂にメッセージを伝えていた。


 ならば、当然、明山さんも異世界電話=トナカイの影響下にある可能性は高い。


 それに、家宅捜索をしたというならば、それを行った警察の身も心配だ。


「確認したいのですが、触ってしまった方々は今は?」

『既に契約した連中が何人か確認がとれたが、私が直接会って、クーリングオフさせておいたよ。警察とか、掃除スタッフとか』

「それならば良かったです」


 面識のある明山さんや、他の警察の方がトナカイに影響されていたら、寝覚めが悪かった。


 だが、伊原さんが直接会って処理したのならばまあ大丈夫だろう。


『ただし、大臣やその秘書など、積極的に『運営』に関与した連中は別だ。罰として、トナカイの加護を受けてもらう』

「そちらも、可能な限りは地球の法律で裁きたかったのですが」

『諦めろ。法の力では処理しきれない悪人ってのもいるものだ。そもそも、連中は理由を付けて逃げ回っているせいで、私も会えていない。ただの自爆だよ』

「逃げているといえばトナカイですけど」

『それだよ。とにかくトナカイとも一度話をしようとしているが、そっちも逃げ回っていて捕まらない。どこか一箇所に留まってくれると助かるんだが』

「それで私に連絡をしてきたんですか」

『その通り。トナカイは君を気に入っているから、近いうちに接触してくると考えて警告だけしとこうと思ってた。出会ったら、元いた場所へ帰るように伝えておいてくれ』


 電話はそこで切れた。


 急ぎの要件ではないとわかったが、また色々と厄介なことになっているようだ。


 前から東京支社への転属の話は上司から来ている。


 優紀のこともあって、加古川に残ってはいるが、その話を請けることも考えたほうが良いのかもしれない。


 仕事のためにも、関東圏で起こっている諸々の問題に対応するためにも


   ◆ ◆ ◆


 要件は終わったので、日帰り温泉で合流だ。


「電話終わったぞ。のぼせてないか?」


 脱衣所で着替えを済ませ、温泉へ足を踏み入れると、先に浸かっていた優紀が露骨に慌てた顔をした。


「な、なんで佑が女湯に入ってくるんだよ!? ……いや、おかしくないのか」

「照れるなよ。こっちが恥ずかしくなるだろ」

「見られてるこっちも恥ずかしいんだけど」


 優紀はそう言うと温泉の湯の中に潜っていった。


 性欲が皆無というわけではない。

 なんというか、結依さんと一緒になんとかしていたりはする。


 だが、今ここでこみ上げてくるものは……何もない。


 今の体に変わってすぐの頃と違って、すっかり女性としての自覚が馴染んでしまったようだ。


 女子を見ても、もはや同性としか認識できない。

 我ながら、慣れというのは恐ろしいものだ。


「……すまないな」

「別に謝るようなことじゃない。体の関係がなくとも、精神的なつながりでも付き合っていける。それでいいじゃないか」

「そうだな」


 しばらく無言で、温泉の熱に身を任せる。


 硫黄の香りはほとんどなく、海水に近い塩化物泉だ。


 シンプルながらも体の芯まで染み渡るお湯に浸かっていると、一年分の疲れが澱のように溶け出していく気がした。


「電話は急ぎの用事じゃなかったので、安心だ。年内はゆっくりする予定だ」

「それは良かった。なら、この後も、たまには仕事のことも忘れてのんびりしよう」

「この後は待望の蟹だ。たっぷり食べるぞ」

「ああ、楽しみだ」


 優紀のどこか乾いた返事を聞きながら「精神的に通じ合っている」という言葉の重みを、湯気に巻かれながら反芻した。


 本当に通じ合っているのだろうか?

 口だけの関係になっていないだろうか?


 考え込んでいるうちにのぼせてきた。

 頭を使いすぎたのかもしれない。


「温まったし、そろそろ出よう」

「そうだな」


   ◆ ◆ ◆


 温泉を出た後、売店でアイスを購入した。火照った体に冷たい甘さが心地いい。


 最初は「真冬にアイス?」と首を傾げたが、風呂上がりの客にはこれ以上の贅沢はない。


 店もそれを見越してアイスを販売しているのだ。

 世の中、よく出来ている。


 体が冷え切る前に宿へ戻ると、ちょうど夕食の準備が整っていた。

 少し待って、部屋に運ばれてきたのは、立派なブランドタグが付いた巨大な蟹だった。


 近所のスーパーに並んでいる蟹と根本的に大きさが違う。


 1人で一杯は食べ切れないので、2人で蟹一杯だ。


 それでも十分すぎる存在感だ。


 ズワイガニはタラバより小ぶりだという先入観があったが、目の前のそれは脚の太さも、殻の風格も、そこらの食べ放題で出てくるタラバを圧倒していた。


 超大物クラス、最高級ズワイガニ……この地域では松葉蟹と呼ばれるその価値は計り知れない。


 いや、価値は分かっている。

 普段は1人が一泊9万という宿の値段から逆算すると、こいつの値段は6万円だ。


 蟹一杯が6万!?


「ぐあああ」

「どうした、何故、蟹を見ただけでダメージを受けた?」

「蟹が……蟹が強い。今まで戦ったどんな敵よりも手強い」


 精神的に完全に敗北した。

 この恐ろしい敵に恐怖すら感じていた。


 目の焦点が合わず、怖気が止まらない。

 こいつとまともに目を合わせれば、精神を根こそぎ持っていかれそうだ。


 俺の知る常識では測り知れない……理解できない……蟹が一杯6万円!?


 背筋が凍るような恐怖を感じた。


「では、こちらを調理してきます。刺し身、焼き、鍋で用意いたします」

「ま、待ってください。せっかくなので、遺影……いや、記念写真を撮らせてください」


 せっかくなので、蟹の原型が残っているうちに、スマホで写真を撮らせてもらう。


 この行為は庶民すぎると言われるかもしれないが、実際に庶民なので仕方がない。


 何枚か撮影しているうちに、良い感じの写真が撮れて満足したので、調理に入ってもらう。


 しばらくして、美しく下ごしらえされた蟹が皿に盛られて再登場した。

 こちらも写真を撮る。


 松葉蟹という名前のせいで、チンピラのような松葉の顔がチラチラ脳裏をよぎること以外に欠点はない。


 なんであいつの名前は松葉なのか?

 (初期案)松田のままだったら何も困らなかったというのに。


「まずは、刺し身です。お好みでカニ味噌かお醤油をつけてお召し上がりください」


 タラバガニ級の分厚く大きな身が付いた脚を一口かじる。


 濃厚な旨味と、歯ごたえの良さが伝わってくる。

 あえて何もつけないことで、蟹本来の甘みとほのかな塩気がダイレクトに脳を揺さぶる。


 続いてわさび醤油。

 先の方にちょっとだけ付けて、吸い込むようにしてしゃぶりつく。


 これもまた美味い。

 醤油の塩分とわさびのツンとした刺激が、蟹の甘みをさらに引き立てる。


 そして最後は本命のカニ味噌。


 見た目はなんとも言えない灰というか、緑色というか、微妙な色だが、その味は理解している。

 白い蟹の身をそこにベタリと付けて、残った身全てをいただく。


 塩や醤油がプラスならば、これは掛け算。

 蟹×蟹の二乗で蟹の風味、旨味が倍増する。


 もう優勝だ。優勝しかない。

 脳内で胴上げが始まった。


「次はハサミだ。ハサミに付いた身だ」


 これは脚とまた違う。


 脚よりも更に分厚い身は、より密度が高く、適度な歯ごたえが心地いい。


 あらゆる語彙が消え去った。

 うまい。うまい。


「佑もこのハサミにやられたか」


 優紀がハサミ部分の端を掴み、ナイロンのような透明の筋部分を引っ張って、ハサミを動かすという小学生レベルの遊びを始めた。


「フォッフォッフォ。この大きなハサミの殻は、家に持って帰って乾燥させて飾りにするぞ」

「黙れサドラー」

「蟹工船!」


 優紀の方も、あまりの蟹の美味さに脳が破壊されたのか、完全に浮かれきって、両腕にハサミを持って遊び始めている。

 大の大人が人前で見せて良い行動ではない。

 教え子が見たら泣くだろう。


「こちらは焼き物です。お熱いのでお気をつけて」


 足4本と甲羅は香ばしい匂いとともに、焼き蟹となって運ばれてきた。

 

 殻を切って身をほぐしやすいようにしているので、無言にならなくても済むのは助かる。


 語彙はもう絶滅しました。


「殻は甲羅酒にもできますが」

「私はそれをください。こっちは未成年なので、ミソだけ焼いてやってください」

「未成年じゃないけど、酒はダメなので、ミソを焼いたやつください」


 優紀はここで甲羅酒を頼む。

 俺は酒はダメなので、甲羅に付いたカニみそを削ぎ落として焼いたみそ焼きをいただく。


 あつ……うま……あつうま……。


 そして残りの部位は、昆布だしが利いた鍋の中へと投入されていく。

 

 蟹と一緒に煮込まれるのは、ダシを吸って美味さを倍増させる白菜。

 そして匂いを良い感じで消してくれる上にアクセントになるネギのみ。


 シンプルなカニすきだ。

 シンプルだからこそ、カニの旨味が映える。


 蓋が閉じられているが、ぐつぐつと煮える鍋から、既に磯の香りが流れこんできている。


 そして、ひと煮立ちしたところで蓋が開けられた。

 

 優勝を通り越して、もう日本一決定戦が始まった。

 松葉蟹が大阪御堂筋を優勝パレードで練り歩くイメージが見えた。


 アクを一通り取れば完成だ。


「全部召し上がっていただきましたら、ご飯を入れて雑炊にします」

「雑炊!?」


 ただでさえ美味い蟹から出たダシで作られる雑炊!?


「卵も……入りますか?」

「はい、卵も入れます。お漬物と一緒にどうぞ」

 

 もうダメだ。

 これはもう屈するしかない。


 その後のことはよく覚えていない。

 ともかく最高だった。

 

   ◆ ◆ ◆


 蟹で満足した後に宿の温泉に入り、再度温まったところで就寝だ。


 宿の値段は高かったが、それでもこの満足度には変えられない。


 宿をチェックアウトする前に、朝にもう一度温泉に浸かってから帰ろう。


 そう考えていると、横に寝ている優紀が話しかけてきた。


「私に話していない――考えていることがあるんだろう」


 どうやらこいつに隠し事は出来ないようだ。

 全てお見通しだった。

 

「仕事で東京への転属しないかという話がある。今までは、お前がいるから地元を離れることに抵抗があったので断っていたんだが」

「なんだ、そんなことか。私はお前が声を掛けてくれたら、どこにでも付いていくぞ」


 俺に話を合わせているわけではない。

 優紀は本気で俺に付いてきてきてくれるつもりだ。


 嘘はない。

 それが何より嬉しかった。


「東京の方で知り合いが困っているので手伝いたいというのはある。だけど、それ以上に、東京の方に行くと、給料が今より上がって出世も早まる」

「何が問題なんだ?」

「東京の水が合わない。あと、やっぱり地元が一番だ」

「それでもやりたいことがあるんだろう。私に背中を押して欲しかったんだろう」


 そこまで分かっていて貰えているということが、ただ嬉しかった。


「もう一言あれば、私は仕事を辞めて付いていくぞ」

「言っておくが、結婚は出来ないぞ。俺はもうよくわからん存在だからな」

「だからどうした。今時、籍を入れずに同棲なんていくらでもある話だろ」

「教師の仕事も簡単に見付からないかもしれない」

「まあ、そこはなんとでもなるだろう。私は天才だからな」

「でも、付いてくるというなら、後悔はさせないように努力はする」

「それで十分だ。去年の今頃も同じことを言っただろう。私たちは変わり者なんだから、のんびり行こう。だから、一言言って欲しい。それで覚悟を決める」


 それで決心が付いた。

 本当にこいつが友人で良かった。


「来年早々に上司に伝えるよ。行くのは、新年度。来年の4月になると思う」


 意は決した。あとは覚悟を告げるだけだ。


 思えば、今頃カーターも東京で似たようなプロポーズイベントをやっているのか。

 そう考えると変な因果を感じる。


「春から東京に行く。しばらくは不便を強いるだろうが、付いてきてくれ。一生かけて面倒は見る」

「喜んで」

 

 高校生組と同じだ。

 俺の人生も大きく変わろうとしている。


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