――Part1 「さまよう幽霊屋敷」
「さまよう幽霊屋敷の噂って知ってますか?」
それぞれの事情を聞くために、一時入ったファミレスで、矢上恵太が語り始めた話は、誰も全く聞いたことがない内容だった。
「幽霊屋敷というのは、心霊スポットなどという根も葉もない噂をつけられた、ただの廃墟などだろう。だが『さまよう』が付くとわからなくなる」
探偵の和泉隆成は、複雑そうな表情でメモを取り始めた。
納得できる点などないが、それでも実際に能力を見たからには信じざるを得ない。
そのような顔だ。
「横浜の高校生の間で流れている噂です。近所に昨日まではなかったはずの無人の洋館が突然現れる。その洋館に入ると、悪魔が契約してくるというものです」
「建物が突然出現するとは考えられないが。そっちの自称『異世界帰り』の君たちはどうだね?」
和泉に話を振られた端島、合田、梨本の3人は首を横に振った。
「俺は東京の調布住みだけど、そんな噂は聞いたことない」
「赤羽だけど同意」
「私は東京の中でも、比較的神奈川県に近い品川区在住ですけど、聞いたことはないですね。ネットにも上がっていないので、極めて狭い地域だけに伝わる話だと思います」
合田が眼鏡のブリッジを上下しながら何やら考え込み始めた。
「やはりそうだな。私の事務所も横浜市にあり、普段からそのような噂はなるべく集めるようにしているが、初耳だ」
「でも、えっと……」
「俺は端島。こっちが合田と梨本」
「矢上です。よろしく」
「私は友瀬映子です。よろしく」
端島たちと矢上、友瀬がお互い、簡単に自己紹介を交わした。
「端島さんたちも、その能力は洋館で悪魔と契約して手に入れたんじゃないんですか?」
「違うと思う。俺たちは異世界帰りだからな」
「待ってくれ。突然謎の超能力を使う高校生が現れたと思ったら、能力のルーツが違う!?」
和泉はメモを取る手を止め、頭を抱えた。
頭の上で、手に持ったボールペンをクルクルと回し始める。
「もしかして、異世界ってのは、その洋館があった世界とか?」
「いや、違うけど。逆に、矢上が言うところの洋館が実は異世界召喚なのかもしれない」
「そちらの……端島君たちの話は後だ。まずは、矢上君から順に話を聞かせてもらおう。もしかしたら、認識が違うだけで結論は同じ話になるかもしれない」
端島と矢上の話は噛み合う様子がなかったため、和泉は一度話を止めさせた。
用語の呼び方が違うだけで、中身が同じということはあり得ると和泉は考えた。
その上で矢上に話の続きを促す。
「話を続けます。幽霊屋敷が『さまよう』と言われている理由なんですが、見付けた時にすぐ入らないと、消えてしまって二度と行けないらしいんです」
「まさに世に溢れる都市伝説だな。奇妙なものを見た。だけど、戻ると何もなかった。故に、写真などの証拠も残っておらず証明できない」
「でも、都市伝説ではありませんでした」
矢上の表情は真剣なものだ。
嘘をついている様子はない。
「最初は新聞部の取材だったんです。記事のネタに困った綾乃……うちの部長が、噂の幽霊屋敷を調べてみようと言い出して。どうせ何もないだろうけど、記事にはなると取材を決めました」
「それで、本当に見つけてしまったと」
「はい。企画としては、幽霊屋敷を探して町を散策したら、思わぬ隠れ家的な店を見つけた、なんて感じの軽い内容にするつもりだったんです。その店には事前にアポも入れて」
「これが証拠の写真です。分かりにくいかもしれませんけど」
傍らに控えていた友瀬がスマホの画面を一同に見えるようにテーブルの上に置いた。
そこには、古びた洋館が写っている。
周囲は薄暗く、空の色などはまるで紫色に見える。
洋館は、木造の2階建て。
最近に建てられた洋風建築と異なり、横浜市の中心部に現存している、西洋の様式を取り入れた日本独自の洋風建築といった雰囲気だ。
建てられたのは推定で明治から大正にかけての百年もの。
くすんだ窓ガラス、汚れた外装など、相当に年季が入っているのが見て取れる。
かつては手入れされたイングリッシュガーデンだったと想像できる庭も、今は枯れた植物の残骸がわずかに植木鉢から覗くのみで、ひどく殺風景だ。
それでいて、雑草は一本も生えていない。
何かしらの管理はされているように見えた。
「証拠の写真があるのか?」
「私は写真部で、写真が趣味なので、少しでも興味があれば、なんでも撮るようにしているんです。だから、この写真も残せました」
「写真があるということは、今もこの洋館は同じ場所にあるのでは?」
「ないんです。だから『さまよう幽霊屋敷』なんです」
友瀬はスマホを操作して、画像を切り替えた。
洋館を外から撮った写真は3枚。
そこから、庭に入ったところで3枚。
重苦しい観音開きの扉が1枚。
そして、まるでホテルのような赤い絨毯が敷かれ、シャンデリアが輝くエントランスの写真が1枚。
「ここで僕たちは、仮面を付けた白いスーツの男に会いました。そいつが『君たちに贈り物を与えよう』と言ってきたことまでは覚えています。ただ、その後に気付くと、全員が何もない空き地に倒れていました。洋館もスーツの男もどこにも見当たらず、その時は夢かと思ったんですが」
矢上がエントランスの写真を指しながら言った。
「でも写真が残っていたんです。だから夢じゃないと」
「その時から、世界に裏側があることに気付いたんです」
「裏?」
「裏東京か? 俺たちの世界にも、それがあるのか!?」
端島は友瀬が言った「世界の裏側」に反応した。
裏東京と、世界の裏側。
単純で被りがちだが、言葉はあまりに似ている。さすがに無関係だとは思えない。
「裏……東京かどうかは知りませんが。モノクロみたいな世界です」
「端島さん、今は話を聞きましょう」
興奮して立ち上がった端島へ、合田が落ち着かせるように宥めた。
「ともかく、世界には裏側があって、そこにはゲームから出てきたみたいなモンスターがいることを知りました。能力を得た僕たち4人は、それから、その裏の世界の秘密を知るために能力を使ってモンスターと戦っています」
矢上の話は、ひとまずそこで途切れた。
メモを取っていた和泉の手は、完全に止まっている。
理解の限界を超えたようだ。
「端島君たちも経緯は同様かね? その裏側の世界とやらを異世界と呼んでいるだけなのでは?」
「いえ、全然違います。今度は私が事情を説明します。いいですね、端島さん」
合田が和泉の質問に対して端島に代わって答えた。
端島も、説明ならば合田に任せた方が良いだろうと思い、首を縦に振った。
「では聞いてください。私たちが一ヶ月半の間に、こなしてきた冒険。そして、和泉さんについて知っている理由を」
◆ ◆ ◆
完全に理解することを諦めた和泉がメモを見ながら一同を見回した。
「矢上君たち横浜組は、白いスーツの男から能力を貰った。裏の世界で戦っている」
「はい」
「端島君たち東京組は、こことは違うパラレルワールドに召喚されて能力を得た。デスゲームに巻き込まれそうになったが、回避して元の世界に帰ってきた。仲間は45人いる」
「はい」
「パラレルワールドの世界で、私と知り合った。そして、この世界が近いうちに滅ぶと知ってしまった」
「嘘じゃありません。信じてください」
和泉は返答の代わりに大きなため息をついた。
「あれだ。ソシャゲのコラボシナリオだ。世界観が違う連中が集まるんだ」
「端島さん、少し黙ってください。私までバカだと思われます」
「はい」
合田の冷ややかな視線に、端島は口を閉ざした。
「現状、私の処理能力を大きく超えている。理解にしても、今後の対策についてもだ。なので、一度、私の所属する事務所に来て欲しい」
「探偵事務所ですか?」
「ああ。住所は横浜市内。桜木町駅に近い場所だ。ここからも、東京都内からも比較的集まりやすいはずだ」
そう言うと和泉はスーツの内ポケットから名刺ケースを取り出した。
人数分の名刺を数えて、全員へ渡していく。
「これが事務所。そして私の直通の電話番号だ」
「なるほど、電話番号は同じなんですね。事務所では八頭さんに話を聞かせていただくということで良いでしょうか?」
「……やりにくいな。全部先の展開を知っている相手というのは」
合田が電話番号を確認するや否やそう言うと、和泉は眉をひそめ、困ったかのように頭をかいた。
「だが、合田さんたちがパラレルワールドの私たちと共闘していたという証明でもある。さすがに詳しくこちらの事情を知りすぎている」
「そこまででもないと思います。第3世界と私たちの第4世界はちょっとずつ違うんです。完全一致していません」
「ふむ……その違いを比べることが、これからの事件解決の鍵になるのか」
和泉は再度メモに視線を落とした。
「事務所へ伺う前に、何人か居場所を調べて欲しい人がいるんです。よろしいでしょうか?」
「パラレルワールドにいた関係者という解釈で良いのかな?」
「はい。1人は上戸……いや、名字は変わっていて、上戸じゃないかもしれませんけど、佑という24歳の女性です。高い火力の能力と、分析能力があります。前に京都の組織がどうのと言ってたので、そこ所属かもしれません。お知り合いだったりしますか?」
「いや……面識もなければ、見当もつかない。ただ、京都の組織所属ならば経歴が消されているのはあり得る」
「そうですか」
合田はメモアプリに和泉から聞いた内容を書き込む。
和泉と面識がないのならば、もう上戸の捜索は諦めるしかない。
「もう1人は片倉という、30手前くらいの男の人なんですが」
「ああ……」
和泉が露骨に顔をしかめた。
こちらは心当たりがあるようだ。
「ご存知なんですか?」
「同僚で、義理のいとこだよ。私のいとこの家に婿入りしたんだ。今の名前は麻沼秀則」
「婿入り……逆なんですね。仲は良いんですか?」
「全然。あいつと付き合うようになってから、いとこが、事あることにポテトを食べる変なやつになってしまった。実家が裕福なのか知らないが、金遣いは荒いし、生活態度もだらしないし、最悪だよ」
初対面の合田にはっきりと仲が悪いと愚痴る時点で、和泉と片倉……元片倉との関係は劣悪ということが分かった。
あまり人間関係については聞かない方が良いかもしれない。
「逆に私の方で調査をした方が良いのは、逢坂、能生、松葉の3人か」
「はい。この3人は第3世界で犯罪を犯した犯罪者でもあります。もちろん、私たちの世界ではそうじゃないと思いますが」
「能力を悪用する可能性が高いと。『かもしれない』だけでは、動きようがないが、情報は洗っておこう」
「助かります」
合田は逢坂たち、第3世界で敵対した人物の名前も伝えておいた。
共闘出来るならばそれに越したことはない。
だが、もし敵対すれば厄介な連中ばかりだ。
しばらくの休戦を約束した松葉はともかく、逢坂と能生とは直接戦ったこともあり、溝は深い。
相手が恨みつらみをぶつけてくる可能性は十分ありうるからだ。
「では、今日のところは一時解散しよう。君たちも早く帰りなさい」
「さっきまで戦っていた、あの真桑とかいうやつが所属する組織のことですか?」
「その通りだ。他にあいつの仲間たちが近くにいないとは断言できない。未成年が危険に飛び込む必要はない。可能な限り、不要な戦いは避けて欲しい」
和泉は1人立ち上がった。
「ここの支払いはしておく。何度も言うが、もう日も暮れる。何度も言うが、今日はまっすぐ家に帰りなさい」
そう言うと、注文表を掴んでレジへと歩いていき、支払いを済ませると店を後にした。
「じゃあ、僕たちも解散しましょうか」
「その前に、できれば他の能力者にも会わせてもらえないか? 多分、これから一緒に戦う仲間になるんだ。自己紹介くらいはしておきたい」
端島が言うと、矢上と友瀬は顔を見合わせた。
「綾乃……本人に聞いてみます。さすがに僕の勝手ではいそうですとは言えないので」
矢上は電話を掛け始めた。
何やらやり取りをした後に電話を切った。
「OKらしいです。2人はまだ学校にいるらしいので、会いに行きましょう」
◆ ◆ ◆
時期的に、16時を過ぎると冬の足音を感じさせるように一気に辺りが暗くなる。
温度も一気に下がってきた。
寒空に震えながら、端島たちは、矢上に先導されて、交通量が多い道を避けて川沿いの道を進んでいく。
「これ、帰りのルートで迷わないかな?」
「大丈夫です。集合場所からだと、今度はJRの港南台駅が近いので。あとで駅まで案内しますよ」
「そりゃ助かる」
端島の返答に、梨本がニヤリと笑って彼の脇腹を小突いた。
「端島クン、これが正しい男のあり方ってもんだよ。見習いなよ」
「えっ? 何が?」
「そういうところですよ」
「うん、そういうところだ」
しばらく歩いていくと、前方で手を振る高校生の男女の姿が見えてきた。
1人の顔に見覚えはある。
第3世界でも会ったことがある。
柿原綾乃……矢上の話が正しいならば、写真部の部長だ。
もう1人の顔は見覚えがない。
写真部の集合写真にも写っていなかった。
「あれは、小森って人じゃない?」
「小森君は能力に覚醒しなかったんだよ。サポートはしてくれてるんだけど、危ないので、ずっと裏方に回ってもらってる」
「そうなのか? 第3世界とずいぶん事情が違うな」
端島の知っている小森は、槍を片手に超人的な立ち回りを見せる戦士だった。
だが、第4世界では能力に覚醒すらしていないという。
端島は奇妙な眩暈を覚えた。
女子の方……柿原がポニーテールを揺らしながら小走りで近付いてきた。
「どうも、あなた達が恵太の言ってた新しい能力者でいい?」
「はい。私は合田陽子と申します」
合田が代表して柿原の握手を受けた。
「俺は端島。よろしく」
「わたしは梨本。よろしくね」
遅れて、マイペースそうな長身の男子高校生が合流した。
「彼は、僕たちよりも先に能力を手に入れて、1人で戦っていたんだ。多分召喚の能力者一号かな?」
「新坂隼人。よろしく」
差し出された細い手を、端島は力強く握り返した。




