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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 4 異界都市東京
299/311

Extra Eposode 4 Period

 東京都太田区。

 都営地下鉄馬込駅周辺の廃ホテル。


 そこが、第3世界に召喚された端島たちの帰還ゲートがある場所だった。

 その最寄りコンビニ――


「――ありましたよ、ポールくんグッズ。ぬいぐるみもカードケースもアクスタも残ってます」

「マジか。なんでこんな場所で売れ残ってたんだ?」

「まあ、在庫1個ずつで、アクスタは1種だけしか残ってないけどね」


 端島兵司(はしまへいじ)合田陽子(あいだようこ)梨本海(なしもとうみ)は、世界を救うため――ではなく、ホテル近くに売れ残ったつくば万博の公式キャラクター。ポールくんグッズを買うために集まっていた。


「こういう時に使うために、バイトの金は取っておいたんだよな。頑張って裏東京に潜ったもんな」

「あれ、でも、そのお金ってもしかして向こうの世界の口座に入れたまま、下ろし忘れてません?」

「あっ」

「あっ」


 合田のツッコミに端島と梨本の動きが止まった。


「お金を下ろしに戻れないかな?」

「さすがに無理だと思うよ」

「ということはだ。もしかして、俺たちって延々とタダ働きしてたってことか?」

「財布の中に入れた分くらいは残ってるけどねぇ」


 端島と梨本は財布の中に入っている札の枚数を数え始める。

 少しの落胆と少しの笑顔。


「よし、ギリギリ行けるな」

「あとは、誰が何を買うかだけど」

「ジャンケンですよ。ジャンケン」


 かくして、合田がぬいぐるみ、梨本がカードケース、端島がアクスタを購入した。


「それはそうと、作戦会議だな。これからの方針を決めないと」

「じゃあうちのマンションに寄ります? 多分、ここから一番近くなので」

「いいの? ここから近い?」

「大井町の近くですよ。ちょっとここから電車乗り継ぎだと行きにくいんですけど」


 端島がスマホで地図を確認すると、東急大井町線にある大井町へは、同線荏原町(えばらちょう)駅まで1キロほど歩いて向かえば行けそうだと分かる。


「じゃあ、せっかくだからお呼ばれするよ。調べものするためのパソコンはあるのか?」

「ノートパソコンがありますよ。学校のタブレットはちょっと遅くてダメかな」

「じゃあ、それを借りよう。最悪、Wi-Fiの電波貸してくれたらスマホでもいいし」

「なら、ここのコンビニでお菓子買っていかない?」

「そうですね。こういう普通のテンションで遊べるのも久々ですし、買っていきましょう」


 3人はコンビニへ引き返し、お菓子やジュースを購入して合田の自宅へ向かうのだった。


   ◆ ◆ ◆ 

 

「何このホテルみたいな家……こわい」

「コワイ」

「2人とも、冗談はやめてくださいよ」

「冗談じゃないんだけど」

 

 端島と梨本が緊張で固まる中、合田はキッチンから来客用カップを持ってきて、購入してきたジュースを注ぐ。


 皿にスナック菓子を盛り付けた後に、手を拭く用のウェットティッシュを置き、満足げにヨシと指差し確認。


 ノートパソコンの電源ボタンを押した。


 起動してくると合田は手慣れた手付きでメモ代わりのノートツールを起動させる。


「では、まずやることですね」

「情報の整理だよな。世界が滅ぶってことは分かってるけど、具体的にいつに何が起こって、どうなるのかは分からないわけだし」

「向こうの世界だと、横浜の海底から浮かび上がった円盤が、横浜市の保土ヶ谷の公園の近く……東議員って家の上空に止まって、何かをバラ撒いたのが始まりらしいです」


 合田は紙のメモを取り出して、和泉や上戸から聞いた断片的な内容を、改めてメモツールに転記していく。


「メモはクラウドに置いておきますので、2人ともアプリをインストールしておいてください。アクセス権限を与えておくのでいつでも見られるし、更新できるようにしておきます」

「おっおう」

「端島さん、知ったかしないで。使い方が分からないなら、ちゃんと聞いてくださいね」


 端島の気のない返事に合田はすかさず突っ込んだ。


「合田チャン、わたしもわからないから教えてね」

「もちろん、教えますよ。端島さんもそれでいいんですね」

「はい、教えてください!」

「答えが元気でよろしい。では、まずはうちのWi-Fiのパスワードと、アプリの登録番号ですね」


 合田が近距離通信で端島と梨本のスマホにそれぞれ情報を送信する。


「今日のところは、私がメモを打ち込んで行きます。2人は読むだけにしといてください」

「はーい」

「分かったよ。俺も気付いたことがあれば、書き込んでいけばいいんだな」

「はい。ブレインストーミングです。なんでも気付いたことがあったらメモしてください。一カ所に情報をまとめておけば、後で何か気付きに繋がるかもしれません」


 端島たちがWi-Fiとアプリの登録をしている間に、合田は作戦会議の準備を進めていく。


「問題は、向こうの世界と私たちの世界は完全一致していないということです。似たような経歴の人はいても、完全一致はいない。物も同じ。だから、向こうで起こった事件がこっちで同じように起こるとは限らない。必ず時間と場所のズレが出る」

「向こうの情報は完全なネタバレにはならないのか」


 端島は財布の中からメモを抜き取って、小さく丸めて捨てた。


「なんですか、それ?」

「ミニクジ……数字を当てるやつの当選番号」

「それが当たらない典型的な例ですよ! 皆さんの話を聞いてなかったんですか?」 

「すみません」


 しゅんとなる端島を無視して、合田は大きく項目を2つ用意した。


・協力者集め

・情報収集


 クラウドで共有されたデータは、端島と梨本のスマホアプリにも同様のものが表示される。


「まずは世界の呼び方ですね。あっちとか向こうとかだとわけわかんないので、皆さんがおっしゃっていた第3と第4の呼び名をそのまま使います。異議は?」

「ありません」


 合田はメモに世界の呼称と記載する。

 

「最初の問題は協力者ですね。多分、第4世界にも探偵事務所はあると思います。ただ、第3と同じ場所にはないみたいですし、和泉さんや須磨さんも当然、私たちと面識はありません」

「一応調べてみよう、和泉さんと連絡は取りたい。バイト代はどこに消えたのか」

「だから面識はないんですって」


 合田は手早くブラウザを起動させて、検索欄に「和泉隆成(いずみりゅうせい)」と入力。検索する。


 だが、何も表示されない。


 同姓同名の人物くらい出てきて良いはずなのだが、何一つとしてまともな情報が出てこない。


「おかしくないですか? 意図的に何かフィルタを掛かってないと、こうはならないでしょう」

「じゃあ、あの人は? 須磨とか言う」

須磨恭介(すまきょうすけ)っと……こちらも出ません」


 やはりこちらも不自然なくらいに何も表示されない。


 第4世界に最初から存在していないか、もしくはその存在を隠蔽されているかだと合田は考える。

 

「どういうことなんだ、出ないって?」

「考えられるのは1つだけですよ。誰かがあえて検索から消している」

「そんなことが出来る人間ってことは、政府の組織的なものに所属して動いてる可能性が高いのか」

「はい、期待はしていいと思います」


 微妙について行けず無言の梨本が控え目にスナック菓子を摘まんだ。

 

「となると、探偵事務所の場所ですね」


 合田は幸徳井(こうとくい)探偵事務所と検索するが、出てこない。


 ならばと住所をと所在地を入力するが、探偵事務所が建っていた場所にあるのは普通の雑居ビル。

 

 ラーメン屋や学習塾などが入っているだけで、探偵事務所の「た」の字すら見付からない。


「どういうことだ?」

「これは検閲というよりも、場所と名前が違うんだと思います。そもそも、あの事務所ってダミーでしょ。あの人たち、猫探しとか不倫調査とか絶対してないですし」

「探偵ってのがまず嘘だもんな」


 合田はメモを元に再度検索をかける。

 今度調べるのは政府の官報と会社の登記情報だ。


 官報には警察官の人事の情報が公表されている。

 会社の登記情報には代表者氏名がある。

 

「ビンゴ! 所長の蘆名天彦(あしなあまひこ)さん、部長の八頭黎人(やずれいと)さんって警察OBが所属している会社が見つかりました。名前は幸徳井興信所……まあ、探偵事務所です」


 さすがに官報や会社の登記情報にフィルタはかけようがなかったようだ。


 梨本がスナック菓子をかじるカリカリという音だけが静かな室内に響く。


「場所は新宿にあるみたいなので、近いうちに行ってみましょう」

「場所すら違うのか」


 探偵たちの調査能力と情報網、知識は動く上で必須だ。

 ここは外すわけにはいかない。

 

「なら、上戸さんはどうなんだ?」

「あの人って関西の人だから、こっちにはいないんじゃないですかね」

「でも、あの火力と調査力は必要だ。仲間になってもらえれば、きっと頼りになる。最悪、ネット会議で案を出してもらえるだけでも助かる。調べてくれ」


 合田は今度は検索欄に「上戸佑(うえとたすく)」と入力する。

 結果が次々と表示されるが、同姓同名の別人ばかりで、目当ての顔は出て来ない。


「あの人って何歳でしたっけ?」

「24とか言ってなかったっけ?」

「あんな24歳いないと思いますけどね。年齢誤魔化してるんじゃないですか?」


 合田は画面をスクロールして眺めていくが、やはりそれらしい人物は見当たらない。

 

「24歳の上戸佑さんは出てくるんですけど、東京在住だから、同姓同名の別人ですね。男の人ですし」

「あの人ってどこから来てるって言ってたっけ? 兵庫県の……神戸?」

「奥さんの優紀(ゆき)さんのSNSには、今年の春に結婚して、夫婦で稼ぐために東京に転属したとあるので、出身地が兵庫の加古川ってところまでは同じなのは確定なんですけど……」


 上戸夫人のSNSには「結婚しました」「高校時代の友人と再会」「夫が作った弁当」「小遣い月一万仲間」と並ぶ。

 

「経歴は似てるんだけど別人かな」

「もしかしたら、私たちの世界にはいないか、名前が違うパターンもあるかもしれないですね」

「親が再婚で名字が変わるとかか」

「それも考えられるし、そうなると名前からは追えないですね。諦めて次に切り替えましょう」


 見つからない人物にこだわっても時間の無駄だと判断して、気持ちを切り替える。


「あとは誰だ、協力してくれそうな人は?」

「あの人はどうですか? カーターとか呼ばれてた人」

「なんだっけ? 片倉……なんとか」


 端島と合田は首をひねるが名前が出て来ない。


 しばらく経って、そもそも名前を最初から聞いていないことに気付いた。

 

「名前がわからないとどうしようもない。次!」

「最後に出てきた伊原って人」

「あの人って人なの? 名前は?」

「さあ。それで、他は?」

「終わり」

「終わり?」

「終わり」


 端島も合田も他に誰かいないか考えるも、力になってくれそうな関係者が他に思い浮かばない。


 なんとしても和泉を見つけ出さないことには話にならないが、その肝心の和泉が見当たらない。


「発想を変えてみない? 和泉さんと連絡が取れそうな子っていたじゃない」


 今まで無言で菓子を食べていた梨本がようやく重い腰を上げた。

 

「誰のこと?」

「あの、ナースプレイやってた女子高生の子。なんだっけ、柿原(かきはら)とか言ってた」


 梨本の言葉で、端島と合田も思い出すことが出来た。


 空気を全く読まず、何故か看護師のコスプレで集合場所にやってきた、横浜市の女子高生だ。


 ポニーテールの髪が特徴だったのは記憶にある。


「ああ、あのナースプレイの」

「あの時にいた、ステゴロで無茶苦茶強かった小森(こもり)って人のストーカーかなんかだろ。役に立つのか?」

「あの小森って人もスキルを何も使ってないのに、よく分からないくらい強かったですよね」

「そういやそうだな。和泉さん、上戸さんとも知り合いだから、コネをたどって誰かを探せるとかは出来ると思う」

「じゃあ、そっちで調べてみましょう。横浜の高校生って条件が分かってるんだから、捜しやすいはずです」


 合田は今度は「横浜 高校 柿原」で検索すると、高校の新聞部のインタビュー記事が表示された。


 同高校バスケ部、木島厚(きじまあつし)がバスケットボール県大会ベスト8進出の際のインタビュー記事のようだ。


 記事は二年前。

 そのインタビュアーが柿原綾乃(かきはらあやの)となっている。


 同じ高校のホームページで部活を調べてみると、そこの新聞部の部員の写真が表示された。


 部長が3年柿原綾乃。

 副部長が3年矢上恵太(やがみけいた)


 部員が3年小森裕和(こもりひろかず)、2年友瀬映子(ともせえいこ)。1年由良正次(ゆらまさつぐ)、1年木之本絵梨花(きのもとえりか)、1年飯島弘樹(いいじまひろき)

 

「こいつだよ、こいつ。ナースプレイのやつ。小森ってやつもいる。ちょっと前に見た時イメージがちょっと違うけど」


 写真が悪いのかもしれないが、短髪長身の男、小森は、以前に見た時とほぼ別人だった。


 目には隈があり、以前に見た時は明朗快活と言った雰囲気だったが、この写真だとどこか暗い雰囲気だ。


 体つきもほっそりしている。

 そこまで運動が出来そうにも見えない。


「世界ごとに微妙に違うんだろうけど、それでもこいつは柿原と別人すぎないか?」

「でも、別人ってわけではないです。他に手がかりもないし、一応会いに行っていましょうか。この高校って横浜のどの辺りなんです? みなとみらい?」

「えっと……栄区?」


 合田はブラウザで地図を表示させて検索すると、鎌倉近くの山地部が表示された。


 画像検索すると、延々と山とハイキングコースばかり出て来る。

 件の高校も半分が山に埋まっていた。


 本当に横浜市なのか疑いたくなってくる。


「鎌倉の近くというか、ほぼ鎌倉では?」

「ほぼ鎌倉だけど、横浜市だけあって、電車ですぐには行けるな」

「今日は平日ですし、学校には登校してるでしょう。行ってみましょう」

「なんでもいいけど、合田は学校はいいのか?」

「端島さんも梨本さんもサボリでしょ。しばらくは学校は置いといて、調査優先でいいでしょう」


   ◆ ◆ ◆


 端島たちがJR根岸線、本郷台駅を降りた直後のことだった。


 どこから捜すべきかを駅前広場で話し合っていた時、近くの道路を歩く1人の男の姿が見えた。


 淡い茶色に染めた髪に派手なスーツ。そして手にはアルミ製のアタッシュケース。


 染めた髪の色は違うが、それくらいは単に時期で変わる。

 何度も世話になった探偵の和泉で間違いない。


 和泉は険しい顔で、道路を歩いていた。


「ビンゴだ。やっぱりナースプレイ柿原と、和泉さんはやっぱり何か関係があった」

「たまたまという可能性は?」

「ない……とは言い切れないけど、駅に着いてすぐに会えるのはラッキーとかいう言葉で片付く話じゃないだろ。あのナースプレイ柿原と何か関係があるはずだ」


 端島は合田に視線を向ける。

 もちろん分析スキルの催促だ。


「間違いないです。あれは和泉さんですね。ただ……」

「ただ?」

「後ろから追跡している人がいます。真桑(まくわ)とかいう名前みたいですが」


 端島が周りを見回すと、少し離れた位置、和泉を尾行するように、スーツを着崩した目つきの悪い男が歩いているのが見えた。


「あいつは和泉さんの敵か?」

「それも分かりませんが……何かしらの能力者のようです。召喚系の能力で、そいつは冷気を吐いたり、六本腕で殴りかかったり出来るみたいです」

「なら、俺たちが異世界帰りの能力者として恩を売りつつ、事情を説明するのが良さそうか?」

「ですが、もう一つだけいいですか?」


 合田が深刻そうな顔をして、和泉が歩いていく少し先……公園の東屋を指差した。


「そこに能力者が2人います」

「誰だ? 俺たちの仲間の能力者か? それとも、逢坂の?」

「いえ、どちらとも違います。矢上と友瀬……どちらも、あの写真部の部員紹介に載っていたメンバーです」

「どういうことだ? その2人って別に異世界帰りってわけでも、和泉さんみたいに魔術師ってわけでもないんだろ」

「分かりませんが、どちらも召喚系の能力を持っているみたいです」

「そんな能力者がこの狭い地域にポコポコ生えてくるものか?」


 もう何もわからない。


 2人が和泉の敵なのか、それとも無関係なのかすらわからない。


 ただ、向こうの世界の柿原は、上戸や和泉とは知り合いのようだった。


「新聞部」というのは偽装で、実は能力者の集団が集まっているだけの可能性もあり得る。


「方針を固めよう。和泉さんは味方。真桑ってやつは敵。東屋にいる2人はどちらか分からないけど、あの柿原の味方ならば、和泉さんの味方の可能性はある」

「端島さんの方針で行きましょう。その後に東屋の2人が敵対してくるようならば、そちらも倒すということで」

「梨本さんもそれでいいな?」

「いいよ。とりあえず、和泉さんは味方ってことでいいんだよね」

「OKです。では、人目がなくなったところで、一気に仕掛けましょう」


   ◆ ◆ ◆


 鋭い目……獣のような男、真桑がゆっくりと頭を揺らしながら、和泉に近付いた。


 その声は低く、重たかった。

 互いに知り合い同士のようだが、和やかな再会というわけではなさそうだ。


「よう、久しぶりだな和泉」

「真桑か」

「やはり昨日の夜に動いていたのは貴様か。あの炎上騒ぎは何人がかりだ?」

「何の話なのか分からんが、平和的な話し合いということではなさそうだな」


 和泉は東屋のテーブルの上にアタッシュケースを置いて、その中身を豪快にぶちまけた。


 クリアファイルに入った書類やらモバイルバッテリーやらがテーブルから転がり落ちるが、和泉はそれらには目も止めない。


 短いナイフのような刃物を掴み取って構えた。


「未だにカビの生えた術を使ってるのか? 時代に取り残されてるぞ」

「アンケートに答えたら貰えるような術と違って格式高いんでね。それとも抱き合わせの洗剤がそんなに欲しかったのか?」

「それはもちろん! 地球に優しいエコ派なんでね!」


 真桑が突然に天に向かって獣のような咆哮をあげた。


 それと同時に、景色が黒い霧に包まれ、外の空間と隔離されていく。

 更に、漆黒の空から、白い雪がはらりはらりと降り注ぐ。


 使い魔が暴走状態になった際に、現実の世界から切り離し、隔離された異空間を発生させる結界。


「一般人を巻き込まないための配慮とか、らしくないじゃないか」

「だろう。こちとら紳士なんでね」

「こいつは私が食い止める。だから、君たちはここから何とか逃げろ」


 和泉はナイフの柄を握りしめながら静かに言った。


 顔は真桑の方を向いたままではあるが、言葉は東屋にいる男女2人の高校生に掛けたことは明白だ。


「来い! ノフ=ケー!」


 真桑の叫びに応じるように、空間が凍りついた。


 降りしきる雪が渦を巻き、何もない空中で雪の塊を形作る。


 巨大な雪だるまを割って現れたのは、太い腕を持ち、長い毛に覆われた、飢えた獣の形。


 異形の熊――ノフ=ケーは、爪を激しく打ち鳴らし、大気を震わせる咆哮をあげた。


「そこまでだ!」


 ここがベストタイミングだろうと端島と梨本の2人が武器を構えて和泉の前に立った。


「なんだ、貴様らは?」

「和泉さんの仲間だ」


 端島は迷いなく言い切った。


 和泉の方はというと、突如として現れた謎の人物に面食らったような表情を見せたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。


「見覚えはない……が、現代にあるまじき武装。訳ありなことだけは分かります」 

「仲間……だと!?」

「ああ、なので、故あってお前と、その熊を倒させてもらう」

「面白い、やってみろ!」


 真桑と異形の熊が同時に吼えた。


 異形の熊は、身体を丸めて頭を低く下げ、両腕を交差して頭部を守る体勢で、力強く大地を踏みしめて駆け出した。


 巨躯を生かした突進を止められるわけがないと確信したような体当たり。

 和泉の前に立った2人を倒すのに技も爪も不要。

 そう確信しているような圧倒的な自信が、地響きを立てながら迫る様子から伝わってくる。


 だが、それに動じる端島と梨本ではない。

 

「梨本、時間稼ぎ行けるな」

「もちろん! 端島チャンはあれだね」

「ああ、召喚系には召喚系だ。実戦経験の違いってやつを見せてやるぜ!」


 梨本が両腕を広げて挑発するように身構えた。

 腕の先には手甲に付いた鋭い爪が光る。


 異形の熊は、ようやく2人の実力が、単なる突進で潰せるものではないと気付いたようだ。


 だが、その足は止めない。

 変わりに防御姿勢を崩し、梨本と同じように両腕を広げて、爪による攻撃に切り替えた。


 獣の爪と金属が衝突し、吹雪の中で火花が弾けた。


「梨本さん、そいつは6本腕です。隠している4本の腕があるので気をつけて」

「あいよ!」


 異形の熊の背から、長い毛に隠れていた四本の腕が現れ、死角から梨本の脳天を狙う。


 だが、梨本の勘、そして合田のアドバイスでその策は奇襲として成立していない。

 最低限の動きで回避を行う梨本に掠りもしない。


「おっちゃん、その能力を使いこなしてないね」

「なんだと!?」

「じゃあ選手交代、端島クン!」

「召喚系の使いこなしならば、俺の方が上だ! 来い、ビアーキー!」


 梨本がバックステップで熊の腕の攻撃範囲から消えた。


 入れ替わりに前に出た端島が剣を振り抜くと、旋風の中から昆虫の翅を持った竜……ビアーキーが旋風をまといながら出現した。


「ビアーキー! ドラゴンクロー!」


 端島が再度剣を大きく振り回すと同時に、ビアーキーの鋭い爪が空を断った。


 剣気と爪撃が異形の熊へ左右同時に襲いかかり、背中から生えた四本の腕を根元から斬り飛ばす。

 

「君たちのその力は? ゆっくり話を聞きたいところだが」

「それは後でゆっくり話しましょう」


 端島の陰にいた和泉、そして東屋にいた矢上が素早く飛び出した。


 和泉は靴のかかとで円を描くような動きを取った後に、またもスキップのような動きを取り始める。


「皆! 陣! 列! 在!」


 そして、矢上はというと、和泉がアタッシュケースからぶち撒けられて地面に落下したオイルライターを素早く拾い上げた。


「来い! ジャック・オー・ランタン!」

 

 矢上の叫びと共に、オイルライターから炎が高く立ち上った。


 炎は一度大きく膨れ上がり、紡錘型になったかと思うと、その中心線で2つに綺麗に分割された。


 まるで舞台の幕が開いたかのように、炎はマントとなって大きく広がり、中からカボチャを被ったようなタキシード姿の怪人が姿を現す。


 ジャック・オー・ランタン。


 収穫祭……あの世から戻ってきて祭りに参加した死者を、再度あの世へ送り返すための道標となる炎の灯籠。


 顔に空けられた穴から炎を吐き出した。

 マントの裾も炎のように揺らめき、全身から吹き出した火の粉と共に、周囲の降りしきる雪を溶かしていく。


「こいつも召喚系能力者? どこかでバーゲンセールでもやってんのか?」

「金沢のアウトレットパークの話でいいかな?」

「そんなところで能力売ってんのかよ!」


 端島、矢上、梨本が横に並んで立つ。


「これは全員が味方でOK?」


 梨本が矢上に確認する。

 

「OKでいいです。基本的に能力者はみんな仲間だと思ってます。助け合いでいきましょう」

「そうだな。能力者同士助け合いだ」


 矢上と端島、梨本が軽く手をタッチする。


「……事情を聞くのは後に置いておこう。共同戦線だ。連携してこいつを叩くぞ!」


 端島、梨本、矢上、和泉。

 4人が連携して攻撃を仕掛ける。


 端島の剣を受け止めた異形の熊のわき腹にカボチャ頭の拳が深く突き刺さる。


 傷口は瞬時に焼けて黒く焦がされ、熊が悲鳴を上げる。


 だが、熊もさるもの。

 カボチャ頭へ反撃しようとする。

 今度はそこへ、梨本が反対側から爪で鋭く切り裂く。


「即席チームの割に連携は良い感じ!」

「先輩! そいつは氷の息を吐きます! 気をつけて」


 背後から声が飛んだ。


 友瀬の傍らに巨大な赤い孔雀と、半透明のスクリーンが複数浮かぶ。


「あれは?」

「私と同タイプです! 気にしないで、味方です。それよりも『息』ならば分かりますね、端島さん!」


 今度は合田だ。


 多弁なアドバイスは必要ない。

 端島には合田の言いたいことは理解出来ていた。

 

「ああ、氷だろうが炎だろうが、『息』なんだろう。フーフー吹く風ならば俺の方の仲間だ! 風をまとえ、ビアーキー!」


 端島の物体に風をまとわせる第2スキルが発動。ビアーキーの周りに光球が出現する。


「みんな凍っちまえ!」

「ドラゴンウイング!」


 異形の熊が口から冷気を吐き出すのと同時に、ビアーキーが昆虫のように透き通る羽を高速で振動させた。


 翅から放たれた風は業風となって、異形の熊が吐き出した氷の息を押し返し……それだけではなく、熊の巨体を大きく揺らした。


「今だ! ジャッコ! そのまま押し込め」


 矢上の指示でバランスを崩した異形の熊の上顎にカボチャ頭の鋭い蹴りが突き刺さる。


 カボチャ頭は落下を待たず、滞空中に続けて熊の側頭部めがけて回し蹴りに放ち、巨体を大きく弾き飛ばした。


 熊が飛ばされた先にいたのは、命令を出していた真桑だ。


 熊の巨体にのしかかられ、真桑は地面に転倒する。


「バカな……せっかく貰ったばかりの俺の新しい術式だぞ……」

「お前が昔に使っていた術の方が応用力は高かったぞ。契約書を読まなかったのがお前のミスだ」


 動きを止めた熊に近寄った和泉がナイフを突き立てた。


玉衡(ぎょっこう)! 開陽(かいよう)! 揺光(ようこう)! ……(ひょう)!」

 

 指を複雑に動かし、最後に印を組むと、獣の体に一本の光の筋が走った。

 獣の体はその光によって大きく抉り取られ……塵のようになって宙に溶けていく。


「全員、詳しい事情を聞くのは後だ。今はこの結界を破る」

「端島さん、剣とビアーキーをしまって! 梨本さんもその爪隠して」

「先輩は使い魔の解除を」

「そうだった」


 合田と友瀬から声を掛けられ、端島、梨本、矢上が武装を解除する。


 それと同時に和泉の術が完成したようだ。


「玉女待傍、追吾者死、捕吾者亡牽牛織女、化成江河、急急如律令!」


 最後に和泉が短剣を握った拳を左手に打ち合わせて「パン」と音を鳴らすと突然に空が晴れた。


 先程まで降っていた雪も、周囲を覆っていた結界もなくなり、元の町の喧騒が戻ってきた。

 

 真桑は口から泡を吹きだして倒れており、和泉はその横に膝を立てて座って様子を見ていた。


「何をやったんですか?」

「こいつが使った術を全部そのまま返してやった。こいつがそれなりの術師だから通じる技だ。当分は起き上がるのは無理だよ」


 和泉はそれだけ言うとスマホを取り出して電話を架け始める。


「仲間を呼んで、こいつを回収してもらう。それと、君たちにはまだ聞きたいことが――」

「――それです! 和泉さん、俺たちの話を聞いてもらえませんか?」


 端島、合田、梨本が一斉に和泉に詰め寄った。


「え? いや、君たちは何者だ? それに、何故私の名前を?」

 

 驚く和泉に端島は一度咳払いをした後に言った。


「俺たちは異世界から帰ってきた能力者です。そっちの世界の和泉さんにはお世話になりました」

「異世界? 君たちは何を言っているんだ?」

「詳しい事情はちゃんと話します。だから、今は聞いてください。この世界は……狙われている」


(つづく)

つづきはそのうち書きます

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