閑話 6 「事件とかそんなことよりカレー食おうぜ」
ホテルに戻るとカレーの準備は整っていた。
調理場からはカレーのスパイスが醸し出す香りが流れてきている。
具材は特に何の変哲もないカレー。
だが、それにシチュエーションという最高のトッピングが乗ると、どんなシェフも顔負けの最高の料理になる。
「外にテーブルを広げてみんなで食べようと思ってましたけど、外は止めた方がいいですよ」
小森くんが体のあちこちを掻きながらホテル内に入ってきた。
「何か問題でも?」
「森が近いからか、ヤブ蚊がすごいです。飯を炊いている間、火の番をしていたんですけど、蚊取り線香も全然効かなくて」
「見つけたやつは全部潰してるんだけどキリがなくて」
こちらはエリちゃん。
全く蚊に刺されていないのはさすがだ。
おそらく近付いてきた蚊を卓越した五感で察知して次々に潰しているのだろうが、さすが何十という蚊を撃退したからなのか、かなり疲れたように見える。
体力的にというよりも精神的にだ。
「虫除けが全然効かないのはまいりましたよ」
柿原さんもあちこち掻きながら、腕などにかゆみ止めの薬を塗っている。
待て、米炊きチームはその3人の組み合わせだったのか?
地獄か? 何の修羅場だよ。
そんな目で見ていると、優紀が恨めしそうな顔で近寄ってきた。
「私が米炊きチームの大人の保護者枠だったわけだが、どんな顔で3人が飯盒で米を炊く様子を見守っていたと思う」
「気持ちは分かる。よくやってくれた」
「佑が言ってた海辺やジャングルの遺跡の空気ってこういうことだったのかと身を持って知った」
その時の空気感を分かっていただけたのはありがたい。
1人メンツは違うが、だいたいそんな感じだ。
「蚊がやたら多い原因はホテル裏手にある貯水池だな」
「そんなのがあるんですか?」
「小さい島だから生活用水は雨水を貯めておいて、それを浄化して使ってるんだよ。だからトイレの排水やシャワーなんかの水はあるけど、飲料水は別途持参することと利用マニュアルにも書いてある」
「俺達、飲料水なんて持ってきてましたっけ?」
「そこにドロシーちゃんがいるだろう。綺麗な水は使い放題だ」
俺が名前を出すとドロシーが自慢げな顔で前に出てきたのでとりあえず褒めておく。
「ただ、雨水を貯めておくような池は水の流れがなく、淀みやすいからどうしても蚊の産卵場所になって大増殖に繋がる。これは仕方ない」
「なんとか出来ないんですか?」
「森の中も飛び回っていてキリがないからな。俺達に出来るのは蚊取り線香をガンガン炊いて虫除けを塗ることくらいだ」
「蚊取り線香じゃ足りないですよ」
「だからその数を増やす」
カーターがボックスから取り出したのは蚊取り線香の山。
昔ながらのうずまき型線香タイプから電気でリキッドを揮発するタイプまで多数揃っている。
「小森はまだ経験がないだろうけど、夜釣りに行くならこういうのは必須だぞ。屋内用と違って屋外用の蚊取り線香は値段の分だけ効果も高い」
「覚えておきます」
カーターが小森くんに蚊取り線香を何種類か渡した。
それらを使って庭で食事出来る準備を整えようということだろう。
「暗いのはどうします?」
「そういう時はキャンプ用のランタンだ。これは灯油で燃えるタイプだからすごく明るい。LEDタイプもある」
今度は灯油ランタンを矢上君に渡した。
「こいつはお前向きだろ、ランタン」
「……そうですね。僕向きです」
こういう状況だとカーター無双だ。
カーターが趣味で購入していたが、今までろくに使われていなかったアウトドアグッズが次々実戦投入されて、本来の性能を発揮して大活躍だ。つよい。
「あとはうちの鳥達も参戦させる」
使い魔を次々に喚び出しては命令を何も与えずに放置する。
すると、鳥達は勝手にあちこち飛び回り、虫を啄むために飛び回り始める。
「では予定通り設営準備を始めようか。今日はキャンプ風に庭の外でカレーライスだ」
全員が一斉に手を挙げた。
それぞれ役割分担をしてホテル内から長いテーブルや折りたたみ椅子、紙皿に紙コップなどを次々に運び出していく。
「カレーはワシが運ぼう」
「父さん、僕も」
「僕も手伝います」
但馬さんの長男とレルム君も調理室で作られたカレーの大鍋を庭に運ぶ。
実質大鍋を運んでいるのは但馬さん1人なのだが、子供達も手伝っているつもりなのが可愛い。
その様子を友瀬さんがカメラを構えてどんどん写真を撮っていく。
「先輩も撮影お願いします。私のフィルムカメラだと暗い場所はちょっと苦手なので」
「分かったよ。テーブル設営が終わったら手伝う」
矢上君も割り当てられた仕事を手際良く終えると、首から下げたカメラで撮影を始めた。
横浜の事件解決の報酬で買ったというデジタルカメラだ。
中古だがそれなりの値段の高性能機。
暗所撮影にも強いので、カメラの性能を技術で補う友瀬さんとの棲み分けには丁度良いだろう。
テーブルや灯り、蚊取り線香などの設営が終わったところで、みんなで手分けして配膳していく。
ご飯とカレーの量は個人の好みで好きに盛っていいことにした。
飲み物もお茶、オレンジジュース、コーラにビールと多数選択肢を用意してある。
カーター、麻沼さん、但馬さんとその奥さんが躊躇いなくビールを注ぎ始めた。
「佑もビールか?」
「身体は未成年」
「よろしい。ではコーラを注いでやろう」
優紀が紙コップにコーラを注いでくれた。
お返しに優紀のコップにはビールを注ぐ。
全員に飲み物が行き渡ったところで主催者としてカーターが前に出た。
「皆さん、本日はお疲れ様でした。高校生組は友瀬さん以外は今年受験で心身を削り、社会人組も有給をなかなか取れない仕事だらけの日々ですが、よく都合を付けて、こんな陰謀だらけのキャンプに集まってくれました。暇人しかいないのかよ」
「そうだー!」
「八頭さんには全部説明させるべきー!」
次々と八頭さんへのヤジが飛び交う。
「でも、そんなつまらない企みを踏み潰して、こうやって平和な日々を取り返したのがオレ達。今回のことも食後にささっと解決する予定だ。だから、明日はたっぷり楽しもうぜ!」
「そういえば島の調査ってどうなったんですか?」
「無粋なことを聞くなよ。謎解きはディナーの後だって偉い人も言ってるだろ」
これには流石に俺が割り込ませてもらった。
辛気くさい話は食後で良いだろう。
メシが不味くなる。
「ということだ。なので、今は細かいことなんて忘れてカレーパーティーと行こう。それではお飲み物をお持ちください!」
全員で紙コップを高く掲げる。
「かんぱーい!」
◆ ◆ ◆
「だからその食べ方はおかしいって前にも言ったでしょ! なんで食べる前にカレーとご飯を混ぜるの?」
「恵理子こそなんでご飯を先に完食するんだよ!」
またいつもの2人、小森くんとエリちゃんがカレーを前に以前と全く同じやり取りをしている。
まるで成長がない。
ただ、今回だけは少し事情が違う。
「待って、小森は普通の食べ方してない?」
柿原さんが小森くんと同じくカレーとごはんをグチャグチャに混ぜた、見た目は決して綺麗とは言えない状態の皿を見せた。
「ほら見ろ。これは横浜では普通の食べ方なんだよ!」
「横浜全域じゃないと思うけど僕の家でもこの食べ方かな」
かく言う矢上君も同じく全部混ぜる派のようだ。
ただ、この3人は幼馴染同士なので、誰かの家で出されたカレーの影響を受けている可能性が高い。
念のために同じ町に住んでいる友瀬さんを見るとカレーとご飯を適量混ぜて食するという俺と同じスタイル。
横浜全域でのカレーの食べ方というのは明らかに嘘だ。
「ほら、おかしくないでしょ。ラビさん……結依もそう思いますよね」
《きたならしいからあんまり好きじゃない》
「きたならしいからあんまり好きじゃないらしい」
即通訳。
「そんな……結依……」
……いや、なぜそこまで過剰な反応をする。
カレーの食べ方くらいなんでもいいじゃないか。
何をどうやって食べても良いのがカレーだ。
優紀のように先にご飯は少しだけ。カレー部分だけを食べきって鍋にルーのおかわりをしにいってもいい。
麻沼さんのように器用に芋ばかり集めてもいい……それどうやってやってんの?
レルム君のように隣に座っているドロシーちゃんの皿に次々と人参を投げ込むのも――
「――それは良くない。人参も食べよう」
さすがにそれはよろしくないので教育的指導に向かう。
「師匠、これには理由が。元はドロシーちゃんが僕の皿に人参を投げ込んだから、それを返しているだけで」
なるほど、そういう理由があるならば仕方ない。
流石にこの所業を聞いた保護者のエリちゃんも飛んできた。
「ドロシーちゃん、人参は嫌い?」
「嫌い」
「どうする、これ?」
「無理に食べさせると余計に嫌いになるって話があるし、自主的に食べて貰いたいところだな」
2人で少し相談して方針を決める。
エリちゃんに代わって俺が諭すことにする。
怒ったりなだめたりで無理に食べさせるのではなく、自主的に食べてもらう作戦だ。
「今度からは人参が入らないように鍋からよそおう。自分で好きなだけ取っていいんだから自分の食べたいものだけを取ればいい」
「いいの?」
「ダメだから、次からは気をつけること。なので今日のところはこの人参は俺がもらう」
ドロシーちゃんの皿に盛られた人参をスプーンで1つすくって口の中に入れる。
「カレーにはやっぱり人参だよ。カレーのスパイスで煮込んでもこれだけ負けじと存在感を出すとても強い野菜なんだ。しかも風味の向こうに甘みもある。だけど、これは大人の味だからまだ子供のドロシーちゃんには難しいかな?」
「そんなことない……そんなことないもん!」
「レルム君は大人だから大丈夫だよね」
同じようにスプーンで人参をすくってレルム君の口に持っていくと、パクリと食いついた。
もう一個皿からすくいあげるとまたもパクリ。
「師匠、もっと人参をください」
「はいはい、まだまだ欲しいよね。でもドロシーちゃんにはあげません!」
次の人参を回収しに行こうとしたところ、ドロシーちゃんがスッと皿を引いた。
「全部うちのだから! レルムも人からもらわない!」
「仕方ないな。レルム君も我慢ね」
「ドロシーちゃんが食べるって言うんだからね」
「食べるよ。人参食べるよ」
ドロシーちゃんはそのまま残っていたガツガツと人参を残らず食べ尽くした。
少し涙目だったが、エリちゃんがハンカチを取り出して拭った。
「ドロシーちゃんもしっかり大人だね」
「すごいやろ」
俺が鞭。エリちゃんが飴。
これで一応解決だ。
それを視ていた但馬さんのところのお子さんも同年代のドロシーちゃんに対抗意識を燃やしたのか、カレーに入っていた人参をパクパクと食べ始めた。
「うちの子も人参は苦手なんだが」
「みんなでこんなキャンプみたいな雰囲気の中で食べると雰囲気で食べるものなんですよ。俺も小学校の頃にこんなノリでそれまで嫌いだったピーマンを克服しました」
「なるほど」
「ただ、今回だけで終わらないよう美味しい料理を食べさせてあげてください。一度でも美味しいと思えば、それ以降は好き嫌いも変わりますよ」
独身かつ素人のアドバイスとしてはこれくらいだ。
「そこのおねショタ性癖破壊マン、小学生の相手の次はこっちだ」
「久々に聞いたなそのフレーズ」
カーターから呼ばれたのでビール瓶を一本掴んで席を移動すると、無言で紙コップを差し出してきたのでビールを注ぐ。
泡とビールのバランスが難しい。
「カーターも一日お疲れ様だ。たまにはゆっくりしてくれ」
「ああ、海水浴とか疲れるのは若い連中に任せて、オレは島の裏でゆっくり釣りでも楽しむわ」
本当に一日お疲れ様だった。
たまの休みだ。ゆっくり休んで欲しい。
「やっぱりこうやってみんなでバカやってるのが一番楽しいな。こういう時間が永遠に続けばいいのに」
「だけど、それも終わるんだ。高校生組だって、受験が終われば今までと全く違う人生を歩むことになる。俺も政府が本格的な異世界対策を始めたら色々と忙しくなるだろう。そしてお前は――」
「――そんなことは分かってる。だから、今の間にやるべきことは全部やっておきたい」
「そうか」
ここには異世界から7人全員がいる。
横浜の事件で知り合った高校生達もいる(1名除く)
このみんなが、このタイミングで再会して同じ場所にいること自体が奇跡みたいなものだろう。
だから……今だけは精一杯楽しみたい。
「じゃあ乾杯だ。この奇跡の時間に」
「コーラで悪いが、炭酸なんだから親戚みたいなものだろう。乾杯」
◆ ◆ ◆
「さて、過去の事件の解決、そして再発防止のための推理披露会を始めようじゃないか」
集まったのは小森くん、エリちゃん、矢上君、柿原さん、友瀬さん。
それに優紀、カーター、麻沼さん。
「まずはこれを見て欲しい」
取り出したのは地下倉庫の真上……例の神社のすぐ近くにあった隠し通路から向かえる隠し部屋にあった石像だ。
アンモナイトやオウム貝のような巻き貝の形をした像に触手らしいものが彫り込まれている。
異世界からの帰還組ならばわかるはずだ。
あちらの世界で形状こそ違えど、ほぼ同じタイプの石像を見て、知っている。
1つ目はタウンティンの海岸近くの遺跡の祭壇……既に破壊された状態だったが、巨人の像が祀られ、儀式に使用された痕跡があった。
ゾス三神と呼ばれる邪神兄弟次男の石像。
2つ目はサンディエゴ。
伊原さんが管理する倉庫の中に保管されていたイカもどきのゾス=オムモグの像。
ゾス三神と呼ばれる邪神兄弟三男の石像。
それと明らかに同じタイプではあるが、形状は先に挙げた2つと全く異なる。
そうなれば消去法でこれが何の像なのかがわかる。
「この石像はゾス三神の長男……ガタノソアを象ったもの」
異世界からの帰還組が瞬時に身構えた。
麻沼さんも渋い顔をしている。
「横浜の事件の調査中に折戸教授の著書を読んだんだが、そこにはゾス神の像が日本で発見されたと記述されていた。だから、この世界にもゾス三神の像が存在することは知っていた」
「この世界にも邪神が存在する……そういうことですか?」
さすが小森くんだ。
こちらが説明したいことを先に悟って言ってくれた。
「横浜の海底に謎の宇宙人が残した宇宙船が沈んでいたことを考えると、邪神も存在していてもおかしくはない。もちろん、次元の歪を通して異世界から石像だけが流れ込んできただけで邪神なんていないという可能性も考えられる」
「どちらもありうる……と」
「前と同じような感じならなんとかなるよね。この世界には自衛隊もいるわけだし」
エリちゃんの言うことももっともだ。
異世界……タウンティンの武装は戦国時代に少し毛が生えた程度だが、それでもそれなりには戦えていた。
日本には自衛隊も在日米軍もいる。
近代兵器の火力があれば、なんとか押し切れるかもしれない。
「でも、こんなものがなんでそんな地下の部屋に?」
「簡単に説明するとだ……村上水軍の隠し財宝があったんだよ」
なるべくわかり易く説明したつもりだが、全員が首を傾げた。
「村上水軍というのは、瀬戸内海を根城にしていた海賊だ。交易の邪魔になるからと戦国時代の終わりに豊臣秀吉に解散させられたが、その遺構は瀬戸内の島々のあちこちに残っている」
「ようするに海賊の宝ってこと? カリブ海でもないの、まさか金銀財宝があるんですか?」
露骨に金目のものに釣られたのは柿原さんだ。
性格が分かりやすい。
「金銀はなくて美術品、工芸品しかないけどね。ただ、歴史的な価値を考えると、相当な金額になることは間違いない」
カーターと麻沼さんの3人で隠し部屋を見つけた時は流石に驚いた。
何しろ、木や石の仏像や壷、掛け軸などが山ほど詰め込まれていたのだから。
金や銀、宝石や銅像の類が一切なかったのは当時の海賊たちの事情が少し分かって面白い。
すぐに換金できるものは別の倉庫行きか、即売り払われるなどして、この島の倉庫には運ばれなかった。
結果、価値の判別や換金が難しい美術品ばかりが残ったと。
掛け軸は保存状態が悪すぎるので値がつかないかもしれないが、仏像の中にはもしかしたら国宝級の逸品が紛れ込んでいるかもしれない。
もちろんその中に紛れ込んでいなくてもいい邪悪な石像もあった。
村上水軍の時代から現代まで魔力を放ち続けていたガタノソアの像だ。
海賊達はこの石像が何かも理解せず、ただの戦利品として、この島の隠し倉庫に他の戦利品と一緒に保管していたのだろう。
そして運悪く……運良くか?
日本軍はその財宝が収められた隠し部屋を探し出せなかった。
「麻沼さんが魔術の探知で調べて分かったんだが、こいつはゾス=オムモグの像と同じく、近くにいる人間に対して何らかのメッセージを電波のような魔力波で送信している」
「電波を受けると洗脳されるとか?」
「もっと酷いかもしれない。毒電波で送られてくるメッセージは常人には理解出来ない内容らしいので、長時間受け続けると、精神に異常をきたして奇行に至るかもしれないということだ」
「だ、大丈夫なの、そんな像がここにあって」
柿原さんが心配そうに言った。
優紀や矢上君や友瀬さんたちも同様だ。
小森くん、エリちゃんは自分達には抵抗力があることを知っているが、他のみんなが影響を受けるかもしれないことを心配しているのか表情が優れない。
「電波については大丈夫。バルザイの偃月刀で刻まれた術式を破壊しておいたからもう機能していない。こいつはもうただの石像」
そう説明するとみんなの顔が明るくなった。
当然の話だが、何の対処もせずにそんな危険物をここに持ってくるわけない。
「サンディエゴの時と同じですね」
「小森はこいつの対処方法を知ってるの?」
「まあね。そうですよねラビさん、カーターさん」
「変な魔力も残ってないし大丈夫じゃねぇかな」
カーターが若干含みのある言い方。
自信がないのは分かるが、もう少し考えて発言して欲しい。
「私からも保証します。ただ、不明な効果が隠されているかもしれませんので、封印を施した後に探偵事務所の地下倉庫で厳重に保管します」
麻沼さんがそれだけ言うと、白い布で石像をぐるぐる巻きにし始めた。
もちろんただの布ではなく、何らかの魔術の遮断効果があるものだろう。
「説明した石像の効果で、富豪一家に起こった事故……もとい事件についてもだいたい想像がついたと思う」
「この石像からの電波に富豪一家の精神が操られた……」
「ここからは推理とも言えない。ただの状況証拠と妄想を繋げたストーリーだ。それでも聞くかい?」
誰も異論を挟まなかった。話を続ける。
富豪一族はごくごく普通の一般人。
邪神像が放つ電波に対しては何の抵抗力もなく、ノーガードでもろに受けた結果、精神に悪影響を受けた。
在りもしない幻覚を見るレベルで。
存在しない幻影の魔物の襲撃に怯え、「敵」から逃れるために屋敷中の全ての窓やドアを締め切り、暖炉のある部屋に引きこもった。
息苦しくとも恐怖からその部屋から出ることは出来なかった。
そして全員が一酸化炭素中毒で亡くなった。
これから企業の研修などで島を訪れた宿泊客が同様の症状を引き起こして幽霊騒ぎを起こすのは時間の問題だろう。
そうなれば呪われた島として悪評が広まる。
誰も得しない。
「富豪一家は、この島に村上水軍の財宝と日本軍の秘密基地があることを知っていた。それらを隠すために、島を買い取って別荘を建てた」
「どうやって知ったんでしょう?」
「富豪が日本軍関係者だったのかもしれないし、もともと島の持ち主だったが、戦時中、軍に島を接収されたのかもしれない。だけど、時間が経ちすぎて、もうこの島には何も残っていない。真相は闇の中だ」
屋敷から海蝕洞へ通路が通じていたのも、そのためだろう。
秘密を隠すために屋敷を建てたが、財宝を他人に渡す気はなかった。
日本軍基地と財産を監視し、独占するための通路と屋敷。
「富豪が買い取った」という話も、別の角度から見れば怪しく思えてくる。
村上水軍の財宝の一部を、戦後の混乱期に売り払えば、それだけで莫大な資金が手に入るのだから「富豪になった」が正しい気がする。
「依頼者は財宝のことを知っていると思います?」
「多分知らない。だから政府や警察と繋がりのある探偵事務所に依頼を出した。知っていたらも国に財産を没収されかねないんだから頼む意味がない」
故に依頼者は、あくまで家族の名誉を守ること目的。
善意だけで依頼してきたのだろう。
「富豪が年末に一族全員を集めたのもそういう理由があったのかもしれない。高齢の当主がこの家は村上水軍の財宝を隠し持っていると告げて、子供や孫に相続する……その分け前を決めるための家族会議」
「日本軍の研究の方は?」
「残念ながらそちらは追跡不能。証拠隠滅のために派手に爆破されていて設備もあらかた持ち去られていたからここで何をやっていたのか調べる術がない」
謎を解く鍵は亡くなった一族があの世に持っていってしまった。
手がかりはもうない。
胸糞悪い事件ではあるが、産まれる前に起こった事件の阻止など出来るわけもない。
ゴールから逆算する推理の限界はここだ。
途中の過程をすっ飛ばすので、登場人物たちが何を思って行動したのか。
推理の基本である5W1Hの全てを飛ばすので何も分からない。
残るのは結果だけだ。
だから、この話はこれで終わり。
「麻沼さん、事件についてどこまで話すつもりですか?」
「邪神の像については報告します。地下の秘密の部屋で発見したことも」
矢上の問いに、麻沼さんは臆することなく答えた。
「ですが、他の壺や仏像については、私は美術商じゃないですし、魔力のない工芸品の価値なんて分かりません。なんか変なのがいっぱいありましたとだけ伝えます」
自分のキャラを理解した上での完璧な答えだ。
麻沼さんが「価値があるのか分かりませんでした!」と堂々と宣言すれば、八頭さんも頭を抱えるのが精一杯。
それ以上は追及できない。
もし財宝や日本軍の謎も含めて調査をしてほしいということならば正式に依頼すべきだっただろうし、明らかに八頭さんに非がある。
俺達は言われた通り、安く無人島リゾートを楽しむだけだ。
「もちろん、俺達も美術品を売りさばくルートなんて知らない。カーターは?」
「知らないと言えば嘘になるが、そこまで親しい美術商はいない。紹介しても二束三文で買い叩かれて終わりだ。うちの本家の屋敷にあった品もそうだった」
では、結論だ。
「この島には正式な所有者がいる。落とし物はすべて所有者に返す。それでいいな」
誰も反対しなかった。
こういうときに欲を出せないのが、俺たちの良いところであり、悪いところでもある。
「条件を付けるとしたら――あれですね。八千円」
矢上君が右手で五、左手で三を作った。
「宝を見つけたんだから、このサマーキャンプの参加費八千円をチャラにしてほしい、ってことか」
「ちょっと図々しかったですかね?」
「いや、ちょうどいい。欲張りすぎず、タダ働きでもない。依頼者の望みだった事件の再発防止も達成できる。変な魔力反応も潰した。これで事件解決だ」
金銭感覚がおかしくなっているので分かりにくいが、八千円は大金だ。
新作ゲームも買えるし、ホテルでそこそこ豪勢なディナーだって食べられる。
報酬としてはなかなか良いかもしれない。
「ということは……」
「そう、事件の調査は今日で終わり。明日からはこの無人島で気兼ねなく遊び放題ってことだ!」
全員が飛び上がって喜びを表した。
もう俺達を縛るものはない。
俺達の全員で楽しむ最後の夏休みのスタートだ。




