閑話 3 「さあ出港だ」
集合場所である岡山県の笠岡駅で下車すると、早くも企画主催者側であるカーターと麻沼さんの2人が駅前で待っていた。
チャーターした船への荷物の運び込みなどの準備は全て完了しているようで、慌ただしく何かをすることもない。
余裕の表情で駅前に置かれているカブトガニの石像を触りながら談笑をしていた。
「2人もお疲れ。主催者側といえ早いな」
「ラビ助と春日さんが一番乗りか……ってなんかすごい格好をしてるな。何のコスプレだよ」
今の俺はノースリーブの白いシャツにショートパンツ。
偶然異世界で手に入れたものだが、気に入って使い続けているワークキャップを補修、加工したものと小さいカバンという夏用スッキリスタイルだ。
ただ現地で色々捜索することを考えて、怪我しないようオーバーニーソックスと手袋で肌の露出はガードしている。
「コスプレではない。これはオシャレだ」
「嘘だ。なんかのマンガかゲームで見たぞ」
「今どきのゲームは色々なキャラが出るから把握しきれん。単なる偶然だろ」
「泊まり旅なのに、小さい肩下げカバンが1つだけなのもどういうことだよ。スーツケースは持ってないのか?」
「旅なんて明日のパンツがあればいいんだよ。いや、着替えやタオルも詰め込んでるんだけど、たかだか2泊3日だろ」
久々に会ったというのに、何故開幕早々に他人のスタイルにケチを付けるのか。
「こいつ、全然人のアドバイスを聞かなくて」
「お前の荷物が大きいんだよ」
優紀のスーツケースは相変わらず大きい。
一体中に何が入っているのかは不明だ。
「夏物は丸めればいくらでもコンパクトに出来る」
「貧乏男子大学生スタイルのどこがオシャレ女子なんだよ」
「出張に慣れてる私も小型のスーツケースにどう詰め込もうか苦労したというのに」
麻沼さんは小型のスーツケース。
例のバイクの荷台に積み込んでいたのと同じものだ。
ただ、麻沼さんは術で使う道具を詰め込んでいるだろうから、ある程度大きいカバンが必要なのは分かる。
カーターは輸入物の巨大な革張りの高いスーツケース。
ほぼ汚れがなくピカピカなので、使ったのは一回か二回。相変わらず形から入ったようだ。
「グローブトロッターかこれ? たかだかスーツケースにいくら掛けてるんだよ」
「質はいいぞ」
「質がいいし、見た目がカッコいいのは知ってる。でもスーツケースにそこまでの金額は出せない」
「高そうだと思ったけど、高いんですか?」
どうやら麻沼さんも知らなかったようだ。
こいつの浪費癖を説明するには良い機会かもしれない。
「英国王室御用達ブランドで、かつ良いモデルなので、多分これで50万くらいしますよ」
「スーツケースに50万!?」
「そこまでじゃない。円相場が今と違う時期に買ったやつだから、せいぜい日本円換算で30万くらいだ」
「語るに落ちたな。それユーロ円相場をちゃんと計算してないだろう」
実家が太いやつの感覚はコワイ。
何故旅行にはほとんど行かない出不精なやつが30万のスーツケースをポンと買うのか?
「初日は俺達大人組で島の調査をやるってことでいいんだよな。高校生組や子供達は遊ばせておくってことで」
「すみません、上戸さん。上司がまた何かやらかしたようで」
麻沼さんが突然頭を下げた。
ただ、俺の方は全く気にしていない。
もちろん、今度、政府の異世界絡みのフォーラムで八頭さんには会う予定なので、その時にチクリと一言刺す予定ではあるが。
「その代わり、無人島で宿泊体験なんて楽しそうな体験が出来るんですからいいですよ。なんだかんだで調査も探検感覚で面白そうだし」
「だな。無人島でバーベキューとか楽しいに決まってるだろ。もう食材は買って船に積み込んでる。花火とか釣りセットとか3日遊ぶためのものはたっぷり用意してあるから楽しみにしておけ」
それは楽しみだ。
地味な仕事を全部自主的にやってくれているのは助かる。
そんな話をしていると第二陣が到着したようだ。
大柄な男性とその奥さん。そして小学生が4人。
但馬厚生さんことタルタロスさん一家。
奥さんと小学校3年と1年だったか。
そしてレルム君こと大町竜士、ドロシーちゃんこと塩原春子。
みんなに会うのは久しぶりだ。
「師匠ーっ!」
レルム君が勢い良く走ってきたので背の高さに合わせてしゃがんで抱きとめる。
「久々だねレルム君。ちょっと背が伸びた?」
「もう4年なので」
本当にこのくらいの子供が成長するのは早い。
「元気にやってた? 家族や学校の友達とは仲良くやってる?」
「もちろんです。毎日楽しいです」
オリジナルではないレルム君とドロシーちゃんがうまくやれているかは本人の自己申告しかなかった。
強がっているだけではないかと不安に思っていたが、この偽りのない笑顔を見ると、嘘はなくうまくやれているようだ。
「ラビちゃん久しぶり……」
ドロシーちゃんの方はというと、微妙に距離を保ったまま近付いてこようとしない。
仕方ないのでレルム君を右に寄せて、左手を大きく開いた。
「おいで」
呼び掛けると間髪開けずに俺の胸に飛び込んできた。
そのまま顔をうずめたまま何も言葉を話さない。
久々に会って嬉しかったが、甘えるのは恥ずかしかったのか。
かわいいやつめ。
優しく背中をさすってやると2人とも満足したのか大人しくなった。
「佑、この2人を連れて帰ろう。私達の子供にしよう」
優紀が無茶苦茶なことを言い始めた。
「他所の家の子供をナチュラルに誘拐しようとするな」
俺はこの子達が成人するまで見守るつもりではあるが、あくまでも他所の家庭の子供だ。
そこを履き違えてはいけない。
「タルタロスさん……但馬さんもお久しぶりです」
「上戸さんや片倉さんも元気そうで何より。仕事が忙しくて会えんかったが、横浜の方では大変だったみたいで」
「但馬さんも仕事が大変そうで。この旅行くらいはゆっくりしてください」
「子供達の幸せのためなら仕事くらいなんともないさ」
ここで声のトーンを落として但馬さんに話しかける。
「ところでご家族の皆さんに異世界のことは?」
「全部話した。ワシが本物ではない、記憶も一部しかないことも含めて。それでも受け止めてくれた」
奥さんの方を見るとペコリと会釈してくれた。
優しそうで……強い女性だ。
但馬さんは受け止めてくれたの一言で流したが、異世界で起こったことや、今の状況など、受け入れがたい話はたくさんあっただろう。
さすがに何のいさかいもなく、すんなりと今の状況になったとは思わない。
俺の知らないところで、様々な感情が行き交い、乗り越えないといけない、取り払わないといけない障害が多々あったのだろう。
だけど、そこを乗り越えて今ではこうして家族旅行をする幸せな家庭を築けている。
そこは但馬さんを尊敬せざるをえない。
「うちの子供たち、武と満もレルムやドロシーと仲良くなれたみたいで良かった。これも上戸さん達のおかげだ」
「俺は何もしてませんよ。但馬さんが自分で勝ち取ったんです。もっと誇りに思ってください。こんな素晴らしい家族がいる。これからも大事にしていくって」
「それはもちろん。仕事であまり家族サービスが出来ていないが、今日はみんなで楽しくやりたいところだ」
「はい、よろしくお願いします。今回の旅行はみんなで盛り上げて、楽しんでいきましょう」
◆ ◆ ◆
高校生組が到着するまで時間があるようなので、子どもたちには小遣いを渡して、近くのショッピングモールでお菓子を買いに行かせた。
但馬さん夫妻がお守りについているので、迷子になったりはしないだろう。
「あいつら、今はどのあたりだ?」
「横浜から福山まではさすがに時間がかかるのは分かるけど、もう到着してもいい頃だと思うけどな」
LINEで小森くんにメッセージを送ってみると、すぐに返ってきた。
「今は岡山駅で電車を待っています!?」
「おい、なんで岡山で新幹線を降りてるんだよ! 集合時間にはまだギリ間に合いそうだが」
カーターの言うとおりだ。
東から笠岡へ行くには、一度新幹線で笠岡を通り越し、広島県の福山駅まで行ってから各駅停車で戻るのが最速だ。
新幹線料金を節約するなら、手前の新倉敷で降りた方がいい。
岡山駅は少し距離があるので、到着時間には一時間ほどの差が出るはずだ。
「乗り換えアプリがあるから、ルートを間違えるわけがないんだが」
「もしかして、赤土の地元に近い岡山で、わざわざ合流したのか?」
「それはありうるな。せっかくだから全員一緒に行くという考えは分かる……というか、写真が送られてきた」
小森くんから送られてきた写真は、岡山駅前の桃太郎像の前で高校生組が記念撮影しているものだった。
なぜ全員がわざわざ岡山駅で下車したのか、ようやく理解できた。
この記念写真を撮るためだ。
「あの日……出雲で決着をつけた後に、俺たち3人が別れたのは、この岡山駅の桃太郎像の前なんだよ」
「そういうことか。お前たちが中途半端に終えた旅を、またそこから再開したいってことか」
「それなら俺も呼んでくれたら、すぐに飛んでいったのに」
愚痴ると、カーターが俺の肩に手をそっと置いた。
「もう親離れの時期ってことじゃないか?」
「それもそうだな。俺の保護者としての役目は、もう終わりってことか」
子どもたちの成長は嬉しさもあり、寂しさもある。
だけど、受け入れていこう。
みんな、もう高校三年生。
これから大人になって、独り立ちしていくのだから……。
そう思っていると、今度は柿原さんから別の写真が送られてきた。
小森くんから送られてきた写真と同じ桃太郎像前の記念写真なのだが、こちらには画像加工アプリで右上に丸く切り抜かれた俺の顔写真が、無理やり貼り付けられていた。
隣には、やはり今回の旅を欠席した木島君の写真が並べられている。
メッセージは「全員入れました」だ。
無茶しやがって。
「欠席扱いかよ」
「仲間はずれってことじゃないんだろうけど……」
なんとも言い難い微妙な感情。
だけど、悪くない。
悪くはないのだが……。
「お前もまだ仲間扱いされてるってことでいいんじゃないか? 卒業式には、もうちょっと余裕があるってことで」
「ありがたいんだけど、この雑コラ感はもう少しどうにかならなかったのか?」
◆ ◆ ◆
高校生組が到着したので、港に移動することにする。
横浜滞在中も高校生組の制服姿しか見ていなかったので、私服姿は新鮮に見える。
全員の服装がオシャレなのは、さすが本物の現役高校生だと言わざるを得ない。
偽学生の俺とは根本的な部分で異なる。
「ところでラビさん、そのコスプレは一体何なんですか?」
「オシャレだけど」
小森くんは何も分かっていない。
これが最新のトレンドだ。
「コスプレですよね。何かのアニメで見ましたよ。異世界?」
こちらは柿原さん。
異世界でこんな服が流行っているなど聞いたことがない。
「神戸限定なのかもしれない。恵理子は知ってるか?」
「それ嫌味で言ってる?」
「ごめん、恵理子は岡山だよな。なんだっけ……蒜山? アイス食べたところ」
小森くんがごくごく自然にエリちゃんの地雷を踏み抜きにかかった。
そういうところは何も変わっていなくて安心する。
「シャツとパンツだけならファッションなんだよ。でも、赤いシャツに麦わら帽子を被ったら海賊王になりたい人にしか見えないのと同じで、帽子と鞄を組み合わせたらもう何かのコスプレにしか見えない」
優紀が今更俺のファッションの解説を始めた。
何故それを今まで言わなかった。
「でも暑さ対策で帽子は必要だぞ。鞄もだ」
「そこだよ。機能性重視で帽子と鞄を外せないなら、服もそれに合わせるんだ」
「深いな」
まだまだファッションは分からないことが多い。
日々勉強して進んでいくしかない。
「それで船ってどんなのですか? 豪華客船?」
「まさか。小さい船だよ」
「釣り船にこの人数と荷物をどうやって乗せるんですか?」
柿原さんがイメージしている船とは、湖や湾内に漕ぎ出すような釣り用の小さい手漕ぎボートやカヌーなのだろう。
もちろん違う。
採算が取れないなどの理由で廃止になった航路を走っていたフェリーを整備、補修したものだ。
今回の旅の参加費は1人8000円だが、そのうちの半分以上はこの船のチャーター料金というくらいの良い船である。
フェリーの定期航路がない無人島に行って帰るのだから、それくらいの船は用意しないと、さすがにどうしようもない。
駅から商店街を抜けた先から地下道に入り、少し歩いて抜けると漁船やフェリーが多く停泊している港が見えてきた。
北木島などの笠岡諸島への定期航路に着いているフェリー乗り場がある笠岡港だ。
俺達が乗るのはそのフェリー乗り場の横に停泊している別のフェリー。
こいつが無人島である夕月島への案内便だ。
「海だーっ!」
高校生組が歓喜の悲鳴を上げる。
「海がないところに住んでいるだけに、やっぱりテンション上がるね」
「私も海がない地域だから、こういうのは嬉しいね」
エリちゃんと柿原さんがスマホを取り出して、港の写真を撮り始めた。
「これから三日間、ずっと海だよ」
「それでも、これから旅が始まるってのはまた違うでしょう」
「そうかな? そうかも」
まあ、さもありなんである。
エリちゃんは岡山の山の中出身。
それ以外の高校生組もみんな横浜在住で、海のない生活を――
「――それでいいのか、ハマっ子?」
「僕たちの家の周りは横浜市だけど、海がない地域だから……」
「山しかないですからね」
「なんで鎌倉じゃないんだろう」
その点、若狭湾沿い在住の子どもたちの反応は淡白なものである。
海も漁船も港も普段から見慣れているのか、リアクションが少ない。
興味は海よりも、今から乗り込むフェリーの方に向いている。
船そのものではない。
これから未知の場所へ旅立つという好奇心だ。
「全員、買い物は済ませたな? 一度出港したら三日は戻れないぞ。これが最後のチャンスだ」
「大丈夫でーす!」
高校生組がそれぞれ旅行用のスポーツバッグから、お菓子やボードゲームなどを取り出した。
子どもたちも負けじと、先ほどショッピングモールで買ったお菓子を取り出した。
いきなりドロシーちゃんがチョコ菓子を開封して口に頬張っているが、それだけあれば大丈夫だろう。
多分。知らんけど。
「最悪、俺が本土まで飛んで買い出しに行けるから」
「出たな、クローズド・サークルを秒で崩壊させるやつ。まあタバコとかビールの追加は頼むかもしれん」
「それは事前に買っておけよ」
「一応350ml缶の24本入り1カートンは買ってきたが……」
優紀、カーター、麻沼さん、但馬さん夫妻。
「3日で1人5本か」
「バーベキューを食うのにそれは足りないな。ちょっと買い足してくる」
カーターが慌てて駆け出していった。
「小森くん、悪いけど付き添い頼む。多分カーターのことだからビール缶が重すぎて持てないだろうから」
肩下げ鞄からエコバッグ2つと5000円札を取り出して渡す。
「このお金は?」
「多分カーターは高校生組の飲み物も買い忘れていそうだから追加でジュースを買えるだけ」
「俺のセンスでいいですか?」
「任せる」
その時、柿原さんが突然飛び出した。
「待った。甘いのが苦手な小森に行かせたら炭酸なしでお茶やスポドリばっかり買うでしょ」
「お茶とスポドリの何がダメなんだ」
柿原さんの言うとおりだった。
小森くんのセンスを信用した俺のミスだ。
だからといってこの流れだと柿原さんが同行を名乗り出て、エリちゃんも負けずと飛び出して、懐いているドロシーちゃんまでついて行ってグダグダになってしまう。
「付き添いは矢上君でお願い」
「頼まれました。行って来ます」
矢上君が小森くんからバッグとお金を受け取り、カーターの後を追った。
5分後、予想通りにカーターは片手に持った缶ビールを飲みながらもう片手にビニール袋をぶら下げて現れた。
その後ろから両手にビールとジュースを満載した袋を抱えた矢上君が歩いてきた。
小森くんがすかさず飛び出して袋の片方を受け取り、3人ともフェリーに乗船した。
矢上君の買い物は完璧。
バランス良く、直接海水浴場で飲める缶と、食事の時に分けて飲める1.5リットルのペットボトルが混じっている。
コーラやサイダー、乳酸飲料から果汁ジュースまでパーティー向けのバリエーションが豊富なのも良い。
「小森くん、見たか? これが高校生の標準だ」
「でも、海水浴の後の水分補給なら麦茶かスポドリでしょう」
「そういうところだぞ」
全員の乗船が確認されたところで船長がもやいを解いた。
エンジン音が鳴り始めて、フェリーはゆっくりと桟橋を離れていく。
2泊3日、無人島の旅のスタートだ。




