第67話 「世界を回す歯車」
東議員宅に着くと、顔に疲労が滲んだ中年の男が出迎えた。
大城戸可奈の父の秘書だ。
スーツの襟元がわずかに乱れている。
疲労は顔だけでなく、指先の震えにも現れていた。
「もうこの家には誰もいませんよ。私も東啓太郎氏の着替えなどを取りに立ち寄っただけです。もう施錠して出るところです」
「分かっています。今日は証拠の押収にだけ来ました」
「令状は……」
それだけ言って、男は力なく項垂れた。
今更、令状の有無で立ち入りを拒んだところで何も変わらない。
俺達を通すしかないと悟った表情だった。
「最後に施錠して出るので済んだら教えてください」
秘書を玄関に残したまま、麻沼さんを先頭にカーター、俺、エリちゃんの順に続いて中に入る。
目的は人間やモンスターが生命活動を終えた時にメダルを生成する、通称メダルシステムを破壊するためだ。
あれが残っている限り、この事件は終わらない。
「一応、上司からは装置は押収。事務所で保管するように言われていますが」
「ダメだ。破壊する。あんな異次元のテクノロジーを残していたらいつ誰に悪用されるか分からんからな」
カーターは麻沼に強く言った。
俺も破壊には同意だ。
麻沼もそれは分かっているようで反論はしない。
「組織自体は政治家や官僚と繋がっているんだろう。何を仕掛けてくるか分からん」
「ある意味、不老不死システムだもんな」
システムを悪用すれば、数人の命を犠牲にして特定の人間を若返らせることができる。
物理的な損傷で死ぬことはあるから厳密な不死ではない。
だが老衰からは完全に解放されるし、肉体も強化されることで限りなく不死に近い存在となる。
もしこの技術が公になれば、手に入れようとする者は後を絶たないだろう。
国も宗教も倫理も無力化する。
命を数として扱う社会になれば、人間はもう終わりだ。
金と権力を持つ一部の特権階級のために多くの人の命が燃料として捧げられる。
特権階級は不老なのだから、その社会が崩れることはない。
最低のディストピアの完成だ。
今まで倒してきた連中は単に物理でねじふせればそれで解決だが、このシステムは違う。
決して存在を知られてはいけないし、誰に渡すわけにもいかない。
「オレのスポンサーからも壊せと言われてる。世界の法則を壊すものだと」
カーターのスポンサーというのは例のウムルさん。
うちの神さんの化身の方が下手な人間よりまともなことを言っているというのはどういうことなんだろう。
「上司には見つけた時には既に壊れていたと説明しますね」
麻沼さんがそう言うのを聞いて、八頭さんの意図を理解した。
明らかに危険なものだと分かってはいるが、立場上は「破壊しろ」とは言えない。
だからこそ、優秀だが若干固い部分がある和泉さんではなく、良い言い方をすれば柔軟に動ける、悪い言い方をすれば雑な麻沼さんを送り込んだのだ。
カーターを先頭に、俺達は屋敷の長い廊下を進んだ。
外には広い中庭。夜の湿気と草の匂いが障子越しに漂う。
……。
中庭を3周したあたりで、妙な不安が湧いてきた。
俺たちは今何をしているんだろう。
「それで、探そうとしているのはどういう装置なんだ?」
「運営の基地でお前は見ている。それと同じものがここにあるはずだ」
カーターが振り向いて俺を見た後に近寄ってきて肩に手をかけた。
「お前の知識だけが頼りだ。任せたぞ」
「待て。カーターか麻沼さんが装置の外観を知っているんじゃないのか? 俺は知らないから黙って付いて行っているだけだ」
「私は片倉さんか上戸さんが知っているものだと」
「オレはラビ助か麻沼さんが知っているものだと」
互いに両手で左右にいる相手を指さした後に、全員でエリちゃんの方を見た。
「私が知ってるわけないよ」
「それはそう」
ダメだった。
誰も何も知らないまま、ただ雰囲気に流されて廊下を歩いていただけだった。
「異世界の運営の基地で機械を見た後に壊したんだろう」
「俺は遠距離から熱線を撃っただけで、攻撃範囲内に何があるかなんて一切気にしなかったぞ」
「でも壁があれば、その向こう側の部屋は壊せ……るのか。数メートルのコンクリートだろうが合金だろうが何の障害にもならないんだから」
壁どころか岩盤すら蒸発させながらあらゆるものを貫通するんだよ。
例外は数秒当たった時点で逃げた宇宙船や、破壊した部位を瞬時に超再生して耐え切った巨人とゾス=オムモグという邪神くらいだ。
「伊原はどうだ? あいつなら何か知っているだろう」
「伊原さんも持ち帰って研究したそうなタイプだから、出来れば存在を知られる前に壊したいんだよ。あっちの世界に持っていかれたらそれこそ二度と手が出せなくなる」
「なら、ここでボスキャラと戦ってそいつの口から聞き出そう。黒幕がいるはずだろ」
「そいつならもう倒して警察に連れて行ってもらったよ。今頃神父の隣の部屋で拘束されてるはずだ」
「そいつは崖っぷちに追い込まれた時に悪事の暴露会をやらなかったのか?」
「どうせ胸糞話しか喋らないだろうと判断して先に倒したよ。悲しい過去とか聞いても仕方ないだろ」
あいつを野放しにしていたら、どんな凶行を働いたか分からない。
何か不明な魔術を使って暴れたらもっと面倒なことになる可能性もあったので、相手に何もさせずに速やかに始末した判断に間違いはないと信じている。
「麻沼さん、魔術的な探知を使ってどうにかなりませんか?」
装置がどこにあるのか分からない以上は頼みの綱は麻沼さんだ。
以前に赤い宝石を探知したあの手腕を期待したい。
「魔術で探知出来るならば、この屋敷に入った時点で気付いていると思いますが……ダメ元で試してみます」
麻沼さんが鞄の中から水筒と紙皿を取り出した。
紙皿に水を注いで、更に中庭に落ちていた落ち葉を一枚拾って三角形に千切り、水の上に浮かべる。
何度か呪文のような言葉を呟くが何も起こらない。
「やはり反応はありませんね。少しでも反応があれば落ち葉が方位磁石のように動いて方向を示すはずですが」
「まあそうだろうな。政治家の家なんだから来客も多い。そいつらに見られたくないよう隠すというのは自然な話だ」
あまりに反応がなさすぎて、カーターが落ち葉を指で突き始めた。
「手詰まりだがどうする?」
「逆に考えよう。装置は見られたくない、他人に触れられたくない場所に隠しているということだ」
「いにしえのもの」のミイラもこの屋敷の地下に巧みに隠されていた。
同様にメダルシステムの装置もああやって隠されているのだろう。
「メダルシステムの装置は、大きさくらいは分かるか?」
「魔力なんてほぼないこの世界で魔法的な道具を動かすんだ。とすれば、最小でも小型発電機くらいの動力炉が付いているはずだ」
カーターが両手でろくろを回すような動きを始めた。
最低でも50cmから1メートルくらいということか。
意外と嵩張るのでどこに置いていてもそれなりに目立つはずだ。
「もう1つくらい推理のヒントが欲しいな」
「動力炉……ということは、動作する時に何らかの音を出しているのではないですか?」
「ガソリンや軽油エンジンみたいな爆音じゃないだろうが、音は鳴っているはずだ」
それは大きなヒントだった。
この静まり返った屋敷の中で音を出すものなど限られている。
せいぜい、冷蔵庫や地下ワインセラー管理システムのインバーターくらいだ。
それ以外の機械音を聴き分けることができれば、装置が見つかる可能性は高い。
聴覚による捜索、となると五感に優れるエリちゃんの出番だ。
「というわけだ。この屋敷の中で鳴っている機械音を聴き取ってほしい」
「私の出番か。ちょっと静かにしてくれると助かる」
エリちゃんが目を閉じて両耳に手を当てた。
幸いにも郊外の住宅地にある東議員宅は、周囲の環境音があまり入ってこない敷地内にある。
五感に優れるエリちゃんの聴力を生かすには最適な環境だ。
「機械そのものじゃないみたいだけど」
そう前置きした上で右手で真上を指さしながら左手を柱に付けた。
「何かが震えている音がする。柱にも響いてきているし、2階に何か機械が置かれているんだと思う」
「どれどれ」
俺とカーターが同じように柱に手を当てる。
言われてみると手から微妙な振動が伝わってくるように感じる。
「エアコンでも似たような振動が有ったりするが、流石にそれとは間違えないよな」
「2階には今は誰もいないはずだ。エアコンが動いているとは思えない」
どの道ヒントは今のところこれしかない。
俺達は2階への階段を上った。
◆ ◆ ◆
音と振動を頼りに2階の廊下を歩いていくと、執務室に行き着いた。
部屋は施錠されているようだったので天井裏から室内に使い魔を回り込ませてつまみ錠を回して開錠。扉を開けた。
「鍵が掛かっていなかったか?」
「気のせいだろう」
「現代でファンタジー能力を悪用すると、どれだけヤバいかを確信したわ」
カーターは何を心配しているのか。
こんなことを日常生活で使うわけがないだろう。
今だけだ。今だけ。
室内は整然としていた。
木製の大きな書架。
隣にあるキャビネットには背表紙に年度だけが書かれたファイル群。
部屋の中央には重厚な木製の机。
壁際には応接用のソファとテーブル。
机上には大型モニターと小型PCが一台。
少し離れた場所に大型の事務用複合機とレーザープリンタ。
過不足ない構成。
仕事場として理想的に整っている。
だが、それらしい装置らしきものは見当たらない。
「動いているのはこの印刷機みたいだけど」
エリちゃんが壁際に置かれた事務用複合機に手を置いた。
白黒の液晶パネルには「ドウサチュウ」の文字。
「FAX付きの複合機か? うちの事務所にあるのと同じタイプなら何も操作しなくても定期的にガタガタ動いてるぞ」
「お前のところは土木課だから工務店からFAXが届いてるんだろ」
「よく知ってるな。地元の気のいい工務店の爺さんは未だにメールじゃなくてFAXで通信してくるぞ。届いたか?という電話もセットだ」
楽しそうな職場でよろしい。
拳で軽くコンコンと外装を叩くと中から妙に軽い反響音がした。
「音が軽いな。ちゃんと中身が入ってるのか?」
「確認してみよう。ただの複合機か、それ以外なのかを」
四つん這いになって振動している複合機から伸びている電源ケーブルを辿っていく。
ケーブルの先は書架の裏にあるコンセントに伸びていたので、プラグを引き抜いた。
「液晶は?」
「ドウサチュウのまま」
「電源を抜いても表示が消えないとなると、ハリボテの可能性が高いな」
俺の話を聞いたカーターが複合機の用紙を入れておくトレイに手をかけて引っ張る。
「こいつぁハリボテだ。トレイと本体が一体化してる」
「中身を見たいな。外装を壊さずに外せそうか?」
「ねじ止めしてあるみたいだからドライバーがあれば。車のトランクに積んでるからちょっと取ってくる」
カーターが部屋から飛び出していったのでしばし待つ。
その間も電源が抜かれているはずの複合機はずっと微振動を繰り返していた。
「こんな堂々と置いているなんて」
「逆に目立たないでしょう。普通ならばプリンタが振動していても誰も疑問に思いません」
人のいる環境なら印刷音に紛れるし、誰もいないならメンテナンス動作だと思う。
下手に隠すよりも逆に目立たない。
しばらく経って、無駄に重くて頑丈そうな金属の工具箱を持ったカーターが息を切らしながら戻ってきた。
中からまだタグが付いたままのほぼ新品のドライバーを取り出して複合機に偽装されたガワを外し始める。
「その工具箱ってわざわざ買ったのか?」
「ワイルドでカッコいいだろう」
「車載工具なんて最低限の本数だけを入れときゃ嵩張らなくていいのに」
「見た目は大事だぞ。男のロマンだぞ!」
工具箱の中には、やはりピカピカで値札やタグが付いたままのほぼ新品のスパナが何本も入っていた。
精度は高いが値段も高い有名ブランドの工具一式だ。
本当に見た目から入るタイプなんだな、こいつは。
「スナッポンのスパナセットなんて整備しない奴には猫に小判だろ」
「見た目は大事だぞ」
「年季の入った革袋の中から手入れされてピカピカの使い込まれた工具が出てくるのもカッコ良くてありだと思うが」
カーターの手が一瞬止まった。
「……有りだな」
有りじゃねえよ。そんな簡単に揺らぐなよ。
「上戸さんの工具はそれでしたね」
「使い込んでる工具ですからね。このスナッポンの十分の一くらいの価格ですが使いやすいんですよ」
「安物なんですか?」
「このバカの買った工具が最上級品のプロ仕様なんですよ」
そんな雑談をしている間にガワの分解が完了したようだ。
全てのネジを抜き取ると、複合機の形をしたカバーが前後で真っ二つになって外れた。
カバーの内側には、雑に貼り付けられた鉛板があった。
これは魔力探知を遮断するシールド材だろう。
こいつのせいで麻沼さんの探知にかからなかったのだ。
カバーの中にあったのは、低く唸りながら微振動を繰り返す真っ黒な正方形の箱だった。
機械的な部品は側面から延びたケーブルが一本だけだ。
そのケーブルの先には、その正体と思しき物体が繋がっていた。
台座の上に複数の歯車が組み合わさった物体は、アンティークの機械時計を想起させるが、時針らしきものはない。
電力の供給はないはずなのに、歯車の一部が淡く光を放ちながら高速回転しており、そして十数秒ごとに、手のひらほどの大きさの歯車がガコンと音を響かせて動く。
小さい歯車が少し大きな歯車を動かし、そうやって動かす歯車を段階的に大きくしていき、最終的には一番大きな歯車を動かす仕組みだ。
時計ならば一番大きい歯車に短針が付いているはずだ。
二番目に大きい歯車には長針。
だが、この機械の歯車にはそれらの機能を示すものが一切取り付けられていない。
では、この機械は何のために歯車を回転させているのか?
答えは麻沼さんの視線の先にあった。
魔力を見ることができる麻沼さんには、大きな歯車が動かしている不可視の歯車が見えるのだろう。
不可視の歯車は、おそらくさらに大きな歯車を動かしているに違いない。
そうやって最終的にはこの世界の法則を動かしている。
世界を回す歯車。
麻沼さんが目を覆った。
「とんでもない魔力ですね。とても直視出来ません。見続けていると正気を失いそうです」
「運営には邪神が手を貸しているという話を聞いたことがあるが、これが答えだな。いくら技術が進歩しても人間のテクノロジーがこの域に辿りつけるとは思えない」
それなりに知識があるであろう2人はその謎の物体から一歩後ずさった。
もちろん俺とエリちゃんには何も分からない。
こういう時は無知と魔力が見えないおかげで色々助かっていると思う。
「人間には分不相応な力を、人間がギリギリ操ることが出来る機械の形で渡しているんだろう。あえて使い方を間違えるように」
「何のために?」
「人間がお互い争いあう光景を見たいんだろうな。メダルをゲームの景品に似せているのも娯楽のつもりなんだろう。こいつらゲームの景品を巡って命の取り合いしてるよと」
「酷い奴だな。うちの神さんを見習ってほしいもんだ」
「本当にその通りだ。なんなんだよこの機械の神は」
「機械の神だとデウスエクスマキナみたいでカッコいいからダメだ。せいぜい時計の神だよ。ジャンクマン……はなんか違うな。チクタクマンだ」
「そうだな。こんな神の呼び名なんてチクタクマンで十分だ」
間違いなくこれがメダルシステムで良さそうだ。
一般のご家庭にこんなおかしな魔術的な道具が複数有ってたまるかと考えたい。
「もしかしたら使い魔も、このチクタクマンのやることが気に入らなくて人間を護るために別の世界からわざわざ助けに来てくれたのかもしれない」
「だったらいいな」
「そう思っておこう。世の中、ポジティブに考えるのが一番だぞ」
結論の出ない推論をいくら考えても仕方ない。
今やるべきことは、目の前の邪悪な機械を解体することだ。
「それでどうやったらこれを解体出来る?」
「使われている魔術と魔力量が異常ですからね。迂闊に破壊しようとすると爆発しますよ」
麻沼さんの警告を受けて流石の俺も一歩引いた。
「爆発ならまだいい。破壊時にこいつに仕込まれた機能……生命エネルギーのメダル化能力が無差別にバラまかれる可能性すらある。至近距離でもろに受けると、生きた人間すらメダルに変えられる可能性すら出てくる」
カーターがドライバーを持って機械に近付くも、首を捻っただけで手を出そうとしない。
「暴走は困るな。何かプランは?」
「結界を張ってエネルギー供給を絶った後に少しずつ魔力抜きして、下の動力部から解体。最後に上の回路を解体……最低1か月コースだな」
「流石にそれは待ってられない。もっと手っ取り早く壊す方法はないのか?」
「そうはいってもこいつが貯め込んだ魔力量も込められた魔術も厄介だぞ。それを抑え込んで一気に消し飛ばせるようなエネルギー量を持った破壊方法があるならともかく——」
カーターはそう言って俺の顔を見た。
だいたい何を言いたいのかは理解した。
「過去実績ありか」
「有り」
「となると、周りへの影響が少ない場所がいいな。南房総あたりか?」
「具体的には?」
「千葉の端っこ野島崎。前に釣りに行ったことがあるが、あそこならば先には太平洋しかない。せっかくだから朝日でも見に行こうぜ」
◆ ◆ ◆
こうしてこの世にはあってはならないメダルシステムはこの世から塵1つ残さず消滅した。
鳥5羽解放による魔女の呪い。
若干過剰火力だったようにも思うが、火力が足りずに爆発を抑え込めませんでしたというのはシャレにならないので良かったと信じたい。
「不法投棄は通報します」という看板が目に入ったが、ゴミは残していないのでそちらはご容赦いただきたい。
海から吹き付ける冷たい風に震えながら車に戻ると、カーターが温かい缶コーヒーを渡してくれた。
冷え切った体によく染みる。
黒潮の太平洋沿いは冬でもそこまで寒くないという話はあるが、それでも寒いものは寒い。
「ご苦労さん。これで全部解決だ」
「それでも完全消滅というのを報告しても信じられるでしょうか? 私達が隠蔽しているかもと疑われますよ」
麻沼さんの懸念ももっともだ。
機能停止させて残骸が残っていれば、破壊したという証明になるが、跡形もなく消し飛ばしたと言って誰が信じるのか。
「太平洋の藻屑にしたって説明で良いんじゃないのか? 欲しがる連中は海に潜ってでも探しに行くだろ。決して見つからない存在しない伝説の魔道具を」
「じゃあ見たままを報告しますね。周囲の影響を考えて千葉の野島崎で装置を解体。残骸は残さず処分で」
「それで頼むわ」
カーターがそう言うと車が走りだした。
「朝日を見るんじゃなかったのか?」
「今は夜中の2時だぞ。こんな寒いところで何もしなくて待ってられん」
それはそうだ。
初日の出でもないのに、わざわざ寒い中で朝日を待つのは流石に辛い。
「それじゃあ海鮮は?」
「海ほたるの飯屋でいいだろ。明日は横浜での仕事の総仕上げなんだ。今は寝ておけ」
「総仕上げって……」
「高校生組の能力を消すんだろ。それで全部終わりだ」
そういえば最後にそれが残っていた。
本来はこんな魔術の世界とは無関係な矢上君達を日常に帰す。
それが片付かなければ本当に終わりとは言えない。
「ただ能力を消すだけなら簡単だ。魔力結晶はチャージ済だし、今まで通りの流れ作業で小一時間もあれば済む。だけど1人だけ厄介なのがいる」
「柿原さんのヤマンソか」
使い魔に擬態して力を貸すフリをしてこの世界に紛れ込んできている異世界の神。
この世界を焼き尽くそうとしている炎の邪神。
「前に一度暴走したそうだが、今度はその比じゃない暴れ方をするだろう」
「最後の最後で隠しボスみたいなのが残ってたな」
それでも倒すだけならばどうとでもなるだろう。
戦力的な不安はない。
心強い仲間が大勢いる。
懸念事項は柿原さんにダメージが入るかどうかだ。
「まあ儀式の前までに方法は考えるさ」
「私も協力します。目指すは全員が笑って終わるめでたいハッピーエンドですよ」




