第66話 「解釈の不一致」
駅近くのファミレスで少し遅めの食事を摂り、そこから電車で15分移動した鎌倉市の大船駅で解散となった。
ここで全員が解散となり、それぞれバスや電車で自宅へ帰ることになった。
大船に残ったのは西日本から来ている俺とエリちゃんの2人だけだ。
とりあえず時間を潰すために近くのショッピングモールに入って店を見て回ることにする。
館内は休日の夕方ということもあって、人の流れが緩やかにうねっている。
照明は柔らかく、どこも似たようなポップソングが鳴っていて、空気が少し甘い。
飲食店が多いのが印象的だが、若者向けのファッション店や雑貨屋も点在しており、時間を潰すには申し分ない。
「ラビちゃんって、オシャレ服とか持ってるの?」
「残念なことに、そういうのは友人が勝手に揃えてくれるんだ」
「じゃあそのコスプレみたいな服は何?」
今着ているのはスーツの上に、蘆名さんから譲り受けた黒のコートと帽子。
丈夫で動きやすく、任務のときに目立たないという理由で気に入っている。
とはいえ、旧式の警察コートを改良したものなので、どうしても制服のように見える。コスプレ呼ばわりも否定できない。
「仕事以外では、もう少し普通の服を着るよ」
「じゃあ次のランドとシーに行くときはオシャレ服ね」
「難しい注文だけど努力はしてみよう」
どうやら次はファッションセンスの試験らしい。
ここで黒ずくめやよく分からないデザインの服を選ぼうものなら、からかわれる未来が確定している。
ふと目に入ったショーウインドウのマネキン
自分が着たらどう見えるだろうと想像してみる。
——悪くない、かもしれない。
「多分そのマネキンの服をそのままを着たら大惨事になると思う」
エリちゃんがタイミングを見計らったように口を挟む。
まるで心を読まれた気分だ。
「どんな理由で?」
「理由の説明はしなくちゃダメ?」
それは説明されなくても分かっているよ!
体型だよ!
「春日さんに着せたい服と自分で着る服は分けて考えた方が良いと思うよ」
「おのれ、このオシャレさんめ」
軽口を交わして、気まずさを打ち消すように店を出た。
すぐ近くのコーヒー店に入り、カウンター前に並ぶ。
「お嬢様ご注文は?」
「キャラメルフラペチーノのグランデで。さっき遅めの昼ご飯を食べたばっかりだから食べ物はやめとく」
エリちゃんの口から淀みなくスラスラとメニュー名が出てきた。
なぜ英単語のスペルは覚えられないのに、こういうメニュー名はすぐ頭に入るのかは謎だ。
「流石イマドキの学生……よくわからん横文字メニューの注文に手慣れてるな」
俺は安定のソイラテを注文して席に着く。
豆乳の摂取は継続が命。
地味な努力がきっと体型にも反映されるはずだ。
「豆はグアテマラ産か」
「気になるよね、こういうのって」
「ホンジュラスの隣だもんな」
カップから立ちのぼる湯気を見ながら話す。
やはり自分に全く縁がない地域よりも何かしら知っている地域の方が頭に入ってくる情報が違う。
「ウィリーさんのコーヒー農園はどこだっけ?」
「コロンビア。ペルーとパナマの間だから利便性も良いと思う。すぐ近くに大きな町もあるしパナマ港から船便でどこにでも送れる。ジャングル開拓に重機も投入出来るしで悪くない選択だったんじゃないかな」
「成功したのかな?」
「サンディエゴの麦茶ショップで本物のコーヒーを出せるようになったらしいから多分」
結果についてはあえて聞いてない。
俺達のあの世界との接点はもうないのだ。
あれからあの世界がどうなったのかは知らない方が良いだろう。
スマホを取り出して画面を見るといつの間にか新着メールが届いていた。
カーターからの進捗状況報告メールだ。
電車移動している間に届いたのだろう。
「カーターさんはまだ仕事?」
「京都から呼んだ魔術師と一緒に中華街へ食事に行くってさ。それが終わったら片付けして新横浜まで車で送るって」
「大変そうだね」
「本人は喜んでやってるみたいだけどな」
そこまで細かく返信しなくて良いとメールを送ってスマホをポケットに戻す。
「今まで魔術師は世界に自分1人だけだと思っていたところに、仲間がいると分かったからな。孤独じゃなかったと浮かれているんだよ」
「魔術師なんて普通いると思わないしね」
「まあ普通はそうだよな。探偵や京都の人達も自分達の管轄外の魔術師なんていると思わなかったみたいだし」
どこで縁が繋がるかなんて分からないものだ。
今回の事件はトータルで見ると多数の死傷者と被害が出ており、決して良かったなどとは言えない。
だがマイナスだけはなく得られたものは大きかった。
それだけが救いでもある。
「お嬢さん達、相席よろしいでしょうか?」
背後から落ち着いた声。新手のナンパではない。
この低さと間の取り方に聞き覚えがある——小森くんのものだったからだ。
「バスに乗って帰ったはずじゃ? どういう設定でここに来たの?」
「まだ事件は終わってないんでしょ。出来ることがあるなら手伝いますよ」
小森くんは隣の二人席から椅子を一脚拝借して、俺たちの二人がけ対面テーブルの横へすっと差し込む。
俺とエリちゃんが飲み物を端に寄せると、その空いたスペースにホイップの山が乗ったコーヒーを置いた。
更にシュガーを投入して銀色のスプーンで軽くかき回す。
ホイップがカップの中で溶けて白い渦を作った。
「実は矢上君達もそこらにいたりする?」
「みんなは帰りましたよ。俺だけ何かあると思ってバスには乗らなかったんです」
なるほどそう来るか。
そう攻めてくるとは流石に予想外だった。
「長い付き合いですし何かあるのは分かりますよ」
「そうだね、長い付き合いだもんね」
エリちゃんがストローの先で氷をつつく。
不満を隠せていないが、ここは抑えてもらいたい。
「戦闘があるわけじゃないよ。本当に事件の残された謎を解きに行くだけだ」
「謎って何があるんですか? 神父も倒した。議員やその父親、教団も無力化して宇宙船騒ぎも片付けたでしょう」
「そこだよ」
俺はカップからストローを抜いて小森くんに突きつける。
ストローの先から水滴が一粒落ち、テーブルに小さな点を打った。
「今日の作戦の打ち合わせをしていて気付いたんだ。これって実は大きな見落としがあるんじゃないかって」
「見落とし?」
「それは私も気になってた。これ以上まだ何かやることがあるのかって?」
「それじゃあ推理を披露しようか。これから犯人に真実を突きつける探偵のステージだよ」
◆ ◆ ◆
「じゃあまずは犯人役に問題だ。まだ解決していない謎とは?」
「えっ? 神父に命令している黒幕がいる……とかですかね?」
なかなか良いところを突いてくる。
流石事件の深い部分にかかわっている関係者だ。
「あとメダルシステムはどこから出てきたの? と、議員はメダルを集めて何かしたかったの? この2つだ」
「メダル? そういえば金を払ってまで集めようとしていたんですよね」
「そこだ。議員達はせっかく育てた教団やバレたら自分達の地位も危なくなるというのに謎のデスゲームを開催してまでメダルを集めようとしていた」
「そこまでして欲しいものがあったと」
「能力者の中から瞬間移動能力の所持者が出てくるまでガチャしたかったのは分かる。海底遺跡を調べたかったみたいだから。でもそれとメダルはあんまり関係ない」
エリちゃんは不満なのか小学生のようにストローに息を吹き込んでブクブクさせ始めた。
流石にそれは人前ではやめなさい。
「俺は探偵じゃなく。理論を積み上げて答えを導き出すんじゃなく、答えを情報と勘で出してから逆にそこまでの筋道を考えるんだ」
「無茶苦茶ですね」
「なので根拠の弱い部分は容疑者自身に喋ってもらってそれを補強材料にする。あとはどうやってそれを誘導するかだな」
ハハハと乾いた笑い声が癇に障る。
「というわけで結論から。メダルシステムは異世界でデスゲームをやっていた運営が用意したものなので、メダルが登場するということは、この事件にも運営が関わっているのは間違いない」
召喚能力を与えるならば赤い宝石だけでも可能だろう。
実際星の智慧教団はそれを「奇跡」「神からの祝福」として信仰者を増やしてきた。
だが、それと死ぬとメダルが出てくるといういかにもゲーム的なシステムは何の関係もない。
運営が関係していないと出てこないはずだ。
「結論2。神父は運営の手駒である。ただ運営組織そのもの……ゲームマスターではない」
「根拠は?」
「本人が自分は作られた存在で本物との違いを気にしていたからだ。誰かによって作られたキャラならば、その創造主であり命令者が別に存在することは確定している」
これもおそらく事実。
何かの目的のために誰かに命令されて動いていた神父のポジションはホンジュラスの遺跡で俺達が倒した「赤い女」と共通点が多い。
誰かに創造された中間管理職ポジションならば、その創造主であるゲームマスターが別途存在しているはずだ。
「東議員やその父親である東啓一郎が命令していたのでは?」
「違うよ。議員達と神父のやり取りを聞いていたけど、どちらが上司ということはなく、あくまで協力者の立場だった」
これは本人のやり取り以外にも大城戸加奈さんや市ヶ谷議員からの証言で東啓太郎、啓一郎両氏はそこまで胆力がある人物ではないことが分かっている。
ここからは仮定の比率が高い根拠に乏しい推理だ。
「結論3。メダルはランクアップの副次効果で若返りに使われようとしていた」
メダルは集めることでランクアップ……戦闘能力の強化が出来る。
そのオマケとして傷や病気の治癒、何らかの憑依や寄生の解除だけでなく年齢まで完全回復させる副次効果もある。
重要なのはこのオマケ要素。
若返りは人類の夢である不老長寿が叶えられてしまうという誰でも喉から手が出るほどの効果だ。
一般人の数名の犠牲など安いと思ってしまう不心得者が現れても不思議ではない。
「それは論理の飛躍じゃないですか?」
「最初に言ったじゃないか。勘で結論を出すと。無理があるのは承知の上だし、後で補正すること前提だ。話を続けるぞ」
ここからが追い込みだ。
ソイラテを一気に飲み干す。
エリちゃんは不満なのか相変わらずブクブクやっている。
「東啓一郎氏はこの若返り効果に釣られた。最初は神父の言う通りに息子や秘書を使って計画を進めていたが、神父がいなくなったことで計画を継続出来なくなったと知った。そこでどうしたか」
「神父が残した情報で海底遺跡に行ったんですよね」
「教団のご神体である『いにしえのもの』のミイラを持ってな。もちろんこれは偽情報に脅されてたんだろう。あの宇宙人はメダルシステムのことなんて何も知らないし、宇宙船も全く別の宇宙人のものだった。しかも啓一郎氏はどういう根拠であの宇宙人を支配出来ると思ったんだ?」
「神父に騙されていたんじゃないですか?」
「神父はそんな情報を伝える前に俺達に倒されたんだ。だからその情報を伝えることが出来ない」
この推理の切っ掛けはそれだ。
啓一郎氏は典型的な世襲二代目議員でたいした能力はない。
かつて知事だった啓輔氏から引き継いだ人脈と金で何とか政界で力を持つことは出来たが、孫の代になるとほとんど権力は残っていない。
良い意味でも悪い意味でも人間的で、自分の私腹を肥やすことは出来ても、犯罪に近い計画を進めるような大それたことは出来ないタイプだ。
ならば神父以外に他の何者かが指示を与えていたと考えるのが自然だろう。
「そこで議員の近くに他に誰かいないかを八頭さんに調べてもらった。啓一郎氏の元秘書とか、同じ派閥の議員とか、屋敷に出入りしているお手伝いさんとか」
「誰かいたんですか?」
「その人物に会いに行く。今からタクシーに乗って現地に行こう」
◆ ◆ ◆
タクシーに揺られること約20分。
到着したのは町から少し離れた静かな自然公園。
到着したのは町から少し離れた自然公園。
遊歩道に落ち葉が積もり、乾いた音を立てて靴の裏で砕ける。
傾いた太陽が梢を紅く染め始めていた。
冬の空気は薄く冷たく、この時間に公園を訪れる者はもう誰もいない。
いるのは俺とエリちゃん、そしてもう一人。
「こんな町外れで誰と会うんです?」
「犯人だよ」
腰からバルザイの偃月刀を引き抜いて小森くんの姿を真似るそいつに突きつけた。
エリちゃんもこいつが逃げられないように公園出口の方へ回り込んで身構えている。
「いきなりどうしたんですか、上戸さん」
「そういう細部が雑な変装で俺達を騙せると思ったら大間違いだ」
バルザイの偃月刀で素早く切り込み、旧神の印を刻み付ける。
そいつの姿が大きくブレて、小森くんとは似ても似つかない青年の姿に変化した。
昨日、洋上のヨットで出会った東議員の息子、東啓耶を名乗る青年だ。
「どうしてわかった?」
「小森くんには矢上君達が帰宅途中の緩んだところを狙われないようガードを頼んでいた。その任務を投げ出して俺達の方に戻ってくるわけがない。聞いただろう。矢上君達は近くにいるのかって」
「気が変わることもあるでしょう」
「そういうところが解釈違いだ。小森くんがそんな中途半端なことをするわけない」
本当に腹立たしい。
あのコーヒー店でキレずに暴れ出さずここまで我慢した自分を褒めてあげたい。
「それにコーヒーにホイップを入れた上に砂糖まで入れていたでしょう。裕和は甘いものが苦手なのに」
エリちゃんも納得出来ないポイントを上げ始めた。
「細かい所作……そんな細かいことを気にしていたのか」
「更に細かいところを含めたら他にも100個くらいあるんだけど」
「似てない物真似芸ってイライラするんだ。似せるならもっと徹底的に似せろ」
さて、正体を見破ったところでここからは推理タイムだ。
「船で会った時はまあそんな人物もいるかなと思っていたけど、少し考えるとおかしいことに気付いたんだ。東議員ってこんな大きな子供がいる年齢かって」
「そうは言われても父は40代。おかしくないでしょう」
「なので議員と深い付き合いのある秘書の娘さんに確認した。秘書は仕事を家庭に持ち込まない主義だったが、それでも漏れてくる情報はある」
スマホを取り出して大城戸さんから転送してもらった写真をそいつに見せる。
画面の中では大城戸さんに抱かれて食事を食べさせてもらっている少年が写っている。
もしもしポリスメン?
「これが議員の息子の啓耶君。今年10歳だ」
「余所の子供ではないんですか?」
「仕事柄、議員は家を空けがちなので秘書が気を使って一人で留守番していた啓耶君を食事へ連れていくなどしていたらしい」
「それは弟です」
わずか数秒で矛盾する嘘を重ねるな。
「それは別のスキャンダル発覚だな。東議員が結婚したのは議員として独り立ちした10年ほど前なので、その前に別の誰かと結婚していて出来た連れ子がいたことになる」
ようやく啓耶を名乗る青年が黙った。
「神父に命令を出せて海底遺跡など昔の事件の事情にも詳しい。ゲーム運営ともつながりがあり、東一族とも関係が深い。ならばそいつは何者かという話だ」
「秘書とか?」
「政界で大きな力を持っていた啓一郎氏を動かしているんだ。ただの秘書なわけはない。そこで、さっきのランクアップの若返りの話が出てくる」
「誰だというんですか?」
「東啓輔氏……昔に知事まで務めた政治家がメダルのランクアップ機能で若返った姿。推定120歳越えで公的には既に死去している老人が老衰前に若返りを繰り返していたとすると、ランクアップ回数は1度や2度じゃ利かないな」
青年の顔つきが変わり、鋭い目付きで俺の顔を見た。
それでもなお一切口を開くことはない。
「もちろんランクアップはメダルがないと行えないので、定期的なメダルを手に入れる方法が必要だ。そこでゲームの運営と定期的に連絡を取り合ってゲームの進行を取り仕切り、報酬としてメダルを貰っていた……準ゲームマスターのようなポジションだと推測される」
「概ね正解だと言っておこう」
青年……東啓輔の口調が変わった。
同時に何か風が吹きつけてくる。
何か魔力的なものを放出して俺達を威圧しているのだろう。
だが、俺達には魔力的なものを視認できないので何が起こっているのかさっぱり分からない。
「事前に立てた計画はすべて未然に防がれて失敗。ついに本部からは現地の遺跡を使ってリセットしろと言われたよ」
「あの宇宙船騒ぎはそういうことか」
東議員も啓一郎氏にしてはやっていることが妙に過激だと違和感があったが、イソグサを復活させて暴れ回らせたあの時のゲームマスターと同じことを、この日本でやろうとしていたのか。
しかもその責任は全て啓一郎氏や議員に押し付けるつもりだったと。
「だがそれも失敗。本部は私をこのまま切り捨てるという判断を下した」
「そこで俺達に八つ当たり」
「八つ当たりではない。お前達を殺せばメダルが手に入る。探偵達が持っているメダルも奪い取れば、連中から切り捨てられてもまだ私は生きることが出来る。合理的な判断だ」
「人の生死を合理的で片付けて欲しくないな。それで小森くんに化けて俺達に近付いたと」
「知り合いに姿を変えれば虚をつける。もし正体に気付かれても知り合いの姿ならば攻撃を躊躇させられる——はずだったが」
「お前の行動は神経を逆撫でしただけだぞ」
東が身構えた。
肩に力が入りすぎている。
拳は胸前で固まり、つま先が同じ線上に並ぶ。
素人丸出しの構えだが、身体能力の暴力で押し切るつもりだろう。
「俺達は強い絆で繋がっている。それは小森くんだけではない。今回の事件で知り合った矢上君、柿原さん、友瀬さんや探偵の皆さん。麻沼さんや和泉さんに化けて近付いてきてもすぐ違和感に気付けただろう。偽物などに騙されなどしない」
「木島君はダメなんだ」
「ダメです」
本物はエリちゃんや友瀬さんや麻沼さんの胸ばかり見ていたし、あまつさえ戦闘中の隙を見て触ろうとしていたし、俺や柿原さんの胸を見て鼻で笑ったりする。
本当にダメだと思う。
小森くんは交友の選別を真面目に検討した方がいい。
「薄い縁で繋がったとしても重ねれば絆が深まるんだ。人を利用するためだけの浅い関係しか作れなかったお前と一緒にするな」
「だが幻術に気付けたところでこの圧倒的な力の差にはどうしようもあるまい」
「残念ながらカタログスペックでしか物事を見ていないお前は既に敗北している」
東が動いた。
強く土を蹴って高速で俺に向かって飛び掛かってきて鋭い拳を放ってきたので半身を捻って避ける。
ついでに伸ばしてきた右腕を掴んで強く引っ張っると体勢が崩れた。
渾身の力を込めて手刀を首筋に入れると顔面から激しく地面に激突した。
「何をした?」
東が身を起こしながら立ち上がった。
流石ランクアップを繰り返しているというだけあって頑丈だ。
手刀を入れた掌が電気を受けたようにピリピリと痺れる。
(素手で殴るのは止めた方が良さそうだ)
またも殴りかかってきたので腕を取って投げ飛ばした後、相手の身体が滞空中に極光を当てて空高く吹き飛ばした。
スキルの持続時間が切れて轟音と共に落下。
流石にスキルの直撃と落下だとそれなりのダメージがあったようだ。
東はすぐに立ち上がって身構えたものの、すぐにゴホゴホとむせこみ、膝をガクガクと震わせている。
「私達をあまり舐めていると酷い目に遭いますよ。魔術などで遠距離攻撃をすることを勧めます」
「もちろん使える……もちろんだ……」
東は手をかざすが何も起こらない。
本人も全く事態を把握出来ていないのだろう。
明らかに困惑しているところに背後からエリちゃんが滑り込む。
両腕で頸と片腕を縛る羽交い締め。
重心を落とし、腰を切る。綺麗な放物線。
相手を後方へ叩き落とすバックドロップが決まる。
地面が低く唸って響いた。
「何故だ……何故魔術が出ない……どうしてただの十代の娘にこれほど好き放題される!?」
フラフラと立ち上がったところにエリちゃんが強烈なローキックを入れる。
脛を蹴り上げられた東は悶絶して崩れ、転がった。
「お前、運営に見捨てられたんだろう。だから力が抜けていく」
「なにっ」
東は気合で「しゃあ」と殴り掛かってきたが、足や腰へのダメージが限界なのか、肘の動きだけで打つ何の捻りもないステレオパンチだ。
軽くいなして再び腕を取って豪快に投げる。
「証拠に力が全く出ていないだろう」
「そんな……私は……」
思うところがあったのか、東は地面に伏したまま動かなくなった。
「やつらはそういう連中だ。自分らに不利となれば、すぐにトカゲの尻尾を切る。お前はもうただの一般人だ。このまま若返りもなく、無力のまま終わる」
「馬鹿な、これほど貢献してきたというのに……」
「悔しいなら、知っている情報を全部喋ることだ。そうすれば少しはやり返せる」
「全部とは?」
「連絡を取り合っていた相手の情報」
返事はない。
ただ、相手の戦意は完全に折れたようだ。
スマホを取り出して八頭さんに電話を掛けると、すぐに急行すると連絡があった。
これで真犯人も確保。
事件は収束されるに違いない。
◆ ◆ ◆
東は現場に到着した須磨さんと警察によって拘束され、運ばれていった。
あとは探偵や警察が何とかしてくれるだろう。
運営の関係者なので、伊原さんがこっちの世界にやってきた時に何とかしてくれるかもしれない。
「あの人が運営に見捨てられて力をなくしたって本当なの? 妙に弱かったけど」
「弱かったのはドサクサで旧神の印を刻み込んだからだよ」
旧神の印は「聖なる力(笑)」で邪神やその眷属の能力を封じて弱体化させる効力がある。
基本的には人間相手にはあまり効果がないはずなのだが、おそらくランクアップを数回繰り返した東は人間扱いされず、旧神の印の効果対象になったと考えられる。
それでもなお、俺とのパワー差は相当有ったのだろう。
腕を掴んだ手の平の皮は擦りむけてピリピリと痛む。
「それに、途中から逆上して直線的な大振りの攻撃しかしてこなかっただろう」
はるか下の年齢の小娘にいいように遊ばれているという事実が更に冷静な判断力を奪ったのだろう。
「あんな見え見えの攻撃、パワーは有っても当たるわけがない」
「そういえばそうかな」
そうしているとようやくカーターからメールが入った。
最後の仕事の解決のために現場に向かうという。
今更バスやタクシーで移動するのも面倒なので、現在地を伝えて到着を待つことにする。
「最後の仕事って何なの?」
「議員が集めたメダルを悪用されないよう回収。メダルシステムを破壊すれば全て元通りだ」




