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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 2 横浜地下迷宮
222/251

第48話 「敵陣での小芝居」

「これで5人から能力消去完了と」


 眠っている3名。

 そしてリストに載っていた2人からの召喚能力消去は無事に成功した。


 傍から見ている分には予防注射を打つのと変わらない。

 本人を前に片倉さんが紫色の宝石を掲げて何やら呪文を唱えると、一瞬だけ宝石が強く光り、それで終わりである。


「もしかしてこれって戦闘中にも使えたりします?」

「それは無理だな。本人が受け入れているからこのスピードで出来るだけで、抵抗されると術が失敗して終わりだから。残念だけどオレは魔術師としては素人に毛が生えた程度なんで」


 片倉さんはそう言うと今度はスケッチブックを取り出して白紙のページを1枚千切った。


 そして茶色に焼けた古びた本を鞄から取り出し、付箋が張り付けられたページを開いた。

 そこに載っている魔法陣を白紙の紙へとサインペンで描き入れていく。


「簡単そうな作業ですけど、私にも同じことは出来ないですか?」


 綾乃は興味を持ったのか、片倉さんの一連の作業の一挙一動を観察している。

 それを聞いた片倉さんは魔法陣を描く手を止めてペンを指先で何回か回転させた後に柄で頭を掻いた。

 

「うーん、難しいだろうな。見た通り、たいしたことをやってるわけじゃないが、オレの場合はスポンサーが付いてるから出来る芸当なわけで」

「スポンサーって何ですか?」

「オレにはラビ助……上戸のやつと同じ神様の加護ってやつが付いてるんだ。逆に言うと、十分なパワーリソースが有れば、力の出口は100均材料で十分ってことだ」

「普通はその力を集めるために厳しい修行をしたり、複雑な儀式をやるんですけどね」


 麻沼さんが片倉さんの話の補足をしてくれた。


「この魔法陣が載ってる本も読むと精神に異常をきたすという曰く付きのやつだから、他人には貸せない」

「そんな曰く付きの本に付箋を張ったりして大丈夫なんですか?」

「素材自体は単なる紙だからな。中の文章は重要なので、赤ペンや蛍光ペンで線を引いたら支障は出るだろうが、付箋を張るのは栞を挟むのと同じで何の影響もない」


 それだけ説明すると魔法陣を描く手を再開した。

 複雑な図形をサインペンでフリーハンドで書き込み、赤い宝石と紫色の宝石を配置して何やら呪文のような言葉を呟いた。

 すると、赤い宝石から光が照射されて紫色の宝石へと注がれていく。


「これで充電開始。完了すればまた7人から能力を消せる。チャージはあと1回まで使っていいと言われているので合計14人から消せる」

「充電はどれくらい時間がかかるものなんですか?」

「今朝はチャージ1回で2時間くらいかかった。まあ夕方には使えるようになってるのでお前らはいつ終わるかとか気にしなくていい」


 そう言った後に片倉さんは辺りを見回した後に声のトーンを落とした。


「実はあとチャージを2回出来る。つまり最大21人なので、ここにいる能力者全員をカバー出来る」

「え? でも最大14人だって聞きましたけど」

「厳密には2回目のチャージを行うと、この赤い宝石がぶっ壊れる。もし再充電方法が見つかったとしても、赤い宝石が壊れたらそれも出来なくなるので残しておけという判断だ」

「なら、やらない方が良いんじゃ?」

「別に赤い宝石が壊れても良いんじゃねぇかな。ここにいない人間よりも、手の届く範囲の人間を確実に助ける方が重要だろ」

「それは……」


 綾乃は困った顔で意見を求めているのか僕達の方を見た。


「でも、後から命の危機に瀕している人が出て来るかもしれない」

「その時はどの道、赤い宝石を破損させてリチャージしなきゃならないんだ。困ってから困ろうぜ」

「片倉さんや麻沼さんの立場は大丈夫なんですか?」

「オレは本業が公務員だから何も困らないよ。所詮は部外者だし」


 片倉さんが強気の理由が分かった。

 魔術に生活を依存していないからだ。


「上司も和泉も反対みたいなので、私はクビで実家から勘当されるかもしれませんが、その時はその時です」


 麻沼さんも深刻な話を特に気にした風でもなく答えた。


「大丈夫なんですか、それ?」

「私も知らない誰かよりも先に手に届く人から助けたい派なので。それに、クビ前に片倉さんや上戸さんがなんとかしてくれますよ」

「そこで人任せはどうなんだろうな」

「でも助けてくれますよね」

「オレのわがままに他人を巻き込むわけにはいかないし、そりゃ助けるよ。ダメなら転職先はうちで面倒をみてもいい。給食のおばちゃんとかなら枠は空いてそうだし声は掛けてみる」

「主婦でも良いですよ」

「誰の主婦だよ」


 片倉さんも面倒そうに答えたが、麻沼さんを見捨てるようには感じない。

 この人も良い人だ。


「では、これからの作戦だけど、高校生組はどうするつもりだ?」

「ラビさんから銅のメダルを2枚預かってきました。これを使います」


 小森君がハンカチに包んだメダル2枚をポケットから取り出した。


「これはさっき能力を消した2人から出たことにします。これを持って如何にも金に釣られたという雰囲気で売りに行きます」

「おい待てよ。この中で金に釣られそうな奴ってそこの木島しかいないぞ」

「待ってくれオッサン、俺はそんなに金に釣られそうな人間に見えるか?」

「見える」

「見える」

「そうにしか見えないから、そう言っている!」

 

 綾乃、小森君、片倉さんが木島君に対して続けて言った。

 地味に酷い。


「それに木島は元教団の協力者だ。ここでメダルを持って行ったところで、だからどうしたとなる」

「教団に復帰したくてメダルを持って来たというあらすじはどうだ?」

「探偵達にガッツリ接触していることは既にバレているんだから、逆効果だろうな」


 ダメ出しを食らって木島君はすごすごと下がっていった。


「ラビ助から入った情報によると、能力者を暴走させることが出来る可能性があるかもしれないって話だ」

「それなら俺だとダメですか?」

「確かに小森なら暴走対策は万全だろうが、見るからに真面目君って感じで不自然さしかない」


 片倉さんはそこで言葉を切って、改めて僕達を見回した。


「金に釣られたケンカ好きの不良路線がメダルを売りに来たって設定は止めよう。無理がある」

「ダメですか?」

「やらなくとも分かる。不自然なコスプレ大会にしかならんぞ」


 そんなにダメだろうかと思って僕も見回してみるが、やっぱり無理そうだ。

 

「裏世界物ってどうでしょうか?」


 友瀬さんから意外な提案が飛んで来た。


「たとえばなんですけど、矢上先輩が小森先輩と殴り合いの喧嘩をして、つい殺してしまうんです」

「俺が殺された」

「『違うんだ、僕のこの手が勝手にぃ!』矢上先輩はその血塗られた手で出現した血まみれのメダルを掴んでボロボロになって歩き始めます」

「どこに?」

「多分終わらない戦いの世界に」

「友瀬さん、変な漫画でも読んだ?」

「変じゃないですよ」


 そうは言っても明らかに変な漫画の影響を受けている。

 まるで上戸さんみたいだ。

 

「不良路線よりついうっかり殺してしまったことから変な扉が開く方がマシじゃないか? 時間もないしそれでいこう」

「えっ?」

「なんかボロボロになった矢上が血まみれのメダルを持って息も絶え絶えになってやってきて、このメダルを換金してくれと言って倒れる……否、別に倒れなくてもいい」


 いつの間にかストーリーは友瀬さんのもので確定したらしい。

 ただ、ボロボロというのは具体的にどうするのだろうか?


「どうする? 制服は車で轢いてボロボロにしたら雰囲気は出るか?」

「今の制服をボロボロには出来ないし、近くのホムセンで安い作業服を買ってきて、それをボロボロにしましょう」


 小森君からまともな提案が出て来た。


 それは助かる。

 流石に潜入のためとはいえ、ここで制服をボロボロにしてしまうと明日からの学校で困る。


「死んだのは小森じゃなくて、そこで寝てる曽我さんってことにしない? 昼に私達が襲われた話をそのまんま置き換えれば説得力は増すと思う」

「曽我さんが殺されて逆上して襲いかかってきた相手も倒してメダルが2枚になるんだな」


 なんだかよく分からないところでどんどんとストーリーが作られていく。

 でも、潜入工作でそこまで細かいストーリーは必要だろうか?


「その設定を使って全員で潜入するってことでOK?」

「全員は止めてくれ。探偵の和泉から近隣の学校でも使い魔の暴走が起こるかもしれないから巡回パトロールを手伝ってくれという話が出てる。そっちに何人か回したい」


 片倉さんが話に割り込んできた。


 確かにそれは重要な話だ。


 なるべく早めに能力者の一覧は入手するつもりだが、それよりも先に事件が起きたらどうしようもない。


「じゃあ、怪我人が出るかもしれないので、小森は巡回チームの方が良いか。使い魔を探知出来る友瀬さんもそっちかな?」


 綾乃がメンバー分けを始めた。

 

「いや待ってくれ。友瀬さんのレーダー機能は矢上君の取引チームの方が良くないか?」


 小森君が異議を挟んだ。

 

「そう? 私は巡回チームの方が良いと思うけど」

「取引チームは正直何が起こるか分からないので、万能型の友瀬さんに回ってもらった方が良いと思う」

「じゃあバランスを考えて、私が巡回チームか」

「おい、近隣の学校で事件って(けい)の高校は無事なんだろうな?」


 やはり木島君は彼女の弥寺(みでら)さんが気になるようだ。

 片倉さんに食って掛かる。

 

「景の学校でも朝から全校集会で変な話題が出たんだろう」

「弥寺は元々は教団の協力者でリストには載ってないはずなので、狙われることはないだろうが」

「そんなこと分からないだろ! 俺は行くぞ!」

「じゃあ木島も巡回チームで」

「言われるまでもない。じゃあ巡回チームは俺と小森と綾乃ちゃんか」

「名字で呼んで欲しいんだけど」

「あとは探偵の和泉か」


 巡回チームはその4人で良さそうだ。


 防御と回復の小森君、攻撃担当の綾乃、使い魔を複数出して数体やられても本体にダメージがない、盾に最適な木島君。

 それに警察と連絡を取り合えて万能型の和泉さん、バランスは悪くないと思う。

 

「じゃあ潜入チームは僕と友瀬さんと片倉さん?」

「オレはここで魔力結晶のチャージ完了待ちだから出られないぞ。赤い宝石やここに入院してる学生も護らなきゃならないからな」

「オッサン1人で護れるのか?」


 木島君がそう言った直後、顎にサインペンが突き付けられた。

 特に素早くはないが、無駄のない正確な動きだ。


「オレは裏方で肉体労働は苦手だけど、並みの人間相手ならこんな感じだな。本番ならライフル銃の銃口を向ける」

「わ、分かったよ……」

「矢上チームには麻沼さんが付き添う」

「私がフォローします。もちろん、私が近くにいると相手は警戒するので、一定距離を開けてですが」

「わかりました。よろしくお願いします」


 これでチーム分けは完了だ。


「学校が終わって放課後になると、各地で小競り合いが始まる可能性が高い。その前に最低でも能力者のリストは確保しておきたい」

「もちろんです。早速作戦に入りましょう」

「って、どこに向かうのか知ってるのか?」


 そういえばメダルの取引どこで行うのかについては全く聞いていない。

 それを聞かないことには動けない。


「教団の事務所が入っている古い団地があるだろう。教団の事務所は4階だが、そこの3階……誰も利用者がいないはずのフロアが取引先として指定されている」


   ◆ ◆ ◆


 ホームセンターで買ってきた安いジャケットを車で何度か轢いた上で羽織った。

 遠目で見ると薄汚れた制服のように見えなくもない。


 僕の顔とメダルには赤い絵の具でまるで血が付いたようなそれっぽいメイクを施している。

 これはそれっぽい雰囲気を出すだけなので、あくまでも控え目だ。


 友瀬さんは無傷。

 ただ、雰囲気を出すためにアイシャドウを目の下に入れてクマのように見せている。

 

 片耳にはワイヤレスのイヤホンを付けてポケットに入れっぱなしのスマホからの音声を飛ばしている。

 これで近くに隠れている麻沼さんからある程度の通話は出来る。


 もちろん僕達が結界に囚われると意味がない代物ではあるが、ないよりはマシだ。


『指示は私から都度出しますが、ある程度は矢上君のアドリブ力が必要になります』

「出来るでしょうか?」

『とにかく必死な感じが出たら良いと思います。今回の演技は不本意にも殺人を犯してしまい、冷静さを失ってヤケクソ気味になっている少年Aです』


 そう言われると不安になってきた。

 そういうキャラを演じられるだろうか?


『少々不自然でも良いんです。平常心を失って、自分で何を言っているのか分からないという雰囲気さえ出たら、他の細かい粗は隠れるので』

「とにかく必死な感じですね……何とかやってみます」

 

 何度か心の中で「必死な感じ」と繰り返す。


『今回の目的はあくまでもリストの入手です。メダルは交渉材料として渡しても大丈夫です』

「何も手に入りそうにないなら?」

『全てを捨てて逃げてください。そこまでの無理は私も片倉さんも望んでいません。その場合は巡回チームがフォローします』

「分かりました」

『最後に。使い魔を暴走させるというチケットにだけは注意してください。メモ帳のような紙を取り出したら決して近寄らないよう』

「でも、そんなのを使われても分かりますかね? 能力者のリストも紙ですよね。違いが分からないと思います」

『なので「こいつは暴走させてもメリットはない」と思わせて、使わせないように会話で誘導します。具体的には私が指示を出します』


 思っているよりもややこしい任務だ。

 ただ、これをこなさないと先には進めない。

 重要な役目だけど、やり遂げるしかない。


『イヤホンマイクで音声は外部に漏れないとは思いますが、絶対ではないので、ここからの指示は最小限にします。では』


 それを最後に麻沼さんからの指示はそこで終了した。

 たまに何かものを動かすようなノイズは聞こえてくるが、それ以外の音声はない。


 新築マンションの建設工事音が鳴り響く中、友瀬さんを引き連れて人通りが少ない市道を歩いて行く。


「また来るとは思いませんでした」

「これで最後にしたいと思うけどね」

「ケーキ屋はまた連れて来て欲しいと思ってます。実はそこの1階レストランもちょっと気になっていて……」

「そうだね……また……全部解決したら2人で来よう」

 

 高い塀に沿って少し歩くと、以前も訪れた古団地が姿を現した。


 外装が剥げてコンクリ色がむき出しになった古い団地は冬の重苦しい空と相まって、寂し気な……まるでゴーストタウンのような印象を受ける。


 時間は昼過ぎ。

 ランチタイムも過ぎたからか、1階のレストランはもちろん、2階の美容室には誰も客の姿はない。


 風が吹き抜けるたび、薄汚れた掲示板に貼り付けられたチラシがペラペラと音を立てる。

 都会の喧騒から切り離されているからか、それ以外には何の音もしない隔離された空間


 すぐ上に教団の事務所があるこの場所を指定してきた理由がそれか。


 町の中にあるのに人と……外部と隔離された異質な空間。


 ぎしりと軋む階段を踏みしめて上っていく。

 

 1階……2階……。

 

 曇天なのと、日当りを考慮していない古い団地の設計からなのか建物内部は妙に暗い。


 その時、3階への階段を上る途中に視界の隅を何かが高速で横切った。


「見ました?」


 友瀬さんから声がかかった。

 

「見えなかったけど、何かが居た」

「ネズミとか?」

「レストランとか美容室が入ってるんだから消毒はしてると思うけど……使い魔かもしれない。警戒して進もう」


 警戒しつつゆっくりと3階に足を踏み入れた。


 長い廊下。

 電気は点いておらず、天井の蛍光灯には埃が積もり何本かは取り外されていた。


 扉はすべて閉じられている。

 貼られた部屋番号は色あせており、呼び鈴のボタンは何度も押されたように摩耗している。


 人の気配は──ない。


 ただ、確実に3階に上がってきた僕達を誰かが見ている。

 誰かがこちらの気配を感じている。


 次の瞬間、遠くのドアノブが、かすかに動いた。


 上着のポケットから血痕風の汚しが施されたメダルを取り出して掲げてみせた。


「ここでメダルを買い取ってくれると聞いたんだけど」


 返事はない。

 仕方なくドアノブが動いた部屋の前に歩みを進める。


「誰かいますか?」

「入れ」


 低い男の声で返事があった。

 外開きのドアを引いて室内に入ると、ホコリとカビの湿気臭い匂いが鼻を突いた。


 目の前はキッチン……と言うには若干抵抗がある古い「台所」があった。


 コンクリ製のキッチン台にアルミ製のシンクが取り付けられ、カラフルなタイルが貼られている。

 

 廊下のど真ん中には洗面台と鏡が見える。


 洗面台は水垢で汚らしい色になっており、鏡は曇って何も映していない。


 そして、見える範囲には先程の声の主の姿はない。

 奥の部屋だろうか?


「メダルを改めて見せてもらおう」

 

 声の主がどこにいるのかは分からないので真正面に向けて掲げた。


「どうやって手に入れた?」

「昼休みに階段を移動途中で突然襲われた。隣のクラスの女子生徒だ。2人がかりで何とか倒したけど、一体何が起こっているんだ? 説明を聞きたくてここに来た。このメダルは何なんだ?」

「奥の部屋に入れ。靴は脱がなくていい」


 指示通りに靴のまま室内に入る。


 湿度で床に貼られた板がめくれ上がってブヨブヨと妙な弾力があり気持ち悪い。

 頼まれなくても靴は脱ぎたくない。


 指示通りに軋む木製のドアのドアノブに手をかけて一気に引いて開けると、そこには黒い人影が立っていた。


 比喩ではなく、文字通り黒い煙に微妙に波打つものが集まって大の字の形を取っている。


 目も鼻も口もなく、本当にただ四肢と頭を持った人を模しているだけで、決して人ではない。


 すかさずライターに着火。

 ジャック・オー・ランタンを喚び出して身構えた。


 同時に友瀬さんもアルゴスを喚び出した。

 ただ、コンソールは出しておらず、尾羽も展開していない。


 あくまでも単純な攻撃用の使い魔に見せかけるつもりのようだ。


「怖がらなくていい。この影は遠隔で操作している。君達の使い魔と同じだ」

「だからと言って攻撃してこない保証にはならない」

「だが、メダルを買い取ってほしいのならば、私の言うことは聞かざるを得ないはずだ」


 なかなか警戒心の強い相手だ。


 姿を見せるといきなり攻撃されることを警戒してか、本体は姿を見せない。

 そして、こちらが拒否をすれば金の提供もなしと強気に呼びかけている。


「あんたの言うことを信じるとして、メダルをどうすればいい?」

「そこのテーブルの上にメモを置いてある。振込先の口座番号を書き込んでメダルを重しに置いて立ち去れ。後日に入金する」

「信じられるもんか」

「ならば買取の話はなしだ」


 あくまでも僕達の前に姿を表す気はないようだ。


『強気に。メダルがないと困る、現状不利なのはむしろあちらです。帰るフリをしてください』


 麻沼さんからのアドバイスが聞こえてきた。


「なら僕達も帰ろう」

「待て、メダルは置いて行ってもらう」

「どうしても欲しいなら現金だ! 知り合いが襲い掛かって来て誰も信じられない今の状況で他人を信じられるわけないだろ!」

「そうですよ! 曽我さんは良い人だったのに!」


 友瀬さんが乗ってくれた。


 すると、黒い影は後方を振り返るように首の部分を横へと曲げて、何やら頷くような動きを見せた。


 ……今の行動は少しおかしい。

 まるで後ろから誰かに声を掛けられて、それに反応しているようだ。


 これはもしかして、別の場所にいる誰かの動きをトレースして映し出している、見た目通りの影なのでは?

 そして、僕達の見えないところで、この影の主が実際背後にいる誰かから何かを話しかけられているのでは?


「先輩、もう帰りましょう。怪しいですよここ。私達を罠にはめるつもりなのかも」


 友瀬さんはそう言うと部屋を出て……出口ではなく台所から出られるバルコニーの方へと向かい始めた。


 アルゴスの尾羽が少しだけ広がり、アンテナが立ち、目立たないように目玉のような子機が飛び出していった。

 このまま偵察を始めるつもりだ。


「ああそうだ。せっかくメダルを2枚持って来たのに、これじゃあ台無しだ」


 黒い影の興味が友瀬さんの方へ向かないよう、大げさな動きで2枚目のメダルを取り出した。


「そのメダルは?」

「誰だか襲い掛かってきたから反撃したら出てきただけだよ。まあ、こんなの集めても仕方ないならいらないけどね」


 わざとらしく大袈裟な演技で興味を惹く。


 その間に分析が終わったようだ。

 友瀬さんが指で上を指しながらコンソールをチラリと僕の方へ見せて来た。


「4F」「能力者 2」

 

 その2つが確認出来れば十分だ。


 この影の主は1つ上の4階……教団の事務所にいて、他に能力者がもう1人いる。


「説明もなければ買取もない。ならダメだ。他に売り込める先を探そう」

「我々の他にメダルを買取る者などいないぞ。現金化はここでしか出来ない」

「どの道お前たちも払う気なんてないんだろ。僕たちはお金が欲しいんだ」


 やや沈黙。

 影の首の部分はまたも後ろを振り返っている。


「現金でメダル2枚分、20万円を用意しよう。ただし条件がある」

「条件というのは?」

「こちらでリストを用意する。そこに載っている相手に攻撃を仕掛けてメダルを奪い取って欲しい」


 来た。

 どうやら僕達を利用して能力者同士の戦いを加速させる気なんだろう。


「メダルを置いて5分だけこの部屋を開けて欲しい。その後に戻ってきてくれ。現金とリストをそこのテーブルの上に置いておく」

「メダルは1枚だけ置いておく。戻ってきて本当に現金が置いてあったら残り1枚も置いておく」

「あなた達が残る1枚のメダルを置いておく保証は?」

「そちらが現金とリストを用意する保証は?」


 またも……今度は長めの沈黙があった。


「それでいい。5分部屋を離れてくれ」


 相手が乗ってくれた。

 

 そうと分かればこちらの対応も決まった。


 指示通りにテーブルの上にメダル1枚だけ置いて部屋を出る。


『交渉内容としては十分です。リストを確認したら、約束通り残りのメダルを渡して引き上げてください』

「これで大丈夫だったんでしょうか?」

『リストの内容次第ですが、敵戦力の分析と動きが分かっただけでも十分です』


 約束通りに5分後に部屋に戻ると、先程の影はもういなかった。


 その代わりに茶封筒に入った現金とプリンタで印刷したであろうA4サイズの紙が1枚置いてあった。


 手で持つと紙がまた少し温かい。

 レーザープリンタで印刷したてという感じだ。


 リスト内には10人の名前と住所が並んでいた。


「全部で10人か」


 麻沼さんに伝えるためにわざとらしく大きな声で人数を読み上げる。


『全員ではない……やはり随分と敵も慎重ですね。ただ、今は一度それを持ち帰ってください。内容をこちらで吟味しましょう』

 

 残る1枚のメダルをテーブルの上に置いて、無人の室内に呼びかけた。


「またメダルを手に入れたら、ここに来ればいいのか?」

「もちろんだ。約束通りの金は用意しよう」


 無人の室内から声が帰ってきた。

 

 成果は十分だ。

 僕達は一度引き上げることにした。


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