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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 2 横浜地下迷宮
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第47話 「フューリー」

 昼休みの終わりを告げるチャイムが、スピーカーから乾いた音で響いた。

 無機質で容赦のないその音に廊下を歩いていた生徒達はざわめきながら教室へ戻っていく。


 やがて廊下は、何事もなかったかのように静けさを取り戻した。


 ……5分が過ぎ、10分が過ぎ──

 誰もいないはずの廊下に、微かに響く足音が現れた。


 規則正しいが若干摺り足気味にで音を立てないように歩みをすすめるそれは傍から見れば違和感しかないだろう。


 足音の主は保健室の前で立ち止まり、周囲を一瞥する。

 気配を殺し、スライド式の扉に手をかけると極力音を立てないように、ゆっくりと、しかし確実に開けていった。


 薄暗い保健室。

 男は目隠しカーテンを開き――動きを止めた。


「……誰もいない、だと?」


 ベッドの上には整えられた毛布とシーツがあるだけ。人の気配は微塵もない。


 男の表情が険しく歪む。


「そんなバカな! 確かにここに運び込まれたはず!」


 荒々しくベッドの上に敷かれた毛布やシーツをはぎ取ると、何かが弾き出されて、硬質な金属音と共に床に落下した。


 男はすぐさま床に飛び込み、這いつくばるようにしてそれをつかんだ。

 薄暗がりの中、男の目がわずかに細められ、口元がわずかに吊り上がる。


 それは、銅色に鈍く光るメダルだった。


「……1枚あるということは、他にもあるはずだ」


 男からは廊下を歩いていた時のような慎重さは完全に消えていた。

 音が鳴るのも気にしようとせず、手の中のメダルを強く握りしめながら、男は隣のベッドの毛布とシーツを乱暴にはぎ取ると、今度は3枚のメダルが飛び出した。


「3枚? いやこれは多すぎるぞ」


 2枚を足で踏んで止めて、1枚はまたも飛びついて確保した後に改めてメダルを拾い上げて、首を傾げた。

 回収を指示されたメダルとはデザインが随分違うように見えたからだ。


 指示されたメダルではなく、まるでゲームセンターなどで使われているメダルに見える。


「あーあ、まるでコソ泥ですね。清潔にしないといけない保健室をこんなに荒らしてどうするんですか?」


 呆れるような声と共に保健室の窓側にある勝手口の扉が開いて、女生徒が1人入ってきた。


 ただ、その着用している制服……紺のブレザーとスカートは見覚えないものだ。

 少なくともこの高校でも、近隣校のものでもない。


 それに白い髪と赤い目……そんな人間が学校に在籍していると聞いたことがない。


「そのメダルは毎年文化祭のイベントで使っているものらしいですね。倉庫の中にメダルゲーム筐体と一緒にたくさん置いてありました」

「何年何組の誰だぁ!」


 男は、少女が生徒ではない可能性が高いと分かっていたが、ついいつもの癖で大声が出た。


「2年1組、品田結依(しなだゆい)

「品田?」


 少女が名乗った名前を聞いて男の脳裏に浮かんだのは、昨年に自殺した生徒の顔だった。

 だが、その外見の特徴は目の前の少女とは似ても似つかない――


 ――似つかないはずなのだが、雰囲気は何故か同じものを感じる。


 幽霊などではない。

 だが、無関係とも思えない。


 この世には科学では説明出来ない不思議な現象、そしてそれらを引き起こす能力が存在していることを知っている。

 自分が信奉する教団がそれを肯定している。


鳥飼次郎(とりかいじろう)……この学校の教諭にして星の智慧(ちえ)教団の構成員。能力者ではなく、今まで活動も消極的なものばかりの小物でしたので対処は後回しにしていましたが、ここで急に動き出すとは」

「何だお前は? ここに寝かされていた生徒はどこに行った?」

「病院ですよ。曽我(そが)さん達には治療が必要なんです」

「病院? 救急車のサイレン音なんて聞こえなかったぞ!」

「救急車ではなくタクシーを呼んだんです。目立ちたくないので。それに必要なのは119じゃなくて110でしょう。どこまでが共犯者扱いになるのかは検察相手にどうぞ」


 少女は左手に持ったスマホの画面を見せながらを鳥飼に見せつけるように右手で何度かトントンと叩いた。

 1、1、0。


「昨日、貴方がトイレで有毒ガス発生の工作をしていた証拠はこの学校の防犯カメラに残っています。ここで保健室を荒らしていた件と併せて通報すればどうなると思います?」

「な、なにを……」

「貴方には黙秘権があります。弁護士を呼ぶ権利があります。供述での証言は法廷で不利な証拠として使用されることがあります……あと何だっけ」


 鳥飼は保健室の扉を乱暴に蹴り開け、まるで火でもついたかのように廊下を駆け出した。

 足音を響かせながら、一直線に職員室へと向かう。


 冷静に考えれば、俺はまだ怪しまれる要素などない。

 防犯カメラ? そんなものはハッタリだ!


 怪しいのは校内に不法侵入しているあいつの方だ!


 警察に追われるべきなのは俺ではない。


 勢いよく職員室のドアを開け放ち、そのまま中へと飛び込んだ。


「大変だ!」


 目の前にいた男へ向かって叫ぶ。


「保健室に不審者が入り込んでいた! 去年に死んだ品田の名前を名乗る女子生徒だ! そいつが倒れてた生徒を勝手に連れ出している!」


 その男が怪訝な表情を浮かべる。


「どういうことですか? そもそも、なぜあなたが保健室にいて、何をしていたんです?」


 一瞬の沈黙。鳥飼の眉がピクリと動く。が、次の瞬間には怒鳴り返していた。


「そんなことはどうでもいい! 問題は不審……者?」


 言いながら、鳥飼はようやく気づいた。

 目の前にいる男は教師ではない。


 胸に輝く銀色のバッジ。青い制服。

 間違いようのない「警察官」だった。


 横には、事情聴取を受けていたらしい同僚の女性教師。

 他にも職員室にいた教師たちの目が一斉に鳥飼の方を向いた。


「昨日に続いて生徒が数人倒れた件です。有毒ガスの件もまだ片付いていませんので、一応確認してくれと通報を受けて確認のために立ち寄ったのですが……」

「ま、待ってくれ。保健室にいた生徒は……まだ、そこに……いや、まだ寝ていたはずだ。なんで……」

「その生徒達なら、つい先ほどタクシーで病院に運ばれましたよ。クラスのお友達が心配だから念のため病院へ連れて行くべきだと」

「なん……だと……?」


 鳥飼の顔から血の気が引く。


「なるほど」


 警察官が鳥飼の顔を見据えたまま言った。


「鳥飼さんですね。以前にこちらの本校舎のトイレで何かされていた件も含めて、保健室で何があったのかについて、少々お話をよろしいでしょうか?」


   ◆ ◆ ◆


 高校生組が潜入捜査を行うというならば、この学校内の情報を外部に伝えられるのは困る。


 なので、この学校に潜入している教団の関係者、鳥飼教諭と秘書の娘、大城戸可奈(おおきどかな)が外部へ情報を漏らすことを事前に封じておく必要がある。


 鳥飼教諭については簡単だった。

 トイレで有毒ガスの工作した疑いが防犯カメラの映像から確認出来たので、その前提がある上でもう1つプラスアルファがあれば簡単に潰せる。

 

 やったことは単なるイタズラレベルで刑事罰から逃れることは出来るだろうが、流石にそれだけのことをやらかして、無罪放免なわけはない。

 懲戒処分を食らわせてやれば、彼がこの高校に戻ってくることはもうないだろう。


 書道部の部室の窓から外を見ると、応援のパトカーが到着するのが見えた。


 これから鳥飼教諭へなんで保健室を荒らしまくったのかという事情聴取が始まるのだろう。

 警察には探偵を通して防犯カメラの映像が残っている旨を伝えているので、余罪はすぐに見つかるはずだ。


 問題は秘書の娘の方だ。

 こちらを仕留めなければ、ダイレクトに秘書へと情報が流れる。


 友瀬さんの調査により、大城戸可奈が無能力者なのは確定している。

 ならば、どうやって能力未覚醒者達を暴走させたか……だ。


 分からないことがあればどうするか?

 そんなこと、決まっている。本人に直接聞くのが手っ取り早い。


「それでどうやって暴走させたんですか?」

「何の話だか分かりませんね」


 笑顔でその渦中の人物、大城戸可奈が答えた。


「もう授業が始まっていますけど、出席しなくて大丈夫ですか? テストは来週ですよ」

「あなたこそ……いえ、あなたはそもそも生徒じゃないんでしたっけ」

「残念ながら高校はもう5年ほど前に卒業してますからね。今更通っても仕方がないんですよ」

「あらあら、見た目よりお歳を召されているようで。とんだ不審者ですね」

「あなたも、自宅から離れた場所にある、偏差値が高いわけでもなく、交通の便も悪い普通の公立高校に入学して来るなんて随分と変わった趣味をお持ちで」

「親の都合ですよ。なんでも遺跡があるので近くで見張る必要があったらしくて」

 

 ただの秘書の娘にしては随分と口が回る。

 門前の小僧習わぬ経を読むとかいうレベルではない。


 もっと計画の根幹部分を知っている感じだ。

 少し揺さぶってみるか。


「でも大変じゃないですか? もう使える手駒がいないでしょう。教団も人員不足。雇った連中も全部捕まって学校はこの通り」

「そうですね。もうお父様しかいないのですが、足を使う仕事には向いていないんですよね。計画もどんどんねじ曲がっていってどうなることやら」

「そろそろ諦めません? 何をやっても私達が潰しますよ」

「貴女こそ、何の利益にもならないことをなんでやっているんですか? 私達の邪魔をして何のメリットが?」

「友達がこの学校に通っているんですけど、事件が起きるとせっかくの高校生活や将来に支障が出るでしょう」


 そう説明すると大城戸は大きくため息をついた後に、制服のポケットからメモ帳のようなものを取り出した。


「これでどうです?」

「どうと言われても」


 意味が分からない。

 おそらく何かをやろうとしているのだろうが、残念なことに俺には全く通用していない。

 

「残念、お手上げです」

「なんですか、それは?」

「フューリーって知ってます?」

「ブラッド・ピット主演の戦争映画ですか?」

「ギリシャの――」

「――もしくはローマ神話の復讐の女神。怒りや激しさの意味なので、効果としては使われた人間を暴走させるとかそんなですかね」


 流石にそれくらいは知っている。

 教団は一時的に特殊能力を与えることで教徒を増やし続けていた。


 大城戸が持っているメモ帳もそういう一時的に能力を与えるアイテムの1つなのだろう。


 大城戸からそのメモ帳を奪い取り、窓から投げ捨てた後に極光で跡形も残さず焼き払う。

 燃えカスが校庭の方に落ちて行ったが、流石にそれに効果は残っていないだろう。多分。


「魔力を暴走させるんですよ。能力者に対する虎の子だったんですけど」

「残念。私は魔力ってないんですよ」

「魔力0に見えても実は0じゃないから暴走するはずなんですけど」

「0とnull(ヌル)は違うんです」

「nullってどういう意味なんですか?」

「存在しない。プログラム言語でNullPo(ぬるぽ)interExceptionというエラーがありますけど、参照しようとしたけどそんなのなかったよと出て来るエラーがそれです」


 俺の場合は精神力とうちの神さんの加護が強いらしいので、単にそれで効果に耐えた可能性もあるが、まあそこらの説明は不要だろう。


「マンガで見ましたけど、天与呪縛とかそういうやつですかね? 領域展開が通じないやつ」

「それ」

「伏黒父かーっ」


 大城戸は全てを諦めたのか書道部部室の畳の床に身体を投げ出した。

 抵抗する気もないのか完全に弛緩し切っている。


「終わりですか?」

「私は能力者でも何でもないただの高校生ですよ。殴り合いで勝てる気もしませんし、もし勝ったところで意味はないんでしょう」

「下には他の仲間もいますしね。私が倒されたらすぐに援軍が駆け付けるでしょう」

「なら無駄な抵抗はしません。私はこれからどうなります?」

「この後で警察と繋がりがある探偵があなたの身柄を確保します。もちろん、それは教団からの報復を防ぐ意味もありますし、抵抗しないでいただけると助かります」

「父は東議員に仕える秘書……なんて言っても意味ないですよね。お父様も失業の流れですし」


 まあそれはそうだ。

 このままメダルを集めている連中から議員まではすぐに繋がるだろうし、議員が逮捕されたら秘書も一網打尽だろう。

 

「お父様が失業したら、私も高校中退ですかね?」

「親は親。子は子です。せっかく2年末まで通ったのですから、あと1年頑張ってみては? 公立高校だからお金もさほどかかりませんし」

「犯罪者の子と散々言われて学校に通い続けるのは辛いんですけど。それが嫌で今まで親を支えて頑張ってきたのに」


 何というか、こうやって直接話してみると感性が驚くほどに普通の女子高校生だ。

 

 要するに親が何かやらかしていることに気付いてはいたが、親もろとも自分が破滅するのが嫌なので力を貸していたということだろう。


 木島君を教団に誘ったり、曽我さん達を暴走させたりと割と色々なことをやっていたようだが、直接犯罪にかかわっていないだけに微妙に責めづらい。


 もちろん曽我さん達に迷惑をかけた謝罪はしてもらうが、未成年なので刑事罰まで行かないだろうし、退学まで行くかは微妙なところだ。


「何を言われてもあと1年です。頑張れば良いとは思いますよ」

「大学は? そちらは精神的な話以上に学費とか」

「奨学金とか?」

「うーん……」


 どうやら悩んでいるようだが、流石にそこまで面倒を見切れない。

 

「では、司法取引といきませんか? この学校以外の能力者の一覧などがあれば、提供していだければ報奨金が出るようには交渉しましょう」

「ダメですね。お父様は自宅に仕事を持ち込む主義ではありませんので、私も今朝にこの学校の能力者の一覧を見せてもらったところです」

「ということは、矢上君が能力者ということも?」

「知っていたら、以前に公園で会った時にもっと深堀りしていますね」


 それはそうだ。


「今回の計画についてどこまで知っていますか?」

「手下の超能力者を増やしたいってのはあるみたいですけど、それよりもメダルってありますよね。一定数集めると何かが起こるらしいので、メダルを集めろってのが最優先になっています」


 メダルを一定数集めるという話で思い当たるのはランクアップだ。

 ランクアップのメリットは強化と全ステータスの回復。


 傷の治療などに使えるのは分かるが、あれは初期状態に戻ることで、結果として回復しているだけだ。

 召喚されていない人間の場合は基準値は何になるというのだろうか?


 ランクアップを繰り返せばおそらく人間離れした能力が手に入るはずだが、それが目的だろうか?


「メダルを集めるとして、どこに持っていくとか聞いていますか?」

「事務所ですね。駅の近くに古い団地があるんですけど」


 これは重要な情報だ。

 八頭さん達も調べてくれているだろうが、それはそれとして矢上君達に伝えよう。


「では、200スタディオンという言葉に聞き覚えは?」

「ないですね。そもそもスタディオンって何ですか?」


 これは空振り。


「次の質問です。先程のフューリーチケットはまだ誰かが持っていますか?」

「神父が用意されていたのでさっき燃えたのは最後ではないでしょうね。全部でいくつあるのかは知りません」


 そういうことならば高校生組にも警告しておく必要が有るだろう。

 相手がメモ帳のようなものを取り出したら注意しろ、おそらく俺と同じ理由で通用しない小森くんがカバーするようにと。


 最悪、柿原さんが暴走させられると、かなり酷い事態が発生するだろう。


 俺はこの学校で色々と後始末を付けていくので、高校生組に付いていくことは出来ないが、精一杯のフォローはしておきたい。


「ありがとうございます。質問は以上です」

「じゃあ連れて行ってください。警察と繋がりがある探偵とやらが下に来ているんでしょう。さっき来ていたパトカーとか」

「いえ、来ていませんよ。ハッタリです」

「えっ!?」

 

 大城戸が間抜けな声を上げた。


「探偵達は病院へ能力者を消しに向かったので、この学校には来ていないんですよ。下に居るのは普通の警察なので、あなたが逮捕されることはないです」

「じゃあなんで?」

「あなたがこんなにあっさり降参するとは思いませんでしたので。仲間がある程度事態を収拾させるまで、あなたをここに足止めして議員や秘書に情報を伝えさせないことが私の目的でしたので」


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