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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 2 横浜地下迷宮
218/251

第44話 「開幕」

「裏から忍び込むな」「空から飛来するな」「正門から入れ」

 様々な制限を付けられた現状でなるべく目立たず学校内に潜入する方法。


 それは時間差アタックだ。


 生徒が登校してくる時間のピークは朝8時から8時20分までの20分間。

 つまり、この時間からズレて学校内に入れば、他の生徒と遭遇する可能性は低い。

 

 時間として7時40分頃を狙ってみた。

 時間が早すぎて駅前のイオンがまだ空いておらず、昼飯を買えなかったことだけが残念ではある。


 指定通りに正門から学校内に入り、通気口から鳥の使い魔を忍び込ませて校長室へ。

 手早く校長室の窓のロックを解除して侵入ルートを確保したら準備完了だ。


 職員室の調査も行いたかったので前を通ったが、本日は何やら教師達が早めに登校してきており、何やら会議のようなことをやっている。

 耳を澄ますと「朝一に講堂で全校集会」という単語が聞こえて来た。


 昨晩の新坂一家の事件を受けて学校側から「凶悪事件が頻発しているし、来週から学年末テストもあるので早く帰宅しろ」というような通達が有るのだろう。

 

 ただ、全校生徒と教師達が講堂に移動して校舎内から人が消える時間があるのならば、そこが千載一遇のチャンスである。


 校内の防犯カメラの位置をチェックしながら、全校集会が始まるまでどこか身を潜められる場所がないか探していると、廊下の隅に不自然に段ボールやハリボテが積み上げられているスペースがあった。


「なんだこりゃ?」


 段ボールには「旧校舎倉庫から移動中。触るな」と書かれた付箋が張り付けられている。


 そう言えば、旧校舎は以前から耐震基準に満たなくて崩れてくるという話があった。

 その上で先日のボヤ騒ぎが重なったことにより、旧校舎に入ること自体が危険で、地下倉庫を使い続けることも止めるべきだと判断したのだろう。


 それで、旧校舎地下倉庫の中に収められていた荷物類を全てここへ運んで来たと。

「不用品・廃棄」と張られている段ボールもあったので、ある程度整理は始めていそうだ。

 使えるものは現校舎内の倉庫にでも移動させるのだろう。


「体育祭と文化祭用のゲート、暗幕、卒業式で飾り付けに使う造花ね。廃棄って書かれている箱の中身は不要書類や古い来客用スリッパか? もっと早く捨てておけば良かったのに」


 置かれている物自体に別に興味はないが、これだけ物が山積みならば、その陰に身を隠すには持って来いだ。

 段ボールをずらしてその中の空間に身体を潜り込ませると……先客がいた。


「どうも」

「……どうも」


   ◆ ◆ ◆

 

 謎の女子高生と一緒に無言でただ時が過ぎるのを待つという奇妙な体験をすることになった。

 

 おそらく、隣に座っているこの女子高生は何かしらの事情があって、ここに身を隠して他の生徒や教師の目から逃れているのだろうとは思う。


 ただ、どんな事情が有ったとしても学生でもなければティーンでもない。

 戸籍上の性別すら一致していない俺と言う不審人物がここに座っていることを上回る胡散臭さがあるとは思えない。


 俺は疑惑のデパートだぞ。


「もしかして品田さんですか?」


 5分くらい経った頃だろうか。

 その女子高生は俺の顔を見ながら小声で囁くように話しかけて来た。


 またかよ。

 どうなってるの、この学校のエンカウント率。


「私は加古川稲美(かこがわいなみ)です。別人です」

曽我恵理那(そがえりな)です」


 曽我?


 確か校長室から盗み出した例のリストの5番目。矢上君の2つ上に載っていた名前と同じだ。


 同姓同名の他の生徒がいなければ、この女子高生も覚醒しているか否かの違いはあっても、能力者である可能性が高い。

 後で新聞部の皆さんがヒヤリングをするだろうが、俺がここでやって置いた方が手間と時間が省けて良さそうだ。


 その時、授業開始を告げるチャイムの後にスピーカーから「全校集会があるので講堂に移動してください」と生徒の声で放送が流れ出した。


 この手のアナウンスはやはり放送部の部員がアナウンスしているのだろうか?


 俺の母校でも将来はアナウンサーになると息巻いていた放送部員が居たが、卒業後に夢を叶えたという話は一切聞こえてこない。

 日本全国どこの高校にも同じことを考えている人達がいて、そのメンバーの中で行われる椅子取りゲームはそれだけ過酷なのだろう。


「まずは1年からお願いします」というアナウンスが流れた後にワンテンポ空けて、大勢の生徒が歩く足音と話し声が聞こえて来た。

 

 1年の後にも校舎内にはまだ2年と3年、それに教師がいるはずだ。

 校舎内から人が捌けるまではもう少しここで大人しくしておきたい。


 それはそれとして、曽我さんは移動しなくて大丈夫なのだろうか?


「行かないんですか? 全校集会で講堂に集合ですよ」

「私は大丈夫。それよりも品田さんは?」


 結依さんじゃなくて加古川だと言ってるだろ。人の話を聞けよ。


「私は別に用事があるので」

「やっぱり私を迎えに来たんですか?」


 意味不明な返答があった。

 俺を学校に現れる幽霊か何かだと思っているのだろうか?


 現在進行形で学校の怪談を作成中だし、別人ではなく本人ではあるが、足もしっかり生えているので幽霊的なものではない。


 もしかすると、曽我さんは幽霊だか死神だかがやってきて、今の自分の状況を変えてくれると信じているピュアガールなのかもしれないが、こちらはカウンセラーでも何でもない。

 通りすがりの不審者なので覚えておいて欲しい。


 さっさと終わらせて本題に入りたい。


「アドバイスなんですけど、世間の人って他人に興味を持っている人なんてほとんどいません」

「どういう意味ですか?」

「私がここに来たのは偶然で、あなたに用事が有ったわけではありません。これは他の人も同じで、あなたが積極的に関わっていかない限りは基本的にどうでもいい人扱いされています」

「私はどうでもいい人だって言うんですか!」


 曽我さんが激高して立ち上がり……頭上のハリボテに頭をぶつけた。


「静かにしろ」と伝えるために人差し指を立てて口元に当てると、恥ずかしそうな顔をして座り直した。

 なんか面倒くさいのに引っかかった気がする。


「どうでもいい人だから雑な扱いを受けるんです。だから、なるべく多くの人に現状の不満を訴えてください」

「そんなことして、余計に嫌われたり迷惑に思われないですか? 敵が増えたらもっと困るんじゃ」

「先程言った通りで、世間の人は自分以外の人間はどうでもいいと思ってるんですよ。現代日本で敵対するってのはとんでもないエネルギーを使うので」

「助けてくれる人はいるんでしょうか?」

「いると思いますが、誰も気付かない場所に隠れていたら見つからないことは間違いないです」


 一応はアドバイス完了だ。

 専門カウンセラーではないし、この学校にそこまで長期滞在はしないので、これで勘弁して欲しい。


「ところでなんですが、何日か前に神父姿の男に会いませんでしたか? 先々週くらいに」

「もしかしてこれに関係してますか?」


 曽我さんがそう言うと手元に小さいクラゲのようなものが姿を現した。


 半円形おわん型、半透明の大きな頭部から長い触手のようなものが何本も垂れ下がっており、そのうち2本だけ特別長い触手は手のひらから床まで垂れ下がっており、その先端から醤油のような色の液体を垂らしていた。


 ライターなしで瞬時に喚び出せるとはたいしたものだ。


「神父様に出会って助言を頂いた際に、そのうち出て来ると聞いていたのですが、なかなか出て来なくて心配で」

「使い魔ですね。これはいつ頃から使えるようになられたんですか?」

「昨日の夜からです!」


 昨日の夜か。

 色々なことが連続して起きすぎており、それらと関係している可能性を考えると不安要素は多いが、今のところは暴走させていないようなので、良しとしたい。


「名前はア・バオア・クー。迷路を作ったり人の意識を狂わせたり出来るみたいです」

「なるほど、このクラゲが」


 名前を聞くと、真っ先に宇宙要塞が連想されるが、元々は妖精や精霊の一種だ。


 聖人の修行をする塔に住み着いて、そこで修行中の人の邪魔だけを繰り返している。


 この妖精自身も塔の頂上に至ると完全体……聖人になれるはずなのだが、道徳的に未完成なために、自分が成功するよりも他人の失敗を願って足を引っ張るなどの邪魔な行為を繰り返す。

 もちろん、他人の邪魔をするというのは聖人的には程遠い行為なので塔の最下層に落ちて、全ての学習成果と成長を投げ捨てて0からやり直し。


 永遠に何の成長もせずに他人の邪魔だけを繰り返すという、挫折の象徴。


 クラゲっぽい外観をしているのは、成虫状態からまた幼生体に戻って永遠に生き続けるというベニクラゲの生体サイクルを永遠の挫折になぞらえてのことか?


 何をどうしたらこんなネガティブの塊のような使い魔が発現するのか。


「もしかして品田さんも私と同じ覚醒者なんですか?」

「覚醒者かどうかはともかくとして」


 おかしい、加古川って名乗ったよな?

 疑問に思いつつも鳥を喚び出して彼女へ見せることにする。


「仲間……私にも仲間がいたんですね!」


 青白く光る粒子で構成された鳥を見た曽我さんは今までの低いテンションが嘘のようにハイテンションになり、俺の手を取って強く振り始めた。


「静かに。私達がここに潜んでいることに気付かれます」

「そ、そうでした」


 曽我さんは声のトーンを落とした。

 ただ、顔には笑顔が浮かんでおり、 先程とは全く別人のようだ。


「私の他にも仲間がいますよ。一度他のみんなに会ってみてください」

「分かりました。どこに行けば良いですか?」

「放課後になったら新聞部の部室に来てください。みんな集まっていると思います」

「新聞部ですね! 分かりました!」


 曽我さんはそう言うとハリボテ山の下に作られていたスペースから飛び出して廊下に躍り出た。


「放課後楽しみです。じゃあ私は今から講堂へ全校集会に行ってきます!」


 その高いテンションを維持したまま廊下を駆け出していった。


「大丈夫かな、あれ」


   ◆ ◆ ◆


 曽我さんと別れた後は、完全にがら空きになったはずの校長室に忍び込むミッションを開始した。


 全校集会がどれくらいの時間かかるか不明なので速攻で決める必要がある。


 手早く校長室へ潜入。

 パスワードは入手済なので素早く入力してメールをチェック。


 東議員サイドは遠見(とおみ)のような手駒や計画の中心人物だった神父を一晩のうちに失っている。

 そのため、すぐに動かせる人間として、この学校関係者が最後の綱として何かしらの指令が来ていると踏んでここに忍び込んだのだが。


 メーラーを起動してチェックするが、先週と比較して秘書からの新着メールは1通だけだ。

 内容は……全校集会を開け?


 今の状況と合致している。

 流石に内容が気になってメールを開いた。


 メール送信日時は深夜3時。

 秘書が余程慌てて動き始めたことが分かる。


 ともあれ、大当たりだったようだ。


 内容は昨晩の強盗事件を受けて生徒に注意喚起することと、強盗の犯人は匿名流動型犯罪グループ……トクリュウの高額な報酬に釣られた学生であり、美味い話には必ず裏があること、メダルなどに釣られないよう伝えるよう全校集会で全生徒に伝えるように記載してあった。


「警察は強盗事件であの場に死者が2人いたことは公表していないのに、それを伝えろと命令を出す? それにメダルの話も?」


 手持ちもスマホで事件の記事を調べてみるが、どの報道機関も死者2名については未記載だ。

 これは新坂家に入った警察が「探偵事務所」の関係者であり、遺体については故意に見なかったことにしているので当然の話だ。


 現場にも入っていなければ警察発表の情報もない報道機関が死者2名の存在を知りようがない。


 だけど、秘書はあえてその情報を公表した上でメダルの話まで出せと言い始めた。

 

「まさかこれ、全校集会でこの学校の9人の能力者に合図してるのか? 成果を出せば金を払うから早く能力者同士での殺し合いのゲームを始めろと?」


 リストの3人、友瀬さん、矢上君、柿原さんは俺達の味方だ。

 負傷して病院へ入院した新坂君も除外だとして、残りの5名はどう思う?


 曽我さんとは先程話したが、まだ彼女の人となりはよく知らない。

 

「これは早く関係者に連絡した方が良さそうだ。間違いなく今日中に何かが起こるぞ」


 ただ、ここで慌てて雑な仕事をしても仕方がない。

 侵入した痕跡を全て消した上で校長室から撤退した。


「講堂へ行く前に探偵達に連絡だ。裏を取ってもらわなきゃならない」


   ◆ ◆ ◆


 誰に連絡を取るべきか少し悩んだ後に和泉さんへ電話をかけた。


 ポテトは少し頼りないし八頭さんは得体が知れなさすぎる。

 電話を掛けるならば和泉さんだ。


 電話をかけると1コールで出てくれた。

 早速、校長室で確認したメールの内容を伝える。


『私は何をすれば良いですか?』

「横浜市内にある中学、高校で同じように全校集会が開かれていないかの確認を。その中で同様の内容が伝えられていないかを?」

『その手の調査はうちの八頭が得意です。伝えておきます』


 和泉さんは今の説明で俺の言いたいことをあらかた理解してくれたようだ。


 電話の向こう側で高速でキーボードを叩く音が聞こえて来た。


『弥寺さんの通う公立高校が近くにありますが、そちらの方でも全校集会が行われているようです。内容は弥寺さん本人に確認します』

「続報あれば文章で読み返せるようメール送信をお願いします。下手をするとそれらの学校全部を周らないといけないかもしれません」

『現在片倉さんがやっている作業が役に立つかもしれません。連絡してみてください』

「もう着いたんですか?」

『早朝には来られましたよ。能力を消す術式……これから起こりうる戦いを止める決め手になる可能性があります』


 和泉さんに礼を告げて今度はカーターにかけ直すとやはりすぐに繋がった。

 手早く校長室で入手したメールの情報を伝える。

 

『ラビ助か、朝からご苦労様だな』

「それはお互い様だ。それよりも召喚の力を消す術の方は?」

『結論から言うと、能力を消せるのは全部で20人だ。内訳は今から説明する』


 電話の向こう側でガタガタと音が鳴った。

 どうやら現在進行形で何かの作業を行っているらしい。


『まず廃アパート地下で発見された宝石なんだが、これは時間経過でどんどん残留エネルギーが失われる欠陥品だった。連絡を受けてすぐに飛んできて良かったよ。明日には自然消滅していたかもしれん』

「神父の口ぶりからまだ未完成なのは分かっていたけど、そこまでか」


 多くの人間の命を奪っておいて、出来たのは欠陥品というのも腹立たしい話ではある。

 あの装置の液体に漬けておけば保存が出来た可能性はあるが、流石にそれは犠牲になった方を踏みにじる行為であるので仕方ない。


『神父がまだ開発中だと言っていた話と経緯から、現状保存方法はないと判断した。そこで八頭(やず)とも相談して、残ったエネルギーは無駄にならないように魔力結晶と神父から奪った赤い宝石シャイニングトラペゾヘドロンへ全て移した。その後に結晶は跡形もなく蒸発して消えた』

「それで20人分か」

『厳密には魔力結晶に7人分のエネルギーを蓄えることが出来る。そして赤い宝石から魔力結晶へはあと3回チャージが出来る』

「それだと28回じゃないか? 全然計算が合わないぞ」

『赤い宝石の力を完全に使い切ると破損するかもしれないだろ。だから赤い宝石にはチャージ1回分のエネルギーを残そうと決まった。オレも妥当な選択だと思う』


 理屈は通っている。


 むしろそういう事情ならば妥当な選択だ。

 俺がその場にいても同じ判断を下すだろう。


『その上で、赤い宝石から移したエネルギーが安全であることを確認するためにお前が捕まえた遠見という奴から能力を消すテストをやってみた。これで残り20回』


 神父や議員の話を信じる限りは能力者の合計は35人。

 そこから10枚が失われた、つまり10名が死んだとなると残るは25人。


 ただし、ここには木島君のような教団から直接能力を貰った人間は含まれていない。

 全員からは能力を消せないことは確定だ。

 

『すみません、これから片倉さんと一緒に病院送りになった新坂少年から能力を消しに向かいます』


 横から麻沼さんが会話に入ってきた。


『搬送先の病院に確認したところ、かなり体力が低下しているようです。使い魔召喚能力に体力を奪われている可能性がありますので最優先です』

「つまり残り19回」

『これから能力を消す順番は、今みたいに能力のせいで生命の危機に繋がる奴が最優先になる。続いて野放しにしておくと能力で犯罪を犯しかねない奴だ。結果として……』

「すぐに暴走しない矢上君達は後回しになる可能性が高いと」


 流石にそれは酷な話だ。

 矢上君達は今まで能力を消すために色々頑張ってきたというのに、後回しとか何のために頑張って来たのか分からなくなる。

 そして……。


「今の話を俺から説明しろと?」

『もちろん諦めろって話じゃない。魔力結晶への充電方法が分かれば、すぐに能力を消す。ただ、順番待ちが発生するってだけだ』


 とんでもないキラーパスが飛んで来た。

 俺はどんな顔をしてそれを説明すれば良いのか。


『ただ急いで能力を消して回らないといけない事情は理解した。新坂の治療が終了したらすぐにそっちへ向かう』

「頼むぞ。無駄な争いを止めるのは今日中がタイムリミットだ」


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