第40話 「地下実験施設」
「海沿いの根岸周辺には幽霊屋敷の噂は3つあります」
移動中の車の中で矢上君がクリアファイルを広げて説明を始めた。
以前に新聞部で取材したらしくて、写真付きの記事がセットなのはありがたい。
「1つは洋館。これは貿易商が建てた豪邸らしいんですけど、リーマンショックの時に家主が失踪してそれっきりで放置されて廃墟になっています。家主が自殺したって噂ですけど詳細は不明です」
建物の内装写真は不動産会社の広告から持って来たようで、家具などは全て残されたままのようだ。
見た目は一番幽霊屋敷ではある。
「次の幽霊屋敷は住宅地にある古い一軒家です。20年ほど前にここで強盗に家族が惨殺される事件が起きて、それから幽霊が出ると噂になってます」
写真だと角度によって呪怨に出て来る伽耶子の家に似ていてなかなかの迫力だ。
こちらにも不動産会社の広告写真を印刷したものも張られているが、家の中があちこちひっかき傷だらけでどんな惨劇があったのかは気になる。
「どんな事件だったんですか?」
「強盗事件があったのは確かですけど、調べてみたら犯人もすぐに逮捕されて誰も死んでないことが分かりました。家で猫の多頭飼いをしていたみたいで、あちこちボロボロでリフォーム必須なせいで買い手が付かないみたいです」
「ということは、このひっかき傷は強盗じゃなくて全部猫の仕業なんですか?」
「ねこです」
ねこでした。
ねこがいました。
取材結果とセットなのは助かるが、これは幽霊屋敷ではなく猫屋敷だ。
不動産会社も何とか売ろうと定期的にメンテしているようなので、ここは除外しても良いかもしれない。
「最後はアパート。この建物が建てられたのは昭和30年代です。僕達の町にある団地と同じ時期ですね」
最後は建物全体が蔦に覆われている古びた3階建てのコンクート製のアパートだ。
表面には薄いレンガが貼られて、まるでレンガ造りのように見せかけているが、一部が剥がれてコンクリートが露出している。
2階の窓部分には色褪せた不動産会社の「売却中」の看板が取り付けられている。
もう誰も住んでおらず、建物も売却中のようだが、相当長い間、誰も買い手がついていないようだ。
「ここでは何が?」
「いかにも幽霊が出そうでしょう」
「他には?」
「調べましたけど幽霊が出る噂の根拠は何も分かりませんでした。ここって町の開発工事で働く人のために建てられた社員寮だから、人が住まなくなった理由も再開発が終わったからってだけなんですよ」
町の開発と同じ時期というところは引っかかるが、それだけでは疑うには弱い。
要するに噂は立っているのものの、どれも幽霊屋敷でも何でもないのだ。
神父が利用しているのはこの3つではないのではという気もしてくる。
「全ての共通点としては、実際には幽霊屋敷でもなんでもないが、噂だけは立っている。普段は人が寄り付くような場所ではない……か」
「人は来ると思います。どこも有名心霊スポットなので肝試しか何かで忍び込む人が大勢いるみたいで」
「でもそれは不法侵入でしょう。あとでお咎めがあるのでは?」
「ないんですよ。みんな勝手に忍び込むと怒られるのは分かってるので、誰にも言わずに勝手に忍び込んで、誰にも気付かれず帰るみたいなんで」
まあそうだろう。
一見放棄されているような建物でもどこかの誰かの所有物なわけで、そこに無断で踏み込めば不法侵入だ。
矢上君が持って来た新聞記事も「勝手に人が忍び込んで問題になってるから、代理で調査してきた。心霊スポットでもないから許可なく行くなよ」という内容で締められている。
ゴシップ記事でもあり啓蒙記事でもあるというのは、学校の新聞記事としてはなかなか良い構成だと感じた。
人間は未知の部分があるから知りたいという好奇心が動くわけで、噂も嘘であり、中に面白いものなんて何もないと説明されれば誰も興味を持たなくなる。
それが生徒が地元で迷惑行為を起こさないように繋がるというのは、立派な社会活動であると言える。
思えば俺達が最初に矢上君や柿原さんに会った時には学校の幽霊を調べると息巻いていたが、そういう噂を払拭する意味があったのかもしれない。
……それはそれとして、今の矢上君の話に大きなヒントがあった気がする。
「もしかして、肝試しに忍び込んだ人が行方不明になってもこれらの建物を誰も調べようとしない?」
「そうは言っても何日も家に帰らなければ捜索願が出るんじゃないですか?」
「もちろん捜索願は出るでしょう。ですが、流石の警察も本人がこんなところに来ていると知らなければ建物を調査しようとは思わないんじゃないですか? それこそ実況配信者くらいしか」
「流石の実況配信者も立ち入り禁止の建物の名前を出しながら突撃はしないんじゃないかと」
「上戸さんはもしかして、この廃墟で神父が肝試しに来た人を拉致しているって考えてます?」
麻沼さんの質問に頷いて答えた。
「まだ可能性の話ですが」
「上戸さんの考えは何となく理解しました。心霊スポットを餌に寄ってきた人達を釣り上げる。本人も行き先を伏せて肝試しに来ているだろうから、行方不明者が出ても建物内を調べられる可能性は低い」
今の話を聞いているとなんとなく既視感がある。
異世界にあったあの洋館と同じタイプなのか?
理由はなんであれ、建物内に入ってきた人間を捕まえて何かをやろうとする。
俺達は何かされる前にさっさと破壊して脱出したが、ただの一般人ならば逃げられないかもしれない。
もし捕まったままならばどうなるのか……。
それを踏まえてみると、高台の洋館の方は異世界にあったものと共通点が多い。
建物自体は2階建てで表面には小洒落たバルコニーや出窓などがあるのは同じ。
窓ガラスは現代風の大きなタイプで台風が多い日本用に雨戸や雨どいなどは追加されているが、基本的な欧州北部風の洋館というのは同じだ。
不動産会社はメンテナンスのために定期的に窓の開け閉めなどは行っていそうだが、もしこいつが人食い屋敷ならば、その人達はどうやっているのかは気になる。
メンテという点では長期間放置されていそうな昭和のアパートは別の意味で怪しい。
部屋の中にもし何かが隠されていても分からないだろう。
「怪しい順番に丘の上の洋館、古いアパート、猫屋敷の順に回ってみましょう。何もないと良いのですが」
◆ ◆ ◆
洋館にたどり着いたと同時に肝試しの大学生らしき人物が数人敷地内から出て来た。
大学生達は俺達が乗った車が入ってくるのを見ると、やはりやましいと感じていたのか、そそくさと逃げ出していった。
「矢上君はどうやって取材を?」
「ここを取材に来た時はまだ3年の先輩が部活にいたんですけど、理由を家主に説明して許可を貰ってきたんです。悪戯が減りますって」
「だとすると、私達はあの大学生と大差ないですね。無断で調査に来ているんですから」
まずは偵察のために使い魔を飛ばそうかと思ったところ、須磨さんが先にワゴン車の後部扉を開けた。
荷台に積まれていた箱の中からドローンを取り出して発進させた。
更に箱の中から用途すら不明の計器を次々と取り出しては電源ボタンを押して起動させていく。
「ここなら議員宅と違って各種機器を有効的に使うことが出来る」
「ドローンのバッテリーはやはりカメラ単体よりも長いんですか?」
「そこまでではないが、この建物の調査くらいならば十分だ」
見た目はチャラい系の和泉さんが意外と伝統の陰陽術を駆使するのに対して、須磨さんはこういったハイテク担当なのだろう。
ドローンの操作も、その後に取り出した各種メーター類も扱いに慣れているようだ。
「どうやら2階バルコニーの窓が施錠されていなくて少し開いているな。先程の大学生もそこから屋内に中に入ったのだろう」
「家の中に何か反応はありそうですか?」
「今のところ特には。流石に建物の中にはドローンは侵入出来ない。上戸さん、頼む」
「任されました」
鳥達を喚び出してバルコニーの窓を開き、隙間から室内へと侵入。
建物内のあちこちを飛び回らせる。
異世界にいた家に擬態していた謎生物ならばこの時点で動きがあったが、今のところ反応はない。
先程の大学生が無事だったことからしても、ここは単なる空き家なのかもしれない。
それから30分ほど調べたがこれというものは見つからなかった。
「ここはもう良いだろう。次の場所の捜索に移ろう」
◆ ◆ ◆
2件目のアパートは住宅地のど真ん中にあった。
両隣は空き地。
おそらく昔はそこにも同じようなアパートが建っていたのだろうが、今ではその廃墟だけがポツンと佇んでいる。
その雰囲気は静まり返った夜の住宅地と相まって、不気味に感じられた。
「老朽化しすぎてアパートとしてはもう使えないけど、今の建築法だと一度壊すと同じ場所に建築許可が下りずに駐車場かコンテナルームくらいにしか出来ない。でもそれじゃあ採算が取れないから放置の方がマシって感じかな」
「建物はザ、昭和って感じですね」
今の時間は23時。
近所の民家には明かりがついており、TVの音声が聞こえてきた。
深夜番組でも見ているのだろう。
これだけ住宅が密集していると、あまり大きな音は立てられない。
あくまでも隠密で調査を完了させたい。
ただ、それには少し問題が。
先程からどこからか強い視線を向けてきているのを感じる。
矢上君もその視線に気付いているようで、不安そうな顔をしていた。
「神父とか教団の仲間ですかね?」
「違いますね。ここは有名な心霊スポットらしいので、近所の人達が迷惑に思っているのでしょう。また変な連中が肝試しに来たと」
「嫌な気配はそれが理由でしたか」
麻沼さんが顔をしかめながら俺達に話しかけてきた。
「なんというか、どこからともなく嫌悪感が漂ってきていて……」
「強烈な負の感情というかそういうものだな。余程肝試し連中に迷惑しているんだろう」
須磨さんも何かしらの気配を感じているようだった。
流石にこのアパートの前で立ち話を続けるのも問題だろう。
「一度国道沿いまで出ましょう。ここに来る途中に公園を見かけましたがそこが良いかもしれません」
「それが良さそうですね」
麻沼さんが首を動かさず目線だけを横に向けた。
俺も気付かないフリをしてさりげなくその方向を見ると、近所の家の2階の窓から何者かが俺達を覗いていた。
明らかに俺達が肝試しでこの廃アパートに入って大騒ぎをするのだろうと警戒している動きだ。
このまま警察に通報でもされたらややこしいことになる。
まずは全員で廃アパートの前から移動。
国道沿いに出たところで道に沿って歩き、小公園へと入る。
流石に国道沿いの公園には人の目はない。
ドローンを飛ばすなど、あまり目立つ行為をすると一般人に気付かれて警察に通報されるかもしれないが、近くには24時間稼働している工場などもある。
立ち話くらいならば目立つことはないだろう。
「まずは私が使い魔に偵察をさせますので、例のアクションカメラをお借りしたいのですが」
「それなら使ってくれ。流石にバッテリー切れを気にする必要はないだろう」
須磨さんが所持していたアクションカメラを鳥の使い魔1羽に持たせて廃アパートへの方へと飛ばす。
やや遅れて3羽をサポートに送り込む。
もちろんこれが人に見られても大騒ぎになるので、住宅の塀の陰に隠れるようにして低空飛行で移動させる。
現代日本での使い魔の活用方法もそれなりにノウハウが溜まってきたのは良いのやら悪いのやら。
まずは外観の調査からだ。
人の気配はなし。照明なし。電気や水道メーターは完全に停止してから相当長いようで蜘蛛の巣がかかっている。
通路は雑草が伸び放題。
1階の1部屋を除いて全ての部屋は外部から南京錠をかけられて施錠されている。
これは多分、オリジナルの鍵が紛失したので不動産屋が後付けの鍵を付けた可能性がありそうだ。
「前に取材に来た時のままですね。ただ、その時も結局は許可を取れなかったので中までは入っていません」
「これは中も荒れ放題だし、入らなくて正解かもしれません」
一通り巡回したところ、タブレットPCの映像を視ていた須磨さんが声を上げた。
「待ってくれ。ここは平屋だよな。上戸さんは建物を間違えていないよな」
「あの周辺は普通の一戸建てだけで集合住宅は他にはないので、間違えてはいないはずですが」
「カメラには下り階段が映っているのだが」
「そんなまさか?」
使い魔の鳥の眼には下り階段は視認出来ない。
ただ、須磨さんが見せてくれたタブレットPCには確かに1階から更に下へ向かう下り階段、そしてそこから立ち上る紫色の煙が映し出されている。
「こんな下り階段や煙があれば、先程アパートの前に行った時に気付くはずだ」
「私の使い魔の眼も並みの魔術の幻覚ならば見通せるはずです」
鳥の眼とカメラで見えているものが違う!?
「上空から結界が張られているか確認出来ないか? 俺や麻沼も出し抜けるほどの結界ならば相当大規模な術式が展開されているはずだ」
「調べてみます」
使い魔を急上昇させて、200mほどの高さから見下ろした時に異変に気付いた。
使い魔の眼には廃アパートを中心にした半径100mほどの巨大な赤い光の円が映っていた。
今度は階段とは逆でタブレットPCにはごくごく普通の住宅地の映像しか映し出されていない。
おそらく魔法的なものを視ることが出来ない俺達やあくまでも機械でしかないカメラには映し出せない光の円だ。
「廃アパートを中心に半径100mほどの赤い光の円……おそらく魔法陣が描かれています」
「魔法陣? そんなものがあれば私達が通った時に気付くはずですが」
「それほど強い術なのだろう。上戸さん、その光の位置を教えてもらえるか?」
「そこの角を曲がったところにコンビニがあります。そこの駐車場のど真ん中を突っ切っています」
「少し待っていてくれ。俺と麻沼で確認してくる」
麻沼さんと須磨さんは公園を出て魔法陣の存在を確認するべくコンビニ方面へ走っていった。
その間にこちらも出来ることを進めておこう。
廃アパートに鳥を戻してカメラだけに映る下り階段の方向を改めて見ると、若干景色が歪んでおり、うっすらと下り階段が見えることに気付いた。
使い魔の眼でもこの程度なのだから、人間の眼ならば誤魔化されるはずだ。
そうしている間に浅沼さんと須磨さんが戻ってきた。
「やはり巧妙に隠されていますが、結界が張られているようです。気付かないはずですよ」
「つまり、この廃アパートの地下に何かが隠されていることは間違いないと」
「これほど強力な術で守られているならば間違いないかと」
では調査継続だ。
紫色の煙に埋もれた下り階段を降りて使い魔を先へ進もうとしたところ、あまりに煙が厚いために何も見えなくなった。
もちろんカメラの視界も覆われて何も見えない。
どうやら楽をさせてくれはしないようだ。
「須磨さんはここで待機をお願いします。1時間経っても私達が戻らなければ和泉さんに連絡をお願いします」
「承知した」
「麻沼さんは私達と同行を」
戦力的には若干厳しいがこの3人で廃アパートの地下に潜入する。
住宅地のど真ん中であり、明らかに地元住民はアパートへ物見遊山にやってくる人間を嫌っているので、速やかに行動に移す。
◆ ◆ ◆
3人で素早く廃アパートの敷地内に入り込み、階段の前に移動する。
やはり俺達の眼には何も映ってはいない。
だが、下り階段は実在するのだ。
スマホを広げてカメラアプリを起動すると下り階段が映し出された。
「僕が先頭に出ます」
「では、私がその次、麻沼さんは後衛をお願いします」
スマホのカメラを頼りに下り階段を踏みしめる。
眼には見えないが、確かに階段を下る感触が足から伝わってくる。
そうやって3段ほど降りると、ようやく俺達の肉眼でも階段が見えるようになった。
逆にスマホのカメラは何も映らなくなった。
ここまで多重の結界で隠されている場所に何もないわけがない。
階段は30段ほどだった。
一番下まで降りると目の前には金属の頑丈そうなドアが現れた。
「ジャック・オー・ランタン!」
矢上君がカボチャ頭の怪人を喚びだしてドアのノブを掴んだ。
「鍵が掛かっていますけど破ります……いいですよね」
「任せます」
「やっちゃってください」
俺と麻沼さんが言うと、カボチャ頭がドアのノブを一気にねじ切った。
ノブが破壊されて開いた穴に指を突っ込み、ロックを直接解除した。
ドアは音もなく開いた。
油切れなども起こしていないということは、それなりにメンテされているということでもある。
扉を開けた場所にあった空間は、まるで古い病院のような印象を受ける空間だった。
横幅は3mほど。
床材は樹脂のようなコーティングされた通路が続いており、左側には部屋がいくつかある。
天井には薄暗い蛍光灯がぶら下がっていた。
色は白く、どこかにあるであろうスイッチを入れると点灯しそうな雰囲気はある。
この建物はいつ頃に作られて、どれくらい使用されているのか?
上の古いアパートと建築時期が同じであれば1960年代のはずではあるが……。
「気をつけてください。扉を開けた途端、とんでもない反応を感じました」
麻沼さんはそういうとスーツの下のガンベルトから拳銃を抜き、セーフティーを解除した。
「私は今回はこのハンドガンを使用します。特殊加工された弾頭を使用しますので霊などにも効果が有ります」
「それはハイテクな。それで弾数は何発ありますか?」
「5発です。撃ち切れば接近戦になりますが」
そう言ってコートをまくると、腰には密教の儀式などに使用する独鈷杵がぶら下がっていた。
「これで戦いますが、歩法はこのような狭い場所だとうまく効果を発揮しにくいです」
歩法とは和泉さんが独特のダンスをしながら足で何やら描いて発動させる術だろう。
あの動きをするにはそれなりの広いスペースが必要というのは分かる。
「戦闘は私達が担当しますので、麻沼さんは探知や調査などのサポートをお願いします」
「分かりました。今回はサポートに回ります」
誤射が怖いのと、魔術的な知識が必要な場面では浅沼さんに頼らざるを得ない。
無理に戦闘に参加してもらうよりも調査の方を任せたい。
警戒しながら通路を進んでいく。
通路は基本的にまっすぐなので悩む必要はないし、迷宮で俺達の足止めなど出来るとは思っていないだろう。
少し進んだ先には扉が3つ。
それぞれが別の部屋のようだ。
その1番手前の部屋の扉を勢い良く吹き飛ばしながら真っ白い人型の怪物が飛び出してきた。
全身は甲殻類のような硬い外骨格で覆われている二足歩行する怪人。
ただ、頭と両腕の鎌はカマキリのようだ。
カニカマキリ。略してカニカマと名付けよう。
カニカマは口についた大顎を動かしながら、何かの言語らしき音声を発しているが、当然判別不能だ。
コミュニケーションが取れる相手とも思えない。
「オイオイ、自分の所の施設を無駄に壊すなよ。あとで誰が掃除と修理をするんだよ。ホムセンで部品を買って実費で直す気か?」
「怪人がホムセンで領収書を切るんですか?」
「敵さんも大変だな。経費申告したら悪の秘密組織の住所が更に悪の組織である税務署にバレるぞ」
矢上君がカボチャ頭に命じて放った火の弾で1体を迎撃。
火の玉は着弾と同時に弾けて天井にまで噴き上がる炎の柱が通路を埋め尽くした。
もちろんカニカマはそれだけで倒れてくれるほど甘くはないようだ。
炎の柱を突っ切って俺達の方へと駆け出してきた。
「矢上君、ここは任せて大丈夫ですか?」
「もちろんです!」
そうは言っても全部1人に任せるつもりはない。
後方からのサポートはさせてもらおう。
まずはカニカマが振りかざしてきた腕の鎌目掛けけて鳥を横っ腹からぶつける。
攻撃の軌道だけではなく本体のバランスも大きく崩れたのでそこへカボチャ頭が強烈なボディブローを一撃。
続けて大きな顎へ真下からのパンチ、アッパーカットを叩き込んで怯んだところに足蹴りで炎の柱にお戻りいただくと、カニカマはそのまま燃え尽きて消えていった。
「でも流石に1匹ということはないでしょう。警戒しましょう」
「それフラグっぽいです」
やはりフラグだったのか、今度は手前の部屋から奥の部屋まで3つの部屋から先ほどと同じカニカマ3体が連続して登場してきた。
「先程まで気配も感じませんでしたがどこに隠れていたんでしょう?」
「侵入者を検知すると無限生成する仕掛けでもあるのかもしれません。この3体を凌いだら手前の部屋から調べていきましょう」
銃を撃とうとした麻沼さんを制した。
流石に銃弾は無限に撃てないのだから、ザコ敵相手には温存の方向でいて欲しい。
「手前の2体を私達で潰しますので、3体目をお願いします」
「分かりました」
「矢上君、先程と同じで私が牽制しますから、隙が出たタイミングでトドメをお願いします。1匹ずつ着実にいきましょう」
まずは向かってきた1番手前にいたカニカマの軸足に鳥をぶつけて転倒させる。
2匹目が点灯した1匹目を避けようと横に移動したところへまた軸足にぶつけて転倒させる。
3匹めが動きを止めたところで、カボチャ頭がまだ残っていた炎の柱から鎌を取り出して転倒している1匹目と2匹目にまとめて振り下ろして一気に撃退。
間髪開けずに麻沼さんが銃を撃つと、3体目の胴体に着弾。
痙攣するようにプルプルと小刻みに震えた後にそのまま跡形もなく消えていった。
「凄い威力ですけどどういう弾丸なんですか?」
「特殊な金属を使って作っているんです。希少なものなので、撃った後も原則的に薬莢も含めて回収ということになっています」
麻沼さんは敵が消滅したあたりに歩いていき、そこに落ちていたへしゃげた弾頭だったものを拾い上げようとした。
「あっつ、あっつ! 流石にまだ持てませんね」
拾い上げようとしたが、まだ熱を持っており、掴めないようだった。
「あれだけの速度で飛んで空気抵抗で熱を持った弾丸ですからね。後で回収というのは?」
「後だと忘れるじゃないですか」
ただ、ここで元銃弾の金属塊が冷えるのを待っている時間はない。
仕方ないので鳥の使い魔に持たせておく。
そのうち冷えて人間が持てる温度まで下がるだろう。
残った2羽の鳥を状況の確認のためにカニカマが出て来た室内へと突入させた。
鳥達とは視覚共有されているので瞬時に室内の様子が把握出来る。
「酷いな」
最初に抱いた感想はそれだった。
「とりあえず召喚魔法陣があるようなのでカニカマが再出現しないように潰しておきます」
「カニカマ?」
まずは手前の部屋に入ってバルザイの偃月刀で魔法陣を破壊。
続いて2つ目の部屋に向かおうとした時に矢上君が中を覗こうとした。
「部屋の中はどうなっているんですか?」
「視ないほうがいい」
それでも矢上君が部屋の中を覗こうと動き始めたので、そうはさせないと腕を伸ばして、身体を張って止める。
そのまま2つ目の部屋に入って魔法陣を破壊。
3つ目の部屋に向かおうとする。
「教えてもらわないと分かりません。中はどうなっているんですか?」
「酷いことになっている」
「ということは、相当に酷い状況なんですね」
「どういうことなのか説明してください。私には報告する義務が有ります」
麻沼さんも部屋に入ろうとしてきたので簡単に説明をすることにした。
「室内は手術室のような構造になっています。壁には用途の分からない医療器具と一緒に人体のパーツが保護液漬けになって陳列されています。端の方にはパーツ以外の残骸が無造作に投げ込まれています」
俺の説明を聞いた麻沼さんと矢上君がゴクリと唾を飲み込んだ。
流石の俺でも不意打ちでこういうものを見せられると精神に来る。
例のエリア51地下で行われていた実験と同じようなことがここでも行われていた。
犠牲になったのは肝試しか何かで迂闊にここへ忍び込んだ連中か?
それとも神父がどこかからさらって来た人達か?
その解明ためにも、俺がここにある遺体を勝手に消滅、埋葬することは出来ない。
鞄の中にはまだ線香が残っていたので、せめて炊き上げておく。
ある程度酷い状況は予想はしていたが……。
そして3つ目の部屋。
ここはカニカマ召喚陣の他に進入禁止の結界が張られていた。
破るのは簡単だ。
だが、準備が完了するまではそれも出来ない。
「麻沼さん、今すぐ地上に戻って須磨さんに言って警察の手配を。あと、鉛の板がないか聞いてもらえますか?」
「鉛の板というのは、片倉さんが言っていた魔力封じですね。でも、何か見付けられたんですか?」
「握り拳大の『赤い宝石』が1つ……おそらくこの地下……実験施設で作られた出来たてほやほやの魔力の塊ですよ」




