表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 2 横浜地下迷宮
210/251

第36話 「蠱毒」

 小森君が電話で連絡を取ってから10分後、息を切らせた和泉さんが待ち合わせ場所の公園に到着した。

 駅周辺からこの公園まではかなりの上り坂だったので大変だったと思うが、それでもすぐに息を落ち着けたあたり、流石プロだと思う。


 この公園は中学校のすぐ裏で、野球場なども併設されており、近所の方も犬を散歩などで大勢が利用している。

 なので、僕達のような集団が集まって何か話していても特に注意を集めるようなこともない。


「上戸さんは?」

「木島君を自宅まで送り届けてから合流するそうですけど、18時まではまだ学校にいるので待たずに進めていてくれと」


 時間を確認すると17時30分だ。

 まだ30分以上はかかるだろうし、木島君を送り届けてから来るとなると更に遅くなるだろう。

 

「ならば、私達だけで進めよう。まずは詳しい状況を聞かせて欲しい」


 まずは説明のために着ていたコートを脱いで広げた。

 そのコートの下に隠すようにして友瀬さんがアルゴスのコンソールを出してその画面を和泉さんに見せた。


「アル君に家の外から調べて貰ったんですけど」


 コンソールには周辺の住宅地地図が表示されている。


 この公園から300mほど南にある住宅地に新島隼人(にいさかはやと)君の自宅がある。

 自宅部分には大きな白い四角形のマークが付いていた。


「拡大します」


 地図の縮尺が変更されるにつれて白い四角形に見えたものは、細い線で構成された迷路だということがわかってくる。


 明らかに家の中に入り切るようなサイズではない広大な迷路の中には数えきれないほど多くの赤い点が動き回っていた。


「もう少し拡大出来ないか?」

「私の今の力だとここまでの拡大が限界なので……」

「友瀬さんありがとう。もう大丈夫だよ」


 僕がそういうと友瀬さんがコンソールを消した。

 複雑な迷路と大量の敵を表示したことでかなりの負荷がかかったのか、顔には汗が滲んでいた。


 汗を拭ってもらうように僕はハンカチを渡した。


「家の内部は結界に隔離された異空間と化していて、動き回っていた赤い点は全て敵という解釈で間違いないか?」

「その通りです。ドアや窓の隙間から紫色の煙が出てました」

「煙は俺達にしか見えないみたいです。隣の家の人ですら無反応です」


 小森君が僕の説明を補足してくれた。

 明らかに家の中で何かが起こっていることは分かる。

 

「新島が先週から学校を休んでいるということは分かっていたのだから、もっと早く対応すべきだったか」


 そうは言っても他にやることもたくさんあったし、一応ベストは尽くした結果だ。

 誰が悪いと言うことはないと思う。

 

「家を外から見た時に何か違和感は?」

「駐車場にワゴン車と自転車が3台停まってましたので、誰も外出はしていなさそうです。部屋には全部カーテンがかかっていて中は見えませんでした」


 綾乃が和泉さんにメモした内容を報告する。


「門灯は?」

「点いてましたけど、今時の家ってみんなセンサーライトじゃないですか? 暗くなると自動的に点くので家の中に誰かいるかの証明にはなりません」

「室内の灯りは?」

「そっちは点いてませんでした」

「問題はいつからその状態かってことだな。家族が巻き込まれているかいないのか。車や自転車が置いたままなのは、平日の移動はバスや電車を利用していてマイカーは休日だけの利用の可能性は十分ある」


 和泉さんはそれだけ言うと電話をかけ始めた。

 会話の内容から察するに、まだ学校内にいる上戸さんに新島君の病欠届などが出ていないか確認するよう依頼する内容だった。


 調査の報告は和泉さんが電話を切る前に有った。

「早いな」と和泉さんがこぼす。


「新坂君は前から持病持ちで持病悪化のため休みと先週の段階で学校側に連絡が入っており、担任も毎日1回はいつから登校出来るのか確認の電話を保護者に入れていたようだ。ただ、今日は一度も本人や保護者に電話が繋がっていない」


 和泉さんが電話を耳に当てながら言った。


「ラビ……上戸さんはどうやって調べてるんですか?」

「電話から聞こえてくる声が私を完全に無視して一方的に喋っているだけなので、おそらく友人から聞いたという設定で担任教師を騙して直接聞いているのだろう」

「あの人、また詐欺師みたいなことをしてる……」


 小森君の「また」という呟きが妙に引っかかったが、今は重要ではない。


「上戸さんの聞き込み内容から、暴走は金曜夜から今日までのどこかのタイミングで発生したと考えられる」

「家族が巻き込まれた可能性は?」

「ガレージに車や自転車が停まっていたこと、今日一度も担任が連絡を取れていないとなると巻き込まれた可能性は高い」

「ということは、両親も救助する必要があると?」

「もちろんだ」

 

 何にしろ、中に踏み込むしかないだろう。

 全員で新坂君の家の前に移動した。


 念のためにインターホンを鳴らすが、やはり返事はない。


「近所の人の目があるからなるべく静かに中を確認しよう」

「こういう肝心な時に上戸さんがいないのは不便ね。あの人がここに居れば、鳥の使い魔を飛ばして一発なのに」

「居ない人の話をしても仕方がない。俺達だけでやるしかない」


 玄関のドアノブを掴むと、施錠はされていないようで簡単に開いた。


「ここからは僕のジャック・オー・ランタンに先行させます。万が一攻撃されても使い魔が消えるだけで済みます。後から付いてきてください」

「頼む」


 カボチャ頭に命じてドアを開けさせる。


 入ってすぐの玄関の時点で一目で異変が発生していることが分かった。


 靴箱があり、目の前には2階へと上っていく階段と廊下が続いている。


 それだけならばごくごく普通の日本の一軒家の光景なのだが、廊下も階段も先が見通せないほどはるか彼方まで続いている。

 外見から見た家の広さと明らかに合っていない。

 

 意を決してそろそろと全員で家の中へと入った。


 狭い玄関に5人がすし詰め状態だが、今だけは仕方がない。


「友瀬さん、ここから詳細な分析をお願い」

「ちょっと待ってくださいね……アル君によると2階に2人、1階に2人いるようです」


 友瀬さんがコンソールに情報を表示させた。


「自転車の数から3人家族なのは分かるので、3人居るのはおかしくはないが、1人多いのか……」

「問題はここの家族が不在で全部が敵だった場合ですよね」

「ああ、階段を上っている最中に戦闘になると、そのまま転がり落ちそうで怖いな。1階の2人が敵だった場合に挟み撃ちをされるとどうしようもなくなる」


 和泉さんは階段を見上げながら言った。


「奇襲を防ぐためにも、まずは1階から確保したいが異論はあるか?」

「意義はありません」


 流石にこれを否定する理由はない。

 1階から調査で良いだろう。


 それはともかくとして確認しておきたいことがある。


「靴はどうします? 靴箱のところに来客用のスリッパは用意してあるみたいですけど」


 家の中が不思議空間と化している異常な状況ではあるが、それでもやはり靴のままで家の中に入るのには抵抗があったので念のため和泉さんに確認を取る。


「本当は靴は脱ぎたくないが、家の中へ土足で踏み入るのに抵抗があるというのは私も分かる」

「和泉さんはこんな体験は前にありますか?」

「廃屋ならともかく、今も人が住んでいる一般家屋がこんな状態に変化したとか、更にそこに踏み入って調査なんて流石に初めての経験だよ」


 まあ普通はそうだろう。

 こんな話はあまり漫画などでも見かけない。


「靴は脱ぐとしても、流石にスリッパを履くのはやめておこう。絶対に途中で脱げて歩きにくくなるだけだろう」

「歩きにくいどころか転びますよね」

「その通りだ。靴だけ脱いで上がろう」


 こんな異界と化した家の中で靴も何もあった場合ではないかもしれないが、これは精神的な物なので仕方ない。

「お邪魔します」と言いながら廊下に足を踏み出した。


 全員で靴を脱いで廊下に上がった後に、小森君と綾乃の2人が靴を端の方へ寄せて並べ直していた。


「君達、育ちがいいな」

「他所の家ですから流石に礼儀が」

「取材であちこちに行くので、失礼がないように気を使うのは当然ですよ」


 その後は1階の廊下を警戒しながら進んでいく。

 

 内部は元はごくごく普通の住宅とは思えない程の広大な迷路と化していた。


 友瀬さんのコンソールに簡易地図が表示されていなければもっと大変なことになっていただろう。


 問題は迷路だけではない。

 進路の先から定期的に飛んでくる、羽の生えた蛇だ。


 口だけは異様に大きいのに胴体が小さいシルエット、まるで深海魚のようなそいつらは空中を泳ぐように身体をくねらせて僕達に向かってくる。

 

「ジャック・オー・ランタン! 迎撃しろ!」


 ただ、速度はそれほどでもないので、カボチャ頭のパンチで迎撃するのは比較的楽だ。

 殴りつけるとアッサリと床へと落ちていき、粒子になって消滅する。


「意外としぶとい。倒されたフリをしてこちらの隙を狙っている奴がいるぞ。注意するように」


 和泉さんがカボチャ頭のパンチをもろに受けて床に落ちた蛇の一匹へ短剣で突き立てながら言った。

 どうやらパンチ一発では倒せていなかった敵がいたようだ。


「こいつに噛まれるとどうなるかは考えたくはないな。矢上くんも注意してくれ」

「俺もサポートに回る。注意して進もう」


   ◆ ◆ ◆


 一階の最深部は元の家のダイニングキッチンのようだった。

 そのシンクの前に中年夫婦が首を抑えた苦しそうな表情で倒れていた。


 友瀬さんがレーダーで検知したのはこの2人で間違いなさそうだ。


「い……生きてるの?」

「あ……アル君の分析だと生きてはいるみたいです」


 流石に人が苦しんで倒れているような光景を今まで見たことがなかっただけに衝撃が大きい。

 綾乃と友瀬さんも顔から血の気が引いている。


 そんな中、小森君と和泉さんが飛び出し、倒れている2人に駆け寄った。


「医療知識があるのかね?」

「野戦病院のヘルプを何回かやったことがあります」

「それは頼もしい」

 

 小森君が慣れた手つきで脈拍と呼吸、瞳孔の動きなどを確認。

 続いて2人の肩口に目を向けて傷の様子を確認していた。

 

「症状は?」

「脈拍がかなり低下していますし、呼吸が不安定です。意識は混濁しているようで呼びかけにも応じません。肩口に蛇の噛み傷があります。水道の前に倒れており、苦しそうに喉を抑えていることから、呼吸器系にダメージを与える毒かもしれません」

「君の回復能力に解毒や病気の治療効果は?」

「俺の出来るのは外傷の治癒だけです。蛇の噛み傷だけなら治せますが、後で来られる医師の方が毒の分析や摘出が出来なくなると思いますのでそれは出来ません」


 小森君が悔しそうに答えた。

 もう少し能力があれば何か出来たはずだという口惜しさが伝わってくる。


「せめて傷口周りの消毒だけは済ませておきたいけど、清潔なタオルはないか? あと枕代わりになるクッションか何か」

「ウェットティッシュならここの棚に。ノンアルコールみたいだけど大丈夫?」


 電子レンジの横にウェットティッシュが置いてあったのでそれを小森君に渡す。


「ノンアルコールの方がありがたい。今は傷口に余計な刺激をしないでおきたい。あとは安静にして救急隊に任せたい。流石に解毒薬がないとどうしようもない」

「クッションはこっちに」


 綾乃がクッションを僕に投げて渡してきたのでそれを受け取って小森君に渡す。


「診断内容が的確だ。野戦病院で何度も医療行為を行ってきたというのは本当のようだ……君はごく最近に能力が身に付いたにわか能力者ではないだろう」


 和泉さんが倒れた2人の身体を起こして下にクッションを置いてその身体を安定させた。

 和泉さんの方もこういった応急措置はそれなりに手慣れているようだ。


「そうです。俺も上戸さんと同じ異世界帰りで、能力は前から使えました」


 小森君は躊躇うことなくその質問に答えた。


「隠していた理由は?」

「能力者だと分かると、将来をこういった退魔士的な職業に就かされるのではと上戸さんが配慮してくれたからです」

「君の回復能力や護る力があれば、多くの人達を超常現象から護ることが出来るだろう。それ以上にやりたい夢があるのか?」

「将来は医者に成りたいと思っています。なので医学部に合格するため勉強を続けています」


 小森君がはっきりと断言した。

 それを聞いていた和泉さんが少しだけ口を噤んだ。


 そして、少しだけ笑顔を見せた。


「私は君の能力については見てもいないし、聞いてもいない。君はあくまで神父に能力を与えられた犠牲者でしかなく、異世界帰りは上戸さんと片倉さんだけだ」

「ご配慮ありがとうございます」

「礼なんていらない。私は何も見ても聞いてもいないんだから。それよりも1階の攻略は終わった。2階の調査へ移ろう」


 和泉さんはそれだけ言うとダイニングから飛び出していった。

 その背中に小森君が頭を下げた。


「小森は医者でもないのに良くやってるよ」


 綾乃が小森君の背中をバンと叩いた。

 綾乃流の励ましなのだろう。


「今は出来なくても将来出来るようになってれば良いんじゃない? 医学部って6年でしょ。私達が別れてから再会するまでより短いんだよ」

「そうだな。今すぐに結果を求めても仕方がない。ありがとう、励ましてくれて」

「いいってことよ。友達でしょ」

「ああ、そうだな。柿原は友達だ」


 2人はそのまま手をハイタッチで打ち鳴らした。


「1階は一通り調査した。次は2階を調べてみよう」


   ◆ ◆ ◆


 それから慎重に階段を登り続けて、ようやく2階部分に到着した。


 相変わらず羽の生えた蛇は襲ってくるが、特に問題はなく対処出来た。


 流石に噛まれたらどうなるかという実例を見せられたので緊張はあったものの、戦力的にはこちらが過剰なくらいだ。

 パンチで打ち漏らす可能性も考慮に入れて冷静に対応すれば問題ない。


 階段を登りきったところからは、また迷路のスタートだ。


「友瀬さん、2階に2人いるみたいなんだけど、どこにいるかは分かる?」

「わかりました、調べてみます」


 友瀬さんはそういってコンソールを覗き込み……首を大きく傾げた。

 同じようにアルゴスが首を傾げてコンソールを覗き込む。


「何かあった?」

「1人減っているんです。今は1人しかいません」

「なんだって!?」


 全員でコンソールを覗き込むも、友瀬さんが言う通り本当に1人しかいないようだ。


 1階に移動したのかと思ったが、そちらにもいない。


「考えられる理由としては?」

「この迷宮から脱出した……それか」

「死んだか……」


 死んだというのはあまり考えたくはないが、その可能性はありうるということだ。


「ともかく残った1人はどこにいる?」

「この迷宮の奥の1番広い部屋です」

「分かった。いなくなった1人というのは気になるが、今はこの迷宮化の解除に全力を注ごう」


   ◆ ◆ ◆


 迷宮最深部。

 その出入り口にある重い鉄の扉を開けた先はかなり大広間のような場所だった。


 その中心部で鳥の頭を持った怪人が手の持った杖を振り回して巨大な蛇と戦っていた。


 最初に旧校舎で見た巨大な足の生えた蛇はアオダイショウに足が生えたような形状だったが、今度の大蛇は2枚の翼を頭のすぐ下のところから生やした巨大なコブラだ。


 ただ、鳥頭の怪人の動きがおかしい。

 見るからに速度で相手をかく乱するスピードタイプという雰囲気なのに、その2本の足を踏みしめて何かを護るようにして大蛇の攻撃を捌き続けている。


 理由はすぐに分かった。

 鳥の怪人の真後ろにはベッドが置かれており、その上に敷かれた布団の中央が大きく盛り上がっている。

 おそらく身体を丸めた上で頭から布団を被っていると予想出来る。


 それがレーダーに表示された人間1名……新坂君である可能性は高いと思う。


「蛇の方はウアジェト。鳥頭はホルス。どちらも使い魔です」

「使い魔が2体? 1人の人間が喚べるにしても、お互いが戦っているのはおかしいな。これが暴走か?」

「いえ、鳥頭の方はベッドを護るように戦っているので、あちらがベッドの上にいる召喚者が喚び出した方だと思います。蛇の方が第三者が喚び出した敵。召喚者はどこにいるかはわかりませんが」


 レーダー上に表示されていないのだから、もしかすると使い魔を喚び出すだけ喚びだして逃げ出したのかもしれない。

 それならばレーダーから消えた理由の説明にはなる。

 

「召喚者なら見付けた……しかも、使い魔はもう1体いた可能性がある」

「どういうことです?」

 

 和泉さんが意味深に部屋の隅に視線を向けた先には、ボロボロになった雑巾のようなものが置かれていた。


「見ない方がいい!」


 和泉さんが警告を飛ばしたが、僕はその雑巾のような何かを目で視て確認してしまった。


 ……その雑巾のように見えるのは元は人間だった「モノ」だ。

 しかも2つ……否、2人分の「モノ」が存在している。


 薄暗い室内なのでまだマシだったかもしれない。

 これがハッキリ見えるともっとパニックになったかもしれない。


 ただ、それでも嫌な気分になるのは変わらないし、もう見たくないとは思う。

 小森君ももろに見てしまったようで、眉をしかめている。


「私は絶対に見ないから」


 綾乃は下を向いたまま決して前を向こうとしない。

 でも「モノ」に対するリアクションとしては、それが正解かもしれない。


 その時、嫌なことに気付いてしまった。

 アルゴスの目でほぼ強制的に情報が流れ込んできて視てしまう友瀬さんには「それ」から顔をそむけることが出来ない。


 慌てて友瀬さんに駆け寄った。

 丁度そのタイミングでアルゴスの姿がスッと消えて、友瀬さんが虚ろな目をして倒れ込むところに手を差し出すことが出来た。


 事前に予測していたので、そのまま足を踏ん張って友瀬さんの身体を抱きとめて支えることが出来た。


「遠隔攻撃か?」

「いえ、違います。多分アルゴスのコンソールを通じて僕達以上に倒れている……人をもろに視ちゃった……衝撃が大きすぎたんです」


 抱き抱えた友瀬さんはあまりのショックから気絶しているようだった。

 ただ、その身体が細かに震えている。

 僕は落ち着かせるためのその身体を抱きしめた。


 カボチャ頭に支えさせた方が安定するのは分かるが、目の前に敵に備えないといけない。

 あくまでも僕の力だけで友瀬さんを支えることにした。


「恵太、友瀬さんは大丈夫?」

「怪我とかはないから大丈夫だとは思うけど、戦闘には参加できないと思う」

「分かった。友瀬さんは恵太が護る……護り切ること」

「もちろん」


 友瀬さんに外傷などがないことが分かり、小森君や和泉さんも安心したようだ。

 

「ここで3体の使い魔がぶつかり合った。それで召喚した本体2人は死んだが、使い魔2体は生前に与えられた命令通りに殺し合いをしていると言ったところだろう。消えた反応1名というのは、おそらくそういうことだ」

「残り1人……多分、新坂君だと思いますけど、生きているんでしょうか?」

「友瀬さんの能力で生きていると分析されたからには生きているんだろう。どんな状態かは別の話だ」

 

 今のところ使い魔2体はお互いに殺し合いをしており、僕達の方へ向かってくる様子はない。

 ただ、いつ攻撃がこちらに飛んでくるのか不明な状況でもある。


 友瀬さんの体調も気になるし、一刻も早く解決する必要がある。


「作戦を立てましょう。僕はあの大蛇から倒すべきだと思います」

「鳥頭はあくまでベッドにいる召喚者を護っているという想定か? だが、私達を襲ってこないという保証はない」

「なので、ベッドの上にいる召喚者。鳥頭、大蛇を分断します」


 妙に頭が冴えてきた。

 早くこの事態を解決しないと友瀬さん……それにベッドの上にいる人が危ない。

 そう考えると、次々とアイデアが湧いてくる。


「小森君はプロテクションであのベッドの前に壁を作ってベッドと鳥頭を分断しつつ、大蛇の攻撃がベッドにいかないようにして欲しい」

「何か考えがあるんだな。了解」


 小森君の行動はこれでOKだ。


「和泉さん、オイルライターの予備って持ってます?」

「あるにはあるが……」

「では、鳥頭は僕が引き付けておきますので、その間にベッドの中にいる新坂君に持たせて消火させてください。それで使い魔も消えると思います」

「そのためのプロテクションで分断するのか。もちろん承知した」


 和泉さんもOK。

 3人で近接戦闘を仕掛けて一気に仕留める。


「綾乃は僕と連携してあの蛇を撃退」

「連携って私は何をするの?」

「僕があの大蛇を仲間やベッドの上の召喚者に巻き添えが出ない位置まで移動させる。その後にヤマンソの攻撃で一撃で仕留めて欲しい」

「そういうことなら話は早い。私はその間にチャージを済ませておくから」


 全員のポジションは決まった。


「では作戦開始!」


 予定通り、僕はカボチャ頭に命令を与えて突撃。

 小森君と和泉さんがそれぞれ武器を構えてそのやや後ろから付いてくる。


 あと数メートルという位置まで近づくと、ここでようやくお互いの対戦相手だけしか視ていなかった2体の使い魔達が初めて僕達の方へ注意を向けた。

 だが、遅い! こちらはもう攻撃準備は完了している。


炎柱(フレイムピラー)!」

「プロテクション!」


 僕と小森君の能力が同時に発動された。

 火の玉は蛇の顔面に直撃して顔を焼き、光の壁はベッドと鳥頭の怪人とを分断した。


 悶絶する大蛇と、光の壁に押し出されるようにベッドと距離を放されて狼狽える鳥頭。

 2体の使い魔達に大きな隙が生まれた。


 その隙を逃す理由はない。

 和泉さんは踵を引きずりながら何やら紋様を書き上げて「オン!」という掛け声と共に壁とベッドとの隙間に身体を潜り込ませた。

 

 鳥頭は和泉さんを止めるべく床を強く蹴って飛び掛かったが、何故かその身体は明後日の方向へと向いており、逆にベッドから遠ざかる結果となった。

 和泉さんが踵で描いた紋様で何かの術を仕掛け、その効果で向きを強制的に変えられたのだろう。


「奇門遁甲だ。お前の足はもうこのベッドに向かうことはない!」

 

 鳥頭はなおもベッドにいる和泉さんへ向かおうとするも、どんどん明後日の方向へと進んでいく。

 更に、小森君が槍を野球のバットのように振り回すのでなおも近付けない。


「ならば僕も……死神の鎌(グリムリーパー)!」


 カボチャ頭が燃え盛る蛇の頭の炎から必殺武器である炎の鎌を取り出した。


「矢上君、パス!」

「パスって何を?」

「その鎌を!」


 意味も分からずカボチャ頭にその鎌を渡すように命令すると、受け取った小森君が一言叫んだ。


「オーラウエポン!」


 炎の刃から青白い光が放たれ始めた。

 小森君がその鎌をすぐにカボチャ頭に返してきたので受け取る。


「効果は3分。その間は武器の威力が強化される」

「でもその間小森君は?」

「大丈夫。こいつは効果がシンプルな分だけ重ね掛け出来る特徴があるんだ」

 

 小森君は能力の説明をしながら余裕の表情で鳥頭が振りかざしてきた杖を槍で受け止めた。


「こいつは俺が何とか食い止めるから、その間に矢上君は蛇の方を」

「援護助かる!」

 

 強化された鎌を振り下ろすろ、驚くほどあっさりと大蛇に生えていた翼の一枚を切り落とされた。

 明らかに威力が増している。


 翼を切断されてかなりの痛みが有ったのだろう。


 大蛇は叫び声をあげながら後退を始めた。

 作戦通りだ。


 続けて鎌をわざと避けやすいように大振りで振り回す。


 今度の攻撃は外したが、ベッドに寝ている誰かや僕達が綾乃の攻撃の巻き添えにならないよう大蛇を遠ざけることが目的なのでそれでいい。


 何度か短調な攻撃を続けて大蛇と距離が開いたタイミングで綾乃が大声で叫んだ。


「全員退避! みんなキラキラの向こう側に吹き飛ばしてやるわよ! 吹き飛べーっ!」


 大蛇に巻き込まれないようにカボチャ頭を後退させた刹那、凄まじい炎の奔流が大蛇の全身を包み込み込んだ。


 大蛇は断末魔を上げることも出来ずに焼き焦がされ、粒子となって消えていった。


 それと同時に今まで広かった空間が急に狭い部屋へと変わった。


 壁に貼られたポスターとカレンダー。学習机、クローゼット、本棚。

 室内は凄まじい悪臭が漂っていたが、それ以外については平均的な高校生の部屋にしか見えず、特に何か仕掛けられているようには見えない。


 窓には分厚いカーテンがかかっており、外の様子は見えない。


 そして……ベッドの上には腹を負傷して全く動けない状態で衰弱しきっている少年……新坂隼人の姿があった。


 その手にはオイルライターが握られている。

 和泉さんがライターを持たせて消火させたことで、先程の使い魔も消えたのだろう。


「治療します」

「ああ、ここは任せる」


 小森君が回復能力(ヒール)での治療を始めた。

 手から放たれた青白い光が新坂君を包み込み、その傷を癒していく。


「治ったの?」

「かなりの重傷だったので流石に一度じゃ完治仕切れなかった。時間を開けて何回か続ける」

「私に出来ることは何かある?」


 ヤマンソを消しながら綾乃が尋ねた。


「水を汲んできてくれ。かなり衰弱しているみたいだから、後で点滴するにしても水くらいは飲ませておいた方がいい」

「あとは上戸さんに連絡を。警察と救急は私から連絡をかける」


 和泉さんがスマホの操作をしながら言った。


「警察に電話くらいなら僕が」

「普通の110番じゃなくてこういう超常現象専用の警察直行の番号があるんだ。後の処理も全部やってくれる」

「後の処理って……」


 和泉さんにそう言われて部屋の隅に損壊した2人分の遺体が置かれていることに気付いた。

 階下には倒れている新坂君の両親もいる。


 確かに普通の警察や消防がここに来たら大騒ぎになる。


「君はそのお姫様を連れてこの部屋から出るんだ。それが仕事だ」


 お姫様はまだ気絶したままの友瀬さんのことだろう。

 確かにこんな状況で目覚めたらまたショックで気絶してしまう。


「私達も応急措置が済んだら警察が来る前に家を出るぞ。近所の住民が気付いたら大騒ぎになってここから出られなくなる」


 和泉さんは電話をかけながら2人の遺体へと近付いていく。


「おかしいな、メダルがない」

「メダル?」

「上戸さんの話通りだと、使い魔を喚び出せる召喚者が死ねばメダルを排出するはずだ。だが、それがここにはない」

「出ないこともあるのでは?」

「いや……先程私は元々2人いたが、私達が2階に来る途中で1人が死んだと考えていた」


 和泉さんは損壊した遺体の手を取って観察を始めた。


「とても死んだばかりとは思えない。これは死後から何時間も経過している」

「どういう意味ですか?」

「この2階にもう1人誰かがいたんだ。そして3枚目のメダルが出るのを待っていたが、私達がこの家に入ってきたのを察知して慌てて2枚のメダルを持って逃げ出した」

「逃げ出したとして……追う方法は?」

「有る」


 和泉さんは腕時計で時間を確認しながら言った。

 

「おそらく上戸さんがすぐ近くまで来ているはずだ。彼女の使い魔の能力ならば、ここから逃げ出した奴を追える。すぐに電話を」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>「いえ、違います。多分アルゴスのコンソールを通じて僕達以上に倒れている……人をもろに視ちゃった……衝撃が大きすぎたんです」  つまりSANチェックの結果、SAN値を大きく削っちゃって一時的発狂ダイ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ