Chapter 1 「遺跡の町」
恐竜のトリケラトプスが引く、4トントラックほどの客車……竜車の移動速度はそれほど速くない。
トリケラの体が巨大なので一歩あたりに進む距離は大きいのだが、大型の草食恐竜だけあって、歩く速度がマイペースだ。
時速換算だとせいぜい15キロ。
速くとも20キロも出ていれば良い方だろう。
それでも運搬性能は相当高いようだ。
客車には俺たち3人と案内役の日系三世のリプリィさん。
そして、ライフルやその弾丸などを装備したフル武装の兵士数人を乗せているにもかかわらず、安定して移動できている。
褐色の肌に銀髪の女性のリプリィさんは、日本からこの世界に喚ばれた俺たちとは違い、ここの現地人の軍人さんである。
本人曰く、50年前に召喚された日本人の子孫……日系三世らしい。
「あとどれくらいで町ですか?」
「そうですね……20分ほどでしょうか」
リプリィさんは視線の先……客車の壁に張り付いている木製の振り子時計を見ながら言った。
目盛りと短針。長針を見る限りは60秒60分12時間。
時間の換算は地球と同じようだ。
スキルでクッキーを取り出して時計の針を見る。
ちょうど90秒で再使用が可能になるので、振り子時計の精度はかなり高いとわかる。
続いて兵士たちが所持している銃のチェックだ。
ウィリーさんが薬莢を見て「古いタイプのライフル銃」と言っていたのを思い出す。
俺には銃の知識はないが、レバーアクションの小口径ライフルで予備弾倉もなし。
一発撃つごとに手で弾丸を込めるタイプだ。
西部劇などに登場するような形状なので、相当古いことは分かる。
文明レベルでいうと近世……1600年から1800年くらいだろうか?
そして、リプリィさんが木製ボードの上で書いている報告書に使われている紙はかなり白い。
きめも細かく、現代の中性紙に近いようだ。
使用しているペンも中にインクを内蔵している万年筆だ。
どちらもそれなりの文明レベルがないと作れない代物である。
最大のポイントは、リプリィさんが書いている文章で使われている文字が日本語だということだ。
ただ、書かれている文章の内容がよく分からない。
漢字ひらがなカタカナアルファベットにアラビア数字。
使われている文字は全て日本語なのに、文章で使われている言語だけが読み取れない。
日本語を使って無理矢理外国語の文章を書いているようだ。
「あの、それって何語なんですか?」
「ケチュア……タウンティン・スウユの公用語です」
「なるほど」
何も分からないことだけはわかった。
ギンギー料理の素材がギンギーだったりファルスのパルスのルシがコクーンでパージのようなものだ。
そして、普通に日本語を話していたリプリィさんが、固有名詞を呼ぶところだけ流暢な現地語になったことからして、日本語が標準語ということはないらしい。
「ところで、その町に冒険者ギルドとかあるんですか?」
エリちゃんがリプリィさんに尋ねた。
確かに漫画やゲームなどに出てくる世界では冒険者ギルドなどの組織があるのは定番だ。
定番の流れだと俺たちはそこに所属して、冒険者として依頼をこなしつつ日々の生活費と情報を集めるということが基本になるだろう。
だが、リプリィさんからの答えは予想外のものだった。
「すみません、冒険者とは何を指す言葉でしょうか?」
「え?」
「貴方たちの世界……日本にはある職業なのかもしれませんが、私たちの国にはそのような職業がありません。寡聞にして存じ上げませんが、呼称から推測するに地質調査技士のような職業の方たちによる組合連合のようなものでしょうか?」
おかしい。ここはゲームの中の世界ではないのか?
ある程度プレイヤーの活動に役立つ組織のようなものがあっても良いはずだ。
なのに、それすらないとか俺たちをここに喚んだ超越者は何を考えているのだろうか?
いや、俺たちは所詮はただのゲームの駒と割り切って、その駒に何も与えるつもりなどないと割り切って雑な扱いをしている可能性の方が高いのか。
俺たちは冒険者スタートアップできないのか?
「地形調査技士ならば、近くにダムを建設する予定がありますので、町の中にも組織はありますが」
「あ、いえ……いいです。大丈夫です。間に合ってます」
エリちゃんは手を振って話を打ち切った。
お互いの認識が異なっている以上は、話を続けても、どんどんと明後日の方向に逸れていくだけだろう。
「私からも質問がありますけどよろしいでしょうか?」
俺は挙手してリプリィさんに尋ねた。
「あなたたちの国の社会制度はどのようなものでしょうか? これから州知事に会うと言うことですが、その州知事というのがどれくらいの立場の方なのかを事前に確認しておきたくて」
「そうですね。私たちの共和国と日本とでは差異があると思いますので、そこは説明しましょう」
リプリィさんの話によると、今から百年ほど前の話。
当時現れた神の戦士たちの協力などがあり、国王が王政を廃止して共和制に移行したとのことだった。
それからは国は4つの州に分けられ、それぞれの州を州知事が管轄している。
中央政権は議会民主制で、それぞれの州から選ばれた議員たちによる議会によって国が統括されている。
国王の血統は一応続いているものの、現在はただの象徴でしかなく権力はない。
州はある程度の自治の権限を与えられており、州知事は選挙で選任されるものの、事実上は国王的なポジションらしい。
どうやら王やら貴族やらがいた中世の時代はとっくに終了して、近世or近代になっているようだ。
百年前……って元号はいつだ?
明治時代?
いや違う。百年前はもう昭和だ。
もしや、当時喚ばれた日本人が明治維新と同じことをこの国でやらかしたせいで、国の政治体制を大きく変えてしまったのではないだろうか?
俗に言う知識チートというやつだ。
謎の言葉が使われているのに、文字だけは日本語なのは、百年前の日本人がやらかしたのだろう。
文明が若干いびつなのも、その世代のせいかもしれない。
「記録に残っている限りでは、神の戦士の出現は200年前まで遡れるらしいです、それ以前については記録がないために詳細は不明ですが」
「そんなに前から……」
しかし、分からなくなってきた。
俺たちはおそらくソシャゲに登場するキャラクターの姿に変えられてこの世界に連れてこられている。
200年前にこの世界へ連れてこられた人たちも、おそらくは同じようにゲームのキャラに変えられたのだと推測されるが、200年前のゲームとは何なのか?
それとも、その頃は召喚システムが違っていたのか?
現時点では分からないことが多すぎる。
まずは情報収集に徹するべきだろう。
そう話していると、突然に竜車が止まった。
窓から外を見ると、二足歩行の恐竜を馬のように乗りこなす兵士が竜車の横に近付いてきていた。
恐竜博士ではないので種類は不明だが、サイズはほぼ馬。
足と首は細長く伸びており、バランスを取るためか長い尻尾を左右にゆらゆらと振っている。
ラプトル系の何かだ。
鞍にたずな、鐙と付いている装備は完全に馬なのだが、そこから伸びている長い首の先にあるのがトカゲの頭なので違和感しかない。
兵士は竜車の御者に書簡を渡すと、何事もなかったかのようにたずなを引いてターンして走り去っていった。
「失礼します」
リプリィさんが客車を離れて、御者から書簡を受け取った。
開封して中身を読み始めた後に、眉をしかめた。
「……すみません、ここからは急ぎになります。まずは食事をと思っていましたが、最低限の準備の後すぐに州知事に会っていただきます」
「何かあったんですか?」
「私の立場では言えません。ですが、まずはこちらで風呂と着替えを用意しますので、州知事へ会う前に準備をお願いします」
「風呂?」
「ええ……失礼なのであまり申し上げたくはないのですが、皆さん、かなり汚れているせいか臭いが……」
汚れや臭いについてリプリィさんの指摘はもっともだ。
モリ君とエリちゃんは何もない最初の部屋に3日隔離されていて服も下着も同じものを着たまま。
俺もエリちゃんからも鶏小屋だの洗っていない犬の臭いだの、酷い言われようを受けている。
まあ、事実だからしょうがないけど。
服も身体も徹底的に洗う必要があるだろう。
……
風呂?
その時、初めて自分が超重大な問題に直面していることに気付いた。
人生観を揺るがしかねない恐ろしい問題だ。
風呂というのは、当然服を全部脱ぐはずだ。
ローブだけじゃなく、下に着ているブラウスもショートパンツもだ。
下着もだ。
……パンツも!?
待って欲しい。
未成年の異性の裸にお触りとか、そんなことをすれば、俺が社会的に死ぬ。
いや自分の身体だからセーフなのか?
いやいや、いやいやいやいや――
俺は両手で顔を覆った。
それ以前に大きな問題がある。
たすけて
はずかしすぎて
しんじゃう
◆ ◆ ◆
竜車から降ろされた場所は飾り気のない無骨なコンクリ作りの建物の前だった。
建物の周囲では軍服を着て銃で武装した兵士が巡回している。
「ここは?」
「軍の宿舎です。さすがに民間の施設を利用というわけにはいきませんので。こちらの施設に併設している風呂を使用していただきます」
リプリィに建物の裏側へと案内された。
そこには小さい煙突が付いたシンプルなコンクリート作りの小屋があった。
煙突からは白い煙がもくもくと絶え間なく上がっており、温泉地で嗅いだことのある硫黄の独特の臭いが流れてきた。
側溝を見ると、そこに流れている水も湯気がもうもうと上がっている。
遺跡の出口から鳥を飛ばした時に見えたのはこの煙突だったようだ。
「ここは天然温泉?」
「近くに火山帯があるので、湧いているお湯を利用しています。山を挟んだ反対側には民間の温泉旅館もありますよ」
話からすると、天然温泉の湯を利用して風呂の設備を作ったのだろう。
こんな状況でなければリラックスできるに違いない。
ただ、リラックスできない要素があまりにも強すぎる。
「男性は右側、女性は左側です」
リプリィに案内されてモリ君は右側の男風呂。
エリちゃんは左側の女風呂に歩いて行く。
そして、俺は無言でその場に立ち尽くしていた。
「――あの、ちょっといいですか」
俺は意を決してリプリィさんに言った。
「俺は今は女なんですが、実は男なんですけど、どうすれば良いでしょうか?」
「どういう意味でしょうか?」
リプリィさんも言っていることが分からないのか首を傾げた。
実際、俺も意味不明なことを言っているなという自覚はある。
「俺は元々は男なんですけど、この世界に喚ばれた時に女……今見ている通りの身体になったので、多分このまま女風呂に行ってしまうと色々と支障が発生するのでなんというか」
リプリィさんが手に持っていた何かの資料らしき紙の束をポトリと落とした。
目を丸くしたまま微動たりとしない。
「……えっと、整理させてください。今は女性?」
「はい」
「元は男性?」
「アッハイ」
「でも身体は女性?」
「はい」
「でも胸が」
「大変失礼なことを承知で申し上げますが、リプリィさんもあまり人の胸囲についてはとやかく言えないのでは」
気まずい沈黙。
売り言葉に買い言葉とはいえ、大変失礼な言葉を投げかけてしまった気がする。
そんな平坦な一族同士の一連の会話を聞いたのか、風呂に行く途中の豊満な一族のエリちゃんがやってきた。
たった今、胸部についての話をしていただけに、その暴力的な胸に視線が向いた。
なんという戦力差だ。俺とリプリィさんが束になっても勝てる気がしない。
1+1で2になったところで、10には勝てないのだ。
2倍のジャンプと3倍の回転を加えればギリギリ勝てるかもしれない。勝てないかもしれない。
「ラビちゃん、まさか男湯に行かないですよね?」
もしかしてその方が安心できるのではと少し考えたが、モリ君と一緒に温泉へ入っている光景が脳内に浮かべると、セーフな要素など皆無だ。
絵面が完全にアウト過ぎる。
モリ君と2人で社会的に死亡して、仲良くお縄になる未来しか見えてこない。
「でも、だからと言って女湯に行くのはちょっと」
こちらもこちらで想像するだけで俺がおしまい、アイデンティティがメルトダウンする未来しか見えない。
そして、やはり俺が社会的に死ぬ。
「まあそうですよね。ラビちゃんは可愛いし、良い人なのは分かるんですけど、流石に一緒に風呂へ入れというのはちょっと無理かな。中の人はオッサンだし」
「23歳ですけど」
「混浴が許されるのは幼稚園未満までです」
俺とエリちゃんとリプリィさんとの間で顔を見合わせる。
「後から一人で入るというのはありですか?」
「いや……まあ……」
「えっちなことをしないなら、それならまあ……」
「えっちなことは、流石に俺の自我が崩壊しそうなのでしません」
3人の間で妥協案が決まった。
俺の地獄は今から始まる。




