第31話 「次元の裂け目」
最深部に到着したのは地下5階を出発してから約30分ほど経った頃だった。
深さだと最初の旧校舎から100m近く。
道が曲がりくねっているので直線距離は把握しづらいが、それでも500mは移動しているであろう。
天然洞窟に人工的な手を入れて作った遺跡だとは思うが、予想以上に広大だ。
幸いにもここまで敵の妨害は一切なしである。
ショゴスが降ってきたり、神父がテレポート的な能力で飛んできたりして対決することを警戒していただけに拍子抜けなところはある。
その分楽なのは良いことだが、襲撃者3人は結局どうなったのだろうか?
小森くんはちゃんと説得に成功できたのだろうか?
気になる点は多数あるが、どの道、地下ではスマホの電波は圏外であり、通信出来ない。
もしトランシーバーなどの無線機を持ち込んだとしても、この複雑な地形の地下遺跡だと電波が届くかどうかは怪しい。
通信手段はないのだから、お互いを信じてそれぞれのミッションを完遂させることに集中しよう。
最深部は奥行き10mほどの狭い部屋になっていた。
最後の部屋だけは天井部分に木材で補強が入っており、ある程度の耐震補強がされている。
事前に予想していた通りの一点豪華主義。
たとえ途中の遺跡が崩れたとしても、赤い宝石を充電出来るこの最深部だけは護り通したかったのが理解出来る。
だが、それでも現実には予算も人手も足りなかったようだ。
こんな素人工事では崩壊は止まらないだろう。
部屋の中央には祭壇があり、赤い宝石が納められた装飾台が設置されている。
そして、一番奥の壁には空間に入ったヒビのようなもの……次元の裂け目があった。
室内は裂け目からら漏れ出す紫色の光である程度の明るさは保たれており、ライトで照らさなくとも部屋の隅までよく見える。
事前に使い魔で調査した通りなので、今更驚くようなことはない。
制限時間があるのであまり時間をかけてはいられない。
さっさと裂け目を修復して赤い宝石を持ち帰ろう。
「むむっ、ちょっとライトで照らして貰えますか?」
その時、麻沼さんが祭壇中央に設置された赤い宝石を見て意味深な声を上げた。
それを聞いたカーターが手持ちの懐中電灯で赤い宝石を照らした。
「ダミーですよ、これ。祭壇とそこの次元の歪みから出て来る魔力で誤魔化されてますけど」
「ああ。暗くてわかりにくいかもしれないが、本物ならば内部に回路みたいなのが見えるはずだ。だけどこいつは中身が空っぽだ」
そう言われてみると以前に奈良の遺跡で採取したものと比べると中には見えない。
それでいて、高照度ライトを当てると中の方が白っぽくなるあたり、粘土の型に透明レジンなどを流し込んで作ったプラ製品なのかもしれない。
ホームセンターに売っている物だけで簡単に作れる夏休みの工作レベルの代物だ。
鳥の目で視ても何も変化がない。
魔術知識なしの戦闘部隊だけで固めてここに来た場合は、この罠に気付かず引っかかった可能性があるということか。
小森くん達が自分達だけで地下5階のボスを倒した時に、そのまま先に進んでいたら、この赤い宝石のトラップに引っかかっていた可能性が高い。
危ないところだった。
そして、わざわざこんなものを仕掛けていうこと自体が、神父はここを放棄して逃げ出したという説の補強材料である。
おそらく学校に変な魔物が現れて騒ぎになったことが潮目だったのかもしれない。
衆目に晒されたここは「探偵」や警察、俺達のような野良の能力者に見つかってもう使えなくなると。
敵が待ち構えていないのも納得だ。
既に利用価値がなく、放棄した場所に貴重な戦力を割く余裕もなければ意味もない。
もちろん本物の赤い宝石を俺達に渡すつもりなどないだろうし、木島君のような使い捨て要員の鉄砲玉は勝手にやられようが関係ないということだろう。
「おっとうっかり触るなよ。わざわざ偽物を用意してるってことは、連中はオレ達がこいつを持ち帰ることを想定して罠を仕掛けているはずだ」
「触らないよ。この宝石もどきに仕掛けがなくとも、祭壇の方に罠が仕掛けられている可能性もあるし」
「ただ、次元の歪みの方は本物ですよね。どうしましょう、これ」
麻沼さんが次元の裂け目を指差しながら言った。
「どうしようも何も裂け目は閉じるという方針は変わらない。カーターは銀の鍵でこのヒビを閉じてみてくれ」
「そうは言ってもやり方なんて知らないから、ぶっつけ本番だぞ」
「それについてですが、私の知っている方法が使えるかもしれません」
麻沼さんがスーツのポケットから小さい金属のケースを取り出した。
ケースを開くとペンサイズの丸くて黒い棒が何本か入っている。
麻沼さんはそのうちの一本を取り出すと、ヒビの先……最深部の壁に大きく「北」の文字を漢字で書き入れた。
どうやら棒の正体は墨のようだ。
「ここまで大きな歪みを見るのは初めてですけど、極小の歪みの修復は何度か行ったことがあります。それを応用出来れば」
流石の麻沼さんもこのような次元の裂け目に対処するのは初めての経験で不安なのだろう。
冷や汗を拭いながら俺達に説明を始めた。
「四角四境の祭祀という、平たく言うと厄除けの儀式があります。これを執り行うことで外からの厄災を止めることが出来ます」
説明しながらケースの中から細くて黒い棒を取り出して俺とカーターに渡してきた。
「これは御神木から作った墨です。同じように部屋の四隅の壁に大きく東西南北の文字を書き入れてください。ちなみにこれは貴重なものなので使ったら必ず返してください」
わざわざ貴重と言うからには、落として壊したら弁償なんだろうなと俗っぽいことを考えながら受け取る。
「空間の歪みが鬼門……北東で、祭壇が向いている方向が恵方……南東です。穢れたものから出た力が良い方向……この祭壇に流しているんです」
「中国の陰陽思想でしたっけ?」
「そうです。遺跡設計者の思想は違うものかもしれませんが、それを私達の理屈で上書きします。それをやるのが陰陽道です」
コスプレ魔術師である俺には理屈はよく分からないが、ようはこちらの設定を押し付けるということだろう。
「方位を確定させたら次は中央で儀式を行います。普段なら纂と呼ばれる術具を使って部屋の四隅と中央で清めの儀式をしますが、今回は片倉さんの銀の鍵で代用していただきたいです」
「和洋折衷ってわけだ」
「片倉さんは私と盃を交わした仲です。きっと成功出来ると信じています」
真昼間の焼き肉屋でビールを飲んでいただけなのを「盃を交わした」とは呼ばない気はするが、物は言いようだ。
女っ気のない暮らしをしているカーターがあっさりと釣られた。
「任せてください。この私が見事に儀式を取り仕切って見せましょう」
なにこいつ? チョロすぎるだろう。
女なら誰でもいいのか?
胸か? 胸のサイズか?
それはポテトを貯め込んだ脂肪だぞ。
「それは酸っぱい葡萄だぞ」
カーターが俺の表情から思考を読んだのか、おかしなことを言いながら近付いてきた。
「酸味の強い甲州ぶどうはお前の地元の名産だろう。ワイン用途のイメージが強いけどジャムやコンポートにしても美味いぞ」
「コンポートってシロップ煮だろ。甘いのは苦手なんだよな」
「そこでカーターにはパウンドケーキを勧めよう。強い酸味とわずかな苦みのある葡萄は逆の味である甘い生地とは喧嘩せずにお互いを引き立てあうんだ。ラム酒を加えるのが定番ではあるものの、ここはあえてブランデーを加えてコクと苦みを更にプラスしたい。大人向けのケーキだ」
俺の説明でカーターがごくりと唾を飲んだ。
やはり脂肪よりも糖質だ。
甘いものはつよい。
「酸っぱい葡萄最高だな。それってどこで売ってる?」
「自作だよ。この事件が片付いたらほうとうパーティーをやる約束だし、その時に作るよ。家にオーブンはある?」
「1人暮らしの男性宅だぞ」
「うちにはあるぞ」
「1人暮らし女性宅と一緒にするな。完成品を持って来てくれ」
「焼き立てが美味いんだけど仕方ないか」
「私も食べたいです、そのケーキ」
ここでお芋教徒が参戦してきた。
もはや知らない仲ではないし、協力者ではあるが、流石にホームパーティー的なものに呼ぶのはどうかという気がする。
ただ、あくまでもホストはカーターだ。
本人の意見を聞きたい。
「どうぞどうぞ是非ともおいでください。ほうとうもあります」
流石にそれは誰でもウェルカム過ぎるだろう。
「ラビ助は麻沼さんを警戒しすぎてないか?」
「お前が緩すぎるんだよ」
「なるほど、オレが知らない女と付き合うことへの嫉妬か」
「何系の発想?」
こいつは一体何を言っているんだ。
まあ、カーターが歓迎しているのならば仕方ない。
こちらとしては予定通りにケーキを焼いて持っていくだけだ。
「では、ほうとうとケーキを食べるためにもこの件はさっさと片付けましょう。私が南、片倉さんは東、上戸さんは西をお願いします」
他の方位に比べて画数が少なくて楽そうなのがやってきた。
麻沼さんはそれを考えての配分なのかもしれない。
大きく「西」の文字を書き入れて墨を麻沼さんに返す。
全員で東西南北の方位を書き入れた後に、麻沼さんはそう言うと部屋の隅で何やら畏まった儀式を始めた。
お経のようにも祝詞のようにも聞こえる不思議な呪文を唱えると、その横でカーターが銀の鍵を上げ下げするという内容だ。
魔術の知識もなければ魔力的な物も見えない俺には2人が何をやっているのかがまるで理解出来ない。
もちろん魔術知識をある程度持っているカーターならば初見でもある程度は理解出来るのだろう。多分。知らんけど。
最後にカーターが鍵をヒビの方へと突き出し、そのまま鍵を施錠するように左に半回転させると、ヒビの大きさは段々と小さくなっていき、やがて跡形もなく消滅した。
ヒビから漏れ出した光と煙も途絶え、室内の光源は持ち込んだLEDライトが照らすのみとなった。
健康に悪そうな光と煙が消えただけでも成功と言っても良いだろう。
「まさかこんなにうまく行くとは」
成し遂げた麻沼さん自身が驚いているのが意外だった。
儀式の時はお構いもせず厳粛に儀式を進めていただけに、もっと自信満々にやっているものだと思っていた。
ここの次元の裂け目の修復はそれほど難易度の高いミッションだったに違いない。
「片倉さん、私とタッグを組みましょう。今まで手に負えなくて現状維持にしていた次元の歪みが何か所かあるんですけど」
麻沼さんは興奮からか頬を紅潮させながらカーターの手を取った。
さりげなく嫌な話を聞いてしまった。
もしかして俺の知らないところで日本の危機が進んでいたのか?
「どうするよラビ助?」
そんな中、カーターが俺にキラーパスを投げて来た。
「何故俺に聞く? 仕事のパートナー協力を依頼されているのはお前だ」
「そうは言っても、オレは本業もスポンサーからの仕事もあるから、頻繁に通って儀式をするのは無理だぞ。だから、せめてお前と交代でやらないとという提案だ」
なるほど、そういう話か。
ただ、頻繁に「探偵」の仕事に協力するのが無理というのは俺も同じである。
平日は朝から晩まで仕事だし、休日くらいはのんびり休みたいのだ。
「そもそも、俺は儀式のやり方なんて何も分からないぞ」
「大丈夫大丈夫、儀式は全部麻沼さんがやってくれるし、見様見真似で動いて最後に銀の鍵で施錠するだけでいいから」
「待って、分かってやっていたんじゃないのか?」
「独学で西洋魔術をやってるだけのオレが神道だか仏教だか陰陽道だかの儀式を知ってるわけないだろ。ノリだよノリ!」
思っていたよりも酷い話だった。
カーターは真剣な表情で淡々と儀式をこなしていたので、てっきり内容について理解している物だと思っていた。
ただ、そんな簡単に出来る話ならば、協力するのはやぶさかではない。
一応伊原さんに日本で変な事件が起こった時には何とかするように頼まれてもいるし、旅行気分で協力するくらいならば良いだろう。
もちろん、そんなに頻繁に呼び出しをされてもそれはそれで困る。
旅費は俺の財布へ地味にダメージを与えて続けているし、この手の封印作業で休日が潰されていくと、流石にどこかの段階で体力的に限界が来る。
カーターに代わって麻沼さんにこちらの意思を伝えることにする。
「和泉さんとも話をしましたが、その件も含めて一度上の方と話をさせてください。どこまで協力出来るのかという点も含めて協議したいと思います」
やはり探偵の偉い人達と話す必要があるだろう。
その話の内容次第でどこまで協力するかを考えていきたいと思う。
ここは一度仕切り直しだ。
きちんとした契約の話になるだろうから、それを現場の下っ端だけで決めるのは難しいだろうから。
「では戻りましょう。地下5階の方が心配です」
◆ ◆ ◆
状況報告のために階下に降りてきていた矢上君と会えたのは地下7階だった。
矢上君は地下5階での戦闘に一区切りついたので俺達に連絡するために途中まで降りてきたらしい。
小森くん、柿原さん、友瀬さん、和泉さんの4人は木島君とその彼女の身柄を確保するため、そして逃走したもう1人の襲撃者を追って地上を目指しているという今の状況を聞くことが出来た。
「友瀬さんが逃げ出した男を追ってくれているはずですけど」
「ええ、分かりました。私も今からだとどこまで役にたてるかわかりませんが、使い魔を出してみます」
こちらも鳥の使い魔を喚びだして、1羽を地上へと先行させる。
俺達が歩くよりもはるかに速い速度で飛行出来るので、すぐに先行した小森くん達と合流出来るはずだ。
「今の状況だと、手持ちの魔力結晶でその2人の召喚能力を先に封じておいた方が良さそうだな」
カーターが持っている魔力結晶に残っているエネルギーの残量で能力を消せるのは2人までだ。
当初の予定ではここの地下で赤い宝石を入手して、それで充電を行って矢上君達や襲撃者、真桑という男達全員から能力を消すつもりだった。
だが、その赤い宝石の入手に失敗した以上は、能力を消す相手を厳選する必要がある。
「俺の考えだけどいいか?」
「何か案があるのか?」
「能力を消すのは当初の予定通り真桑って奴がいいと思う。残り1回は残しておく」
そう説明するとカーターの眉がピクリと動いた。
「理由の説明を」
「真桑という男から能力を奪って解放すれば、俺達が能力者から能力を消すことが出来ると伝えることが出来る。そうすれば、同じく解放した木島君からも能力を既に消しただろうと誤認させられる」
俺なりの見解を伝えたところカーターは首を横に振った。
「オレやそこの麻沼さん。それに和泉ってやつや敵の連中が召喚能力者を見たら一目で分かるんだよ。こいつは能力者だって。ラビ助には見えないだろうが」
「そうなのか?」
つまり、真桑だけの能力を消すと、敵からはなんで召喚能力を消すことが出来るのに、木島君達からは能力を消していないんだと一目でバレるわけか?
そうなると、俺達が召喚能力を消せるには回数制限がある、もしくは木島君達が裏切ったことが一発でバレてしまうと。
魔力なんて見えない俺には思いつかない理由だった。
確かにぐうの音も出ない程の正論だ。
「すまない、そこまで考えていなかった」
「いいってことよ。見えるオレ達の方が変なんだ」
「でも、そのおかげで多くの人を助けられます。子供の頃はなんでこんなのが見えるんだろうって恨んだこともありましたけど、今は良かったと思います」
カーターの後に麻沼さんが続いた。
「でも、やっぱり同じような境遇だけど友好的な人にはあまり会う機会がないので、今日は片倉さんに会えて嬉しかったです」
「オレもだよ。こちとら、ずっと孤立無援でやってきたから、あんたも……あの和泉って真面目君にも会えて良かった」
カーターが普段あまり聞かないような優しい声で麻沼さんに返した。
俺達とカーターは似ているようでどこか違う境遇だ。
そういう意味では、カーターもようやく共感出来る仲間に会えたのかもしれない。
可能ならば、このまま良い関係を継続していって貰えたらと思う。
「ところで先行させた使い魔は追いつけたのか? 今はどのあたり?」
「今は地下3階に入ったところ。もうすぐ追いつけると思う」
「は、早いな……」
そりゃこちらはランクアップと限界超越で二度のパワーアップをしているんだ。
流石に昨日今日身についたばかりの能力と一緒にしてもらっては困る。
そのまま順調に使い魔を飛行させて地下1階まで来たところで小森くん達が集まって話し合いをしている場面に遭遇した。
何か有ったのだろうか?
使い魔は視覚共有のみで音声については共有できない。
どうしたものかと思案していると、友瀬さんが表示させたスクリーンを俺の使い魔の方に向けてきた。
確かにこれは深刻な事態だ。
一刻も早く合流する必要がある。
「どうした、何があったんだ?」
「地下1階の階段を破壊されて出入り口を塞がれた。このままじゃ地上に出られない」




