第28話 「遺跡地下最深部へ」
「敵勢確認出来ません。大丈夫です。進んでください」
先行させていた鳥の使い魔を手元に戻して合図をすると、高照度ライトを構えた小森くんが先陣を切って階段を下りて行った。
防御スキルを持っている上に、人間離れした五感で不意打ちに備えられる小森くんは先頭に立つには最適だろう。
限界超越で生えてきた装備を着用しているので防備も万全だ。
装備は万全のはずなのだが、何故かポンチョを着ていない。
一体どこに行ったのかと思ったら、何故か小森くんのポンチョを柿原さんが着ていた。
どういう経緯があってそんな状況になっているのか、誰か俺に説明して欲しい。
「防御が弱いところを狙われる可能性があるので事前に備えています」
「なるほど」
俺が柿原さんに訝し気な視線を向けたのに気付いたからなのか、小森くんからちゃんと説明が入った。
理由も合理的なのでおかしな点もあるが、納得せざるを得ない。
「オイルライターは大丈夫?」
「大丈夫です。新品なので」
続いては何故か制服姿の矢上君だ。
流石にライター1個を3人で使い回すのは無理があるので、事前に1人1つ使えるように買い足しておいたので安心だ。
矢上君は使い魔のカボチャ頭をまだ出してはいないが、瞬時に出せるということなので問題ないだろう。
最後にスーツ姿でアタッシュケースと抜き身の短剣を構えた和泉さんを加えた3人が前衛として階段を降りていく。
3人が安全を確認した後に、ハンドガンを構えた麻沼さんと、警察に見つかったら職務質問は不可避のフルオートのライフルを構えたカーターの酔っぱらいコンビが中衛を務める。
「カーター、こいつを持っておけ」
俺は階段を降りようとしたカーターを呼び止めて銀の鍵を手渡した。
異世界から日本に戻る時にカーターが俺に預けてそのままになっていた伝説のアイテムだ。
こいつの真価は、あらゆる次元に繋がるターミナルである窮極の門への道を開くことであるが、カーターが各種スキルを使用するためのキーアイテムでもある。
流石にこれなしではカーターの出来ることが激減してしまう。
「返さなくていいって言っただろ」
「そうは言ってもお前は手ぶらじゃ何も出来ないだろ。今だけでも持っておけ」
渋るカーターの手に無理矢理握らせた。
一応は未成年の高校生を監督する大人というポジションであり、今は外部の協力者がいるというのに、流石に何もしないというのは格好がつかないだろう。
ただ、この銀の鍵にはもう1つ役目がある。
相手が魔力探知なる能力を持っているのならば、桁違いの魔力を発しているらしい「銀の鍵」は最高の囮になる。
土曜の夜の自宅でのんびりしていたら、訳の分からない謎のマジックアイテムを持った謎の集団が学校の地下遺跡に押し寄せたという状態だ。
緊急で関係者が呼び出されて会議が始まり、慌てて学校に向かってきている可能性は高い。
休日出勤とかどこのブラック企業かという感じだが、これを機会にもう一度組織に所属することについて見つめ直して欲しいところだ。
……自分の頭にブーメランを突き刺したような気がするぞ。
「後で返すからな」
「元はお前の持ち物だろう。俺だと持て余し気味なのでお前が持っておけ」
「そんなことを言って……急に異世界召喚されてもオレは知らんぞ。暴れるだけじゃ解決出来ない乙女ゲームの世界とか」
「そんなホイホイ異世界召喚なんてされるわけないだろ」
あり得ない仮定を持ち出すのは詭弁の理論だぞ。
最後の後衛はやはり制服姿の柿原さんと友瀬さん。
友瀬さんはレーダー機能をフルに活用してもらうために最初からアルゴスを喚び出して貰っている。
「友瀬さん、まだ学校近くに敵は来ていない?」
「大丈夫そうです。少なくとも500m以内には」
「念のために私が最後に回りますが、地上から追いかけて来た敵が来るのは背後からということを念頭に置いて行動をお願いします」
そして、最後尾の警戒をしながら殿を務めるのは俺だ。
防具は限界超越で生えてきた装備品。
背中には箒。手にはLEDの高照度の懐中電灯。
腰にはバルザイの偃月刀と奈良の遺跡で見つけた金色の古代の剣を腰に差している。
今回は前衛が充実しているので俺はライト係で十分なので近接戦闘をする必要はないだろうが念のためだ。
入口が見える位置に使い魔を1羽待機させて俺も地下への階段を下りていく。
「神父が阻止に来ると思いますか?」
階段の途中で待っていた和泉さんが尋ねてきた。
「あえて魔力を持ったマジックアイテムを抜身で持っている上に、この大人数です。流石に気付いていないことはないでしょう。問題はここのカバーに何人来るかです」
「手錠や鎮静剤などは用意していますが」
和泉さんがそう言いながらアタッシュケースを持ち上げた。
その中には拘束具が納められているのだろうが、見た目女子中学生の俺に見せる絵面は最悪なのでもう少し考えて欲しい。
「出来れば無力化させた後に話し合いで解決したいところです」
「聞く耳を持つでしょうか?」
「そのための同年代の子供達ですよ。それでもダメなら大人の仕事です」
「……そうですね」
まあ、もしかしたら一切聞く耳なんて持たないかもしれない。
その時は拘束具の出番が必要になるかもしれない。
ただ、出来るだけ平和裏に解決したいところではある。
◆ ◆ ◆
前回に攻略を終えた地下5階までは特に謎の虫やヘドロなどの妨害もなくたどり着くことが出来た。
問題は石の祭壇の下に隠された地下への階段を降りた先の地下6階以降だ。
地下の階段からは明らかに健康に悪そうな紫色の煙が吹き出している。
和泉さんが何かの機械を取り出してその煙の中へと腕を突っ込み、数値を測定していた。
「それは?」
「工事現場などでも使われる酸素濃度計です。簡易的ではありますが、安全して活動出来るかの目安にはなります」
「それで数値は?」
「こんな不健康そうなのに合格なんですよ。まあ、科学では分析出来ない煙なのでしょうが」
「一応神父とその部下が出入りはしていると思うので大丈夫だとは思いますよ。この煙を吸い続けると長期的にはどんな影響がでるのかはともかくとして」
「では短期で決めましょう」
「それには同意です。今日中に解決したいところです」
その時、旧校舎の正面入り口の扉を開けて3人組が入ってきたのを、待機させていた鳥の使い魔が視認した。
高校生くらいの男女2人と中年の男。
前回来ていた中年男……真桑は拘束済みということなので、別の人間か。
2人組はおそらく木島君とその彼女さんだろう。
「友瀬さん、レーダー役の交代をお願いします。地上から誰かが来たようですので、そちらを映してください」
「は、はい。なら地下は?」
「6階以降の調査は私が行います」
俺だと「誰かが来た」という情報は分かっても、木島君と面識がない俺ではそれが誰なのかが分からない。
監視した映像をコンソールに出せる友瀬さんに任せる方が安心だ。
逆にどの道、未知の相手しかいないであろう地下には俺の鳥の使い魔の方が向いている。
伝えられる情報量は少ないが、より遠く、より速く情報伝達が可能だ。
ポジション交代を分かりやすく説明するために友瀬さんと手のひらを打ち合せてタッチをした後に交代を地上を監視していた鳥の使い魔を解放。
改めて喚び出し直して地下階段へと突入させていく。
奈良の地下遺跡とは違い、骸骨などの遺骸やショゴスなどの敵もおらず楽なものだ。
おそらく神父やその関係者が出入りするために邪魔なものは一通り撤去されたのであろう。
地下5階までは緻密に石積みされていた通路が、地下7階あたりからほぼ自然洞窟のような構造になっていくのも奈良と同じ。
もちろん道は基本的に一本道なので迷うこともない。
そうしているうちに友瀬さんが放った端末が地下へと降りて来る侵入者の姿を捉えたようだ。
背の高い男子高校生、横にいる女子高生。
そして中年の男。
まだ地下1階だが、30分もあればこの地下5階に到達するだろう。
「間違いありません、木島です。横にいるのも前に見た彼女です」
小森くんが映像に映る男子生徒を指差しながら断言した。
「もう1人は?」
「すみません、分かりません。ただ学校の中では見たことがない顔です。少なくとも教師ではないかと」
矢上君や柿原さんも同じ反応だ。
それを見て「どれどれ」とコンソールを覗き込んだ和泉さんが眉を動かした。
「こいつは真桑の同僚ですよ。別の場所で会ったことがあります。こいつ自身はただの運転手だったはずですが」
「『神父』は一般人に何か能力を与えられるのですから、昔には無能力者だったという情報は参考にならないかと」
「そうでしたね。修行も勉強もなしに急に能力が手に入るという感覚はまだ馴染めませんが」
そうなると、この全員で3人を迎え撃つことになるのか。
そう考えていると、和泉さんが無言で地下の階段を指差した。
「我々をここに足止めするのが目的かもしれません。ここには私が残りますので、地下の調査継続をお願いします」
なるほど、理屈は通っている。
因縁がありそうな小森くんと和泉さん。他もう1名くらいがこの場に留まり「ここは俺に任せて先に行け」という展開だ。
以前にボスがいたという5階の広い空間で戦う方が効率が良いのも分かる。
ただ、その必要はない。
「相手は3人です。全員がここに残る意味はないでしょう?」
「いえ、逆の方が良さそうですよ。もう地下にそれほど大人数は必要ありません」
「えっ?」
和泉さんや明らかに迎え撃つ覚悟を固めていた小森くん。
既に下り階段を降りようとしていた麻沼さんやカーターが一斉に拍子抜けしたような声を上げた。
「り、理由を」
「地下の調査が既に完了したからです」
最速……おそらく時速160km近くで飛行した鳥の使い魔達はすぐに最深部に到着した。
飛行速度もだが、既に同じ構造の奈良の遺跡を探索して「進研ゼミでやったところだ!」だったことや、封印がとっくに破られていて敵なども討伐済で障害になるものがなかったことが大きい。
奈良の遺跡最深部、最奥の壁には何もなかったが、この旧校舎地下の遺跡には空間に入ったヒビのようなものがあった。
ヒビ自体は向こうの世界で何度か見た覚えがある次元の断層……別の次元へと繋がる裂け目だ。
異世界で見たものはブラックホールのように全てを吸い込むような構造だったが、ここにあるヒビはその逆。
亀裂の向こう側から不気味な紫色の光と煙を吹き出し続けていた。
異世界で見たものが「入り口」と仮定するならば、こちらは「出口」なのかもしれない。
安定性も違うのだろう。
異世界で見た穴は1分もしないうちに蒸発して消えてしまったが、こちらのヒビはいつまで経っても消える様子がない。
もくもくと吹き出す煙は空気よりも比重が重いのか、一度床の方へ垂れた後に、這うようにして通路を辿って上の階へと昇っているようだ。
そうしたものが俺達がいる地下5階……更には地上にまで溢れ出し、空気に拡散されて消えていく。
この煙が高千穂の時と同じヘドロ的なものならば、そうやって地上に抜けて空気に拡散される過程で浄化されるはずだが、この空気の流れが淀んでしまうことにより、変な虫やヘドロ……そしてボスキャラを発生させるのかもしれない。
紫の光の方はというと、部屋の中心にある石作りの祭壇の上に置かれた彫刻が施された石の装飾台。
その中央にある窪みに埋め込まれた赤い宝石……輝くトラペゾヘドロンに向かって注がれている。
神父の行動からして、光には赤い宝石を充電する役割があり、装飾台は赤い宝石に光を効率良く当てるためのワイヤレス充電器という解釈で良さそうだ。
おそらく旧支配者達がこの遺跡を作った2千年前には既にこの仕組みが存在していたに違いない。
富士山から続く山岳地帯に出来た磐境。
他の次元との境界が薄い部分に出来た天然の他次元へ繋がる門があったからこそ、旧支配者はここに遺跡を作った。
そいつらを神武天皇か、はたまた鎌倉時代に入ってからの北条氏が滅ぼした。
それから何百年か経って、横浜に不法入国してきた神父がこの施設を発見して何やら動き始めた。
これを放置していたら、神父に好き放題されるのは間違いないだろうし、突然にヒビが広がって別の世界から、赤い宝石にエネルギーをチャージ出来るような何かが飛び出て来る可能性も十分にあり得る。
「カーター、ちょっとこっち来い」
「何なんだよ、一体」
「地下の一番奥に別次元へと繋がる穴があって、それが開きっぱなしになっている。閉じる方法を何か知らないか?」
まずは身内であるカーターに何か方法がないかを聞いてみることにする。
何も分からないということであれば、和泉さん、そして彼らの所属する組織頼りになるだろう。
「銀の鍵はなんで『鍵』なんだと思う?」
カーターは先程返却したばかりの銀の鍵を俺に見せながら言った。
おそらく「鍵」という単語から連想出来るものを挙げろということだろう。
鍵と言えば開くもの、そして閉じるものだ。
それは深く考えなくとも分かる。
「開けるのは知ってるけど、まさか閉じることも出来るのか?」
「向こうの世界で伊原がやったのがそれだろ。何十年もかかる見込みの次元の壁の修復を、わずか10年と少しで解決出来たのは、銀の鍵を解析した結果としか考えられない」
確かに最初に伊原さんに会った時は次元の壁の修復までざっと30年の見込みと説明された。
それが一気に半減しているのだから、何らかの技術革新が有ったと考えるのが自然だ。
銀の鍵に開いた空間の亀裂を閉じる力があるならば、その仕組みをリバースエンジニアリングで解析した方が無から研究するよりは格段に早いだろう。
「それで使い方は?」
「鍵を差し込み回す。いや、オレもやったことないんだけど」
「ないのかよ!」
「いつ使うんだよそんな技術」
なんという説得力だ。
まあ、鍵を差し込んで回すくらいの動きで済むならば、俺かカーターのどちらが試せば使えるだろう。
最悪は伊原さんにメールで連絡を取ってやり方を聞いてもいい。
何しろ本人が「この世界のトラブル解決なんかは任せた」と直接言ったのだから、俺がやり方を教えてくれと聞いても邪険に断るようなことはしないだろう。
あとは俺達がやる次元の穴を閉じる作業についての見届け人が欲しいところだ。
口だけで「作業完了しました」と言っても今の和泉さんやお芋との信頼関係では信用されない可能性も十分あり得る。
とりあえず和泉さんに声を掛けることにする。
「この遺跡の最深部に次元の亀裂のような個所があり、そこから別の世界のエネルギーが流入し続けているようです。この煙もそれが原因です。閉じなければ事態は収拾されません」
「先程話し合われていた内容がそれでしょうか?」
「そうです。この件は私かこちらの片倉のどちらかが対応出来ると思いますので、2人で最深部を目指します。ただ、私達が余計なことをしてないか、正しく作業完了したかについてチェックしていただきたく、確認者としてご同行いただけないでしょうか?」
「なるほど。では……麻沼、この2人に随伴を頼む」
「私がですか?」
「ここで教団の連中とやり合うのと、地下に付いていくのとどちらが良い?」
「行きます」
ここに残って戦闘する方が面倒だと考えたのか、麻沼さんが即答した。
実に現金なものだ。
「私が高校生達の監督をすると言いながらも、その役割をお任せてしてしまい申し訳ございません」
「いえ、このような状況に対応するため、私達が来たのですから。それよりも地下の処理を」
「大丈夫です。私が付いていますので」
何故か自信満々に浅沼さんが答えた。
まあ、同行してもらっても特にやっていただくことはないので、俺達が大丈夫なことに間違いないのだが。
「それでは行ってきます。麻沼さん、足に自信は?」
「私を誰だと思っているんですか? 強化無しでも100m走は12秒ですよ。術で強化すれば倍で駆け抜けられます」
「それは頼もしい。となると、ネックはカーターか」
「お前はどうなんだよ。走ってもコケるだろ」
「走るわけないだろ」
俺は箒に飛び乗り「浮遊」と一言命じる。
たちまち箒は宙に浮き上がり、いつでも出発が可能になった。
「相変わらず卑怯だな。時速何キロ出るんだよ?」
「流石に遺跡内だとぶつかる危険があるから時速30Kmくらいだよ。それでも良ければ重量オーバー気味だけど後ろに乗るか?」
「じゃあ頼むわ」
そう言うとカーターは何の躊躇いもなく俺の後ろに座り、腹に手を回してきた。
今更「冗談だ」とは言えないので、仕方ないのでこのまま進むことにする。
「胸を触ったら振り落とすからな」
「すまんが自信ない。腹と胸と壁の区別がつかないだろうしな」
「おっとバランスを崩した!」
何か調子が悪かったのか、急に箒が不自然な角度に傾いてしまったのでカーターは振り落とされてしまった。
うん仕方ない。
今のは事故だから仕方ない。
「気を付けろよ。2人乗りはバランスが悪いぞ」
「嘘つけ! わざとやっ――」
「――バランスだぞ」
カーターの口元に人差し指を立てて突きつける。
「……ああ、気を付けるよ」
分かってもらえたようなので何よりだ。
「では麻沼さん、出発します。こちらも速度調整しますが急いで付いてきてください」
「勿論です。急ぎましょう」
俺達は遺跡の地下最深部に向けて文字通り飛び立った。




