第27話 「焼き肉」
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそこのような席をご用意していただき感謝しております」
「そんなことよりもポテトを頼んでいいですか?」
「オレはビール頼んでいいかな? どうせ夜までには抜けるし」
「では私もビールを」
「お姉さんやるね。ならビール瓶2本で!」
どうしてこうなった。
「探偵」の2人との会合の場は、和泉さんが「経費で落ちる」と言った瞬間に焼き肉屋で行われることが決まったところまでは良かったのだが、うちのポンコツと向こうのポンコツの邂逅により、入店した直後でご覧のありさまである。
もう少し腹の探り合いなどドロドロしたものをイメージしていたのだが、もはやそんな雰囲気などどこにもない。
2人とも何かシンパシーを感じたのかいきなり打ち解けてこれである。
これには未成年の高校生組もドン引きだ。
教育上よろしくないので勘弁して欲しい。
「一応念のために確認するぞ。カーター、今日お前は車で来ていただろ」
「麻沼さんもバイクですよね」
俺と和泉さんが確認するとダメ人間2人は不思議な物でも見るような理解出来ないとばかりの表情で俺達に顔を向けた。
「オレはもう駐車場に停めたから丸一日停めても上限は最大3千円だ」
「そう言う問題じゃなくて……って意外と安いな。丸一日なら6千円くらい取られるかと」
まあこちらはいい。
カーターが駐車場の料金を払えば済む話だからだ。
問題はお芋教徒が乗っているバイクだ。
「知らなかったんですか? バイクは押して歩けば歩行者です」
「この坂道だらけの町で約180kgのバイクを押して歩く!?」
うん……まあ俺は手伝わないので頑張って欲しい。
「小森くん達はそっちの未成年枠のテーブルで適当に注文を。友瀬さんは食が細そうだからちゃんと気を使ってあげて。あと、野菜もちゃんと食べるように」
「説明はラビさんだけで大丈夫ですか?」
「まあ何とかするよ。うちのポンコツは向こうのポンコツとすっかり出来上がってるし」
「まだ飲んでねーぞ!」
まだ飲んでいないのに既に酔ったような感じならば、これで飲んだらどうなるというのだ。
もうダメだ。
「すみません、このようなダメ人間が同席で」
「いえいえ、魔術師という一般社会からかけ離れた存在に良識を求めるのは難しく」
和泉さんが地味に酷いことを言っているが、当人たちはまるで気にした様子はない。
この場にまともに対応してくれそうな和泉さんがいてくださって助かった。
これで相手がお芋教徒しかいなければ伊賀のファミレスの悪夢再来だった。
話がややこしくなりそうなので、そこのダメ人間が普段は市役所で働いている公務員だということは説明しない方が良さそうだ。
税金泥棒などと罵られても返す言葉もない。
「それで、貴女はどのようにお呼びすれば?」
「上戸です。上戸佑。異世界帰りの魔女です」
これから共同戦線を張るのだから、作戦進行の妨げになりそうな秘密はなしで良いだろう。
流石に「異世界」という言葉を聞いて和泉さんの片眉が跳ね上がった。
「異世界とやらが実在すると?」
「はい。昨年に異世界に強制的に召喚されて、戻ってきました」
「そんなご冗談――」
――和泉さんが言葉を続ける前に、先制して鳥の使い魔を無動作、無詠唱で喚び出した後にすぐに消した。
座敷席には衝立があるので他の客や店員から見えることはない。
更に鞄の中に保管していたケースに入ったバルザイの偃月刀を取り出して、和泉さんに渡す。
和泉さんはケースからその刀身を少しだけ抜き出して、目を見開いた後に再度ケースへと戻して俺に返してきた。
分かる人間には分かるらしい。
もちろん俺にはただの短剣にしか見えないし、実際、これで何度も魚を捌いたり野菜を切ったりとただの短剣代わりに使っている。
魔法陣を描くという特殊効果が硬い骨などを切り裂くのに役立つのだ。
「他にも色々出来ますが。これが異世界の魔術です」
流石にこれは嘘である。
俺は世間一般のイメージにある魔法使いのような色々なことは出来ない。
俺に出せるのは鳥とクッキーと熱線。
そして楽をするために小賢しい知恵で虚実織り交ぜた発言から繰り出すハッタリだけだ。
「問題ございません。貴女が一級の魔術師であるとわかりました。『異世界』関係については後日に色々とご教示いただきたいです。全国で多発している行方不明事件の解明にも繋がりそうです」
やはり運営による異世界でのゲームについても調べていたようだ。
一年に100人近くも謎の失踪を遂げているのだから、当然何らかの調査が行われていてもおかしくないだろう。
ただ、鹿島さん宅に調査が来た形跡はなかったし、今でも個人的な捜索活動を続けている度会さんのところに進展が有ったという話もない。
実際には何も解明出来ていないのだろう。
もちろん、今更分かったところで既に向こうの世界では何年、何十年と経過している。
もう日本に連れ戻すことは出来ない。
「それで、今回の件についてどこまで掴んでおられますか?」
いきなり歯に衣着せず直行で来たな。
ならばこちらも矢上君や小森くん達がまとめてくれた資料を交えて端的に説明することにする。
「資料にある通り、星の智慧教団の神父は学校の地下で古代遺跡と赤い宝石を発見したと考えられます。すぐに回収しなかった理由については断定できませんが、最深部に何らかの仕掛けがあり、赤い宝石のエネルギーの補充を行えると考えられます」
「つまり本日の我々の目標としては地下最深部で宝石を回収して再利用されないよう封印。カルト教団が立ちはだかった際にはそれを阻止。その後に地下遺跡の封鎖……ですね」
「地下遺跡の封鎖は後日で良いでしょう。何しろ高校の敷地の地下にありますので、安易に封鎖すると何が起こるかの予想が出来ません。ここは時間を掛けて慎重に進めるべきでしょう」
一応は本日の中目標までを示しておく。
絶対に完了させないといけないことは宝石の回収。
付随目的で敵を返り討ちに出来たら良いなだ。
遺跡の封鎖については神父を撃退してからゆっくりと考えれば良いだろう。
「その上で、回収した宝石は私達に預けて欲しいです」
「その理由は?」
「そこにいる高校生4名。そして、おそらく教団に騙されて協力させられているであろう人達は『神父』に魔術的な能力を与えられているようです」
小森くんは別口ではあるが、ここは矢上君達と同じく、妙な能力を与えられた犠牲者の1人ということにしておく。
もし、俺達と同じ異世界帰りの能力者であると知られてしまうと、「能力者ならば我々に協力して日本の平和のために戦うべき」などと言われてしまうと、医者になるという夢が断たれてしまう可能性がある。
あくまでも異世界から帰ってきたのは俺とカーターの2人だけという設定で進めたい。
「矢上君と友瀬さんの能力についてはそれは私も確認いたしました。戦闘能力だけならば私よりも上でしょう。危険な能力です」
「その能力を消すための魔術についてはこちらの片倉が準備いたしました。ですが、その魔術を動作させるためのエネルギーが足りません。ですので、遺跡の地下にある赤い宝石に溜め込まれているエネルギーを使えたらと考えています」
ここでカーターが用意した魔力結晶と俺が奈良の遺跡で回収した赤い宝石を見せる。
何も証拠がなく、口だけで説明するよりは圧倒的に説得力が増すはずだ。
「私からも提案があります。高校生達の前に一度その魔術が正常に動作するかテストを行っていただきたいです」
「テストというのは?」
「教団に協力していた男を1人、当方で拘束しております。まずは、その男に対して使用してください。それで効果を確認したいと思います」
これは矢上君が戦ったという真桑とかいう男の事だろう。
和泉さんの提案通り、カーターが持ってきた魔力結晶や術が本当に安全なのか、想定通りの効果があるのかというテストにもなるし、能力を使って犯罪を行うような輩を無力化するということにも有用だ。
広義では、その真桑も「神父の犠牲者」という解釈が出来なくもない。
それほど悪い提案ではないとは思う。
「それについてはオレからも1つ条件がある」
ここでビール瓶を片手にカーターが会話に割り込んできた。
ジョッキはどこに消えた?
何故ビール瓶からラッパ飲みをしているのか?
「能力を消すのは真桑ってやつ1人だけで打ち止めにしてもらいたい。赤い宝石を入手すればいくら充電が可能と言っても流石に無限に使えるってわけじゃない。次はこいつ、その次はこいつと次々に指定されたらキリがない。そちらの組織の思惑で恣意的に悪用される可能性も否定出来ない」
「上司に確認します」
「ダメだ。あんたの上司はオレの上司じゃない。この約束が受け入れられないなら、協力関係は全部ご破算だ。こっちはその気になれば事件を単体で解決出来るんだから、そもそも協力する必要なんてないんだ。あんたは伝書鳩として、こちらの主張を伝えるだけでいい」
カーターが珍しく強い口調で主張した。
やや険のある物言いは少し引っ掛かるが、発言内容自体に異論はない。
「能力を消す」というのがどこまで出来るのかは不明ではあるが、例え「探偵」のライバル的な勢力があって、その組織の構成員の能力も消せるとなると間違いなく後で紛糾する。
和泉さんは基本的に悪人ではないとは思うが、所属する組織については全く不明だ。
とんでもない悪用をされる可能性があるからだ。
「高校生達をみんなカタギの社会に戻す。教団の協力者も刑事事件を起こしていない限りは解放する。元凶の神父は倒す。協力出来るのはそこまでだ。それ以上はお互いに不干渉ということにしたい」
「貴方達も恣意的に悪用する可能性は否定出来ないということですよね」
「そんな悪魔の証明は出来ない。おたくもそうだろう。それを証明するために効果確認は1人で打ち止めにしてくれって話だ」
流石にこの喧嘩腰とも取れる主張で気付いた。
カーターは俺が交渉しやすいようにあえて泥を被ってくれているのだろう。
特に打ち合わせもせずにフォローに入ってくれるのは本当に助かる。
あとはそのビール瓶を手放してくれたら良いのだが。
そして、和泉さんにもこちらの思惑は何となく伝わったようだ。
「私達も敵対したいわけではございません。お互いに適切な距離を保って協力していけたらと考えております」
「承知しました。ですが、現代社会において魔術師は絶対的に不足しております。今回のことを切っ掛けに協力していただけるとありがたいです」
まあ、今後の協力の話は今の騒ぎが片付いてからゆっくりと考えれば良いだろう。
まずは本日の目的である地下遺跡攻略の話を詰めていこう。
◆ ◆ ◆
「星の智慧教団というのは19世紀のアメリカで活動が確認されたカルト団体です。アメリカで警察に犯罪結社として追われたことで国外逃亡。明治時代にキリスト教のフリをして日本にやって来てましたが、日本でも昭和8年に警察によって解散が命じられました」
まずは小森くん達がまとめてくれた教団に関する資料のまとめの報告だ。
「私達が知っている教団のデータと一致しています。間違いありません」
和泉さんからお墨付きを貰えたので、こちらの調査の方向性は間違っていないという確証が取れた。
では次だ。
「下條秀久建築学教授の論文、及び著書によりますと、明治には教会……礼拝堂が今の学校と同じ場所に建てられていたようですが、解散と同時に破壊されています。跡地には当時の神奈川県知事である東啓輔の下で軍事技術の研究施設を作ったということです」
この情報は和泉さんも知らなかったようだ。
合図を受けたお芋教徒が握り締めていたビール瓶の代わりにメモ帳を取り出してメモを始める。
「教団の情報はネットを含む各所から消えており、足跡を追うのが困難だったのですが、残っているところも在ったのですね」
「これは建築学の教授があくまでも建築の研究として備考で書いた情報なので、検閲から漏れたのだと思います」
検閲されたはずの折戸教授の著書が中古市場までは止められなかったのと同じだろう。
一度拡散した情報を消すのは困難というのは情報漏洩の時と同じだ。
消せば消すほど増えていく。
「東知事の孫にあたる人物が現役の県会議員である東啓太郎。今回の学校の工事を承認したのはこの議員です。他にも県の予算から複数のNPO団体へ資金提供を行っているようで、それらが教団の活動資金になっているものと予想されます。これらの情報は県のホームページにある予算案から確認出来ます」
最後にこちらから提供出来る情報は3つ。
明治に建てられた礼拝堂での記念写真と、戦後に決め手は古い新聞記事から見つけた写真。
そして、3年前の東啓太郎議員の選挙活動の写真だ。
「明治時代の古い写真ですが、礼拝堂の前にはハッキリと『神父』の姿が写真に写っています。もう一枚は昭和初期の話。施設を慰問する知事の写真ですが、その横にやはり『神父』がいます。最後は3年前。これはネット上でも確認出来ますが東啓太郎氏の選挙事務所で撮られた写真の隅に『神父』が写り込んでいます」
神父の写真3連発。
これは矢上君と柿原さんにも協力してもらい、人海戦術でひたすら頑張った成果だ。
みんな協力的で本当に助かった。
「私達も東議員が怪しいと踏んでいましたが、それは教団という組織との繋がりだと考えていました。まさか祖父の代から同一人物の『神父』と繋がりがあるとは」
まあ当然と言えば当然の話だ。
普通は同一人物が100年以上動き回って祖父、親、孫と三代に渡って協力して動き回っているとは思えないだろう。
「結論として計画の核になっている『神父』を叩けば、頭を失った教団も議員も動きが止まるはずです。後は崩していくのは容易でしょう」
「議員の調査についてはこちらで預かり、合法的に調査をいたしましょう。私達の『上司』がそういうのを得意としていますので」
和泉さんの上司とは以前に調べた資料に出てきた警視庁OBの八頭さんだろう。
経歴が経歴だけに、俺達が物理で暴れるよりは確実性がある。
「よろしくお願いします。私の方でも調査は続けてみますので、何か続報がありましたら情報提供はいたします」
これで高校生のみんなが危ない橋を渡る必要はなくなった。
あとは最後の詰めと行きたい。
「では、今晩に学校地下への投入するメンバーですが」
「私と麻沼、それに上戸様、片倉様の4名ですよね」
「いえ、ここにいる全員で突入します」
そう説明すると和泉さんが居ても立っても居られなくなったのか、すっくと立ちあがった。
「正気ですか? 矢上君達高校生は今は能力者とはいえ、あくまでも『神父』に能力を与えられただけの一般人ですよ」
「矢上君達の戦闘力の高さはご存じですよね」
「それとこれとは話は別です」
「では、私はどうでしょうか? 見た目については彼らと比べてどう見えます?」
俺も和泉さんと目線を合わせるべく、両手を広げて席から立ちあがった。
麻沼さんからの報告で俺が普通に車を運転していたりしたことについては知っているはずだ。
この焼き肉屋にもバイクで乗り付けているので、俺が見た目通りの年齢ではないことも分かっているだろう。
それが分かっていても混乱はあるだろう。
何しろ隣の未成年席で「もう焼けた」「まだ焼けていない」とカルビを巡って醜い争いをしている肉奉行の高校生達よりも幼い見た目なのだから。
……小森くんと柿原さんは何をやってんの?
「落ち着いていらっしゃいますし、年上に見えます」
「ですよね」
ダメだった。
未成年席の方々が思っていた以上に子供だった。
「片倉さん、醬油を付けて炭火で焼いて育てたポテトも良いと思います」
「肉の油を適度に吸って表面がカリカリに焦げたのが香ばしくて無限にビールが進むな。永久機関の完成でノーベル賞も狙えるかもしれない」
ダメだ。
すぐ真横に更に子供がいた。
軽く咳ばらいをして仕切り直しだ。
「もちろん彼らが何も考えなしに、ただ行きたいと遊園地のアトラクション感覚で言ったならば私も反対しました。ですが、危険性を理解した上で考えて結論を出したようでした」
「自主性を尊重すると?」
「その上で、力で解決出来ない政治家などの権力相手の戦いとは違い、遺跡の中にいるモンスターならば彼らの能力で十分対応可能だと判断しました」
「能力があるのは私も分かっています。実際にこの目で視ましたから。ただ、超常的な力を突然に手にして増長しかねない怖さがあります。私はそうやって身を滅ぼしてきた能力者を何人も見たことがあります」
和泉さんの目からは静かな怒りのようなものが感じられた。
和泉さんは単に「未成年だから危ない」と理屈を言っているのではなく、急に力を手に入れた若者が自分の力を過信によって無謀な行動で自滅してのを見たからこそ、矢上君達が危険な行為に手を染めるのを反対しているのか。
「大丈夫ですよ、僕達なら」
話を聞いていたのか矢上君が会話に参加してきた。
「僕達は友瀬さん、そして綾乃が使い魔を暴走させるのを見て、その怖さについて理解をしています。だからこそ、同じ境遇の人が増えるのを阻止したいし、この能力を使って自宅や大切な人を護りたいと考えています」
「その上で私達はまだ未熟な高校生だということは分かっています。出来れば経験のあるプロの方に力を貸していただきたいです」
「私は探知の能力があります。うまく使うことで危険を予め察知して皆さんの危険を避けることが出来ると思います」
矢上君、柿原さん、友瀬さんの3人が和泉さんに頭を下げた。
「それに、教団の協力者の中に……友人が混じっています。もしあいつが遺跡にやってくるようならば、まず話し合いたいと考えています。だから地下に行かせてください」
最後に小森くんも頭を下げた。
4人に囲まれた和泉さんは困ったように頭の後ろをかきながら俺の方を見た。
「上戸さん、もちろん貴方が監督されるのですよね」
「もちろんです。皆さんの安全は私が護ります」
「オレもいるぞ!」
ここでカーターが近寄ってきて俺の肩に手を回してきた。
酒臭いから少し離れてほしい。
「我々は異世界でいくつもの遺跡を攻略してきたプロです。信用してください」
「分かりました。ただ決して無謀なことはしない。実力が足りていないと感じたり、危険だと判断したらすぐに引き返すことを約束してください」
「はい!」
高校生4人が答えるのを聞いた和泉さんは席に戻った。
「では、遺跡へはここにいる全員で向かいましょう。時間は予定通り23時に駅のロータリー前集合、0時に突入です。それまではせっかくの焼肉です。しっかり食べて英気を養いましょう」
これで遺跡突入のメンバーは確定した。
フルメンバーでの遺跡攻略が始まる。




