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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 2 横浜地下迷宮
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第22話 「星の智慧教団」

 信楽で卓上に飾る小さな狸の置物を購入した後に、抹茶料理を出す店に入って食事を済ませた。


 土産のお茶は……流石トップブランドである宇治茶だけあってお高かったが、宇治市内の観光客向けの店やデパートで専用の箱に入ったものよりは安かったので良しとする。


 時間もちょうど昼になったので、小森くんに電話をするとようやく繋がった。


 お互いの情報共有と今度の方針について話し合う。


 旧校舎の地下で気になる情報としては地下6階以降だろうか。


 協力者3名についても気になるところではあるが、まずは地下の攻略……最深部に眠っているであろう輝く(シャイニング)トラペゾヘドロンの回収が優先だ。


「というわけで『探偵』を名乗る連中がそちらに行く可能性が高い。協力するかしないかは個人の判断に任せる」

『信じられるんですか、その人達は?』


 信じられるかどうかを問われると難しいところだ。

 タブレットを使用してまとめた資料を小森くんにメールで送付する。


 ccでカーターにも送っておいたが、あいつは孤立無援の野良魔術師なので、送ったところで何も分からないかもしれない。


 警視庁の認定団体としての登録番号は合っていた。


 予算報告書も調べてみたが、NPO団体として適切な金額が計上されている。

 領収書も1円単位で提出されており、報告書としておかしなところはない。

 さすがに住民訴訟で深堀とかやってられんぞ。

 

 書類上での探偵事務所の扱いは自然災害発生時に支援を行うための協力団体となっている。

 日本全国で自然災害(笑)が発生した際にそれが警察の手に余る場合に出動してサポート(笑)を行うということである。


 活動実績の書類もネット上から拾うことが出来た。

 情報がオープンなのは良いことだが、内容は正直に書きすぎてツッコミどころ満載だ。


 正体不明の生物がどうのという内容で税金の無駄遣い許さんとケチを付けてくる連中を蹴散らしているのだから、たいしたものだ。


 車両購入費用の支払い先「KTMジャパン」のところなど、あのポテト星人が「領収書下さい」と言ってバイクを買ったと思うとジワジワ来る。


 登録人数は5名。


 トップの名前、蘆名天彦(あしなあまひこ)さんは珍しい名前だけあってネット検索でもすぐに警視庁の元部長だと判明した。

 いわゆる天下りさんで、おそらくハンコ係だ。


 管理職の八頭黎人(やずれいと)さんも元警視庁。

 この人がお芋教徒の「上司」で……まあ、やっぱりハンコ係だろう。


 名前が出ていない現場活動員は3名。

 おそらくこの3人が日本における公認魔術師だ。


 そのうちの1人が先ほど出会ったお芋教徒である……それでいいのか日本。


 もちろん京都にも仲間がいるはずだよなと思い、京都府警の協力団体と予算を調べてみたら、それらしい組織はいくつか見つかった。

 ただ、そこを深堀しても仕方がないので今回はスルーだ。


『正直に事情を話して協力してもらった方が良いと思います?』

「協力はしたいところだけど、一番怖いのは騙りが出現した時だ。今の俺達にはこの『探偵』の情報がなさすぎて『警察の方から来ました』詐欺をされると区別が出来ないことだ」

『能力者かどうかで分かるのでは?』

「俺が持っている麻沼さんの名刺を持って全然知らない人のところに行って、使い魔の鳥を出しながら『私は国家公認の探偵です』と名乗ったらどうなると思う?」


 これが一番問題だ。

 今のところお芋教徒以外の人物がやってきたら、俺達が本物か偽物かを判断する材料がない。


『……確かにそうですよね』

「身分証に写真と簡単に複製出来ない何かを付けるってどれだけ重要なことか分かるだろ。ただ、協力はしたい。なので、もし『探偵』を名乗る人物から接触があったら俺に電話を繋ぐように言ってくれ」

『そうですね。柿原達にも伝えておきます』


 最終的に矢上君達の能力の消し方がカーターにも分からなければ「探偵」の協力も視野に入れるべきだろうが、それをするにしてもまずは判断材料が必要だ。


 おそらく週末の横浜ダンジョン攻略にはお芋教徒も来てくれると思うので、その時に改めて交渉するのが良いだろう。


「それで神父の方の手掛かりは?」

『進展なしです。ただ、前に木島から駅の近くで集会が有ったと言ってるのを聞いたことがあります。そこにヒントがあるかもしれないので、矢上君とレーダーを使える友瀬さんが2人で調査します』

「2人だけで? 小森くんは護衛に付かなくて大丈夫か?」

『俺の方は柿原と2人で図書館に行く予定です。学校の建築時の資料が市の図書館に置いてないかを見に行きます』

「なるほど、柿原さんとね」


 思わず納得しかけて小森くんがさりげなくとんでもないことを言っていることに気付いた。


「待って。それはデートでは?」

『男女2人で出かけたらデートとかいう安直な発想は止めた方がいいですよ。そもそもデートで図書館に行きます?』


 それは人によるんじゃないだろうか?


『ラビさんの心配は分かりますよ。浮気するんじゃないかってことでしょう。幼馴染のアヤちゃんと』

「なんだ、気付いていたのか」

『俺をどこの鈍感系主人公だと思ってるんですか? というより、なんでラビさんが知ってるんですか?』

 

 小森くんが笑いながら答えた。


「俺の中には結依さんの記憶が少しあるから、それくらい分かる」

『そうでしたね。もしも異世界召喚されなければ……もしも恵理子やリプリィさんに会わなければ、柿原と付き合うような未来もあったかもしれません』

「小森くんの選択肢だから、俺はどんな選択をしてもとやかくは言わないよ。ただその場合はエリちゃんにけじめで殴られて貰うけど」

『それは勘弁。あくまでも昔に酷い別れ方をしたので、ちゃんと謝りたいだけです。なので、2人で会える場面を作ってもらいました』


 自信満々に言うのだから、流石に信じないといけない。


 まあ、今更浮気するくらいならば、おそらく向こうの世界でリプリィさんのところへ行って日本には帰ってきていないはずだ。


「それで過去に何をやらかしたの?」

『バレンタインのチョコを貰った時につい照れ隠しでお前なんて嫌いだと』

「泣かせた?」

『……はい』


 少し間を開けてばつの悪そうな返事があった。


 今の話を聞く限りは小森くんの過去のやらかしは思っていた以上に酷かった。

 小学生の女子に対してそれは流石に怒られても恨まれても当然だ。


 しかもそのことを結依さんは知らなかった。


 結依さんとアヤちゃんは友達だったから、怒られるのが分かっていたから、今まであえて隠していたのか。


「好意に対するアクションとしてそれは流石に許されない。絶対に許されない。死んで詫びるべき」

『なので放課後に処刑されてきます。今まで引き延ばしたせいで結依の時も同じことを繰り返してしまった』


 それは確かに2人だけで話し合う時間が必要だ。

 その上で関係修復をしてもらうしかないだろう。


『問題は他にもあります。木島です。俺にあいつを止められるのかと』


 これも精神的な話だろう。


 木島君にも矢上君と同じような召喚能力が与えられていたとしても、ランクアップと限界超越済の小森くんのパワーならば物理的に倒すのは容易のはずだ。


 ただ、木島君が一生懸命打ち込んできたバスケを真正面から叩きのめした小森くんが、今度は超能力バトルでも勝利したとすると、木島君はもう再起不能になるだろう。


 そんな結末は誰も望まないし得もしない。

 

「でも関係ない他人……たとえば俺が割り込んで倒して上から目線で『ほら仲良くしろや』も違うだろう」

『はい。だから木島については俺が腹を割って話します。他人の力は借りられません』


 小森くんがスマホを握りしめるのか、軋む音が電話口から聞こえて来た。


「判断は任せる。ただし結論を出すのを急ぎ過ぎないこと。『神父』さえ倒してしまえば物理で戦う理由はなくなるんだから。その後の方が良いかもしれない」

『分かっています。大事なのは早期解決することじゃなくて、あと腐れが残らないよう解消することなので』

 

 極端な話、ダンジョンや神父なんて俺達の異世界チートで攻略するのは楽な話だろう。


 正体と居場所の特定に時間がかかっても、ロードマップを引いて順に詰めていけば、いつかそのうちゴールにたどり着く。


 だが、柿原さんと木島君、2人との人間関係の修復は別の問題だ。

 こちらは時間がかかるほど拗れていく。


 小森くんに取っては人生最大のピンチかもしれない。


 それでも逃げずに乗り越えて人間的に大きく成長してくれると期待したい。


 それからいくつか週末についての打ち合わせを行って電話を切った。


 決戦は土曜日。

「神父」の正体はともかくとして、旧校舎地下のダンジョンさえ片付けてしまえば、当面の問題は解決する。

 まずは1つずつ問題を潰していこう。


   ◆ ◆ ◆


 僕……矢上恵太は友瀬さんと一緒に駅前へやってきた。


 小森君の情報による例の神父が潜伏していそうな場所を見付けるためだ。


 一応は学校の新聞部の活動と言うことで取材道具一式は持って来ている。

 友瀬さんは写真部による新聞部への協力という形だ。


 友瀬さんは古めかしいフィルムカメラの調整をしている。


 カメラの側面には昔の高校の名前と新聞部のテープが張り付けられており、あちこち傷だらけだが、汚れは全く付いていない。手入れの行き届いた綺麗なカメラだ。

 

「友瀬さんはフィルムカメラを使うんだね」

「先輩からずっと部に受け継がれてきたこれがいいんですよ。フィルムも現像代も高いんですけど」

「良いカメラなの?」


 友瀬さんは無言で首を横に振った。


「40年くらい前に部費を積み立てて買った入門機なので、性能はたいしたことないです。スマホのカメラで撮った方が綺麗なくらいです。中古屋に行けばもっと状態が良いのが3000円くらいで買えますよ」

「でも、それを使う理由があるんだよね」

「このカメラには先輩達が受け継いできた心みたいなものがあると思うんです。だから、大事に使ってあげないとダメだって」


 僕は新聞部の撮影担当だけど、そういうカメラや撮影に対してのこだわりはない。


 適当に備品のビデオカメラで撮影したらPCに取り込み、絵になる部分を静止画として切り出すだけだ。


 先輩から歴代引き継がれている手順書通りの内容。

 手順を覚えれば誰でも出来る今のやり方は効率としては良いのだろうけど、そこに創作の楽しみはない。


「写真もこだわれば面白そうだね」

「先輩も私と一緒に写真を撮りましょう。うちの部室に使われていない子がいっぱいいるので、使ってもらえると喜びます。うちの近所は写真を撮るのに面白いスポットが多くて楽しいですよ」

「というと瀬上の森とか?」

「そうです。ハイキングコースを通って、途中にある花や景色を撮りながら逗子や鎌倉まで歩いていくんです」

「そういや折戸先生も切通まで行くって言ったな。結局どうしたんだろう」


 友瀬さんが珍しく多弁に語っていた。

 本当にこれだけ熱くなれる趣味があるのは羨ましい。


 ただ、これだけ楽しそうに趣味の話をする友瀬さんを見ていると自分も一緒にやってみたいという好奇心が湧いてくる。


「とりあえず今回の件が片付いたらお願いしたいかな。本当に楽しそうだ」

「はい。だから、こんな変な事件はさっさと終わらせちゃいましょう」


 本当にその通りだ。

 今日の調査も手早く済ませてしまおう。


 小森君が木島君から聞いた話だと集会が出来るというということだったので、それなりに広い場所だと思う。


 ただ、そこまで目立つ場所ではないし、そこまで大人数がいるとも思えない。


 もちろん大きなビルのテナントではないと思う。

 小さな雑居ビルの中のどこかだろう。


「小森君は駅前の本屋で参考書を買って、家へ帰る途中にある公園で本を読んでいたら、そこに木島君が集会の帰りと説明して現れたらしい。そこから駅方向へ歩いて行ったと」

「そうなると西公園を横切るルートで、かつ駅とは逆方面ってことになりますね」

「それでいて駅の近くで集会が出来るような建物。割と候補は絞れたかもしれない」


 ある程度目星がついたところで、友瀬さんと2人で地道に歩いて調べていく。


 今まで来る用事はなかったが、改めて見ると小さいビルの中に色々な会社や美容室、飲食店などが多数入っている。

 

「こういう雑居ビルの2階とかでひっそりやってるカリスマ美容師とか結構いますよね」

「そうなの? 友瀬さんもそういう店に通ってるの?」


 何気なく尋ねると友瀬さんは顔を赤らめて下を向いた。


「ごめんなさい、テレビで見てそういう店があるってのを知ってるだけで実際には行ってません。近所の散髪屋でカットしてもらってます」

「大丈夫。そういう情報を教えてくれただけでも助かるよ。ありがとう」


 ここでふと気づいた。

 マンションの窓にも「美容室」の看板が掲げてあることに。


「雑居ビル以外にもマンションの一室を借りてやっているパターンもあるのか」

「それです!」


 友瀬さんが突然大きな声を出した。


「確かこの道の並びにあったはずです。案内するので付いてきてください」


 友瀬さんが突然に僕の手を掴んだ。

 その手の柔らかさに思わず心臓が跳ねる。


 何度か心の中で「これはデートではない」「調査に付き合っているだけ」と連呼する。

 よし、大丈夫だ。僕は冷静だ。


「友瀬さん、何か気付いたの?」

「古い団地です。周りがどんどん新しいマンションに建て替わる中で、昔からまだ残ってる古い団地は相場より安く貸し出してるって町のタウン誌で見ました」


 連れてこられたのは町が開発されて最初の頃に建てられた古い団地。


 周辺はどんどん新しいマンションに建て替わっているが、その一角だけは50年以上前に建てられた古い団地が何棟か残っていた。


 エレベーターもなく、外装も剥がれ落ちており汚らしい見た目になっている。

 すぐ隣に建っている真新しい高層マンションと同じ区画にある建物とは思えないほどだ。


 物怖じせず団地の中に歩みを進めていく友瀬さんの後ろを黙ってついていく。


 団地の小公園にある色褪せた子供用遊具で遊ぶ子供はもういないのだろう。

 駐車場はほぼ車は停まっておらず、あちこち舗装は剥がれて雑草が生えてきている。


 団地の部屋も大半の窓ガラスにはカーテンがかかっておらず、空室になったままというのが分かる。


 街の真ん中に突如として出現した廃墟のような異空間を見て何とも言えない感情が込み上げて来た。


 そんなわけはないと理屈では理解しているのに、まるでここだけ人類が滅んだ後の世界のように感じる。


 それでも全く人が居ないというわけではない。


「こんなところにも美容室が。レストランもある」


 先程のマンションと同じように窓ガラス部分に看板が張り付けられている。

 団地の部屋を借りて営業しているであろう美容室やレストランはそれなりに固定客がいるようで、主婦らしき人が何人か入っていくのが見えた。


 廃墟は言い過ぎた。

 この団地はまだ生きている。


「建物は古いので住むには不便みたいですけど、駅が近いので商業ビルとしての需要はあるんだと思います」

「なら、使い方次第ではまだまだ頑張れるんじゃないかな。こういう店を増やしていければ」


 団地はまだ生きていると分かって安心感が戻ってくる。

 まだここは町の中だ。

 一本路地を隔てれば僕の知っている住み慣れた町だと。


「ありましたよ。ここの4階です」


 5階建ての団地の入り口にある集合ポストを友瀬さんが指差した。

 そこには手書きのプレートが金属製のポストに張り付けられている。


 プレートに書かれている名前は「宗教法人 星の智慧」


 名称からは仏教系かキリスト教系なのかすら定かではない。


 あからさまに怪しい。

 そもそも冷静に考えると、こんなところに宗教法人の事務所があること自体がおかしいのだ。


 小森君から聞いた話……駅に比較的近く、ここから駅へ向かおうとすると西公園の横を通ることになるという前提条件と一致している。

 どうやら4階部分1フロアを全てを借りているようなので、スペースも相当広いだろう。


 レストランと美容室は2階なので、そちらの客が間違えて上がってくることもない。


 駅近くで格安の家賃であり、それでいて別の世界のように外部と隔離された空間。

 何かの拠点として使うには持ってこいの場所だ。


「先輩、端の駐車場に停まっているワゴン車……あれ、昨日の夜に学校まで乗り付けてきた車ですよ」


 友瀬さんはそう言って駐車場の端の方に停まっている黒いワゴン車を指差した。


「僕は実物を見てないんだけど、友瀬さんが言うなら」

「間違いないです。それがここに停まっているということは……」


 その時、何者かの視線を背後から感じた。

 スマホのカメラを反転させてフロントカメラ……自撮りモードにしてそれでさりげなく視線を感じる方向へ向けると、団地の3階の窓から何者かが僕達の方を覗いているのが見えた。

 集合ポストを見るが、3階は誰もいないことになっている。


 それなのに部屋には誰かが居て、僕達に殺気を送っている。


 距離があるのと、窓ガラスが反射してその人物の顔までは分からないが、明らかに僕達の動きを警戒している。


「こういう穴場のレストランもあるんだな。来月の新聞の記事には良いかもしれない」

「足を延ばして正解でしたね」


 少し無理矢理気味、演技臭いところもあったが、少し大きめの声を張り上げてここに来たのは別の目的だと主張した。

 かなりの不自然さがあるが、何もしないよりはマシだろう。

 

「今日のところは帰りましょうか」

「そうだね。取材はまた今度にしよう」


 スマホで団地と集合ポストの写真を撮影した後になるべく平静を装って、今度は友瀬さんの手を引いて団地から離れる。


 ただ、背後からの強い視線はまだ消えることがない。


 どうしたものかと思いつつも、周囲を見回すとすぐ目の前にケーキショップがあることに気付いた。

 あくまでも取材に立ち寄っただけという設定で押し切るしかない。


「友瀬さん、そこのケーキ屋に入ろう!」


 友瀬さんを連れて歩くペースを早めて、視線から逃れるためにケーキショップへ飛び込むように駆け込んだ。


 店員が「いらっしゃいませー」と挨拶をしてきたので、安心して一息ついた。


 流石にこの状況で手ぶらで出て行くのは店の人にも失礼だろう。

 何か買っていこう。


「何か食べたいのはある?」

「えっと……」

「なんでもいいよ。僕が奢るから」


 そう言うと友瀬さんも空気を読んでくれたようだ。


「じゃあ、このチーズケーキを1つください。フォークは2つで」


 そう注文すると、店員はニコニコしながら「初々しいカップルね。付き合い始め?」と言いながら箱に詰めてくれた。


「一緒に食べましょうね」

「あっ、はい。そうだね、一緒に食べよう」


 僕は会計を済ませると、ケーキの箱をわざとらしくぶら下げながら、最初から目的はこの店ですよと主張するように店から出た。


 一応作戦は成功したのか?


 外に出るとそれまで感じていた刺すような視線はもう感じられなかった。

 ただ、やりすごすのには失敗したかもしれない。


 僕達の進路を塞ぐように一人の青年が道の真ん中に立っていたからだ。

 

 年齢は20代後半くらい。


 髪は茶髪に染めていて、指にはいくつも指輪をはめており、アルミ製のアタッシュケースを持っている。


 関内周辺ではたまに見るが、近所ではあまり見かけないチャラい系……ホストをイメージさせるような男だ。


「そこの初々しいカップルさん、少し尋ねたいことがあるのだけどよろしいかな?」


 僕は友瀬さんをかばうように前に出た。


 まさかこいつも「神父」の仲間か?

 男の正体が掴めないが、今の状況で近付いてきたことは偶然ではないだろう。


「すまない。警戒させてしまったね。私は和泉隆成(いずみりゅうせい)。こんな見た目だが、探偵だ。少し話を聞かせて貰えないかな?」


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